第八話 お金の使い道
カセリア氏のアパートの一室。アグア氏はいつものように部屋を訪れていた。そしてもって椅子に反対向きにまたがり、上流階級らしからぬラフな様子で座って雑誌を読んでいた。
「そういえばさ、なんでこんなところに住んでるのさ」アグア氏は雑誌をそばのテーブルに置くと、唐突に言った。
左手にティーカップ、右手にペンを持って執筆をしていたカセリア氏は少し顔を上げた。
「また、どうして?そんなふうに言うんだ」
「別に深い意味はないけど」アグア氏は一度、部屋を見渡した。確かに、アパートは少々古かった。といっても表現としてはそれなりの趣がある、というような言い方が似合っていた。傷んだところはちゃんと補修され、床の建材も固くてしっかりしたものが当初から使われていた。木目ははっきりしてそれ相応の木材の深みというべきものが見て取れた。ただ、それでも間取りや立地は庶民派というのが適当な物件でもあった。
「こういうアパートに住まなくても、君の収入ならもっといいとこに住めるんじゃないかな?と思って」
「いやいや、ここでの生活こそが私にとってのインスピレーションの源だよ」
「ああ、そうなのかい」アグア氏は胡散臭そうな表情を見せながら続けた。「郊外に土地を買って、ちょっとした屋敷でも建ててさ。最近流行り始めた車なんてものも持てばいいじゃない?ついでに婚約相手も見つけてさ。暮らしが豊かになるよ、きっと」
カセリア氏はため息をつくと、ティーカップとペンを置いた。そてから立ち上がって伸びをすると、窓に近づいて窓を開けた。
「見てみたまえ。そこの窓から見える表の通りを」カセリア氏は外を指し示しながら続けた。「今日は別だが、週に何回かは市場もやってる。そうするとにぎやかなもんだ。窓辺で紅茶を飲みながら行き交う人々を見ていると不思議と色んなことが頭に浮かぶのだ。それが小説のストーリーの元となるのだよ。郊外に暮らす?まったく私にとっては死んだような生活になるだろうさ」カセリア氏は鼻で笑った。
「ふーん。まあ、人それぞれだね」アグア氏は話題を変えた。「じゃあ、稼いだ金は何に使っているんだい?君がお金使うところ、そんなに見たことがないな。近くのカフェは別としても。服だっていつも同じものばかりきているじゃないか」
「これは、服は同じものを幾つも持っているだけだ。ちゃんと着替えてる!」
「そういう意味で言ったんじゃないけど…」アグア氏はため息をついた。「もしかして、稼いだらほとんど貯金とか」
「まさかな!せっかく稼いだお金を金庫に塩漬けとは面白くない話だ」それからカセリア氏はすこし声のトーンを落とした。「莫大な収入を何に使っているか?まあ、ちょっとした株や貴金属の類を買っていたりもするさ」
「へぇ、投資的なことを君もしてるのか」
「だがな、大半の使い道は土地だ。土地を買っているんだよ」
「不動産ってことか…意外だねぇ」アグア氏はその話に興味がわいたようだった。「それで、どこの土地を買っているんだい?」
「エスペランザだ」カセリア氏は小さな声で即答した。
「エスペランザ!?それって、あのエポ高原の南のかい?どっかのなんとか研究所とか以外なにもないところじゃん」
「そうさ。あのだだっ広いエポ高原の南だ。おもしろいぞ。ほとんどタダ同然だから、少しずつ買っていてもとんでもない面積を買っちまった」
「君がなにを考えてるか時々分からなくなるよ」
「はっはっ、もうじきに分かるさ」
それからしばらくの後、新聞にある記事が載っていた。その記事の見出しには‘エスペランザ地方、土地開発始まる’と書かれていた。カセリア氏はその記事を読みながらほくそ笑んだ。また、アグア氏がアパートの部屋に訪れた時にはその新聞記事の切り抜きを見せつけた。
「ほら見た!エスペランザに街ができ始めるぞ。農地改革のためのバカでかい農園に、それに国防軍の基地もできるようだ。土地は買った値段の何十倍、いや何百倍もの値段で売ることが決まった。かなりの額だ」カセリア氏は今にも踊りださんかのようだった。
「でも、もっと待てば凄い額になったんじゃないのかな?」
「引き際というものは肝心だ」カセリア氏はいつもの調子に戻って言った。「あんまり調子に乗る真似をすれば政府なんかが首を突っ込んだあげく、権力に物言わせて強制的に取上げたことだろう。際どいところで売ったのさ」
「君も大胆なことするんだねぇ」アグア氏は感心しているような呆れているような様子だった。「で、その金は何に使うんだい?」
「西大洋諸島にある島を一つと小さい水上飛行機一機を買うのさ」まるで子どみが悪戯を思いつた時のような笑みを浮かべながら言った。「そして、取材を受けた時は新聞記事をこれよりより大きな記事にするよう記者に頼んでみるつもりだ」
「そんなことして…また。何を企んでいるんだ?」
「そりゃ、風変わりなことをすれば世間の話題になるだろ。そうすればもっと私の本が売れる」
「あきれたねぇ」アグア氏はすこし引き気味だった。
カセリア氏は単に作家という芸術家精神だけでなく、商業主義的な一面も持ち合わせているようだった。
「君は堅実な投資で、私は大胆な投資というわけだ」
「リスクだねぇ。僕には真似できないや」
「リスクか、私にとってはスリルという言い方が正確かもしれん。まあ、私は作家だからね。出版社とか編集部とかいろいろ出かけることがあるもんだ。ちょいと情報を先取してね」
「ますます呆れるよ」
「まあまあ、悪いことはしてなし、私にしてみれば金なんてどうでもいいんだよ。まあ日々の食事に欠かさないくらいの額は必要だがな。はっはっは、おもしろければそれで良しだ」




