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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第2章 暁の竜神
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第24話「暁の竜神」

 どこまでも広がる青い空、まばらに浮かぶ純白の雲。絵にかいたような広大な、そして美しい大空の中を俺たちは飛んでいた。

足下には世界が見える。小さいけど、しかし確かにそこにあるのだとわかる。数え切れない程の家々、田畑。どこまでも長く伸びるドラゴン・ロード。そして、たくさんの竜人たち。

 ここは紛れもない本物の世界だと、否応なしに理解してしまう。ドミニオンズにハマっていた時も、会社と行き来していた時も、ここに来てからも。こんなにも世界を感じたことはなかったな。


「世界は広いな……」

「はい。ここから先は決して楽な道ではありません。故に最後に今一度問いましょう」


 ナディアは今通って出て来た道、歴代竜神たちの霊廟の方と、サウス・グリードの首都の方とを、それぞれしっかりと見つめ、一礼してから口を開く。

 秘めた思いはもうしっかりと伝わっている。ナディアは自身を代表だといった。なるほど、確かに彼女は王ではなかった。王として竜人の民を導くのではなく、代表としてその意思を束ねて未来へと繋いでいく。そのために奔走していた。我を貫き通していたのならこんなにも苦労しなくて済んだだろう。それでも取ったひとつひとつの行動が何よりも彼女の思いを示していると思う。だからこそ、とても言い表せるようなものではないだろうと、ナディアの真剣な面持ちを見ればわかる。しかし、それでも言葉にして問いかけてくれると言うのだ。誰のためだろう。今の俺にはわかっている。


「この広大な世界には数多の生命とその意志に溢れています。未だ見ぬ者、既に果てた者すら含めて、全てを守ると誓い、ここに立ちます。我が名はナディア=イスパダール。古き時代の剣、紅竜同盟が最後の代表です。魔王よ、今を脅かす強者よ。私に、その剣を向けますか?」


 俺も改めて首都を見る。細かくてはっきりとした表情は見えないが、数え切れない程の竜人たちが見守っているのはわかる。なんだよ、逃げないのかよ。凄いな、竜人は。例え何もできなくても、あぁしてナディアに向けて祈りを捧げられる。

 中には汚い奴もいるのだろう。でもナディアの言ったことは本当だった。竜人は互いに協力し合い、信頼し合える誇り高き種族だ。だからナディアだけじゃない。そんな彼らに対して、そしてそれ以外の全ての者たちに対してもまた俺の意志を示せと言われている。答えよう。皆に向かって俺の決意を。


「覚悟は決まった。越えよう、お前という希望を。そして必ずや実現しよう。もう二度と弱者が泣かなくて済む世界にしてみせる」


 俺にはナディアのような言い回しなんてできない。これが精一杯だ。でもしっかりと伝わったのだと自信が持てる。そのくらいナディアは力強く頷いてくれたから。

 ナディアは首都の方へと向く。竜人たちへ聞かせるように、声高らかに宣言する。


「黎明の時が来ました。愛しき竜人の民よ、そして世界よ、時代は変わります。今日に留まらず明日へ歩み出すために、この一戦をしかと見届けてください。さぁ……始めましょうか」


 その瞬間、ナディアの周りをトルネードのような風の渦が巻く。それは溶岩を思わせるようなで灼熱色をしており、肌が焼けるような熱風を放つ。やがてそれらが止んだ時、顕現した。


「……なるほど、これが」


 思わず息を飲んだ。美しく荘厳で、皆が希望を託すのが理解できてしまう。そんな深紅色の巨大かつ細長い竜が現れた。これがナディアの本当の姿。世界の希望を象徴する絶対的な守る力そのもの。その大口がゆっくりと開き、重々しい声色で彼女は名乗りを上げる。


「私は、竜神ナディア=イスパダール」

「魔王ユウだ」


 ナディアは満足げに頷き、それと同時に、瞬時には数えられない程の魔法陣を周囲に展開した。もう言葉は要らない。さっさと始めようと、そういうことかな。俺も願ったり叶ったりだ。竜神が現れたのだ。ナディアに加担しようと参戦する輩がいないとも限らない。余計な横槍はもうたくさんだ。俺たち2人だけで、この戦いを終わらせてしまおう。


「推して参ります! ドラゴニクス・ブラスター!」


 その魔法陣ひとつひとつから金色の竜が姿を現す。報告は受けている。あれは紅蓮魔導隊が百人規模で展開したという最大火力の魔法なのだろう。それを単体で、しかもこれだけ大量に、ほぼ詠唱無しで使ってしまうとは。流石は竜神。はっきり言って度肝を抜かれて対処行動が遅れてしまった。竜人の使える魔法は規模に関係なく使用可能なのだと覚えておこう。

 さて、あんな馬鹿げた火力の攻撃に瞬時に対抗するにはこれしかないか。


「クリスタル・バニッシュEx!」


 全てを凍結させて消し去るスキルの前に敵はない。もっとも今回打ち消すのは、この世界でも最大火力の魔法だ。効かない可能性も無くはないが、その点についてはゼルエルが試行済み。何も問題なく、例え百を超える一斉攻撃だろうと容赦なく氷漬けにした。


「まだまだ、ドラゴニクス・ブラスター!」


 このスキルは超有能だ。その分、普通のスキルよりもずっと回数制限が厳しい。ナディアもそれを予想しているのだろう。効かないとわかっていながらも同じ攻撃を繰り返してくるのは、こちらのガス欠を狙ってのことか。


「だが、甘い!」


 初撃は不意を突かれたけど、二度目は別の手段を選ぶ余裕がある。アイテム・ストレージを操作して、こいつを装備する。顔のすぐ横に、拳大の黒い球体が出現。その直後、黄金の竜たちは俺を素通りしていった。


「……直撃、いえ違いますね」


 ナディアは怪訝そうな声で言う。当然か。俺は回避も防御も、つまり一切の対処を取らずに生身で受けてみせた。しかし、それにしては余りにもあっさりしている。当たったのなら相応の爆発なり閃光なりが発生するのだろうが、何も起こらなかったのだから。


「どうした? 休憩には早いぞ?」

「そうですね、では、こういうのはどうですか?」


 ナディアの体が白く発光する。眩しくて直視できない程に光り輝き、辺り一面を太陽のように明るく照らした。


「こ……これは……」


 俺のライフゲージが表示された、だと。ダメージを受けたというのか。攻撃方法をチェックすると、なるほど、あれは空間全体に対する持続ダメージを与えるらしい。まったく恐れ入る。もうこのカラクリを見抜いたか。


「今見えているのは虚像だ。よくわかったな」


 この黒い球体は最高ランクの武器、アングル・ノアだ。光に干渉して虚像を形成するこいつは、空間そのものに対して作用する。つまり相手に影響を及ぼさない。これを止めるのはおろか、認知されることすらない。

 ドミニオンズの武器を熟知しているなら、この球体を見れば何が起きたのかわかるだろう。それなりの対処行動も取れるだろう。でもナディアにそれを知る由はない。それなのに、たった一度の攻撃で悟られた。しかも探知用のスキルや魔法無しで、である。竜神の名は伊達ではない。


「貴方は想像を絶する強者です。無敵状態の可能性もありましたが、ひと安心ですね」

「そうか、安心したか……温いな」


 その瞬間、ナディアの体が凍て付き発光が止まる。再びクリスタル・バニッシュExで打ち消したのだ。ただし、その使用者は俺ではなく虚像の方。姿を消している俺ではなく、今目の前にいる偽者が、俺と同様のスキルを使って見せたのだ。


「こ……これは先ほどの……。虚像にも使えるとは、もはや分身ではありませんか」

「正解だ。メイン武器に設定した場合に限り、虚像はその時の最終状態を全てコピーして活動可能となる」


 これほど強力な囮も無いだろう。なにせ、虚像は俺とほぼ同等の存在だ。様々な魔法、スキルを使うことができる。俺を脅威に感じれば感じるほど無視なんてできない。もっとも、そのデメリットとして強力な武器を装備できなくなる訳だが、この世界なら武器無しでも十分。メリットだけが活きる。俺自身の位置を晒さずに、通常ならば妨害されてしまう魔法でも使いたい放題だ。


「ふふ、しかしその武器を出したのは失敗でしたね。竜気解放があらゆる意味で有効打になると証明されました」


 再びナディアの体が発光する。それに合わせて虚像のクリスタル・バニッシュExをぶつけて止めた。これでは千日手。他に打つ手が無いからと、苦し紛れに繰り返しただけに見えなくもない。いや、俺が裏で詠唱し放題なのだからあっちからすれば悪手か。

 なんて、そんなことはない。実際は違う。流石はナディア、実に聡明だ。あれは俺の最終状態を複製している。如何なる魔法、スキルも使える代わりに、その回数制限まで引き継がれる。つまり、使用制限の厳しいクリスタル・バニッシュExは、これをやられると早々に枯渇する。やがて俺自身が出るしかなくなる。それがわかっていながら、虚像はあのスキルを使うか、はたまた別の手段を取らざるを得ない。


「良いのですか、そのような防御一辺倒で?」

「あぁ、今はな」


 スペックでは明らかにこちらが上。しかもナディアはこれまで、自身を遥かに超越する相手と戦ったことなんてないだろう。いや、そもそも戦闘自体、そんなに経験はないはずだ。竜神なんだ、仕方ない。だが、そんなありとあらゆる悪条件を物ともしていない。タダでは終わらない。そんな気迫がひしひしと感じられる。

 本当に、心から称賛を送りたい。これほどの対戦相手はドミニオンズ時代を振り返っても、そうはいなかった。負けはしないだろう。しかし、負けるかもしれないような、そんな恐怖は感じてしまっている。


「悠長ですね、では……」


 今度はドラゴニクス・ブラスターか。またしても魔法陣が展開され、消えて、また現れる。まるで光が明滅するように、いくつも、いくつも。まるで星々の煌めきのようだ。ここでひとつ、駄目押しの一手ということか。早く俺を引きずり出して、こそこそ何かするのを止めさせたいらしいな。


「その身で受けなさい、我が秘術を! ドラゴニック・ブラスター! そしてドラゴニック・グロリア!」


 現れた金色の竜たちの体を覆うように、赤い光が包み込む。あれはサポート系の魔法だろう。火力を上げてきたか。これで、ますます無視できないと。でも無駄だ。竜気解放と違って、あれはあくまでもターゲットを指定しなくてはならないだろう。俺は隠れている。当たらなければどうということはない。


「俺が見えないんだろ? 大そうな攻撃だが、当てられるのか?」

「ふふ、当てますよ。いえ、どう足掻いても当たると言っておきましょう」


 黄金の竜たちは、まるで意志を持つかのようにナディアの周りを旋回し始める。そして、それら一体一体が魔法陣を展開し出した。おいおい、嘘だろ。あれじゃあ召喚魔法じゃないか。

 予感がする。来るという予感が。ナディアは次の一手に全力を込めるのだろう。竜神の姿になってもなお、補助が必要な程の大規模魔法を使ってくるに違いない。あれはブラフではない。俺の中の魔王ユウが、ドミニオンズでの経験が、そう囁いてくる。


「空間ごと焼き払います! 奥義、ドラゴニック・ノヴァ・シュトローム!」


 耳をつんざくような甲高い破裂音の後、この世全てを白く塗り潰す程の眩い光が発せられる。余りの眩しさに直視できない。この魔力量、これまでの攻撃とは比べ物にならない。間違いなくナディアの切り札。そう確信できる脅威。

 脅威。なるほど、思わずそう表現してしまった程の攻撃か。嬉しいよ、ナディア。


「ありがとう、ナディア」


 俺は隠れて何かしていたのではない。ナディアならば、俺が強力な魔法を使用するべく準備していたと考えてくれる。そして、それを阻止しうる手段を持っていると信じた。信じてじっと待って、そして今、俺が求めたことをしてくれた。だからありがとう。


「これを待っていた!」


 見えなくても結構。むしろ好都合。どこにいても当たるなら、ただこれを突き出しておくだけでいいのだから。

 それに魔法が触れるや否や、何もかもが止む。眩い光も、肌が焼けるような熱線も、轟音も、暴風も、全てがピタリと。唐突に静寂がやって来て、ナディアの攻撃は失敗に終わった。


「……な、何が起きたというのですか?」


 見えないというのは、こういう時に限っては不便だ。ナディアの奥義を竜共々、瞬時に消し去ってみせたのに、どうやったのか直ちに理解して貰うこともできないのだから。

 ナディアは気付くか、やったのは俺だと。まぁ、こんな芸当が俺以外にできるはずがない。問題はどうやったのか、そこだろう。ほら、そう思い至ったみたいで、うんうん悩み始めた。


「先ほどの氷の……いえ、それはあり得ない」


 そう、クリスタル・バニッシュExはその特性上、対象を凍結させる。要は、発動が確実に露見する。それなのに氷の破片はひとつもない。竜はおろか、ナディア自身も凍ってなどいない。では、他に何がある。なんて、考えるだけ無駄だ。俺はまだ手の内を全然見せていないのだから。


「答え合わせしようか。俺が防御一辺倒だった理由、そしてお前の奥義を消した方法の」


 勿論、ナディアが想像したように、俺は隠れて大規模魔法の詠唱をすることもできた。でもやらなかった。なぜか。その訳を伝えよう。ここからはただの攻撃じゃない。俺の意思表示でもあるのだから。

 アングル・ノアの効果を解除して、既にメイン武器にセットしていた、エレメンタル・エンプレスを見せ付ける。それは金色に光輝き、まるで聖剣のように美しい剣になっていた。


「俺は魔王だ。俺自身の攻撃なら、どんな手段でもかすり傷ひとつでお前を殺しかねない。だからさ、こいつの出番なんだよ」

「それは……剣ですか」

「ただの剣じゃない。指定した魔法、スキル、アイテムの効果を宿して、一振りごとに使えるようにするチート武器だ。その吸収対象は、何も、俺自身のものである必要はない」


 そう、食らったのだ、ナディアの奥義を。

 ここで再確認しよう。俺は誰一人として殺さずに戦いを終わらせたい。でも生憎と、俺とナディアのステータスは段違いだ。竜神だからと警戒したが、調べるまでもなく、第一打の魔法で格付けは済んでしまう程に。これが最大の障壁だった。俺の一撃は、例え最弱魔法であろうとも致命傷になりかねない。攻撃を縛られて、しかも殺さずに、どうやって倒すか。その答えがこれ。俺からすれば取るに足らない攻撃でも、ナディアに対してはこの上なく望ましい決定打。適度に傷付け、殺さない威力を持つ。死者無しの完全勝利のために必要な、最後のピースになる。


「スキル、ゴッド・パラドックス!」


 一時的に俺の攻撃に関するステータス、魔法、スキルを全て無効化し、それらのポイントを再振り分けする。これの痛いところは個別指定できないところで、攻撃を選択してしまうと、一切の攻撃手段を失ってしまう。まぁ、ポイントの一時的な振り直しなんてチートスキルだ。そのくらいの枷は仕方ない。武器なら使えるしな。武器なら使える、ここが味噌。これで、ステータスやパッシブ・スキル補正によるダメージが一切無くなった、ナディアの奥義の威力だけを叩き込めるようになる。ポイントは素早さにでも回してしまえばいい。


「今度はこちらの番だ。この一刀、その身で受けろ!」


 ナディアが何かしようと身動ぎしたのが見える。でも遅い。俺の攻撃性能がそっくりそのまま素早さに転換されているんだ。今ならば、例え一瞬で走り抜けてしまう落雷すら、コマ送りに見えるだろう。そんな速度領域で戦場を駆け抜け、容赦なく、がら空きの腹に一撃をお見舞いする。勝った、そう確信した。


「……な、なんだと?」


 確かに斬ったはずなのに傷ひとつ付けられない。ナディアのライフゲージも減ったように見えない。一体、なぜ。まさか、あれだけの渾身の一撃がブラフだったとでもいうのか。俺をハメるために、ワザと。いや、いやいや、そんなことがあってたまるか。このスキルを使うのは、この世界に来てからは初めてだ。口にしたこともない。当然、ウロボロスたちも話したことなんてないはずだ。それなのに予測された。ない。それだけはない。では、他に何が考えられる。


「ライトニング・スターズ!」


 考えていると、ナディアは別の魔法を使用してくる。大量の落雷があちこちに降り注ぎ、俺にも何発か直撃した。

 最低保証のダメージは入ったか。まぁ、大した傷ではない。そんなことよりも考えるんだ。こちらの攻撃が通じなかった理由を。このままでは、最後の最後で俺の目指したものが叶わなくなってしまう。


「暢気なものですね! まだまだいきますよ!」


 繰り返し攻撃されるが、何発当たろうとも無視して、ナディアのステータスを細かくチェックする。特に防御面を念入りに。

 何かあるはずだ。奥義とまで言った攻撃が無効化されるような、防御スキルか何かが。それら全てに目を通していく中で、思わず、あぁ、となってしまう。全く考えもしなかった、でも知ってしまうと納得してしまう原因を見つけた。


「なるほどな、竜属性攻撃に対する完全な耐性持ちか」


 ステータスには各属性に対する耐性値がある。もっとも、ドミニオンズにおいて、そんな不合理なところへポイントを振る奴なんて滅多にいない。例えば火属性に耐性を持ったとして、相手が火の魔法を使わなかったらどうする。ましてごく限られた特定の敵しか使って来ない竜属性に対する耐性を高めるなんて、無駄でしかない。強いて言えば装備で補う個所と、勝手に見限っていたようだ。だが相手は竜神。それくらいの耐性は自前で持っていて当然だった。見くびり過ぎていたか。


「く……魔法で駄目なら!」


 散々撃ち続けて無駄とわかったのか、ナディアは遠くへ飛んで行き、身を翻す。そのまま一気に加速、一直線に突っ込んで来る。単純な質量差も考慮に入れた物理攻撃か。確かに、俺の弱点は物理攻撃だ。ウロボロスにハグされただけでライフを半分も削られてしまう雑魚である。だが、そう簡単な話でもない。

 今まさに衝突するタイミングで手を突き出す。暴風のような衝撃波が吹き抜けて行くが、肝心のナディアは軽々と止めてみせた。


「そ……そんな……質量の差すら物ともしないのですか……」

「忘れたか? そもそもの基本スペックは段違いでこちらが上だ。同じ物差しで考えるな」


 そう、いくら魔法師とはいえ俺のレベルは高い。レベルアップ時の僅かなステータス上昇分の値だけで、この世界の住民など相手にならない強さになれる。どのくらいか知らないが、少なくとも、竜神の重さすら乗せた一撃だろうと、軽く受け止められてしまうくらいには。


「く……っ!」


 さて、魔法、物理共に封じた。ナディアに打つ手は残っていないだろう。それでもなお立ち向かおうとしているらしく、更に飛距離を付けようと距離を稼ぐナディアを目で追いながら、攻撃の準備に入る。


「スキル、マスター・コード反転。対象、ゼルエル」


 各属性に対する耐性は無駄だと言ったが、究極的には本当にその通りだ。高レベルの戦いになれば属性など無意味。単純な威力、付属する効果、詠唱時間、消費MP、そういう点でしか魔法を評価しなくなる。なぜなら、耐性を貫通するスキルがいくつかあるからだ。その中でも飛び切り強力な、ゼルエルに備えている上級スキルを拝借する。


「パッシブ・スキル、次元断、アクティブ! 」


 次元断。相手の一切の効果を破壊することも可能なパッシブ・スキルだ。これにより、例え相手の防御力がカンストしていたとしても、魔法耐性が100%だったとしても、破壊に必要なダメージ量を消費して無効化できる。貫通した後は、こちらの攻撃力がそっくりそのまま固定ダメージとして入るのだ。もう憂いは無い。先ほどは油断したが、次は確実に体力を削る。


「魔法、ドラゴニック――」

「――遅い!」


 魔法陣が展開される前に一閃、返しで二閃目も叩き込む。あの広域に放たれた全魔法を、ナディアの腹部ただ一点にぶつける。今度こそ確かな手応えを感じた。そして炸裂する。目を開けていられない程に眩い光、耳をつんざくような轟音、肌を焼き焦がすような熱線、そして暴風が瞬間的に発生し、そしてたちまち消失する。ただ一点に、攻撃が当たった一瞬に、あの攻撃がもたらすはずだった余波すら含めた全破壊力が集中した。

 ナディアの体は白く輝き、たちまち小さくなって、いつもの姿に戻り落下していく。先回りして抱き抱えると、目が開かないものの、しっかりと息はしている。良かった、殺してはいない。思いの他、あの奥義が強力だったから一瞬焦ったぞ。


「……私の負け、ですね」


 意識を失っていたのかと思いきや、目を伏せたまま、弱々しくナディアはそう呟いた。その表情と口調は穏やかで、敗北を悲しんだり、悔やんだりする様子はない。


「終わったな……ナディア」

「はい、これで私の役目も終わりです」


 ナディアは懐から短刀を取り出すと差し出してくる。その柄には、竜の文様が細かく、美しく刻み込まれていた。祭典用のものだろうか。しかしその刃は日の光を浴びて鈍く輝いており、首を切り裂くくらいは容易にできそうである。


「これは……どういう意味だ?」

「終止符を打ってください。この戦いに、そして紅竜同盟に。私の命がある限り、争いは決して無くならないでしょう」


 ナディアの言う通りかもしれない。5年前の大災厄で壊滅的な被害を受けても、その影響が出ているようには微塵も見えない復興振りは、きっと竜神の存在によるところもあるのだろう。実際、足下の首都を見れば、敬虔な竜人たちで溢れ返っている。ナディアがいる限り、また立ち上がる者はいるだろうな。


「だからって自棄になるな。まだ何も終わっちゃいないぞ」

「紅竜同盟はもう終わりです。魔王様の軍勢と相対して無事でいるはずがありません。そのくらいはわかっています」


 ただし、それはこの戦いで痛みや悲しみを覚えたのなら、の話だ。予想通りというか、何というか、ローレンはやはり俺の言葉を伝えていなかったらしい。その説明から始めなければならないな。


「ナディア、お前は大きな勘違いをしている」


 通信メニューを開き、カルマ、アザレア、それにゼルエルへと繋ぐ。皆、この意図をわかってくれたのだろう。すぐに応じてくれて、カメラを各々の背景へと向けてくれた。それを確認してから、全てを諦め切っているナディアの前にウィンドウを持っていく。

 まずはカルマのところから。地獄から解放された竜人たちが、ローレンをふん縛っているところが映し出される。


「魔王様、こちらはカルマじゃ。ご覧の通り、最大の戦犯は竜人たちの手で捕らえておる。言い付け通り、紅蓮飛竜隊に死者は皆無じゃ。負傷者も、あやつ以外にはおらぬ」


 それを聞いた瞬間、ナディアの目に光が戻る。全身に相当の痛みがあるのだろうが、顔をしかめながらも、俊敏な動きで起き上がって映像へ目を向けた。じっくりと、まじまじと竜人たちの様子を見て、きちんと現状を確認してくれたのだろう。しかしそれでも信じられないと言うように、呟く。


「今……何と仰いましたか?」

「今一度言うぞ。死者はおらぬ。皆、元気じゃぞ」


 次はアザレアたちのところだ。すぐに映像を切り替えて、関所の前を映し出す。互いに体を支え合い、引き上げていく竜人たちがいた。死者がいた場合に見られる麻袋は一枚たりとも見られない。当然、一体だって死体は転がっていない。皆、しっかりと生きていた。


「こちらはアザレアです。紅蓮牙竜隊に損害はありません。僕は眠らせただけですが、フェンリスの方は少々面倒かもしれませんね」

「違いますよ、魔王様! えっと……心に巣食う邪気? っていうのを追い出しただけです! だから、目を覚ました時は心身ともにさっぱりしているはずですよ!」


 アザレアの仕事は完璧だ。多少の負傷者はいたようだが、ゴーレムを使ったんだ。自分の意思と関係なく動く戦闘集団を操っているのに死者を出さないなんて、神業と言って差し支えないだろう。

 フェンリスの方も文句無しのようだ。その説明文から推測される攻撃方法は浄化の力。見た目こそ死をイメージしそうな邪悪なものだが、受けた後は、フェンリスの言う通りになるらしい。むしろ晴れ晴れとした気持ちになる奴が多いんじゃないかな。

 最後にオラクル・ラビリンスの周りへ映像を切り替える。そこはゼルエルただ1人が佇んでおり、とても静かだ。竜人たちは誰一人としていない。


「もう誰もいない。送り返した」

「死者は出たか?」

「いるはずがない。ユウがそう望んだから」


 つまり、だ。どの戦域も既に戦いは終了している。しかも皆が無茶な要望に応えてくれたため死者は無し。開戦から1時間弱という迅速さ、かつ死者無しという歴史上類を見ない完全勝利を成し遂げた。

 これだけでも十分なのだろうが、駄目押しのようにウロボロスから通信が割り込んでくる。その隣にはバツの悪そうにしているレヴィが立っていた。


「こちらウロボロスです。レヴィは先ほど目を覚ましましたよ」

「あ……あ……」


 傷ひとつ無いレヴィを見たナディアは、言葉にならない嗚咽を漏らしながら震え、顔を両手で覆い、しかし嬉しそうに涙を流す。


「な……何事も可能性はゼロではありません。この結末も訪れうるものだと、そう絵空事のように、奇跡が起こるかもしれないと、祈ってはおりました。まさか戦死者がいない……このような形にしてくださるとは。完敗です」

「負けたって? 何を言っている? この戦いに敗者はいない」


 思い返すと、俺たちに敵はいなかった。アデルの時はまさにそれ。身に降りかかる火の粉を払うため、アデルの父親を倒した。本当は共存の道があったかもしれないのに、その考えに至らなかった。でも今回は違った。それはひとえにナディアのお陰と言える。


「正直に言おう。これは戦いだ。しかも、俺たちからすれば一方的に仕かけられたものだ。敵は全て排除する。それがごく自然な考えだったと思う。お前と出会う前までは」

「私と……出会って?」

「色々と聞かせてくれただろ? だから世界を思うその心に共感できた。わかり合えたんだよ。お前の行動全てが、俺にこの道を取らせてくれたんだ」

「……そうでしたか。私の思いが……魔王様にも」

「だから、この戦いの勝者は俺たちだ」


 少し臭かっただろうか。いや、その心配はなさそうだ。ナディアは涙を手で拭いながら微笑んでくれた。そして俺の腕から離れて行くと空を見上げる。その横顔はとても綺麗で、晴れ晴れとしていながらも、


「私の戦いにも……意味はあったのですね」


 やがて肩を震わせて、今度は大粒の涙を流し始めた。

 俺は知らない。ナディアがどれだけの苦労を背負い込んで、どれだけの努力を積み重ねてきたのか、その一部分しか。きっと、ずっと一緒にいるであろうレヴィですらわかっていないだろう。それが少しでも報われたのだとしたら、俺はやっぱりこの道を選んで良かったと思う。王道ではなく、邪道を。力でねじ伏せ屈服させ、こちらの言い分を通す傲慢なやり方だが間違いなどではなかった。

 少しだけ落ち着いたのか、ナディアはまた目元を手で拭うと、くるりと振り返る。泣き腫らした顔で最高の笑顔を見せてくれながら、


「貴方様こそ……私の……私たちの英雄です。心より、ありがとうございました」


 そんな嬉しいことを言ってくれた。思わず照れ臭くなってしまって顔をそらしながら、でも大切なことを提案する。この戦いは終わった。これから新しい世界が始まるのだと伝えに行こうと。


「じゃあ、行くか? この戦いの結末を教え広めるために」

「はい。凱旋と行きましょう」


 凱旋。そうか、俺たちは勝者だもんな。それがいい。2人で並んで飛び立つと、竜人たちの待つ首都へと向かう。ナディアは言った、黎明の時だと。まさにその通り。これから始まる俺の、俺たちの覚悟と共に広く伝えよう。魔王と配下たちの目指す世界を。

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