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カセリア氏の日常  作者: 菅原やくも


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第十三話 インテリ

 カセリア氏はいつものようにアパートの一室、窓辺に置かれているテーブルの席に着き、紅茶を傍らにしていつものスタイルで執筆をしていた。それから一方、いつものように遊びに来ていたアグア氏も、安楽椅子に腰かけて黙々と雑誌を読んでいた。

「カセリア君、おもしろい記事があるよ」アグア氏は唐突に、つぶやくように言った。

 それから雑誌のページを掲げてみせるようにしてカセリア氏に視線を向けた。

「カセリア君?」

 返事がなかったので、アグア氏は立ち上がって傍に近づいた。

「ありゃ?」

 カセリア氏は腕を組んで頭をもたげ、小説のストーリー頭を悩ましているのかと思いきや、その姿勢でうたた寝をしていた。

「器用なことをするねぇ。カセリア君、大丈夫かい?」

 そい言ってアグア氏はカセリア氏の肩を軽く叩いた。

「ん!? あれ? っと……ありゃ」

 カセリア氏はどこか間抜けな声出したかと思うと、目を開けてあたりをゆっくり見渡たした。それから目の前の原稿に目を落とした。安堵のため息とともにつぶやいた。

「夢だったか……」

「どんな夢を見ていたんだい?」

 アグア氏は笑いをこらえた様子で問いかけた。

「ああ……それがな、小説が書けなくなって、書いても売れなくなって、出版社の人に肩をたたかれると、もう君はおしまいだって言われた。そんな夢だったよ」

 そこまで聞いたアグア氏は声に出して大笑いした。

「おいおい、そこまで笑うことはないじゃないか」

 カセリア氏はペンをもてあそびながらあきれた様子だった。

「いや、ごめんよ。カセリア君もそんな悩みを夢に見るとは。意外だね」

 しかしカセリア氏は不満そうだった「そりゃ、不安がないといったら嘘になる。ある時突然、本が売れなくなるなんて、ありえない話じゃないからな。だいたい、アグアは資産家だからお金の心配はないだろう? 私の場合は書けなくなったりでもしたら、それで終わりだ。文屋は文を書いて食っていく。だけど君の資産は増える一方だろう」

「そうだね、少なくとも僕は今の状況では何もしなくても資産は増える一方だからねぇ」

「そりゃ、資本主義さまさまだな」

 アグア氏はそのカセリア氏の言葉に皮肉が込められているように感じた。

「あれ? まさか最近話題の社会主義だったりするの?」

「とんでもない!」カセリア氏は鼻で笑った。「たしかに、世に不満を感じることはあるが。社会主義なんてものはまやかしだ。何が改革だの、革命だなどと騒いで。知識人ぶって不満のはけ口を探すバカどもの、はかない信仰だよ」

「へぇ……結構なことを言うね」

「まあ、前にちょっとしたことがあったからな」

 そこで言葉を区切ると、自身のとアグア氏の分もカップにポットから紅茶を注いだ。

「どうぞ遠慮なく飲んでくれ」

「うん。それはそうと、いずれにしても僕だって君の知らないところではけっこう大変なんだよ」

「そうかい。金持ちは金持ちの悩みがあるってことだな」

「そーいうこと」

「ただ、」それからカセリア氏は紅茶を少しすすってから続けた。「道義的責務が今の世の中から駆逐されるとならば話は変わってくるが」

「どういうことだい?」

「つまり、この資本主義というやつは、経済成長はや利益追求というのは単なる結果に過ぎないということだ。儲けを出すということは差額を得るだけの話だ。儲けた分は何か別のことに使うべきだろう」

「ふーん、例えば?」

「教会に寄付とかだな」

「本気で言ってるの?」

「いや、冗談だ」カセリア氏は笑いながら続けた。「さて、じっさいどうかな。道路を良くするとかダムでも作るか、貧民層への支援とか、学校を建てるのもいいだろう。なにか、公益性の高いことに使うべきではないだろうかね」

「でもそれは、政府が肩代わりすることじゃないかな? だから税金ってものがあるわけだし」

「そうだな……でも、制度がうまく機能し続ける保証もないだろう。それに政治官僚は……」

「ただの杞憂じゃないの? それは」

 アグア氏はあきれたような表情をしていた。

「まあ……それじゃ、小難しい話はこのくらいにしよう」

 そう言ってカセリア氏は原稿へ視線を落とした。

「だいたいだな、それ以前に私の本は金持ち連中にも売れているという話じゃないか。つまり彼らは少々高くても買ってくれるということだから、そういう面では私だって資本主義万歳さ」

 これがのちのちに巷で、カセリア氏はインテリ商業主義などと言われることになるゆえんでもあった。

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