第九話 インスピレーション
午後の昼下がり、外は曇り空だったが雨はなく、わずかに雲の切れ間から青空が見えてた。
カセリア氏のアパートの部屋へ、いつものようにアグア氏が訪れた。
「カセリア君、何だいその物騒なものは?」アグア氏はテーブルの近くまで来るなり唐突に言った。
テーブルの上には原稿、大量のメモ書き、紅茶の入ったカップとポット、ペン、それから蓋のついた木製ケースがあった。そのケースの蓋は開いていて、中には小型のリボルバー式拳銃が収められていた。眩いばかりに輝くニッケルのメッキが施され、おそらくウォールナットのような高級木材であろう木目のはっきりとして丸みを帯びたグリップ、そして何より、護身用なのか隠し持つためなのか、とても短い銃身が特徴的なリボルバーだった。
「ああ、それか。つい先日買ったんだ」カセリア氏は自身の原稿に目を向けたままで答えた。
パラムレブ連邦では審査書の発行と身分証の提示をすれば銃を所持できる制度があった。狩猟用の長物ならともかく、拳銃を持つ市民の数は全体ではさほど多くなかった。が、都市部では近年の犯罪増加によって護身用の銃を求める人は少なくなかった。
「ふーん、手に取ってみてもいいかい?」
「ああ、別に構わん」
アグア氏はリボルバーをケースから慎重な手つきで取り出し、まじまじと眺めた。
「こんなもの買って…」アグア氏は少しあきれ気味に言った。「これ持ち歩くつもり?もしかして散歩のときに暴漢にでも襲われかけたのかい?」
「違うに決まってるだろ」カセリア氏は苦笑して、手を止めるとペンを置いた。
「小説を書くのにな、ちょっと参考にしようというまでだ」
「なんだ。そういうことかい」
「なにか、インスピレーションを得られることはないかと思ってな」カセリア氏はそこで紅茶を一口飲んでから続けた。「刑事もの、探偵もの、都市犯罪といったみたいな。まあ、いわゆるハードボイルドものがテーマだな。登場人物か主人公か、まあ、誰でもいい。とにかくそういった拳銃を隠し持っているというような設定にしようかとね。はっきり連載が決まっているというわけじゃないが、編集担当から試しに書いてみないかと言われてな。まあ、私の趣味じゃない分野だが」カセリア氏はぶつぶつと言った。
しかしながら、これが後に『都市探偵マーク・トゥーン』シリーズとしてヒットすることになるとは出版社はおろかカセリア氏本人も含めて、この時点では誰も知る由もなかった。
「弾は無いの?」アグア氏はさらにリボルバーの弾倉を見ながら言った。
「買ったのは銃だけさ」
「せっかくなら実際に射撃もしてみればいいんじゃない?」アグア氏はそう言って、銃をケースに戻した。
「アグアよ。意外なことを言うじゃないか」カセリア氏は眉をひそめた。
「でも、僕だって、嗜み程度の狩猟はするからね」アグア氏は控えめな様子で答えた。
「なるほどな。だが、それは初耳だ」
「前にも話した気がするけどな。まあ、拳銃は扱うことはないけど、散弾銃とライフル銃なら扱ったことあるよ。屋敷にだっていくつか置いてあるし。それに屋敷の近くの山も敷地の一部だから射撃場代わりにしてあげるよ」
カセリア氏はそれを聞いて笑った。「そうだな。一度くらいは射撃の経験も悪くはないだろうな」
それからカセリア氏はリボルバー銃を手に取って、壁の方に向けてそれらしく構えてみた。
「まあ、それにしても、こんなピストルで弾が的に当たるのかね?」
「どうかな?練習次第じゃない」アグア氏は肩をすくめてみせた。「とにかく、狩猟をするなら次の機会に誘ってあげるよ」
「そうか」カセリア氏はリボルバーをケースに戻して蓋を閉じた。「狩猟か…、湖岸でカモ撃ち、それとも山で鹿でも捕まえるか?」
「どっちもしたことあるけど、その場である程度処理しないといけないし。それに鹿なんかは持って帰るのが大変だからなぁ」 アグア氏は、そのときのことを思い出すかのような口調だった。
「アグアが自分の手で捌くのかい?」カセリア氏は少々驚いた様子だった。
「まあ、そりゃ執事にも手伝ってもらうけど、やるなら全部自分で責任持たなきゃね」
「そうかい」カセリア氏はため息をついた。「私は血を見るのが苦手だからな。せいぜいカモ狩りくらいがお似合いといったとこだろう。あるいは、湖ならボートで釣りの方がぴったりかもしれんな」
それを聞いてアグア氏はクックと含み笑いをした。「それじゃ、ヨットと釣り道具も用意しておくよ」
「そうだな。そうしてくれ。ヨットで心地よく揺られながら釣りね」カセリア氏はどこか遠くに目をやると、その様子を想像した。「そっちの方がなにかアイデアを思いつきそうだし、なおさら、私にお似合いだな」




