第8話「緊急警報」
人が溶けた謎の現象から3日。カルマを中心として調査しているが、まだ有力な手がかりは掴めていない。今日も進展が無かったという報告をウロボロス、アザレアから受けていた。
「必ずや吉報をお持ちします。もう少々お待ちください、我が君」
「でもなぁ……」
溶けた者の武装や服はおろか、髪の毛一本さえも残っておらず、なんならあの液体の染みすら見当たらない。まさに手がかりは皆無。八方塞がりも良いところだ。俺を引きずり出すための罠と考えられなくもないが、その可能性は極めて低い気がする。
俺はこの世界に来てまだ数日。変な話、華々しいデビューを飾ったのはエグゾダスを放った時だ。魔王を討つためと言って地域一帯ごと消滅させようとしてくるのも、まぁ、あり得ないこともないだろう。でもまだ数日なんだ。あんな大規模な反抗作戦を企画、準備、実行できるなんて現実的に考えてあり得ない。
仮にそのような強硬手段を即座に取ることができたとすれば、もっと直接的に攻める手段を持っているんじゃなかろうか。例えば、俺と同じくドミニオンズ出身の猛者が相手なら、そんな回りくどいことをする意味なんてない。
「もうさ、俺も直接出向いてみようかと思うんだけど」
だから俺は提案する。俺たちが被害を受ける可能性は低いと思えるし、何より、そろそろ出なくては手遅れになるかもしれないと考えたから。
まず、この数日間、ファントム・シーカーをランダム配置しているが、どの個体にも異常は発生していない。あいつらに影響がないのなら、俺たちにも直ちに影響があるとは考えにくい。
そして、なぜ手遅れになるかもしれないと思うのか。俺が危惧しているのは時限爆弾だ。時間経過で自動発動するタイプなのだとすれば、こうして引き篭もっているのは返って危険である。早々に原因を究明して対処するべきだ。
そういう理由があっての提案なのだが、案の定、ウロボロスから強く止められる。
「それは駄目です! 御身に万が一の事があったら……っ!」
「あれから3日、何も起こっていないじゃないか」
「それはゼルエル様のスキルがあってこそです!」
まぁ、全ての魔法、スキル、アイテム効果の発動を無効にし、効果を打ち消す最上級スキル、クリスタル・バニッシュExの加護があれば確かに安心だ。しかしさっきも言ったように、その恩恵を受けていないファントム・シーカーたちが大丈夫なのだ。そこまで警戒する意味もないと思うんだが。
「ただなぁ……このままって訳にもいかないんだよ。敵にただ時間を与えているだけかもしれないだろ?」
そう、敵の狙いはきっと別にある。前々から何か良からぬ計画を企てていて、その準備が整ったのか、もしくは何かきっかけがあって実行したに違いない。だが、カルマの調査によれば何も異常は見付かっていないらしい。ならば、まだ完遂されていないと言える。人を溶かすような真似をする奴だ。このまま放置すればどんな大惨事が起こるかわかったものじゃない。今はまだ影響が出ていないが、いずれは俺たちも同じ末路を辿るかもしれないのだ。
「我が君の危惧されていることはわかります。しかし万が一にでも、我が君を誘い出す罠であってはならないのです」
「まぁ……それを言われたら反論はできないが」
そう、何も痕跡が見付からない以上、ここまでの話全ては憶測に過ぎないのだ。こういう自然現象です、という結論で終わってしまうかもしれない状況である。万が一にでも危険があれば、と言われては何も言い返せるはずがない。
だが、そうやって3日も平穏無事に過ごして来たのは事実で、未だにこんな議論をしているのは完全に後手に回っている証拠だ。肝心な時に足をすくわれてしまう場合も考慮すれば、ここはもう、現地調査に乗り出して何がなんでも情報を得なければならないだろう。
「そうだ、アザレア」
案はある。それには少し時間が必要で、実際には3日も経ってしまった訳だ。それでもこの袋小路の状況を打開するためには、この方向で話を進めるしかなかったのだ。さぁ、始めさせて貰おうか。説得を。
「アデルの村の復興状況を教えてくれ」
さて、こんな事態ではあるが、むしろこんな事態だからこそ、無理を言って村の復興は続けて貰っていた。村の喪失に加えて村人まで溶けたのだ。生き残った村人たちは相当なプレッシャーにさらされている。ここで復興まで止めてしまえばもう希望は一切無くなってしまうだろう。逆に復興を続けていれば、俺の力がまだ及んでいるという安心感を持って貰えるんじゃないか、希望を捨てないでいてくれるんじゃないか、そんな期待をしてのことだ。これにはアデルも同意してくれていて、念のために俺と会わないでいるものの、アザレアとはコンタクトを取りながら復興を続けてくれている。
「端的に言うと、日進月歩の復興が進んでおります」
「……どういう意味だ?」
アデルの村を出汁に使うのは少々気が引けるが背に腹は代えられない。そう思って話を切り出したのに、予想外の単語が返って来てびっくりする。
日進月歩の復興って、何ですか。その単語は科学技術とか、医療技術とか、そういう日夜研究を続けているものに使われるんじゃなかろうか。復興は、言っちゃ悪いが復興であって発展ではない。生活できるように環境を整えるだけのはずなのだが、どうやら、そんな俺の考えの斜め上をいっているらしい。
「最後にご覧になられた時はまだ木造建築が並ぶただの村でしたが、今や街と呼んで良いレベルです」
木造の家々を建ててから数日で、何を馬鹿な。そう突っ込もうとしたけど、こいつらは1軒1分のペースで家を建立した猛者だったな。でもそもそもの話、何をもって村と街を区別するつもりなのか。現実世界なら確か人口で変わるらしいけど、たぶんそういう意味じゃないだろうし。こんな細かいことを、と思いながらも状況を聞こうとした時、アザレアの目がキラリと光った気がした。
「と言いますのも、僕の力は魔王様から授かったものですから。文明レベルでの日進月歩は当たり前ですよ」
「ぶ……文明? それはもう復興とは言わないんじゃ?」
「いいえ、あくまでも復興です。少々アレンジが加わっていますが」
文明って言われても咄嗟にはピンとこないが、そうだな、もしかして石器時代から蒸気機関車が走る時代にでも一足飛びに進化したのだろうか。それはないな。一足飛びというか、もう何千年単位でのタイムスリップレベルの話だし。
そんな冗談は置いておいて、とにかく、そんな感じの技術革新でも行っているのだろう。お願いしたのは復興なのにね。
「そうか……アレンジって、いい言葉だな」
「はい。あと一か月もあればロケットすら飛ばせるでしょう」
「いや、それはおかしい」
それこそ、石器時代から現代まで飛んだレベルの話じゃないか。この世界には魔法があるんだぞ。科学技術なんて発達していないんじゃないか。待てよ、首都に行けばそれなりの技術があるのだろうか。うぅん、わからない。もしかしたらあるのかもしれないけど、少なくとも前のアデルの村から察するに、余り科学技術は発達していなさそうな気はする。だからさ、街と呼べる外観になったのだとしても、ロケットとなると、また一段と文明レベルは跳ね上がるのは確実だ。
なんて、余計な思考を働かせながらこれは好機と意気込む。アザレアならば何かしらやらかしてくれて、おっと、失礼。何か凄いことをしでかすと思っていたが、まさかロケットという単語が飛び出すとは。これを利用しない手はない。この追い風、絶対にものにしてくれる。
「そんなに凄いなら見てみたいな」
「我が君、御自愛ください!」
「いけません、魔王様!」
余程駄目だと思っているのだろう。またまた強く止められた訳だが、まぁ、ここまでは想定内だ。問題はここから。ウロボロスたちが絶対に頷いてくれる秘策を持って、現状を打開しにいこうじゃないか。
「でもなぁ……ウロボロスだって、いつまでもこのままじゃいられないってわかっているだろう?」
「現在も調査中です。せめて絶対の安全が保障されるまでお待ちください。宜しければ、その間にご子息を作りますか?」
全力でウロボロスから目を背けながら、これからの提案をする上で絶対に欠かせない3つの条件を再確認する。
1つ、ウロボロスと一緒に出かけること。ウロボロスが皆から得ている信頼は絶対で、俺も同様に信じている。あらゆる危険を察知して防いでくれるだろう。
2つ、アデルの村限定として出発すること。特にこれといった特徴のない普通の村人たちが過ごしているはずの所だ。未知の土地よりは情報を得ている分、幾分か安全である。
そして3つ目。これが一番の肝で、その有効性を証明するのに時間がかかってしまった訳だが、とりあえず1つ目から順番にクリアしていこう。
「なぁ、ウロボロス。2人きりでアデルの村へ行ってみないか?」
「2人……きりで……そ、それはつまり、デートということですか、我が君っ!?」
想定通り、食いついた。知らない場所へ行くのではなく、アデルの村ならある程度は安全だとウロボロスもわかっているのもあって、この反応なのだろう。しかも勝手にデートと解釈してくれて、何もかも上手くいっている。ただ、ここまでで済むのならあの現象の次の日、何なら当日でも出発できただろう。
「お待ちください、魔王様。如何にアデルの村へウロボロスと共に行くのだとしても、絶対の安全は保障されていないのですよ?」
「そうだ、確認がある。ここにいれば安全、そう2人は主張しているだろ?」
そもそもの話から始めよう。まず、絶対の安全なんて保障されているはずがない。それでもアデルの村よりここがマシだと主張する理由は、ゼルエルに使って貰ったスキル、クリスタル・バニッシュExのお陰だ。後は皆がいてくれて、加えて防衛施設が整っていることなんかも挙がるだろうが、敵の手口がわからない以上、直接的に影響していると思えるのはゼルエルのスキルだけだ。これこそ条件の3つ目。その効果範囲内であるのならば、アデルの村だろうが敵の本拠地だろうが、この件については安全が保障されているということになる。
「はい、ここは我が君との愛の巣ですから!」
「いやいや、僕との家ですからね!」
「な、なるほど。それを解答とするなら話は進めていいな……って、あ、こら! 服を脱ぐな、服を!」
要らない争いを生んでしまったか。やっぱり俺はまだまだだな。もの凄く理不尽な事態に陥らせてしまったことを反省しながら、すったもんだして何とか服を着せて、宥めて、本題に戻る。
本題、そう、言ってしまえばクリスタル・バニッシュExの効果範囲を広げるか、新たに使用すればいいのである。ただ、あれは本来、瞬間的に発生して終了するスキルだ。常時展開など本当は無理。でも舐めてくれるなよ。俺は魔王だ。不可能なことなんて基本的には無い。
超ド級レア武器の剣を取り出す。見た目は化石のようなオンボロの長剣だが、こいつがあれば最後の条件はクリアされる。
「これを皆に見せるのは初めて……いや、ウロボロスは一度だけ見たことがあったかもな。これの名前はエレメンタル・エンプレス。聞いたことあるだろ?」
あらゆる魔法、スキル、アイテム効果をその身に宿し、ノーコストで連続使用できるようにするというチート武器だ。言うまでもないが、リアル喀血した課金ガチャで入手した最高ランクの剣である。ネットでも10段階評価で文句無し、満場一致の10点評価を得ている。
「そ……それは、我が君の持つ4つの至宝のひとつではありませんか?」
「お、流石はウロボロスだな。そうだよ」
俺はこのクラスの武器を4つ所持していて、状況に応じて使い分けて戦ってきた。そうは言っても、ウロボロスたちの育成に注力するようになってからは余り使っていなくて、それこそ年単位振りに取り出している。
「僕も惚れ直してしまいます!」
「いや、お前はそこで待機だ」
「では私は……!」
「ウロボロスもちょっと黙っていて」
少しばかり自慢できて嬉しかったのはさておいて、これで準備は整った。始めようか。ドミニオンズでも実行できる者は2人といない超高等テクニックを。
その切っ先を床に向けてエレメンタル・エンプレスを目の前で手放すと、何の力もかかっていないのに浮遊する。その刃先に向けて俺はスキルを使用した。
「スキル、クリスタル・バニッシュEx」
クリスタル・バニッシュExを宿してみると、剣はクリスタル色の美しい姿へ変わった。これを携帯しておくだけで効果が常時発動し、あらゆる魔法、スキル、アイテム効果を無効化してくれる。
まったく、何度見ても惚れ惚れする。この矛盾的な拮抗を制することも、エレメンタル・エンプレスの凄さのひとつだ。さっきも言ったが、このスキルはあらゆる魔法、スキル、アイテム効果の発動と効果を無効化する。つまり、この剣の持つ吸収能力すら本来ならば打ち消しうるのだ。例外は一切無い。無い、というのは語弊があるか。無かったとするべきだ。それを防ぐために改造に改造を重ね、この領域に達したのだから。
「これでいいだろう。早速、村の様子を見に行くぞ。付いて来てくれ、ウロボロス」
「そこまで仰るならば……畏まりました」
渋々という風に振る舞いながらも、その目や頬は嬉しさを隠し切れていないようで、だらしなく垂れさがっている。ガッシリと腕を組まれもした。あのゼルエルの一件で完全に一線を越えてしまったらしく、以前は恥じらって中々触れてもこなかったのに、今やこのあり様だ。まぁ、税金と思うしかない。
「我が君、絶対にお守り致します」
とにかくだ。これでようやく出発できる。一秒も無駄にはしていられない。なぜなら、俺たちは3日も浪費してしまっている。一方で敵は楽々手を進められたことだろう。ここから一気に巻き返さなくては。
「デートですね、我が君」
「げ……現地調査だ」
大事な現状確認をしているというのに、豊満な胸がこれでもかと押し当てられて集中できなくなってしまう。俺は健全な男子だ。今回は巫女服だから、柔らかさがこれでもかっていう程に伝わってきて負けそうになる。しかもね、ウロボロスったらこの上なく幸せそうな表情をしているんだよ。とろけるような笑顔ってこんな感じなんだよ。その様子が余りに可愛いから止めろと言えないし、引き剥がすこともできないし、あぁ、もう。こうなったら現地に着いてからだ。
グッと我慢しながら何とか転移魔法を起動。一緒に村へ飛ぶと、アデルと見慣れない街に出迎えられた。
「こんにちは、魔王様。お陰さまで随分と復興が進みましたよ!」
「……あー、うん。これは街だわ、村とは言えない」
村と言われると童話の桃太郎に出て来るおじいさん、おばあさんの暮らす家がポツポツと並ぶイメージを持ってしまうんじゃなかろうか。失礼かな。だったら俺だけでもいい。要は、そんな光景を少なくとも俺は思い浮かべていたし、実際、最後に見た時はそれに街灯と公園が付いているだけだった。
でも今はどうだ。家々は急造の木造建築から煉瓦造りに改築され、道には石畳が引かれ、両端には街灯が並んでいる。それだけじゃない。シャッター付きの車庫らしき建物の窓から、トラクター的な乗り物の姿も確認できる。
現実の村にもこういう所はあるのかもしれないが、そういう土地で暮らしたことのない俺からすれば、ここはまさに街だった。アザレアの言う通りだった。
「この世界じゃこれが普通なのか?」
「技術は元々ありましたから。必要な資材や機材は……えーっと、アザレアさん、ですよね。あの方に作って頂きました」
そうか、元々技術はあったのか。科学技術もある程度は発達しているのかもしれないな。だからって、この尋常じゃない速さはやっぱりアザレアの力によるところが大きいだろうけど。
「アザレアさんは凄いです。こんな感じって伝えると、数段上のレベルのものをポンと出してくれますから。この分なら、空を飛ぶ日も遠くないと思います」
「ふむぅ……なるほどな」
アザレアは凄い、と。惜しかったな、実に惜しかった。あれで眼鏡をかけた女の子キャラなら攻略にかかっただろうに。白衣とか着せてさ、黒縁眼鏡でさ。
なんて、余計な妄想はここまでだ。今、アデルは聞き捨てならないことを言ったな。元々技術はあった、と。言っちゃ悪いが、こんな辺鄙なところで暮らす村娘がどうしてそんなことを知っているんだ。いや、ただ知っているだけならいいんだ。例えば現実世界でさ、その原理は知らなくても、電磁砲とかレーザーガンとかカッコいい武器があることは知っているだろう。そこまでいかなくても、テレビや冷蔵庫、電子レンジなんかもそうだ。当り前に活用している科学技術だが、その原理はほとんどの人が知らないはず。
話を戻そう。今のアデルの言い方は、まるで技術提供をしたように聞こえる。まさか、技術だけなら誰もが知っていて当り前な訳があるまい。これについてはアザレアに確認しなくちゃいけないな。
「ところで、村人たちの様子はどうだ?」
「それは……まぁ、その、ご覧の通りですよ」
村消失から謎の現象まで起きてまたパニックになっているかと思いきや、みんな普通に生活しているように見える。もっとも、その表情は明るくはないけど。無理に普通の生活に戻ろうと頑張ってくれているんだ。そう思いたかった。でも、今はそうは思えない。はっきり言おう。この落ち着き具体はただただ不気味だ。そうだな、酷い言い方をしてしまえば、まるでゾンビが徘徊しているようにも見える。
――アデルに気を付けろ
正確に聞き取れたかどうかも怪しいけど、聞こえた通りなら、四大将軍などという大それた奴に警戒されている。見た目は普通の村娘に過ぎないアデルが、である。
ただ、疑って距離を取るのはいつでもできる。そういう曖昧な情報は一旦除けておいて、まだ友好的な関係を保てている内に色々な情報を聞き出しておきたい。
「なぁ、どうして聖リリス帝国から攻められるんだ? 一生懸命に考えたんだけど皆目見当も付かないんだよ」
「そうですか……いえ、そうですよね。気になっても仕方ないと思います」
心当たりがあって、しかも教えてくれるのか。どういうつもりだ。俺たちを欺くために友好的に接してくれているのか、はたまた罠を張ろうと言うのか。いずれにしても初めての話を聞けるのなら構わない。その真偽は後で確認すればいい。
そんな風に悠長に構えていたのだが、それを見せられて固まってしまった。
「そ……それは……?」
アデルは首から下げている女神のペンダントを見せてくれた。両翼を広げた横姿の形をしている。念のため手に取って確認してみたが、やはり見間違いじゃない。無駄と知りつつステータスをチェックしてしまい、確定してしまった。
「これは、聖リリス帝国の四大将軍に贈られる物です」
四大将軍に贈られた、そんなことはどうでもいい。こいつは守護のアーティファクトだ。装備者が命の危険に遭った時、如何なる攻撃も必ず最低一撃は打ち消す守護精霊、イージス・スピリットを召喚できる魔法が込められている。
この魔法の特徴的なところは、その発動タイミングは任意ではなくオートであり、予期せぬ攻撃にも後れを取らない点である。そのため上級者なら誰しも習得する召喚魔法である。もう一度言おう。上級者なら、である。しかもそれをアーティファクトに込めて他人に譲渡するなんて、上級者の中でも一握りしかできまい。俺ですら面倒な手順を踏まないとできないぞ。
「……あぁ、そうなのか」
俺には難しい。でも、俺の配下には可能な奴が1人だけいる。国の名前だけでは断定できなかったが、これはもう確定的。聖リリス帝国には、俺がイチから創造した3人の内、絶対防御と空間支配を目的としたサポート特化型の配下、聖少女リリスがいる。王として君臨しているのか、ただ単に協力しているだけなのかはまだわからない。だが国の名前が聖リリス帝国なのだ。きっと王の座に就いているだろう。
「我が君……」
「あぁ、こいつは……厳しいものがあるな」
リリスは攻撃手段をほぼ持っていない。だが断言しよう。ウロボロスたちオラクル・ナイツだけでは勝てない。俺が加わってようやく何とかなるレベルだ。この件は早急に調べなくてはならない。そして同時に、対抗策の準備も始めなければ。
「ウロボロス、直ちにアザレアへ連絡を。オラクル・ラビリンスのあらゆる施設を好きに使っていいから、あれの開発を始めて貰って欲しい」
「畏まりました。少々、失礼します」
脳内では思い描いていたさ。身内での大戦争は。そうやって弱点を無くして、改良に改良を加えた装備やアイテムで補いながら、皆を育成して調整していったものだ。その中で思い付いた、対リリス戦において恐らく切り札となりうるアイテムがある。まさか、それを本当に開発する日が来るとは。
落ち着こう。仮にリリスが敵になっていたとしても、あの怪現象は絶対に別の誰かの仕業だ。なぜなら、そんな魔法もスキルもアイテムも持たせていないからだ。いや、俺の知らないところで成長していたり、誰かと結託していたりしたらその限りではない。でもゼルエルは心配ないって言っていたし。
いけない。まだ思考が空回りしている。そうであって欲しいと心のどこかで願っている自分がいる。駄目だ、今はアデルに集中しろ。この子は本当に被害者なだけかもしれないのだから。
「なぁ、アデル。どうしてそんな凄い物を持っているんだ?」
そう、まずはそこを聞くべきだった。四大将軍に贈られる証だぞ。きっと最上級の勲章のようなもので、間違っても譲渡なんてされないだろう。アデルが奪い取ったとは考えにくいし、たまたま落ちていたのを拾ったのなら返せばいいだろう。
するとアデルは小さく、そして寂しげに笑う。
「これはお父さんの形見です。皆さんは私じゃなくて、お父さんを慕ってくれているんです」
お父さんの形見。そうか、アデルの父親は元四大将軍だったのか。これでひとつ不思議に思っていたことが解決した。なぜアデルのような少女が村長の代理を任されているのか。それは元村長の娘という肩書きだけではなく、四大将軍の娘という大層なネームバリューもあったからなのだろう。勿論、それはきっかけに過ぎない。親の七光りがあろうとも実力が伴わなければ人は付いて来ない。元の規模がわからないものの、それでもまだ村が保てているのはアデル自身の力があってこそだが。
「それで村長代理なのか。何か悪いことを聞いちゃったな」
「いえ、私は大丈夫です。お父さんの事を大切に思ってくださって、感謝の気持ちしかありません」
いい子じゃないか。きっと父の代わりになれるよう、一生懸命に生きているんだろう。
一生懸命に、か。勝手なイメージで悪いが、四大将軍の娘ともなれば育ってきた環境はさぞ恵まれていたのだろう。習い事や勉強に日々明け暮れていたに違いない。その証拠といっては少し弱いかもしれないが、アデルは何冊も本を貸してくれている。あれは余所から借りた物だという話だ。当り前だが、借りるためにはそういう本があると知らなくてはならない。つまり、アデルはある程度の知識を持っていることになる。
そうなると、アザレアに対して技術提供した件もおかしな話ではなくなるかもしれない。少なくとも父親が生きていた頃は勉強も頑張っていて、その過程で様々な知識を得たとすれば、アザレアに技術提供、とまではいかなくても、こんな感じと伝えることはできたのかもしれない。俺たちがテレビや電子レンジというものがある、と言えるように。
「どう思う、ウロボロス?」
あっと、まだウロボロスは連絡中らしい。恐らく具体的にどこをどう活用するのか話し合っているのかもしれない。ここはもう少しだけ自分の力で考えてみるか。
こんなにも不自然な点が解消されていくアデルが脅威とされる理由を他に考えるとすれば、知ってはいけないことを知ってしまった可能性か。アデルの父親は四大将軍だった。ならば、普通の貴族や豪族なんかよりもずっと高等教育を受けられたに違いない。国一番の図書館だって自由に出入りできたんじゃないだろうか。その中で、絶対に開けてはならない書物を知らない内に紐解いてしまって、得てはならない知識を身に付けたという線はないだろうか。
そういえばロアは言っていたな。大災厄の原因かつ解決策になりうるものがあの村にあったと。そしてアデルに気を付けろ、と。その大災厄とやらの原因がアデルの得た知識から始まっているのだとすれば、確かに、アデルを始末すれば解決するのかもしれない。
アデルは非力だ。しかし村人たちはアデルを大切に思っているから始末となると黙っていないだろう。それこそ、クワやカマでも握って騎士と戦ったのかもしれない。だから聖戦と謳って村ごと焼き討ちにしたと。
「……一応、筋は通った気がする」
何度も言うが、アデルはステータスチェックをしても何ら特筆する点は無い。この子自体に害が無いのはほぼ確実だ。まぁ、この世界についてまだまだ疎いだけで、ひょっとしたら隠れた力が備わっているのかもしれない。だが今目の前で見えている情報から推測すればそういうこと。騎士たちが警戒していたのはアデル自身の力ではないと、そう仮定した上で続けるとするか。
「辛いことかもしれないけど、教えてくれ。アデルの父親はどういう人だったんだ?」
「私のお父さんは学者でした。魔法をよりよく運用するための科学者で、その功績が認められて四大将軍になったんです」
あぁ、これでアデルが科学技術に精通していてもおかしくなくなったな。科学者の娘だったとは。父親が喜々として話したのか、アデルが教えてとせがんだのかはわからないが、そのどっちもあり得そうだ。
なるほどと納得していると、アデルの目に涙が浮かび始めるのに気付く。
「でも……殺されたんです。あの大災厄の後、必死に戦っていたのに……」
「もういい、もういいよ、アデル。貴重な話をありがとう」
俺にはこれ以上聞けない。大人びているからと色々踏み込んでしまったけど、アデルはまだ16歳だ。しかも父親の死因は病死や戦死じゃなくて、殺されたという。大災厄に立ち向かおうとしていた父親が、国のために働いていたのに殺された。悲しまないはずがないじゃないか。そう簡単に割り切れるはずがないじゃないか。それなのにズカズカと、くそ、人として最低だ。
「いえ、よくありません。アデル、それはとても重要な話です」
いつの間に話に戻って来ていたのか、ウロボロスが割って入って来た。
信じられなかった。ウロボロスは弱い者の悲しみをよく理解してくれるものだと思っていたのに、まさか、よりにもよってこんな悲し気なアデルの一番痛いところを容赦なく抉るなんて。
「ウロボロス! もう、今はいいだろ――」
グッと、強く手を握られる。ウロボロスが手を繋いでいた。痛い。ギリギリと強く握り締められていて、皮膚が紫色に変色しても一向に離そうとしてくれない。
その顔色は悪かった。顔が青冷めていて、今にも倒れそうな程に辛そうにしている。それでも絶対に譲れない、任せろと言わんばかりに、手を離してはくれなかった。
「御身の辛いことは私が代わりましょう。これは我が君の……そして、私たちにとっても大切な情報ですから」
「それは……その、気持ちは嬉しいけど……」
何て言えばいい。こんなに辛そうな顔をして、それでも無理を貫き通して、俺のために、皆のためにと自ら悪役を引き受けようとしてくれているのに。俺は止めていいのか、止めてどうするのか。この覚悟を打ち砕いて俺に二の句を言えるか。無理だ。ではどうしてくれる。ここで止めて、アデルの気持ちを察してあげて、それで終わりか。ふざけるな。それはウロボロスに対して余りにも失礼。侮辱。主というより、人として失格ではないか。
「……これだけは聞かせて貰いたい。大災厄。これは一体、何ですか?」
俺には止められない。でも、ウロボロスもまた俺の表情を見て察してくれたのか、手を離すとふらふらの足取りでアデルの方へ歩み寄る。そして質問を続ける。きっとこの世界の誰もがトラウマになっているはずの、大災厄について切り込む。
「私なら大丈夫です」
それに対して、アデルは涙を強引に拭って答えてくれた。真っ赤な目だ。頬は涙の痕に沿って腫れて、まだ鼻をグシュグシュとすすっている。足は震え、いや、全身が震えていて、今にも卒倒しそうで、とても大丈夫には見えない。それでも大丈夫と言い張って、グッと力を込めて立っている。
「それに……決めました。これはもう私の戦いでもあります。魔王様……どうか聞いて貰えないでしょうか?」
どうしてウロボロスも、アデルもこんなに強いんだよ。くそ、俺はどうしてこうも優柔不断なんだ。あれこれと考えを巡らせているだけで、自分は一番安全なところでぬくぬくしているだけで。こんな無様な姿を晒すために魔王になったのではない。
「……わかった。しっかりと聞かせて欲しい」
だから話を聞こう。俺から聞こう。2人の思いに報いるために。戦いとまで言い切ったアデルの思いを、過去の辛い記憶をしっかりと聞かせて貰おう。
「今から5年くらい前、聖リリス帝国は無くて、いくつかの国が存在していました。時々戦いもありましたが、互いに助け合って生きてきたと聞いています。そんなある日、大陸中央の国が一晩で壊滅しました」
普通、国が滅びる程の何かがあれば、逃げ出す者は少なからずいる。それなのに、1人として周辺国に逃げ延びた人はいなかったという。
「それが大災厄の始まりでした。調査団が向かってみたら、街並みが消えていたそうです。瓦礫の山になっていたとか、魔法で吹き飛んでいたとか、そんな話ではなくて、空間そのものが消滅していたとか」
「空間そのものが? どういう状況だったか、もう少し詳しくわかるか?」
「夜闇のように真っ黒な空間があるだけだったそうです。また、他の国の調査団はこんな事を叫んだそうです」
――世界が飲まれる――
「それを最後に通信が途絶えたとか。急遽、各国は連合軍を結成して対抗しましたが……全滅しました。この世のモノとは思えない程の強さの、恐らくモンスターに敗北したのだと推測されています」
「全滅したなら、どうしてモンスターだとわかったんだ?」
「救世主が現れて、最後には勝利したのです。その際に戦った方から聞きました」
「救世主……どんな人だ?」
「はい。一目見たら忘れられない程に美しい女の子と聞いています。名前は聖少女リリス様です」
出たか、聖少女リリスが。あいつならできる。そのくらいの逆境を乗り越えるのくらい簡単だ。あいつの守護の下で戦えば、例え最弱のゴブリンでも神々に勝てる。生まれたばかりの赤ん坊の大群を指揮していたのだとしても、誰一人として欠かすことなく、何なら無傷のまま勝利へ導けるだろう。
「モンスターを撃退した後、リリス様は消失したはずの土地を復活させて、残った国の代表者を招いて提案されました。この敵は今後も湧き出るかもしれないので、1国にまとまるべきだと。あの偉大なる御力の前では誰も反対しなかったそうで、今日の聖リリス帝国が建国されました」
なるほど、大災厄の概要はよくわかった。要約すると出自不明の強敵が出て来て何もかもを蹂躙した。この世界が全て飲み込まれる非情に危機的な事態だった。しかしリリスが姿を現して勝利をもたらし、世界をまとめてひとつの国とした。
ふむ、ここまでならただのいい話ではないか。問題はその次だ。なぜアデルの父親が殺されなくてはならなかったのか、である。大災厄と戦う科学者だ。余程おかしなことをしていない限り、国を挙げてサポートするべきではないのか。まぁ、この辺も余裕があれば聞くとしよう。
そして、今回の件から少し離れて大変な事実にぶち当たってしまった。5年前の大災厄は、話題のリリスの力で収まったのだという。5年前、5年前だ。大災厄が始まってポンと現れたのでなければ、少なくとも5年以上前から活動していたことになる。当り前のことを確認しよう。俺がこの世界で目を覚ましてから1週間も経っていない。当然、ウロボロスたちも同様だ。この差は一体、何なんだ。
「……疑問が山積みだな」
でも、暗中模索でしかなかったこれまでと違い、手がかりができた。ひとつずつ片付けていけば道は開けるだろう。まずは怪現象の原因の究明と解決、そして聖リリス帝国の首都に乗り込むと、おおざっぱに言えばこんなプランになるだろう。後はあの現象に心当たりがないか聞く感じになるのだが、
「おい、アデル。大丈夫か?」
どうしたのだろうか。声をかけてもアデルはしばらく何も答えず、どこか遠い目をしていた。おかしい。色々と聞き過ぎた、ということならもっと感情的になるはず。これではまるで抜け殻みたいではないか。まさか、あの現象の被害に遭っていて、これから溶け出すんじゃないだろうな。
そんな想像をしながらも、手を振ってみたり、肩を揺すってみたりしたが反応はない。しかし、しばらくして口許だけが微かに動く。聞き取れたのはたった一言だった。
「……もう、私を信じないで」
聞き間違いか、いや、微かではあったが、確かに言われたぞ。もうアデルを信じるな、と。もう辛いから終わりにしてくれ、ならわかるが、信じないで、だと。どうなっている。いや、どうなるというんだ、アデルは。
「いえ、何でもありません。それよりも、父の話でしたね」
突然、アデルの目に生気が戻る。どうなるものかと少し距離を取ったが、直ちに体がどうこうなる様子はない。それは良かったのだが、雰囲気がガラリと変わってしまっている。何だろう、この違和感は。目の前にいるのはアデルだ。それなのに、まるで別人と話しているような気がする。
「大災厄が一度で済むはずがない。そう確信した学者の父は、大災厄の研究を始めました」
それに、思い出すのも辛そうな父親の話を、こうもスラスラとできるだと。どうなっている。覚悟を決めたのか、それともアデルの中で何かが起こっているのか。でもアデルは普通の子だ。魔法なんて使えないし、魔法が使われた痕跡も無さそうだし、何が何だかわからない。わからないが、これだけは断言できる。今のアデルには何かが起こっている。そしてここからは予感だが、きっと、こいつと話をしていけば事件の真相に近付ける。
「それは……一体、どんな研究だったんだ?」
「端的に言うと、対抗手段の開発です。詳しい原理はわかりませんが、それまでのモノとは比べ物にならない程の、圧倒的な性能を誇る武器を造ったんです」
「武器? 剣や弓以外か?」
「形状の話ではなく、性能です。似た形の市販の剣とぶつければ粉々に砕き、弓矢を放てば従来の盾や鎧を楽々と貫きました」
その話が本当なら凄いな。まさに革命的ではないか。大災厄に立ち向かうために生み出した執念の技術ということだろう。
この手の話で殺されるとなると、従来の武器を造っている職人たちから恨まれたか、開発の成果を横取りされそうになったか、何かしら国にとって不都合な物を造ってしまったか、だろうか。とにかく、天才的な発明の裏側でよくありそうな話があったのだろう。
「父の開発した武器は、特殊な訓練を受けずとも誰でも使いこなせていました。事実、晩年は父も戦場に出ていました」
「なるほど……世紀の発明だったのか」
そうなると将軍や兵士たちから反感を買った線もあるな。どれもこれも憶測でしかないものの、いずれにしても、余りにも革新的過ぎて強い反感を買ったのは確実だろう。それにしても、人類滅亡の危機に瀕してまで足の引っ張り合いとは恐れ入る。
「その通りです。しかし妬まれ、憎まれ、最後には開発データを全て奪われて……何者かに殺されてしまいました。大災厄はまだ、きっと終わっていないのに……!」
アデルは信じるなと言っていたが、ここまでの話を聞いてもなお、アデルや父親に非は無いように聞こえる。むしろただの被害者ではないか。
被害者、うーん、咄嗟にそう思ったけど現状を見ればもっと酷い状態かもしれない。父親が殺されたのは怨恨のせいかもしれないが、アデルは関係ないはずだ。それなのに軍隊によって殺されそうになっている。この扱いは、言ってしまえば国賊のようではないか。
だがちょっと立ち止まって冷徹に考えてみれば、これはアデル側の一方的な言い分による想像だ。国を救いうる革新的な技術。この部分がそもそも全く違うか、もしくは、そのメリットを遥かに超える悪質さがあった可能性もある。
一方的な言い分だけで断定はできそうにない。やはり聖リリス帝国側の主張をもっとしっかり聞いてみなければならないだろう。
「……大変な話だな」
情報が無くても大変だったが、聞けば聞く程に闇が深くなっていっている気がしてならない。まぁ、それでも前進しているのは間違いない。そう信じて、さて、聖リリス帝国に快く話を聞かせてくれそうな知人はいないかと考える。いるはずがない。ではこれからどうするべきかと困り果ててしまう。
そんな時、目の前にウィンドウが現れる。誰かがメッセージを送ってきたのかな、なんて思いながら開くと、緊急警告の文字が表示された。
「監視用ファントム・シーカーが倒れました……至急、応戦の準備をお願いします、だと?」
この世界にファントム・シーカーを倒せる奴がいるのか。いくら戦闘能力が極めて低い低級モンスターだとしても、あの騎士たちのステータスでは傷ひとつ付けられないと思うんだけど。まぁ、あの怪現象から逃れられる敵ならば不思議ではないか。とりあえず、敵ならさっさと片付けてしまおう。
いや、待てよ。これは考えようによっては好機。それだけの力を持つ敵ならば、相応の地位にいるだろう。きっと面白い情報を握っているに違いない。
「アデル、悪い。敵襲らしい。話の続きはまた今度頼む」
「わかりました。お気を付けて」
このタイミングで来たのなら、例え国の内情を全く知らなかったとしても、最低でもあの怪現象から逃れた手段を持っているに違いない。これを見逃してやる手はない。
俺とウロボロスはファントム・シーカーのキル・カメラ、つまり最後にやられたシーンを観ながら現場へ急行した。




