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カセリア氏の日常  作者: 菅原やくも


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第二十一話 画家の友人

 カセリア氏の知人であるエスクリビー・ジーザス氏は、絵描きが主たる生業(なりわい)である。


 とある週末の夜、カセリア氏はバー“ソノリテ”に訪れていたが、そのジーザス氏から絵のモデルになってくれないかという依頼を持ち掛けられたのであった。

「エクスリビー、君の頼みとあれば喜んで引き受けよう」

「ありがとう、プロパガアル君」

「だが、どんな絵を描くつもりだい? あんまり、歴史の偉人みたく偉そうに構えた恰好で描かれるのは気が引けるな」カセリア氏は冗談めかして言った。

 その言葉に、ジーザス氏は笑って答えた。

「まさか、肖像画みたいなのにするつもりはないよ。僕は日常の風景を描きたいんだ。君の仕事中の構図がいいと考えてるんだけど」

「ほう……」カセリア氏は顎をさすった。「つまりは、私が執筆をしてる姿を?」

「そうだね」

「なるほど、そうなると私の部屋がいいかね? それとも近場のカフェはどうだ? あそこも、私にとっては仕事場みたいなものだ」

「うーん」ジーザス氏は少し考えこんだ。「迷惑でなければ、両方かなぁ」

「それならそれで、引き受けようじゃないか」

「ありがとう。もちろんお礼もはずむよ」

 ジーザス氏が言いかけたのをカセリア氏は遮った。「まあまあ、友人なんだから、そういう話は無しにしよう。君がどうしてもと言うなら、あとあと考えようじゃないか。あるいはカフェで昼食か、今度ここで一杯おごってもらうか。そんなのでいいさ」

「ほんとうに? それでいいのかい?」

「もちろんだとも」

 カセリア氏はグラスの中身を一口飲んで続けた。「それにしても、私が執筆で頭を悩ませてる姿を描くのは結構だが、そんな絵を見たがる人がいるかね?」

「まあ、題材の一つとしては悪くないと思っているよ。それに、君のファンなら、そんな構図も喜ぶんじゃないだろうか?」

 カセリア氏は軽く笑った。「ともかく、私自身が気にすることじゃないようだ」

 もっともジーザス氏には、カセリア氏の知名度に少しはあずかってみようという考えも、少なからずあるような気配であった。

「ほかには、ここで私が一杯飲みながら思索にふける姿はどうだ? 面白そうじゃないか? あるいはデルフト(デルフト・シュリフステーラー氏はカセリア氏の知人で、同じく小説家である)と、下らん小説談義をしてる図も滑稽で良さそうだ」

「実はそれも考えてるんだけどね」

「そうなのか?」

 それからカセリア氏は、周囲に視線をやった。「そういえば、デルフトは今日はいないみたいだな」

 するとバーのマスターが、カウンターの向こう側から、二人にそっと耳打ちするように言った。

「今日はいらっしゃいませんよ。つい先日はいらしてましたが、どうやら、締め切りで切羽詰まっているご様子でした」

 それから、シュリフステーラー氏の声を若干まねて「週末は来るものか! 編集担当にどやされてるからな!」と言った。

「はっはっは。それは傑作だな」

「とまあ、なかなかに、大変そうな様子でいらっしゃいました」

「デルフトも苦労が多い」

 それからブランデーのお代わりを頼むと、カセリア氏は話の続きに戻った。「それで、具体的にどんな絵を描くとか、そういうのは考えているものか?」

「いや、ぼんやりと、頭の中に構図は考えてるけど、いったんは現場で直に見てみないとね」

「というこは、絵のタイトルかなんかも、まだ決まってないだろうな」

「僕は、描いてから考えるのがいつものことだから。それに無題のときも多いから」

「なるほど、私とは逆だな。私が小説を書くときは、たいてい題名を先に決めとくことが多い」

「とは言っても、例えば……描いた郊外の田園風景とかに、安っぽい題名(タイトル)をつけるのは野暮なのかもしれない」

 その言葉にカセリア氏は軽く笑った。「さすがに、そんなことはないだろうに」

「僕は言葉選びが上手じゃないから」

「あるいは、交響曲みたく番号を付けてやったらどうだね?」

「ふむふむ……まあ、でも番号じゃ、なんか無機質だね」

「そうかも知れんな」

 カセリア氏はカウンター奥の棚に並ぶ酒瓶をぼんやりと見つめながら、ブランデーをまた一口飲んだ。「ええと、それから、気になることがあるが、」

「なにがだい?」

「一つの作品を仕上げるのに、どれほど時間がかかるものだ?」

「うーん……ものによっては、ずいぶん違うんだけど、僕の場合、サイズの小さいものなら一日で仕上げたこともある」

「ほう、そんなものか?」

「でも結局は手直し手直しで、一カ月とか二カ月とか、ざらにかかるかな。大きな作品ならもっと時間がかかるよ」

「そりゃ、大がかりだな……だがその間、ずっと景色を見続けるわけにもいかないだろう」

「そこが難しいところだよね。だから何度も同じ場所へ出向いたりするんだよ。最近は写真も普及してきたけど、色彩は直接見ないとダメだからねぇ」

「それじゃ、私の部屋に泊まり込みでもするつもりかい?」

「さすがにそこまでするつもりはないよ。夜は自分のアトリエに戻るさ」

「いいや、嫌味じゃない。一晩二晩程度なら構うものか。それに絵描きの仕事がどんなものか、気になるところもある」

「それだったら、僕のアトリエに来てもらうほうが助かるかも」

「まあ、後で考えれば済む話だな」

「どのみち僕は、筆が早いほうだから、そんなに手間はとらせないよ」

「そう言えば印象派というやつだったかな? 少し前から流行り出した」

「そうだよ」

「その、特集記事かなにかを、雑誌で読んだぞ、以前に。なんでも、描きかけの壁紙のほうが、まだ完成しているとかなんとか、こき下ろしていなかったか?」

 ジーザス氏は軽く笑った。「まあ、間違いではないかもね。ただそれが、いまは芸術の最先端だから」

「いやはや、世の中なにが流行るか分からないものだ」

「あるいは評論家よりも一般人のほうが、芸術に対しする感性があるのかも」

「はっはっは。あながち間違いじゃないかもしれないな」

 カセリア氏はグラスの中身を飲み干した。「うむ……題名(タイトル)だが、『物書きの友人』、カフェならば『執筆中の作家、カフェテリアにて』なんて言うタイトルはどうだ? たんなる思いつきだが」

「良さそうだね」ジーザス氏はペンを取り出すと、手近にあった紙ナプキンにメモした。「君が問題ないって言うんなら、そのまま使わせてもらうよ」

「けっこうだ。ご自由に」それから冗談めかして付け加えた。「ただ、題は私が考えついたと、額の裏にでも書いといてくれないか」

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