崩れた日常
………何かの終わりは何かの始まり。全ての事は始まりがあり終わりがある。死出山は滅び、そこは人々から永遠に忘れられる事になった。だが、死というのはこの世の理、必ずこの死出山の役割は何処かで果たさなければならない。
そして、次の場所、山が生まれた。だが、それは新たな悲劇と物語の始まりと、その地の終わりを意味していた…。
O県K市九泉岳町、山あいの小さな町だったが、賑わいは絶えなかった。そこで暮らす小学五年生の少女、山科芽衣は、小学校の運動会で一際目立っていた。
「かなとくん、頑張って〜!」
芽衣が応援してるのは、同じ学年で幼馴染でもある有年奏音だった。
「芽衣ちゃん、相変わらず凄いね…。」
それを横目で見ているのは親友の吹田円と、志賀大我だった。
「うん、奏音君は格好いいもん!」
芽衣の二つくくりの黒髪がぴょんと跳ねた。
「そっかぁ…私も負けないように応援しよっと、」
二人も芽衣に続いて応援しだした。
この学校は、一学年につきクラスも二つくらいない程の小さな学校だか、イベントの度に地域の人が集まって、活発に行われていた。
そして、奏音が汗だくになって帰ってきた。
「奏音、お疲れ、」
大我が奏音の首にタオルを巻いた。
「おっ、大我ありがとな」
奏音はそれで汗を拭き取り、自分の椅子に座った。
「次は俺が応援しないといけないからな、」
奏音は前を見て、小さな集団の中の一人を見つめた。
「静葉、頑張れよ!」
それは、小学一年生の奏音の妹だった。
「静葉ちゃん!」
静葉ははちまきを締め、グラウンドの線の上に立った。
「位置に着いて…、よーい、ドン!」
静葉は真っ直ぐ向いて、一気に線の上を駆け抜け、笑顔でゴールテープを切った。
「やったな、静葉!」
「あっ、お兄ちゃん!」
静葉は一位の旗の横で元気に手を振った。
「よし、私達も頑張らないとね!」
芽衣達は立ち上がって次の出番の準備をした。
穏やかな日々がずっと続くとは限らない。だが、人はそれを忘れてしまっている。
「こんな日々がずっと続くと良いなぁ…」
だが、芽衣の願いは虚しく、間もなくこの町は滅びの道を辿って行くのだった。
芽衣は学校から帰り、家の中に入っていった。
「ただいま、お母さん。」
芽衣の母親は自分の部屋で横たわっている。彼女は生まれつき病弱で、芽衣を産んだときや、育てている間もよく具合が悪くなり、まともに動けないこともしばしばだった。その為、芽衣は幼い頃から家事をして、無理をさせないようにしていた。
「ごめんね、本当は私がするべきなのに…」
芽衣は笑って母の頭を撫でた。
「ありがとう、私はお母さんが居てくれるだけで嬉しいよ。」
芽衣は、両親が健康な周囲にとっては当たり前のような生活を、ちっとも羨ましいとは思わなかった。両親が側に居てくれて甘えられる。友達が居てくれる。それだけで芽衣は幸せだった。
そんな生活をずっと続けているせいで、芽衣は学校でもお母さんっぽいといわれるようになった。しっかりとしていてちょっとお節介なのは、母親の影響を受けていた。
芽衣は一人で晩ごはんを作って食べ、母にもあげに行った。大抵の事は一人で出来るようになった。父親は忙しく、帰って来れない分、芽衣が看病をしたりもした。
しばらく経ったある日の事だった。朝起きると母親の様子がおかしく、芽衣は慌てて病院に電話を掛け、部屋に向かった。
「お母さん!」
母親はいつもより苦しそうで、青褪めていた。
「芽衣…」
芽衣は見るに堪えないその表情に、どうする事も出来なかった。すると、母親は芽衣の手の上にあるものを乗せた。
「これは…、」
それは、水晶が嵌まった銀色のペンダントだった。
「これを私と思って大切にして…。」
「お母さん!私は…、」
そして、その腕は力が抜けたように下りていき、そのまま息を引き取ってしまった。
「そんな…、どうして…」
芽衣はその横で顔を伏して泣いていた。
翌日、遺体は棺の中に入れられ、火葬された。芽衣とその父親はそれを何も言わずに眺めている。ずっと病弱で、いつかは来ると思った別れ、だが、芽衣にはその準備が出来ていなかった。
ずっと一緒に居れないのが当たり前ではないと分かっていても、やっぱり別れというのは辛いものだ。
芽衣は涙を堪えて、ペンダントを握り締めた。母親が生前肌身離さず着けていたものだった。
こういう時も、芽衣は泣き言は言わなかった。それがずっとそんな日々を送っていたが故の強みと言えるのだろうか。
いつもは誰よりも元気な芽衣も、その日はどんよりと落ち込んでいた。大切な人が居なくなってからの人というのは、誰しもそうなるのだろうか。ただ、芽衣にとっては初めての経験であり、それが一番近い存在である母親だったのだ。
もやもやした気持ちを抱え、横断歩道で信号待ちをしていた時だった。目の前にはなんと、血塗れで倒れている少年が居る。芽衣はその子に見覚えがあった。
「えっ…大我君?!」
大我は息もしておらず、身体は冷え切っていた。
「そんな…、そんな事って…。」
芽衣は慌てて電話を掛け、そのまま学校に向かった。
「そんな事があったんだ…、大我君…。」
円は空っぽの大我の席を見て悲しんだ。
「どうしてそんないきなり…」
その横に奏音もやって来た。
「奏音君!大我君が…」
奏音は周囲を見渡すと、吐き捨てるようにああそう、と言ってそのまま行ってしまった。
「なんで?悲しむとか無いの?」
円のその声には怒りの色があった。芽衣も奏音を見たが、怒ろうとは思わなかった。
すると、担任の先生がやって来て皆は席に座った。
「大我君が亡くなったのはとても悲しいですが…、最近は事故も多いです。皆さんも命を大切にしましょう。」
芽衣はその声を聞きながら、花瓶が置かれている大我の席に目を向けた。ついこの間まで、一緒に授業を受け、奏音や他の男子達と騒いでいた。意外にも友達が少ない奏音の理解者の一人であり、芽衣にとっても大切な人だった。
だが、肝心の奏音は悲しむ気配を見せない。芽衣の母親にもお世話になったはずだが、お葬式には来なかった。
「一体どうしてなんだろう……。」
そろそろ暑くなる頃なのに、空には曇天が広がっていた。
梅雨だから仕方のないという声の一方で、何かの前触れだという人も居た。
芽衣は奏音に近づき、こう言った。
「やっぱり…、なんかおかしいよ。」
奏音は首を傾げた。
「何がおかしいって言うんだ?」
「奏音君もそうだけど…、町がおかしいよ。どうして急に人が死んでくの…?」
奏音は芽衣程、事を重大と捉えていなかった。
「別に俺達が気にする事じゃないだろ?」
「お母さんも、大我君も死んだし、町の人も消えていってるんだよ?!それに…、奏音君、静葉ちゃんが死んでも良いの?!」
奏音が突然驚き、考え込んだ。
「それは…、静葉だけは…。」
「どうしてなのか、調べようよ!ね、奏音君?」
「何で俺なんだよ?!」
奏音は全力で拒否したが、芽衣はお構いなしだ。
「それじゃあ、町を調査しよう!」
奏音はため息をついたが、静葉の事を思い出すとはっとして、芽衣の方に向かった。