40話 「違和感」
――この程度か。……引っかかりがあるな。
「ちっ、ちょこまかと……!」
フレデリクは刺客が接近して繰り出してきた長槍の一撃を首をかたむけて軽々と避ける。
刺客の動きはけっして悪いというわけでもなかったが、かといって悪名高いヨルンガルドの力を感じるほどでもなかった。
そのことにフレデリクは一抹の違和感を覚える。
「……アルマージ、先を急ごう」
『この火の粉は払わなくてよいのですか?』
「もう終わった」
フレデリクはふいに刺客から視線を外す。
刺客はその隙に再び竜上から長槍を繰り出そうとするが、その槍がフレデリクに届くことなかった。
「――〈氷剣・斬葬〉」
フレデリクが視線を外した瞬間には、刺客の両腕が肩から青白い氷の剣に両断されていた。
さらにそのことに刺客が気づいたときには、宙空から氷結音とともに現れた三振りの氷剣が、刺客の首を三方から切り結んでいた。
『やはり、あなたの魔術は美しい。整然としていて、無駄がない』
「基本に忠実すぎてつまらないと言われることもあるがな。……まあ、私の場合は魔術に面白さや興味深さは求めていないからさして気にならないが」
フレデリクはそう言いながら思考を戻す。
「……捨て石だな」
『今の刺客が、ですか?』
「ヨルンガルドの手の者というわりには戦い方がお粗末すぎる。そもそも〈魔導の国〉と謳われるかの国の刺客が、なんの変哲もない長槍一本で暗殺に挑むだろうか」
『竜上だから、というのは理由になりませんかね』
「ヨルンガルドは黒い鱗の竜を配下に――あるいは協力関係で――収めているという。それが本当にあの黒竜かどうかは定かではないが、少なくとも竜自体との関係はあるだろう。そしてこのドラゴン・レースを政敵の暗殺の場に選ぶくらいだ。竜上での戦いにもすでに十分優れているとみるのが妥当だな」
もし、かつてあの悲劇の場で見たような野生の竜が、自分より優れた力量の乗り手によって操られ、迫ったとき、はたして自分はそれに対抗することができるだろうか。
ふとそんな思いがフレデリクの中に湧いた。
――それでも、やるのだ、フレデリク。
「……あなたもあの戦に旅立つ日は、こんな気持ちだったのでしょうか――父上」
かつて母と弟妹そろって見上げたあの竜空が、フレデリクの脳裏にほんの一瞬、よみがえった。
◆◆◆
それから二度、フレデリクはヨルンガルドの手のものと思われる刺客に襲撃された。
しかしフレデリクは持ち前の冷静さと秀才と呼ぶに足る力量でそれぞれを退ける。
一方で、当初に抱いた違和感は徐々に確信へ変わっていった。
――消耗させられている。
入念だ。
本命が後ろに控えていることはもはや明白だった。
その本命はもしかしたら最初から自分より戦いに優れているかもしれない。
しかしそれでも、ヨルンガルドは目的のために手を緩めない。
――魔力の残量も気にしなければな。
自分に末妹ルナフレアほどの保有魔力があれば、さほど気にする必要はなかっただろう。
そして次男ラディカのような肉体戦闘術があれば魔力を消費する必要もなかったかもしれない。
「お前にも負担をかけるな、アルマージ」
『いいえ、たいしたことありません』
アルマージの答えは例のミアハに開発してもらったという魔導筆記ではなかった。
身振りだ。
たいしたことないと首を優雅に振って見せたが、おそらく多少なりとも消耗はあるのだろう。
――私にミアハのような眼や、空中機動への適応力があれば、お前にそこまで気を遣わせながら空を飛ばせることもなかっただろうに。
アルマージは自分の体に負担をかけないような飛び方を選んでいる。
あえて強い風を避け、そして再び速度を出すためにみずからの翼を強めに羽ばたかせ、再び風の軌道に戻る。
その繰り返しは、アルマージの体力を徐々にではあるが確実に奪っていく。
『あと、ほんの半分です。しばらくすればドラセリアの中心街上空へ戻れます。人の目があれば刺客の手も緩むでしょう』
「……そうだな」
あるいは、そこで最後の手段を出してくるかもしれない。
――民衆の目があるからこそ。
先頭を切るドラセリアの軍事の象徴、悲劇を乗り越えし次代の尖兵。
それが、再び民衆の目の前で凶刃に倒れれば、彼らの意気は少なからず失墜する。
「――防げよ、ラディカ」
そこでフレデリクは暗い予測を打ち切る。
代わりに、おそらく自分よりもっと面倒な騒動の中にいるであろう弟のことを思った。