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受け継がれていくもの

奏音は神社の祭殿に寝そべっていた。天井は幾つもの穴が開いていて、壁は腐ったり、苔がむしている。そして扉は最後の一つとなっていた。

「何か困ってるようだな」

怪が奏音の所へ現れ、そう尋ねた。

「俺は、どうすれば良いんだ…?」

「お前は、妹と、あいつと、どっちが大切なんだ?」

「それは…、もちろん静葉だよ、でも……」

怪は奏音の目の前に刃物を突きつけた。

「あっ…!」

「これであいつを殺してこい、お前は、妹の事を守りたい、妹しか必要ないって言っただろう?だが、お前はあいつの事も何かしら思う事はあるようだ。忘れろ、妹以外は必要ないんだろ?これで最後の扉が開く。」

そして、奏音の手元に刃物が落ち、怪は消えてしまった。

「芽衣…、俺はお前の何なんだ?どうしてお前は俺の事をこんなにも思ってくれる?ただ、俺を愛されない可哀想な奴だと思って哀れんでるだけなのか?それとも…、」

奏音は刃物を持って立ち上がった。

「自分の気持ちが揺らいでいく中で、俺は何を信じれば良い?」

その時、何処かから足音が聞こえた。



芽衣と静葉は奏音を心配して、神社の方へ向かって行った。

「お兄ちゃん、私のせいでおかしくなっちゃったの?」

芽衣は静葉の小さな手を握った。

「静葉ちゃん、大丈夫だよ、私が守るからさ。」

「うん…」 

静葉は頷いたが、納得はしていないようだった。

そして、二人は神社に着いた。そこには何かを待ち構えてたように奏音が居た。

「芽衣…」 

奏音は何を思ったのか突然芽衣を押し倒し、刃物を突きつけた。

「あっ…!どうして?!」

「芽衣は俺にとって邪魔な存在だ、ここで消えてもらう!」

奏音は震える手で刃物を突き刺したが、狙いが外れ、地面に突き刺さってしまった。

「くっ…、」

「どうしてこんな事をするの?!」

「それは…」

奏音はもう一度芽衣の胸元に刃物を突き刺したが、かすり傷も負わせられなかった。

「あっ…」

「お兄ちゃん!」 

静葉は慌てて奏音を止めた。

「静葉…」

すると何を思ったのか奏音は、芽衣のペンダントを突然引き千切って奪い、そのまま踏んづけて割った。

「あっ…、奏音君!」

芽衣は怒りを見せて奏音の胸ぐらを掴んだ。

「殺せないなら、こうするまでだ。」

「そんな!お母さんの形見なのに…!」

「恨みたかったら俺を恨めよ、」

すると芽衣はその手を離した。

「それは…、出来ないよ。」

「そんな…何でだ?!」

「奏音君の事が好きだからだよ!」

「俺の事が、好き……?」

奏音は俯き、右手に拳をつくった。

「本当に芽衣は俺の事が好きなのか?どうせ俺を可哀想な奴だとに思って哀れんでるだけだろう?」

「そんな事ないよ!」

「それに、芽衣が本当に俺の事が好きだと言っても俺はその気持ちには答えられない。人は一人の人しか愛せない。全ての人に平等に接するだなんてあり得ない。俺は静葉だけしか大切に出来ないんだ…。」

「それなら、どうして奏音君は私を殺そうとした時、殺せなかったの?」

「それは…」

すると奏音は後ずさりをした。

「何で芽衣は俺の事を思ってくれる?俺は、惨めで、醜くて、生きる価値なんて無いような人間だ。芽衣、俺の存在はお前の幸せには繋がらない。お前は俺と違って幸せになる権利があるんだ…。」

「そんな…、奏音君は幸せにならなくていいの?」

「もう何もかも遅いんだよ!」

奏音の叫ぶような怒りの声に、芽衣は何も返す事が出来なくなった。

「俺は何も信じない!!」

すると最後の扉が開き、黒い気が奏音を包み込んでいった。

「あっ…、そんな…嫌だ…、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

「奏音君!」

芽衣はその手を伸ばしたが、間に合いそうにない。

「嫌だ…!嫌だ、助けて、芽衣……。」

そして奏音は跡形もなく消え去り、代わりに今までとは桁違いに黒くて大きい怪が姿を現した。

「芽衣姉ちゃん!」

怪は赤黒い矢を大量に放ってくる、芽衣は静葉を抱え込むと、闇雲に逃げた。

「どうせ朽ち果てる運命なんだろう?!」

「私はその運命に抗う、たとえそれが無駄だとしても、そうする事に意味があると思うから…。」

怪は二人を執拗に狙い、襲ってくる。芽衣は自分の身の危険を気にせず静葉をずっと庇っていた。

「大丈夫、静葉ちゃんは私が守るから…。」

神社から出ようとすると、石に躓き二人は転んでしまった。怪は目の前にまで迫っている。 

「あっ!そんな…」

その時だった、突風が吹き、怪は押し出されてしまった。

「あっ…!」

そこに立っていたのは梨乃だった。

「二人共、大丈夫?」

「はい、何とか…」

「二人共頑張ったんだね、後は私に任せてくれる?」 

梨乃は怪の目の前に立つと、御札を構えた。

「お前が『風』使い…、だが、我らに敵うものか」

「止めてみせる!」

梨乃は術で攻撃を止めた後、怪の胸元に向かって火を纏わせた御札を放った。

「あっ!」

ここでは負けぬという気で怪も赤黒い気を放ち、弾を大量に放ったが、全て燃えて消えてしまう。

「『裂風斬』!」

梨乃は『風』を纏わせた御札を持つと、剣のように振り、衝撃波を飛ばした。

それで怪は跡形もなく消え、奏音がその場に倒れていた。



「奏音君!」

奏音はやっと事で目を覚ましたが、目は虚ろなままだった。

「あっ、芽衣……」

そして、俯き、三人から目を反らした。

「なんで俺、生きてるんだろ…」

「無事で良かったよ、奏音君。」

梨乃はそう言って手を差し伸べたが、振り払われてしまった。

「何で俺は死んでないんだよ!そうだ、あれに刃物を渡された時、自分を刺せば良かったんだ…。」

「奏音君が死んだら私も静葉ちゃんも悲しむんだよ?!」

「うるさい!」

奏音は芽衣どころか、全てを拒絶していた。 

「俺なんかが生きててしょうがないだろ?!誰にも愛されずただ、哀れみの目を向けられて、俺の気持ちなんて誰にも受け止めてくれなかったんだよ!」

「それじゃあ、芽衣ちゃんの事はどう思ってるの?」

梨乃がそう優しく問い出した。

「芽衣の事…、好きだよ。だけど、好きになるのと愛するのは違う。芽衣…、お前は俺と違ってもっと幸せになる権利があるんだ…。俺と居るのは芽衣の為にはならない。だけど…、芽衣の事を考えると苦しいんだ。自分でもそれが何なのかは分からないけど…。」

「奏音君、私も奏音君の事が好きだよ!」

だが、奏音はそっちに向かおうとしない。

「芽衣…、お前は凄いよ。あらゆるものを愛して、自分も愛されてな。俺なんかとは違うんだよな?!どうせ俺は可愛げのない奴だよ!俺は芽衣みたいに光にはなれない。自分の闇には押し潰されて、苦しむんだ。」

奏音の身体全体が震えている。

「俺は誰にも愛されなかった!」

今まで溜まっていたものを吐き出すかのようにそう叫ぶと、その場に跪いて泣き崩れた。

そんな奏音を芽衣はゆっくりと抱え、肩を持った。

「どうして今まで本当の気持ちを打ち明けてくれなかったの?」

奏音は両手を地面に押し付けていた。

「どうせ言っても聞いてくれないと思ってたんだ。俺の気持ちなんて…、誰にも分かってくれないから。だけど…、今なら素直になれるかな。芽衣、俺はこれからどう過ごせば良いんだ?」

「奏音君は今までのように私達の側に居てくれたらそれで良いんだよ」

すると、奏音は突然芽衣にしがみついた。

「芽衣…、ありがとう…、そして、ごめんな。俺、ずっと芽衣みたいになりたかったんだ。芽衣と同じように苦しい時も誰かと手を取り合って生きていきたいんだ。

俺、ずっと愛に飢えてたんだ。見返りも何もない愛が欲しかったんだ。だから……、俺になけなしの愛をくれ!」

すると芽衣は奏音と静葉を抱き締めた。

「奏音君……、分かったよ、それなら私はその気持ちに全力で応えるよ!」

奏音の身体から出ていた黒い気は、いつの間にか消え、久々に青空が広がっている。神社の扉は崩れていたが、もう何も現れる事はなかった。

梨乃が安心して、その場を離れようとした時だった。

「奏音、静葉」

奏音達の両親がやって来たのだ。

「あっ…、お父さん、お母さんも」

二人の目からは涙が溢れ出ていた。

「今まで、本当にごめん。これからはなるべく居る時は二人の側に居る事にするよ」

二人は奏音と静葉を抱き締めていた。これ以上言葉を交わす事はなかった。それだけで思いが伝わったのだ。今までの溝を埋めるかのように涙を流して、笑い合っていた。



芽衣達の周囲がやっと安定した頃、三人は青波台の渡辺邸にやって来た。そこには、志保と玲奈はもちろんの事、梨乃や智、勤も集まっていた。

芽衣達はその後の話をして盛り上がった。

奏音と静葉の周囲は見違える程に変わった。両親は忙しくない時は奏音達の側に居てくれるようになったし、態度も優しくなった。芽衣は母親が居ない分、寂しい事もあったが、父親は面倒を見てくれたし、奏音達にも優しくしてくれた。奏音自身も芽衣に乗ってくれるようになったり、以前よりも素直に気持ちが伝えられるようになった。

町も心無しか明るくなっているような気がするが、滅亡に向かってる事には変わりない。

それを聞いた玲奈はこう話した。

「それじゃあ、青波台に住んだら良いんだよ!」

「えっ、それ良いですね!奏音君!」

「芽衣、故郷を捨てる気なのか?」

「いずれにしろ滅んだら住めなくなるでしょ?」

奏音は呆れた顔をしたが、その目は優しかった。

「そうだ、三人とも」

梨乃が三人の手のひらにあるものを載せた。

「これは何ですか?」

それは、霊水晶が込められたお揃いのブレスレットだった。

「芽衣ちゃんの霊水晶壊れたでしょ?それと同じじゃないんだけど、代わりに作ったの。気に入ってもらえると嬉しいんだけど…。」

「そんな、俺達も、良いんですか?」

「うん、大切な人にあげることにしてるからね。全然良いよ。」

三人はブレスレットを着けて、笑い合っていた。

「何か、こうして新しい世代を見てると、茂だったらどういう物語を書くのかって思ってしまうわ。」 

志保がポツリと呟いた。

「私はお祖父ちゃんみたいにこの物語を次の世代へと伝えていくよ。」

「そっか……」

志保は縁側に座り、かつての茂がそうしてたようにお茶を飲んで、空を眺めていた。



そして、何年か経った日の事。志保の看病に優太と玲奈が来ていた。志保は、自分の最期がすぐそこまで来てると言うことを分かっていた。

「二人とも、悲しまないで。私は大丈夫だから…」 

「そんな…、お祖母ちゃん!」

「私は、茂の所へ向かうだけだからさ…」

実の息子である優太よりも、玲奈の方が別れを惜しんでいた。

「お母さん、お茶居る?」

「ありがとう、でも…もう良いよ。」

「お母さん?」 

志保はそれから先、言葉を発する事がなかった。

「そんな…、そんな事って…。」

「お祖母ちゃん!」

志保はあの時の茂と同じく、眠ったように死んでいった。

その目は穏やかで、安心したかのようだった。



志保の魂は身体を抜け出して海を渡り、冥界へと行き着いた。そこには三途の川があり、銀髪の船頭の死神の舟に乗って行った。

「そういえば、君を待って生まれ変わってない人が居たっけな」

「そうなんですか?」

「ああ、あの向こう岸でね、待ってるんだよ」

志保は舟を降りると、彼岸花が咲く花畑を駆け回った。無限に続く赤い景色の中に一つ、緑色の何かを見つけた志保は駆け出し、その者が居る方へと向かって行った。

「茂!」

茂は志保の姿を見るとすぐ様駆け出し、抱き締めた。

「志保…、会いたかったよ」

「茂…、私もそう、ずっと会いたかったんだ!」

そして二人は手を繋ぎ、天空の塔へと向かった。

「あそこに行けば生まれ変われるんだな」

「茂、一緒に行こう」

冥界と地の果ての世界の狭間に天空の塔はある。そこは誰も知らない遠い昔からそこに立っていた。

二人がそのなかに入ると、魂だけになった身体が昇り、頂上にある光へと向かった。

「「「次の世界でまた会おう。」」

そして二人は光に包まれ、二度と姿を現すことは無かった。



「これで良かったのか、シェイル?」

青いフードを被り、鎖鎌を持った死神が、銀髪の死神にこう訊いた。

「ウォル……、本人がそう望んだんだろう。僕達が手を出す所ではない。」

「だが、あいつはまた過ちを繰り返す。それで俺達に被害があってもいいのか?」

「何かあったら智に頼むし、僕も行くよ。しかし、こういう魂というのは無くならないものなのだな。」 

「そういや、もうすぐ智の子供が出来るのだな?」

「ああ…、人間との間の子だったけな、あいつ、色々な人の反対押し切ってまでも産むつもりで居るんだよ。生身の人間が死神の子を産むなんて……。」

死神の出産というのは、普通の死神でもかなり負担のかかるものだった。子供の力が強過ぎて、命を落とした死神も少なくない。

「その辺の事はフォレスに任せるよ。さて、我々も無駄話はよして仕事に戻るかね。」

二人は自分の舟に戻っていった。

物語は脈々と受け継がれる…。一人一人の人生は短いかも知れないが、様々な人が集まり、繋がり合う事で世界と歴史という一つの物語が出来るのだろう。そして、それを語り継いでいくのが、人々の使命なんだろう。

何かが終わって、始まる物語がある。誰かの死は終わりではない、次なる物語への始まりなのだ。

さて、次は誰がいかなる物語を紡いでいくのだろうか、また次の物語で会うとしよう。

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