41話 「がらくたとナイフ」
――どうしてだ。
「なんでこんなことになった……!」
〈雷の子〉ラディカ・レイデュラントは人目をはばからずドラセリア王城への道を全速力で駆けていた。
さきほど襲撃をしてきた相手は、ものの数秒で戦闘不能にした。
それから竜影機関員として叩き込まれた忌まわしい手腕によって情報を引き出し、その瞬間、後始末を部下に投げて走り出した。
ラディカが得たのは今回の一連の襲撃の首謀者と、その協力者について。
首謀者はもはや疑う余地がなかった。
「ヨルンガルドが攻めてきたのはいい」
和平条約などあってないようなものだった。
もうあの国は和平条約では縛れない。
なぜならそれを反故にしたとて誰も非難ができないからだ。
周辺各国が束になっても敵わぬほど、ヨルンガルドは大きくなりすぎた。
「でも、そんなことはこの際どうでもいいんだよ……!」
だが、今回の襲撃は周到にすぎる。
竜影機関が敵の領内への侵入を感知できなかった。
一度や二度ではない。
機関から伝達が来るのは、いつも敵が近くに迫ってからだ。
その理由を、ラディカはさきほど知った。
◆◆◆
ラディカはやがてドラセリア王城へとたどり着く。
場所は一階にある大広間。
そこはドラゴンレースの受付のために開かれていたが、レースがはじまった今となっては役割を終えてもぬけの殻であった。
「――いるんでしょう」
だが、ラディカはそこに気配を捉える。
「――よくわかったね。さすがは竜影機関員」
ふと、ラディカの声に応対して柱の陰から現れる者が一人。
「……ミミアン第二王女殿下」
「その顔は全部わかってるって顔だね、ルナのお兄さん」
そこにいたのは、このドラセリアの第二王女――ミミアン・ルー・ドラセリアだった。
「理由をお伺いしてもよろしいですか」
「なんとなくわかってるんじゃないの? あなたたち竜の影は王族の影にはひそめないけど、それでもいろいろと情報は集めているじゃない。――まあ、わたしの影にひそめないからこそ何度も敵に先手を取られたわけでもあるけど」
ミミアンは不敵な笑みを浮かべている。
だがラディカはその笑みの中に妙な空虚さも感じていた。
「陛下との確執ですか」
「んー、確執っていうとなんか堅い感じがするなぁ。もっと単純なんだけど――まあ、あれこれ説明するのも格好がつかないし、ひとまずそんな感じでいいや」
ミミアンはくるりと衣装を翻しながらその場で回って見せる。
「王族にしては質素でしょ。わたしって容姿がお姉ちゃんより派手だから、少しでもお姉ちゃんより地味に映るように、式典のときでもこういう質素なものを羽織るの」
ミミアンのまとう衣装は王族らしく上質な絹糸が使われているものの、装飾のたぐいは多くない。
ちょっと位の高い聖職者といってもさして違和感はない程度だ。
「お父様にとってはわたしはいらない王女だからね」
「そんなこと……」
「気持ちはわからないでもないんだけどね」
国勢の悪化。生まれなかった王子。
美しい娘には恵まれたが、今の低迷している国情から次代を切り開く象徴とするには、いささか可憐すぎた。
「焦ってるんだよ、王は」
思わずラディカはうなずきそうになったが、すんでのところでそれをこらえる。
「あはは、いいね。わたしとしてはやっぱりあなたたち竜の影をもっと隠密外交に使うべきだったと思うよ」
正論だ、とラディカは内心で思う。
「でも、お父様はそういう転換点になる勇気がなかったんだね。汚くて効率的な方法じゃなくて、もっともドラセリアらしい綺麗な正攻法で、この国を押し上げることに執着した。だから、足元がお留守になったんだよ」
一歩、二歩、舞うようにミミアンが広間を跳ぶ。
「捨てたがらくたが、隣の国のナイフを背に隠し持っていたとも知らずに」
「考え直してはいただけないのでしょうか」
「――無理だね。もう遅い。ここで降りたらわたしは殺される。お父様に殺されるかもしれないし、向こうの誰かに殺されるかもしれない。もうわたしは、成し遂げて向こうに行くしかないんだよ」
「まあ、成功すれば一生安泰に暮らせると思うけどね」と付け加えて、ミミアンはふいに一歩後ろへ下がる。
「では、お手並み拝見。悲劇の一族、ドラセリアの象徴――レイデュラント一族の世にも珍しい大地の舞踏をごらんあれ」
ミミアンの影から、黒い装束を羽織った刺客が、姿を現した。