第十六話 シューティング
午後もまだ早い時間であった。カセリア氏は、いつの日のことだったかアグア氏に見せたリボルバー拳銃――もちろん今は木製のケースにしまった状態――と、それに使用できる弾薬が1ダースばかり入った小さな紙箱を抱えてアグア氏の屋敷に向かって歩いていた。ちなみに、パラムレブ連邦では申請書を出して許可が下りれば、市民は拳銃を購入することができる。
ただ、カセリア氏としては護身といった実用に買ったのではなく、執筆をする上で参考にしようと手に入れたものだった。それに結局、リボルバーを手に取ったのは買ってから二、三日くらいなもので、いざ小説の方を書き始めると仕舞いっぱなしだった。それに探偵ものといっても冒険アクションとは程遠く、インスピレーションを得るには最初の一日だけで充分だった。
そうはいっても、やはり射撃の感覚というものを一度は体感しておこうと考えたのだ。それで、山の土地も持っていて狩猟も嗜んでいるアグア氏から銃の扱いを直接教わろうと思っていた。
カセリア氏はいつものように屋敷の正面入り口ではなく、使用人が使う勝手口へ向かった。そこから敷地へ入ると庭を横切ってアグア氏の書斎へとまっすぐ向かった。
窓から覗くと書斎で本を読んでいるアグア氏の姿があった。窓をコツコツと何度か叩くと、しばらくして窓が開いた。
「カセリア君……」顔を出したアグア氏は少し呆れた様子だった。「また君は、裏口から入ってきたの?」
「まあまあ、いつものことじゃないか」
カセリア氏はそう言いうと、よじ登って窓から部屋に入った。それから部屋のソファに腰を下ろし、手にしていた木製ケースと紙箱を目の前のテーブルに置いた。
「ふぅ、やれやれだな」
「それ、何持ってきたの?」
「そうそうこれはだな」カセリア氏はそう言いながらケースの留め具を外した。
内側が布張りされたケースの中には、メッキされた小型リボルバー拳銃の姿があった。
「何を抱えて持ってきたと思えば……」
「ああ、前にも見ただろう。それで、少しばかり射撃を教えて欲しいと思ってな」
「だからって、わざわざここに来なくても。鉄砲店にも射撃場を持っているところはあると思うけど」
「私が買った店は断られた」
「ふーん。まあいけどさ」
それからアグア氏は弾薬の入った紙箱を手に取ると、まじまじと観察した。
「カセリア君、弾は自分で選んだのかい?」
「いや、鉄砲店の店主に一番安いのでいいからと言って、出されたのがそれだ」
「在庫品を買わされたかもね」
「どういうことだ?」カセリア氏は眉をひそめた
「いや、これ黒色火薬じゃないの」
「なんだか知らないが、細かいことは構わん。どうせ日常でつかうわけでもなしに」
「射撃後の清掃が面倒だよ。今は無煙火薬が主流だしさ。使うのに問題はないとは思うけどね」
「その、火薬の何が違うんだ?」
「全然別物だよ」
「とにかく、私はそんな細かいことは気にしない」
「そう? カセリア君がそこまで言うなら、それでいいけどさ」
「とにかく、ここは一つ、外へ出て試し撃ちをしてみようじゃないか」
「じゃあ着替えて準備しないと。それで、射撃の練習用に場所があるから、そこへ行こう」
しばらくして、カセリア氏とアグア氏、執事の三人で庭を進んで山の方へ向かっていた。アグア氏は狩猟用のジャケットを羽織り、狩猟用のライフル銃を担いでいた。
そうして雑木林の中の空き地までやって来た。幅十メートル奥行き五十メートルほどと思われる場所だった。すぐわきには小さな小屋のようなものもあった。
「これが個人所有の射撃場というわけか?」
「まあ、そうだね」
それから小屋の中に仕舞われている木でできた的を準備するといよいよ射撃を始めることになった。
アグア氏の射撃の腕はなかなかのものだった。
「アグアよ、どこで射撃を習ったんだ? 意外と様になってるじゃないか」
「まあね」少々得意げな様子だった。
「さては……」カセリア氏は後ろのほうで見守っている執事の方をみた。「もしかすると、君が教えたわけか?」
「はい。左様でございます」
「なるほど、分かったぞ。帝政時代の兵役だな? 射撃は優秀だったに違いないぞ。これは」
「大したことはございません。私が配属された部隊の中においては、それなりの成績だったということでございます」
再び発砲音が響いた。
「まあ、実用レベルでは上出来だよ。教え方も上手だし」
アグア氏は構えて銃を下げた。
「さて、じゃあいよいよ私の番と行こうか」
カセリア氏は慎重な手つきでリボルバーの弾倉に弾を込めた。そして、十メートルほど先に置かれた、丸い木製の的に向けてリボルバー銃の引き金を引いた。
「ほうっ!」
発砲の轟音とともにカセリア氏は変な声を出したかと思うと銃を落っことした。的はまったくの無傷だった。
アグア氏は笑いをこらえて見ていた。
「カセリア君、怖がり過ぎだよ」
「なんだって、これは。意外と反動があるじゃないか」
「持つ手に力を入れ過ぎだよ。それに持ち方もよくないみたいだ」
「何を言うかね、そんな。まあ……多少は、多少は怖いものがある。銃を撃つのは初めてだからな」
「それに目をつぶってたでしょ? そのようすじゃ」
「いいさいいさ、こんなもの。やっぱり私にはやっぱりそぐわないな」
「そうは言ってもさ、せっかくだから一発だけでも的に当てられるようにしようよ」
カセリア氏は持ってきた1ダースの弾のうち、的に当てられたのは1発だけであった。
「まあ、素人にしては上出来じゃないか? どう思う? アグアよ」
「うーん、もうちょっと当たってもよさそうだと思うけど……。バトラーはどう思う?」
「わたくしは明言いたしかねます。拳銃を扱うことは滅多にありませんので」
それらを聞いてカセリア氏は苦笑した。
「君たちの評価は気にしないことにするよ。いずれにしても貴重な経験はできたわけだ」




