第9話「まさかの戦い」
現地へ向かう間、ファントム・シーカーが次々とやられていくのを眺めていた。本当は転移魔法で一気に飛んでも良かったのだが、敵のおおよその強さを把握するためだ。
キル・カメラ越しに見せ付けられる技からの推測ではあるが、なるほど、これは予想以上の強敵かもしれない。見たままの光景をそのまま口にするとすれば、いくつもの緑色の閃光がたった1人の少女から発せられている。
「これは……驚いたな」
昔、達人と呼ばれる剣術家の居合抜きを見たことがある。瞬きする間に振り抜いてしまっていて、その想像を絶する神技に度肝を抜かれたものだ。
今はあれすらお遊戯に思えてしまう。なぜならあのレベルの一刀が、何度も、何度も放たれているのだ。まるで星々の流れる様を見せ付けられているような巧みな槍さばきである。
「ステータスチェックをしてみなければわかりませんが、少なくとも、これまでの雑兵共とは別格のようですね」
「ウロボロスもそう思うか」
武道に関しては全くの素人である俺だけでなく、剣技に精通するウロボロスもそう判断したのなら、これはもう確実だな。これまでの相手とは格が違う。見た目こそ少女だが舐めてかからない方が良さそうだ。そして、同時に強い期待も抱いてしまう。こいつなら何かしら有用な情報を持っているに違いないと。
「我が君、あそこです」
念のためウロボロスを先頭に現地へ降り立ち、改めて派手にやってくれている奴を見る。うん、やはり少女だ。アデルと同い年くらいで、16、17歳くらいだろう。しかしその槍さばきはカメラ越しに見ていた時よりもずっと凄まじい。全く見えないのだ。例えばそうだな、俺たちはヘリコプターの羽を目で追えるだろうか。それと同じだ。刃先がどこにあるのかわからない連続攻撃で、ファントム・シーカーがどんどん狩られている。
「見たところ、普通の人間にしか見えないけど……」
魔法、ラピッド・アイで高速戦闘でもしっかりと見えるようにして、ようやく理解する。その槍さばきを。どれもこれもがしっかり槍術として放たれていることを。
これはもう比べるまでもなく明らかに以前の騎士団よりも強い。一体、どれ程のパラメータを有しているものか。ステータスをチェックさせて貰おう。
「……って、うぉっ!?」
「我が君、お下がりください!」
ステータスチェック用の画面が開かれると同時に、ファントム・シーカーの亡骸があり得ない放物線を描きながら突っ込んで来た。間一髪。ウロボロスが手で弾いてくれたお陰で衝突を免れる。
完全に油断していた。見えなければウロボロスが知らない内に対処してくれて、落ち着いて対応できたのかもしれない。でも今はラピッド・アイで見えてしまっている。だからこそ驚いてしまったのだろう。ぶつかってもダメージなんて無いって頭ではわかっていても、元は平凡なサラリーマンだぞ。いきなり高速で何かが飛んで来たら変な声が出ちゃっても仕方ないじゃないか。
「あ、ありがとう、ウロボロス」
「いえ、御身をお守りすることは何においても優先されますから」
それにしても、あの動きと速さは異常だ。ステータスを見てみても、俺たちからすれば極めて低いこの数値で、あの物理法則を無視したような攻撃はできまい。魔力の反応もあった気がするし、きっとあれは魔法によって飛ばされたのだろう。
すると、なるほど、合点がいった。あの騎士は風属性の魔法を使えるのだ。だからこそ常人離れした槍術ができているに違いない。カラクリがわかってしまえば対処は簡単だ。魔法で俺の右に出る奴なんて、そうそういてたまるものか。
ひとつ咳払いして少女の方を見てみる。さっきまでの勢いはどこへやら、立ち止まっていた。なぜか困惑した顔をしている。
「……えーと、どちら様ですか? それと、どうしてそんな恰好を?」
やめてくれ、そんな痛い人を見るような目はやめてくれ。変に見えるかもしれないけどさ、俺なりに一生懸命に考えた魔王の衣装を着ているじゃないか。もっと驚いてください。受け入れてください。じゃないと痛い、持病の厨二病が荒ぶっちゃうから。
「人間……よくもやってくれましたね! 我が君に対して精神攻撃を仕かけるとは!」
お前もやめてくれ、ウロボロス。ここで庇ってくれるな。余計に痛くて、あぁ、くそ。穴があったら潜りたい。壁があったら殴らせろ。何でもいい。この内から湧いてくるむず痒い感覚を発散させてくれ。
「そこの方。必ずや助け出して、普通の服を着せてあげますからね?」
「やっぱり変か! 変なのか!?」
終わった。面と向かってこうも言われてしまっては、二度と立ち直れないかもしれない。魔王としての威厳を保つために、泣く泣く、あ、いや、本当のところはちょっとだけ格好いいと思いながらだけどさ、こんなナリをしているだけなのに。センスが無いっていうならドミニオンズの運営に物申してくれよ。俺は悪くない。そうだ、俺は悪くない。
「我が君、お気を確かに! 大丈夫です、我が君は十二分にカッコいいです!」
その時だ。俺の中で、大切な何かがプツリと切れた気がした。ふざけていい場面じゃないのはわかっている。一刻も早く情報を得て、次の行動を決めなくてはならないのもわかっている。でも、どうしてだろうな。童心に返りたい、といえばいいのだろうか。一周回って不敵な気分になってしまう。やるか、やっちゃおうか。厨二病を全開に発揮してさ、見せ付けてやろう。魔王ユウという人物がどんな奴なのかを。
「は……はははっ! 矮小な人間よ、初めまして、俺は魔王ユウ。使い魔が随分と世話になったようだな」
「魔王……ユウ?」
本気で理解できないといった顔をしているな。何かパフォーマンスが必要か。開き直った俺に不可能は無いぞ、覚悟しろ。
辺りを見渡して、比較的大きな木を発見。そこに向けてストライク・スマッシャーを放つ。木はおろかその辺り一帯を消し飛ばしてまっさらな平地へと変えた。どうだ、この圧倒的な力は。お前たちにこんな大火力をポイっと出せるか。どうだ、どうなんだ。と、威嚇気味に見つめているのに、ルーチェは全く驚いた様子がない。
「お……俺の力を思い知ったか?」
「流石は我が君です! あぁ、惚れ惚れしてしまいます!」
反応してくれたのはウロボロスだけなんですが、これはもう駄目だ。やめたい。せっかく振り切ってみたのにさ、なんだよ、その痛い奴を見るようなその目は。大体にしてお前が悪いんだろ。先制攻撃してきたくせに、精神攻撃まで仕かけてきて。くそ、捕まえて色々話を聞きたいという事情がなければ、いっそひと思いに吹き飛ばせるというのに。
そんな俺の葛藤を察してくれたのか、少女は顎に手を当てて少しばかり考える素振りを見せた後、大きく頷いてくれた。
「……なるほど、魔王ですか。確かに普通の人間とは違うようですね」
もうどうでもいいや。過程はどうあれ、あの一帯を吹き飛ばせるだけの力は見せたんだ。これで十分理解してくれただろう。俺の痛さではなく、強さを。俺が魔王なのだと。
「わかりました。この件は水に流しましょう」
「賢明な判断、感謝する」
さて、本題に移ろう。紫色の長髪を後ろで一本に束ねた少女は、ロアと同じようなプラチナ色の甲冑を身に付けている。聖リリス帝国の者ということで間違いなさそうだ。やって来た目的は偵察か、報復か、はたまた使者という可能性も無くはないか。
まぁ、理由なんて何でもいいか。改めてステータスを見てみれば、以前の騎士団よりは高い数値が並んでいるものの、さして脅威ではない。煮るなり焼くなり好きにできそうなくらいだ。
「聞かせて貰いたいな、その胸の内を。何かしら要件があって来たんだろう?」
「では……私はお願いがあって参りました。お話だけでも聞いて頂けませんか?」
お願い、か。驚きを越えて呆れてしまう。確かに俺たちは初対面だが、俺はお前らの仲間を大量に殺している。普通に考えればここは報復だろう。
いや、待てよ。こんな風にボケているが、思い出せ。こいつ、俺に向かってファントム・シーカーをぶつけようとしていたじゃないか。あれは偶然ではない。なぜなら、あれだけ荒れた軌道を描いた後に真っすぐ飛んでくるか、普通。魔法で狙ったとしか考えられない。だったら、やはり狙いは報復か。
「俺たちはロアの仇だ。よくもまぁ、お願いに来られるな。その前にやることがあるんじゃないのか?」
では、ここまでのやり取り全てが策略ということになる。奇襲で仕留める第一段階は失敗に終わり、会話でこちらを探る第二段階に突入した、といったところか。
まったく、油断も隙もあったものじゃない。そっちがその気なら、こちらからも少しだけ仕かけさせて貰おう。至極当然と思われるこの話にどう返してくれるか。
少女は小さく笑みをこぼす。まるで俺を小馬鹿にしているような笑いだ。見下されたのだろうか、さっきの痴態があったから。そう思ったのだが、どうやらそういう意味ではないらしい。
「失礼。決して魔王様のことを笑ったのではありません。ただおかしかったのです。騎士ならば仇討ちが先ではないか……そんな凝り固まった既成概念が」
凝り固まった既成概念だと。騎士の役目は属する国とそこで暮らす人々の守護であるべきだ。それが俺の中の、いや、現実世界で誰もが持つ共通認識のはずだ。ここは異世界だから別だとでも言うつもりか。
いや、いやいや、仮に騎士という職業の持つ意味が全く別だったとしても、同じ組織の人間が殺されたんだぞ。仲間の死を悼み、仇を討ちたいと思う。これは職業云々以前に、倫理的というか、道徳的というか、とにかく人として持つべき当り前の願望じゃないのか。
「なぜ笑う? 聖リリス帝国の騎士たちは薄情なのか?」
「そうですね、少なくとも私は人でなしの部類でしょう。騎士も、騎士団も、毛ほどの価値も無いと思っています」
なんて大胆なことを言う奴だ。信用していいものか構えてしまう。でも、その一方でこれまでの騎士たちよりは話しやすく感じてしまう。
思い返せば、あのアデルの村を襲っていた奴なんて、口を開けば聖戦、聖戦と言っていた印象しかない。同じ言語を話しているはずなのに会話が成立する気がしなかった。ロアもまた別の意味でそうだった。何やら含みある言い回しばかりで、腹の内を知るなんて無理だと思ってしまった。
ではこの子はというと、驚きの発言をされたものの、逆に言えば驚いてしまうような内容を話して貰えそうな期待が持てる。こちらとしても願ってもない状況ではないだろうか。
「騎士に関する話はもういい。俺も仇討ちの相手なんて面倒だ。それで、お願いって何だ?」
ならば、ここは素直に流れに乗ろう。適当にベラベラと語って貰って、そこから得られるものがあればそれで良し。お願いとやらの内容次第で交換条件で更に聞いても良い。拒否されたとしても、こちらの方が強いのだから無理にでも吐かせてしまおう。
「単刀直入に言います。アデルに会わせて頂けませんか?」
何やかんやとしてくれた割に、あの騎士団と同じくアデルに用事があるとは。結局はこいつも聖戦とやらをしに来たんじゃないか。そうバッサリと切り捨ててしまおうと思ったが、あれ、と気付く。この雰囲気は敵対のそれじゃないような気がする。その全く逆。親しみにも似た感情が篭っているような目をしているように見える。
これは演技なのか。もしもそうなら、この子は優秀な役者になれるぞ。でもそうでないとしたら、一体、そこにはどんな意味が込められているのだろう。
「先に言っておきますが、警戒しているのは国だけです。私は違います。私はアデルの友達で、ただ話をしに来ただけです。疑われるのなら本人に聞いてみて頂けませんか?」
友達。そうか、友達か。年齢は近そうだし、何より、そんなすぐにバレる嘘を吐くはずがない。一応の確認は必要だが、この友好的な感じといい、恐らく本当なのだろう。
ただし気を緩めることはしない。友達というのは事実かもしれないが、だからといって敵ではないという保証はどこにもない。国を挙げてアデルを討とうとしているんだ。友達という間柄を利用した刺客かもしれない。
その時だ。同様に思ったのだろうか、ウロボロスが待ったをかけた。
「我が君、人間は小賢しいものです。友好的に見せかけているだけかもしれません」
「俺も丁度、そんな風に考えていたよ」
アデルに聞いてわかるのは友達か否かだけだ。敵対していないという証明は誰にもできない。しかし、この話がここで終わりになるかといえばそういう訳でもない。なぜならこいつは、魔王のいる危険な地に、アデルに会うために単身でやって来ているのだ。簡単には引き下がらないだろう。
「では、どうすればアデルと会えますか?」
「会う、会わないの前に、まずはアデルにお前のことを知っているのか確認しなくてはならない。俺は見ているからな。お前たち騎士共が寄ってたかってアデルたちを殺そうとしていたのを」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
わざわざこんな意地悪な言い方をしたのに一切反応しないか。不気味なくらい神妙にお辞儀されたぞ。アデルの友達ならば思わないことはないだろうに。否定したり、その理由を説明したり、あってもいいんじゃないのか。
仕方ないな。本当はここまで俺から言いたくはなかったが、直接要求させて貰おうか。
「待て。お前まさかタダでやれと言わないよな? 散々こちらのモンスターを殺しておいて、それは虫が良すぎないか?」
「そうですね。アデルと会わせてくれるのなら、私は情報開示を惜しみません。何でも聞いてください」
「……気に食わないな。お前、俺を舐めているのか?」
「なぜですか? 私はご要望通りにしたいだけですが?」
これは参った。まさかの情報を惜しまないと来たんだもんな。言葉通りにしてくれるのならこれ以上ない美味しい展開だ。でも勘違いするな。こいつは敵だ。こちらに確認する術が無いのをいいことにホラを吹かれるかもしれないんだ。そう思わせないようにもっと情報を惜しむとか、何なら演技でも嫌そうにしてくれたらいいのに、反対に大盤振る舞いにされたらさ、かえって信じがたくなってしまう。そのくらいわかるだろうに。
どうしたものか。口が軽過ぎて逆に信用できないとなると、対処の仕方が検討も付かない。ここは適当な質問をしながら打開策を考えるしかないか。
「なら聞かせてくれよ。お前は騎士なんだろう? 騎士の役目ってのはどんなものだ?」
「騎士ですか? そうですね、元は馬に乗って戦う戦士のことですが、今は意味が変化して、国と国民とを守る戦士全般を指し示す称号になっています。あぁ、そういう意味では何でも話すなど信じて貰えないかもしれませんね。ただ先ほども言ったように、騎士になど毛ほどの価値も感じていません。騎士道を歩んではいますが崇高な騎士になりたいとは毛ほども思っていませんよ」
こいつが騎士かどうかなんてどうでもいい。問題は情報とその信ぴょう性の保証だ。それを得るためにはどうすればいい。うーん、難しいか。こいつがアデルを心から心配している本当の友達だと証明できないように、情報の確かさなんて証明しようがないじゃないか。相手には酷なことを言っておいて、自分には甘くなっていたのかもしれないな。
俺が悩んでいるのを見かねたのか少女は小さな溜め息をひとつ吐くと、観念したように言葉を付け足し始める。
「では、こういう話はどうでしょう。騎士道とは道。道はどこかへ通ずるもの。行き着く先には必ず目的、目標、理想がありましょう。では、騎士道における騎士とは何でしょう?」
こちらとしてはその手の話はもうどうでもいいのだが、向こうにも何か意図があってのことだろう。ここは言葉遊びに付き合って、打開策を練る時間稼ぎをさせて貰おうか。
真面目に聞けば不思議な考え方だな。騎士道。この道という部分にだけ注目するなんて発想はこれまで無かった。確かに道は果てしなくどこかへ通じていくものだ。だが、誰もがただ漫然と歩を進めている訳ではない。街を歩いている人ですら目的地がある。仕事人なら職場へ、買い物客なら店へ、学生なら学校へ向かっているだろう。散歩している人ですらゴールは我が家だ。道がどこまでも続いていたとしても、必ず目的があって歩いている。
それはわかる。では、その道における騎士とは何なのか。それは想像も付かない。ここは適当にそれっぽいことを言っておくか。
「……その考えなら、騎士が歩むべき理想ってやつか?」
「いいえ、答えはもっと単純です。手段でしかないのです。目的へ至る旅路を進む馬、とでもいいましょうか」
そういう風に考えるのか。確かに騎士とは役職に過ぎない。しかし騎士道となると、騎士道精神とか言うように抽象的なものになる。それがつまり目的だとすれば、騎士とは、その目的を果たすための具体的な手段と読み取れなくもない、のか。いや、待て。
「……完全に理解できたとは言えないが、これだけはわかるぞ。馬と言ったな。そんな物言い、誰かに聞かれたら大事だろうに」
これは偏見かもしれないが、騎士共はプライドだけは妙に高そうなイメージがある。それを馬と同じなんて言われて黙っていられるはずがあるまい。職業軍人みたいにお仕事で騎士を選んでいる奴らですら、大見え切っては言わないはずだ。それをこいつは堂々と口にした。
「いいえ、構いませんよ。私は今この瞬間のために騎士になった半端者ですから。それに周りには誰もいません。私の部隊は退かせ、残りは魔王様が全滅させましたから。それがわかっていたから、誰にも咎められず、こうしてお願いに参ったのです」
「なるほど……そうか」
今この瞬間。それはアデルに会うためにということだろう。この辺も突っ込んで聞いておきたい気もするが、それよりも、ひとつだけ大切な確証を得たことの方が重要か。
こいつは、この話に関しては嘘を言っていないことがハッキリしたのだ。バッサバッサと斬り捨てられたものの、ファントム・シーカーたちはまだたくさん残っている。周辺の索敵はもう済んでおり、結果、敵影は一切見当たらなかった。これが意味することはこうだ。周辺に敵影がいるかもしれない、だから私を殺したら大変なことになるかもしれないぞ、と脅しをかける材料を自ら投げ捨てた。そして、ひょっとすると俺はもう周辺の安全確認を終えていると考えて、信用を得るために正直に言ったのかもしれない、と。
「面白い奴だな、良い取引ができるかもしれない」
新興国とはいえ聖リリス帝国には母国も含まれるだろうに。ロアたちの生き方からは想像もできないほどの、悪く言うと自己中心的な、良く言うと自分に素直な奴だ。何をどう聞いてもその感想は変わりそうにない。変わりそうにはないが、馬鹿正直な真面目君よりはずっと信頼できる。色々と聞かせて貰おうかな、そう決めようとした時だった。
「我が君、この者は信用なりません」
ウロボロスが待ったをかけてくる。人のことを余り言えた立場ではないが、慎重な奴だな。まぁ、俺の身を何よりも優先して案じてくれているからだろうから文句も言えない。でもこれ以上ここで引っ張っても進展などしないのではないだろうか。
「じゃあ、どうする? 俺としてはこいつから色々と聞かせて貰いたいと思っているんだが」
「この者を捕らえて尋問すれば良いではありませんか」
尋問か。言われて思い出す。俺って、そういえば魔王を名乗っていたな。本来ならばそういう手段を真っ先に考えて実行するべきなのかもしれない。でも言われてもなお、その方法を選びたいとは思えない。むしろ拒絶したく思っている。それはウロボロス、お前も同じだろうに。その微妙とはいえ辛そうにしている顔を見ればわかるぞ。
「……なら、こういうのはどうだ? 俺の忠臣、ウロボロスと戦って買ったら望み通りにしてやるというのは?」
「ち……忠臣……! あぁ、そんなにも信頼してくださっているとは……感激です、我が君!」
横から抱き付かれて頬擦りされる。妙に痛い視線が刺さるが、さっき魔王と名乗りアピールした時に比べれば蚊に刺されたようなものである。気にしない、気にならない。それはいい。それはいいと強引に心を納得させて、こうすればウロボロスも納得してくれるだろう。
「見ての通り、俺のことを大好きで仕方のない奴だが、槍さばきは相当のものだ。まともに戦えばお前なんて瞬殺だろう。そこでハンデを付けてやる。こちらは一切の危害を加えないと約束しよう」
「それはありがたい話です。そちらが反撃に出たらこちらの勝利で宜しいですか?」
「あぁ、こちらは防御、回避のみ行う。更にそっちの敗北条件は、お前が諦めた時のみとする。心行くまで死力を尽くしてくれ」
舐めプだと思うだろうか。そう、完全な舐めプだ。でもこれにはちゃんと狙いがある。俺はまだこの世界の戦士たちの戦うところを観察できていない。数値だけ見て知った風になっているだけの一番危ない状態だ。だからあの神がかり的な槍術を思う存分見せて貰おうという算段だ。
「ウロボロス、反撃は一切無しだ。割れ物を扱うようにしてくれ」
「畏まりました。ご期待に応えてみせましょう。しかし……その前に、ひとつだけ確認させて頂いても宜しいでしょうか?」
頷いて見せるとウロボロスは顔を引き締めた。そういえばウロボロスの職業も騎士だったな。騎士を蔑ろにするあいつに一泡吹かせたいと思っていても不思議ではなく、その意気込みを話してくれるのかもしれない。こちらも自然と真剣に聞く姿勢になってしまう。
「私はフィアンセで忠臣ですから、揺らぐことのない愛で結ばれたと考えて――」
「――さ、早速始めようか! 日暮れ前には終わらせないと!」
「あぁん、我が君! 恥ずかしがらずとも良いではありませんか!」
真面目に対応した俺が馬鹿だった。仮にも戦いを前に何て余裕だよ。ま、どう転んでも勝敗は見えている以上、気持ちはわからないでもないけど。
「始める前に最後の確認だ。一戦交えてこちらが負けたらアデルと会う段取りを組もう。ただし組むだけだ。そこから先は自由意思。当然、アデルの意思を尊重する。会いたくないと言われたらそれで終わりだ。友達だって言うなら文句ないだろ?」
「ご配慮感謝します。反対に、私が負けた場合は何を望みますか?」
「情報だ。お前の持つ全てを聞かせて欲しい」
「異存ありません。では、よろしくお願い致します」
少女は一礼して、槍を低く構えた。真面目に相手をしてくれるのだろう。なんて健気なんだ。言い合いならいざ知らず、刃を交えることになったら勝敗は確定的に明らかだ。こんな完全に舐め切っているハンデ戦ですら余りにも一方的な出来レースになるだろう。でもまぁ、向こうが納得してくれたんだ。後はルールに則って正々堂々と戦って貰おう。
ウロボロスもまたグングニル改12を構えた。構えた、そう思ったのだが、どうやら違うようだ。握る右手はだらんと垂れ下がっており、あれでは、ただ持ち直しただけではないか。
「聖リリス帝国四大将軍、聖天騎士団二番席次ルーチェ。参ります」
「いつでもどうぞ。せめて、我が君を楽しませられるくらいは頑張ってくださいね」
風が吹く。優しく、穏やかに。でも決して、それは自然のものではなかった。そう証明するかのように、やがて風は明確な意思によって暴風となり、ルーチェの周りを吹き荒れる。そしてトルネードと化してその姿を覆い隠した。
「風よ、刃となりて勝利へ導け」
刹那、ルーチェは風と共に忽然と消えた。右にも左にもいない。見落としたというのか、この俺が。いや、よく見るとラピッド・アイの魔法が切れていたらしい。急いでかけ直して辺りを再確認すると、既に第一刀が振り下ろされる直前だった。
「エアリアル――!」
「――上ですか」
俺と違い、ウロボロスは生粋の戦士だ。ラピッド・アイなんか無くても音速の一刀すら見切れてしまう。だから見逃さない。しっかりと上空を見上げ、その姿を捉えていた。
ルーチェの周囲には風の槍が7本、全てウロボロスに向けられる形で浮いていた。それらが一気に降り注いだのである。これに対し、ウロボロスは小さく溜め息を漏らしながらシールドを展開して受け止める構えを取る。
「ランスロット、ファイア!」
「遅いですね、えぇ、全く話になりません」
防御態勢は完璧。事実、7本の槍はシールドに阻まれてへし折れ、霧散していった。最初の攻防はこちらの圧倒的な勝利だ。いくら数で攻めようとも勝敗は火を見るよりも明らか。例えば、小石をいくつ投げれば戦車を破壊できるだろう。そのくらい無謀な勝負を強いているのだからこの結果は必然だ。
「……え?」
魔法の力で全ての動きを捉える俺ですら見逃したというのか。見ると、ウロボロスもまた同様に驚かされたのだろう。その目が微かに見開かれて、ゆっくりと後方へ向く。あの瞬間、槍が7本落下したあの瞬間だ。あの時既に、ルーチェはウロボロスの背後を取っていた。そしてシールドが槍を受け止めるのとほぼ同時に、槍を突き出して来ていたのだ。
この緊急事態に対して、ウロボロスはグングニル改12で突きを防ぎにかかる。本来ならばこれで正解だ。こんな裏をかかれた時に、魔法やスキルなんて悠長に選んでいる暇は無いのだから。
「駄目だ、ウロボロス!」
でも、今、このルールにおいては致命的に駄目。ウロボロスとルーチェのステータス差は圧倒的だ。小石と戦車とで例えたが、それですら不適切な気がするくらいだ。そんな常軌を逸したパワーを有するウロボロスが、その手に握る槍で受け止めたらどうなってしまうだろう。
互いの武器が触れ合った。たったそれだけで、まるで子どもがダンプカーにでも跳ねられたようにルーチェの体は大きく舞い上がり、何度も地面にバウンドしながら吹き飛んでいった。勝敗は決した。これは意図していないとはいえ、立派な反撃である。
「も……申し訳ありません!」
ルーチェの技は凄まじかった。大げさなくらいのパフォーマンスからの高速移動、そして渾身の一撃に見えてしまう攻撃をカモフラージュにして、背後に回ってからの不意打ち。見事という他にない。敗北の悔しさよりも、ただただ感動だけを覚えてしまっている。
「どうしましょう……栄光あるオラクル・ナイツの名に泥を塗ってしまいました。この罪、万死に値します……!」
それに対し、ウロボロスはあらゆる面で優れていた。それが決定的な敗因だ。こちらが有している絶対的な有利条件。圧倒的なステータスの差。これを逆手に取られて勝敗が決まってしまったのだ。自刃したくなるくらいの後悔を覚えるのは当然だろう。俺だってそうしたくなってしまうだろう。でも、それを認めることは絶対にできない。
どこから取り出したのか、短刀を腹に突き立てようとしたウロボロスの両手を掴んで止める。間一髪だった。こんな短刀でも、本気で死ぬと決意すれば、死んでしまう可能性もあっただろうから。
「いいか、ウロボロス。こんな負け方があるなんて俺ですら思いもしなかった。ひとつ大きな収穫があったじゃないか」
「しかし……全力を出して敗北したのならまだしも、これでは……!」
「悔しい話だけど、向こうの方が上手だったということさ。これをバネにしてくれれば、それでいいよ。後の事は任せてくれ」
「我が君……申し訳ありませんでした」
何とか納得してくれたようだが、それでもウロボロスは酷く項垂れていた。無理もない。俺がプレッシャーをかけ過ぎたのも悪かったし、何より互いに驕り高ぶり過ぎていたのが悪かった。本当にいい勉強になったと思うしかない。
さて、こちらの負けだ。向こうの要望を飲まなければ。そう思ってルーチェを見ると、ボロボロの体を引きずるようにしながらも、不思議そうな顔をして首を傾げていた。
「何を……言っているんですか? 私は……まだ、一撃を入れていません。勝敗は着いていませんよ」
「な……何を言っているんだ? こちらは反撃してしまったも同然。お前の勝ちだ」
この一戦は間違いなく大きな財産になる。これだけの収穫があれば欲深くいく必要もない。そう思っていたのに、こいつは何を言っているんだ。目的のためならば騎士という役職すら馬扱いしていたというのに、しかもこちらが負けを認めているというのに、それでもまだ戦うと言うのか。馬鹿な。あのルールが無ければ勝ち目なんて無いと骨身に染みてわかったはずだろうに。
困惑していると、ウロボロスは顔を上げて小さく笑った。なんだ、あの笑みは。これまで見たことのない、惚れてしまいそうなくらい凛々しい表情をしていた。
「……人間、貴女は後悔するでしょう」
「はい。私、損して得取るタイプですから」
ウロボロスは俺の方を向くと、真剣な顔つきで頭を下げた。その様というか、オーラというか、とにかく、その姿はどこを切っても戦士のもの。数々のボスと相対した時に見せてくれた、オラクル・ナイツ団長としての姿がそこにあった。そう見えてならなかった。
「我が君、お願いがあります。今一度、戦いの機会をお与えください」
「あ……あぁ、それはいいけど……」
「ありがとうございます。では――」
ウロボロスの体が白い光に包まれていき、やがてそれは霧散した。鎧を脱ぎ捨て、普段の巫女服姿になったのだ。そうしてグングニル改12を両手で握り直すと、高速で回転させながら旋回させ、やがて腰の辺りで止めて構える。
「先程までの非礼を詫び、そして再戦の機会を与えて頂き感謝します、騎士ルーチェよ。一撃が全て故に鎧を着込むなど愚の骨頂でした。加えて名乗りもせず刃を交えた無礼についても謝罪します。私は、栄光あるオラクル・ナイツ団長、ウロボロス」
「では私も改めて。聖リリス帝国四大将軍、そして聖天騎士団二番席次、ルーチェ」
空気が張り詰めていく。ウロボロスが本気を出したら勝敗などわかりきっているのに、ただの傍観者のはずの俺の膝が小刻みに揺れてしまう。止まらない。押し付けてみてもかえって震えてしまう。恐いのか、もしかして。そう理解した時、思わず座り込んでしまった。腰が抜けるってこういう感じなのか。
「……6本ですか」
「そう見えるなら、きっとそうなんでしょう」
気が付くと戦いは始まっていた。ルーチェの周りには、ランスロットだったか、緑色をした風の槍が6本浮いていた。
ウロボロスがポツリと呟いたのはこのためか。先ほど、ルーチェは7本の槍を扱っていた。それが今は6本。必ずもう1本がどこかにあるはず。少なくとも周辺には見当たらないが。
「さぁ、行きます!」
「シールド展開!」
ルーチェは駆け出す。しかし風の槍は先ほどの位置で静止したまま動かない。残りの1本の所在はわからないままである。
さっきの戦い方を思えば、このまま馬鹿正直に突っ込んで来ることは絶対にないだろう。どう来る。どう裏をかいてくる。俺がわからないように、ウロボロスもまた想像できていないのだろう。既にシールドを展開し終えているというのに厳しい表情をしている。
「ランスロット、ファイア!」
ルーチェの槍がシールドと接するか否かのタイミングで、止まっていた風の槍が動き出す。その瞬間、ウロボロスの注意がわずかに、その槍の軌道に沿って動いた。
戦慄した。出会ってからのわずかな時間でウロボロスを理解したというのか、ルーチェは。四六時中一緒にいるはずの俺ですら、二度目を見せられてようやく悟ったというのに。
「そ……そうか。これがウロボロスの弱点か……」
壁は攻撃を受けるのが仕事。相手の攻撃を味方に通す訳にはいかない。例えあらぬ方向へ曲がる攻撃だろうと絶対に。だからこそ、弱いとわかりきっている攻撃すらも見逃せず、結果、反応してしまう。風の槍6本がウロボロスの両脇の地面を抉った。それだけのフェイクだというのに注意はどうしても反れてしまう。
だが、これを弱点と呼ぶのは少々乱暴な気もする。考えてもみろ。ウロボロスはもっと高速で展開される戦闘をいくつもこなして来ている。どんな攻撃にも反応こそするが、他にも来ると常に警戒し、攻撃を認識してから次の攻撃に備える心理的な動きは尋常じゃなく速い。そのか細い隙を狙い撃ちされるなんて常識では考えられない。明らかに人間の領域を超えているだろう。
「その槍も通しません!」
「わかっています!」
だが今回ばかりは別だ。舐め切っていたさっきとは違って、今のウロボロスの集中力は研ぎ澄まされている。その証拠に、何かを仕かけられる前に注意を前方へ戻している。
そこへルーチェの槍が突き立てられた。当然のようにへし折る。ここで終わりだろう、普通の相手なら。でもまだだ。軽過ぎだ。ルーチェの最後の一手にしては。本命の7本目が必ず来る。
「次は――」
来ると確信しながらも、俺も、そしてウロボロスもまた、その方向の見当がつかない。右か、はたまた左か、ひょっとしたら頭上、背後かもしれない。ウロボロスもそんな予測をしたのだろう。ありとあらゆる方向へ注意を向けため、
「――え?」
最大の隙が、前方にできた。
前にはシールドがある。絶対に破られないと信じて疑っていない盾がある。その絶対的な自信が、盾とウロボロスとの間に突如生成された7本目への反応を致命的に遅らせた。
「破牙二峰刃!」
防御、無理。受け止めたらさっきの二の舞。回避か。もう手遅れだろう。それでもウロボロスは身をよじってみせた。一瞬の攻防が終わってみると、
「騎士よ、貴女の勝利です」
「それはどうも」
ウロボロスの胸元に一筋の傷が走っていた。
勝敗は決した。二度目の敗北だというのに、先ほどと違い、ウロボロスは晴れ晴れとした顔付きをしていた。一方で、ルーチェは全ての力を使い果たしたのか、そのまま地に伏したのだった。




