春の終わり、再会
わたるくんとの出会いは、先生と生徒という形だった。
彼が高校生の頃、塾で講師をしていた私の担当生徒だったのだ。
中学までは塾に行ったことがないという彼の、個別指導に当たることになった私は、くしゃっとした男の子にしては少し長めの黒髪、垂れた目元から受ける柔らかい印象に、ひとめで好感を持った。
ただの生徒への好感は、同じ趣味を持っていたということもあり、二年と少しの月日を経て、立派な恋心に代わる。
テレビゲームでもこんな陳腐な展開は許されないだろう、というくらい簡単に参ってしまった私が、最後に出来たのは、AO入試のあと、夏前に受験が決まった彼をお祭りに誘い出すだけだった。
あの夏はただの思い出だった。
ただ手をつないだだけの、淡い想いで。
それがどうして、今、彼とお酒を飲んでいるのだろう?
「先生は、きれいになりましたね」
「あの頃と変わんないよ」
「いえ、社会人になられたせいか、垢抜けたというか……とにかく、まだ大学生の僕が同席していいのかって心配になります」
そう言って笑ったわたるくんに、こっちこそだよ。と心の中で言い返す。
今年大学四年生になる彼は、つい先月――五月のことだ――に内定が決まったらしい。
「来年から、僕はエンジニアです。といっても配属は分からないんですけど」
へへ、と笑った彼の就職先はベンチャー系のIT企業。
営業は向いてなさそうだし、大学ではデータベースやプログラミングを勉強していたようだから、ぜひそっち系に配属されてほしい。
「――そういえば先生、結婚されたんですか?」
居酒屋然としたがやがやとした店内で、うっかり聞き逃しそうになる。小さな声でそう言って、グイっとジンジャーハイボールを一気飲み。顔の赤くなったわたるくんの視線の先は私の左手薬指。
この間買ったばかりの、エメラルドのハーフエタニティリングが輝いている。
「恥ずかしいけどね、自分で買ったの」
「彼氏さんには買ってもらわないんですか?」
「いないから、彼氏なんて!!」
思わず叫んでしまって、周囲を見回した。今回ばかりは居酒屋のにぎやかさに救われた。
だって、恋心は失われていなかった。
自分のことに手いっぱいで、いっそう赤くなったわたるくんが何かを言っていたのを聞き逃してしまった。
(彼氏ね、彼氏……)
わたるくんのことを忘れるために、作ろうと思ったときもあった。
でも、こうやって会ってしまうと――
また蘇ってきた気持ちが、私を苛む。
きっとまたしばらく、忘れられないだろう。前よりも少し大人になった彼のことを。




