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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第2章 暁の竜神
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第21話「最強の剣士」

 メグが自身の担当する戦場を捨て駒にしてまで全てを託したのは彼らだ。勝つために死も厭わない。そんな同胞たちの捨て身の上に成り立つ作戦の終局に向けて紅蓮魔導隊は密かに進行。そして遂にそれを目視する。


「ナーガ様、ようやくたどり着きましたね」


 空中に浮かぶそれ、空中要塞オラクル・ラビリンスは一見すると山と見間違うほどに大きな西洋風の城だった。黒い光沢のある外壁は太陽に照らされて輝き、自己の存在を強く主張していた。


「気を緩めるな、ここからが本番だ」

「わかっていますよ」


 この作戦の意義を正しく理解できている者はナーガだけだ。その証拠に将兵たちは既に勝ったつもりでいるらしく、雑談や隊列の乱れが目立っていた。敵の本拠地にたどり着いたのだ、後は魔法で落とすだけなのだから無理もない。ただし、敵が普通の相手だった場合の話だが。


「皆、準備はいいか」


 ナーガは険しい顔で同胞たちへ振り返る。総勢千人。紅蓮飛竜隊や紅蓮牙竜隊と比べると小規模だが個々の戦闘力は高く、総合力では全く引けを取らない。まさにエリート部隊である。それもありこの始末であったためだ。


「よく、このような無謀な作戦に乗ってくれた」

「何を言うんですか、ナーガ様」

「そうですよ。ナーガ様はいつも大袈裟なんですって」


 そんな部隊の隊長を務めるナーガは、愚か過ぎて泣きたくなる程の断固たる決意を固めてここに立っている。そもそも戦とは本来きちんと勝つ算段を立て、退路を確保して臨むものだ。まして彼が率いているのはエリート部隊。敗北も壊滅も許されない。それなのにこの初戦から玉砕特攻も辞さない覚悟でいるのだから。


「先に言っておこう。この戦いに退却は無い。紅蓮飛竜隊に続き、紅蓮牙竜隊も壊滅したそうだ」

「そ……それは本当ですか、ナーガ様?」

「あぁ、これを見てくれ」


 隊内がどよめく。誰もそんなこと、露にも考えていなかったからだ。人柄はどうあれローレンの率いる紅蓮飛竜隊の強さは彼らもよく知っている。しかもその後方には歴代最高クラスの智将メグの率いる紅蓮牙竜隊まで配置されている。開戦からまだ10分も経っていないというのに、これでどうして壊滅したなどという妄言を信じられるだろうか。いや妄言ではないと、ナーガは魔法で紅蓮牙竜隊から送られた前線の惨状を映し出して同胞たちに理解させる。頼みの綱はもうここだけ。我らが引いた時、それがすなわち紅竜同盟の最期なのだと知らしめた。


「う……嘘だろ? こんなことが……」

「じゃ、じゃあ、残っている部隊は本当に我々と守備隊だけか?」


 流石の彼らも狼狽えた。守備隊なんて名前だけ。まともに戦える人員は全てあちらの戦場にいるのだから。

 だがそれもすぐに収まり、各々、覚悟を決めた顔つきになる。彼らはエリートだ。選び抜かれた存在だ。だからこそ逃げ出そうとする者も、こんな愚かな作戦にも関わらず異を唱える者もいない。やるしかないのなら例え死んでも勝ちにいく。ただそれだけ。それが紅蓮魔導隊の使命であるのだから。


「さて、正しく我らの状況を理解して貰ったところで言わせて貰おう。遠い未来、我らの愚行は嘲笑されるに違いない」


 歴史の教本とは非情なものだ。世紀の一戦であろうとも、淡々と、下手をすると一文で説明を終えてしまう。その裏で一体どれほど多くの者が涙し、決起し、死力を尽くしたのかを記すことはない。そんな簡単な説明文を読んで、鼻高々と歴史について語る専門家もいるだろう。彼らはもしかすると、こんな敗戦濃厚の一戦など特に面白おかしく叩くかもしれない。なにせ、この戦場に立つ彼らでさえ愚かしいと心のどこかで思っているのだ。傍から見た者にそう思うな、などとは言えないだろう。


「だが……だからどうした? 如何なる栄誉も栄光も何もかも、この一戦の前には霞むだろう。ここで一矢報いることができたなら……。思い起こせ。大切な家族や恋人、友人、師匠……誰でもいい。その全てと過ごしてきた日々を。我らしかいない。我らしかいないのだ。それら全てを守ることができるのは」


 言いながらナーガもまた、大切な人たちを思い起こしていた。両親、戦友たち、メグ、レヴィ、そしてナディアのことを。受けた恩義に対する感謝、あの日々を守りたいという揺るがない思い。それらが胸の中で次々と湧き上がっては力へ昇華していくのを全身で感じていた。

 この現象は彼1人だけに起こっているのではない。この場にいる竜人たち全員が決意を秘めた表情で頷き合い、杖を強く握り締める。もうそこには一切の油断や慢心は見られない。あってはならない。


「さぁ行こうか、勇敢なる同胞たちよ! 我らの戦い……敵の本拠地にとくと刻み付けてやれ! 紅蓮魔導隊、出陣!」


 大気を震わせる程の雄叫びの後、竜人たちは一斉に両翼を広げて飛び立ち陣を敷く。百人単位の円環の陣形が10できて、それぞれの中央へと魔力を注ぎ込み始めた。

 これは彼らの主砲とも言うべき最高火力の魔法、ドラゴニクス・ブラスターである。その威力は恐れることなかれ、一発で山が消失する程である。聖リリス帝国時代より以前、つまり5年前の大災厄が起こる前の世界から見ても、これに勝る攻撃は存在しなかった。


「ドラゴニクス・ブラスター、一斉照射!」


 円環の中に金色に輝く巨大な魔法陣が形成され、その形状を食い破るようにしてそれは姿を現した。金色の竜が。大空ごと食らい尽くすように大口を開け、その美しい両翼を羽ばたかせる様は竜神と瓜二つの外観である。それもそのはず。竜神の力を再現するべく開発された大規模魔法なのだから。

 10体の竜は高速で大空を駆け抜けてオラクル・ラビリンスへと突っ込んでいく。激突。文句なしの直撃。激しい爆発音と衝撃、そして太陽の光のように眩い閃光がいくつも生じ、思わず竜人たちは目を閉じた。


「やったか!?」


 皆の狙いは寸分違わず一点集中であった。つまり竜神の力による10連撃である。こんな規格外の攻撃は5年前の大災厄ですら実行されなかった。まぁ、あの時はこんなにも大胆な詠唱をする余裕が無かったからなのだが。

 今は違う。敵の本陣を目の前にして堂々と、しっかりと詠唱を終えた攻撃に成功した。だからこそ絶対に大丈夫。そんな期待と願いを込めて、竜人たちは目にした。目にしてしまった。目を背けたくなる現実を。


「……なんだ、あれ?」

「凍って……いるのか?」


 10体の竜たちは輝きを失って完全に凍っている。ピクリとも動かない。やがて体中に亀裂が走るとそのまま崩壊。風化した砂のように多量の魔力をまき散らしながら消滅していった。肝心のオラクル・ラビリンスの外壁は、なんと無傷。一角さえ崩れておらずかすり傷ひとつすら見当たらない。


「嘘……だろ?」

「お、俺たちの最大火力が……」

「怯むな! 第2射の準備を!」


 ナーガの怒号で竜人たちは失いかけた戦意を取り戻し、魔法陣を展開し直す。忘れるな、相手は魔王。5年前の大災厄の元凶かもしれない奴だ。想定外のことが起こってもおかしくはない。むしろこれで終わるのなら大災厄と呼ばれるまで被害が拡大しなかったはずだ。おめおめと尻尾を巻いて逃げられるものか。俺たちがやらずして誰が勝つんだ。言葉は違えど、竜人たちはそのように一様に思い直し、ありったけの魔力を注ぎ込む。この一撃を更に強力にさせられるのならここで死んでも悔いはない。そんな覚悟を固める者も少なくなかった。


「第2射、一斉照射!」


 再度、黄金の竜たちは勢いよく天空を這うようにして突っ込んでいく。決死の魔力注入によって、先ほどよりも威力は高まっている。高まっていたはずだった。それなのに、今度は爆発も閃光も起こることなく直ちに凍結して粉々に砕け散った。


「別の魔法で行くぞ! 全軍、クリムゾン・シュトロームの準備を――」


 絶望に支配される前にと、ナーガは次の指示を出す。どんな防御手段を取られているのか不明なものの、氷系統の魔法が使われているのは明白だ。氷には火。

 竜人たちは即座に指定された魔法陣を展開する。これも百人規模の魔法であり、ドラゴニック・ブラスターと同じ陣形のまま魔力の注入を直ちに開始する。だが次はその魔法陣すら凍り付き、霧散してしまう。


「お、おい……何だ、あれ……」


 その時、何もかも無意味だと悟り始めた竜人たちの目に、暗い、闇よりも黒い天使の羽が映る。ひらり、はらりと、次々と天から舞い降りてくる。その軌跡を辿ると、そこには、いてはいけない存在が佇んでいた。


「あれは……て、天使か? いや、違う。あれは堕天使……?」


 天使が神のお告げをもたらすならば、堕天使は破滅の烙印を押しに来るのだろうか。破滅。戦う前からそんな悲観的な単語が連想されてしまうような、誰もが目にした瞬間に敗北と理解できる程の存在がいる。漆黒の翼に藍色の天使の輪を持ち、周囲に鋼色の12本の剣を浮かべた彼女の名は、堕天使ゼルエルである。


「はは……何だ、この理不尽な現実は」


 魔王やウロボロスたちを本拠地から引き離したお陰で、ここにいるのは剣士ムラクモくらいだとナーガは予想していた。実際は違う。そんな生易しい話ではない。

 ナーガはウロボロスたちを見たことがある。一目見ただけでは、実際はどうあれ、さしたる脅威には見えなかった。しかしあれは違う。ゼルエルは規格外。最初から彼女に会っていたのなら、ナーガはローレンを殺してでも引き止めただろう。そのくらい本能的に勝てないと悟ってしまった。


「しかし……もはや退けん! 総員、あれの準備を!」


 あれに魔法を何発撃ったところで利くものかと、ナーガは指示を出す。ハッと我に返った竜人たちは慌てて懐から小型の包みのような物を取り出した。

 それらは全て爆弾であった。魔法戦に特化した彼らが唯一常備している、物理的な対抗方法。最低最悪の最終手段である。


「これは魔法が一切使われていないただの爆弾だ。この数、止められるものなら――」


 言い欠けて、視界が白くぐちゃぐちゃに染まった。そのようにナーガを初めとする竜人たちには見えた。まるで黒い画用紙に白いクレヨンで、無造作に、適当に塗りたくったような光景が広がったのである。それはほんの一瞬の出来事。時間にすると1秒にも満たない。そんな僅かな間。


「――な、に?」


 ナーガは気が付いた。いや悟った。勝ち目など端から無かった、なんて次元ではない。勝ち目。そんな大それた算段を立てたことが既にあり得ないことなのだと。人は神に敵わないのではなくそもそも手が出せないのだ。それでも、もしも牙を剥こうものならそれは戦いではなく、一方的に天罰を下されるだけであるのだと骨身に染みて理解した。

 なぜなら手元にあったはずの爆弾を落としていたから。いや、正確にはそう予想した。この手に残る痺れはきっと、はたき落とされたのだろうと想像できるものだと。いつの間に、どうやって。それすらわからないままに、バラバラと、たくさんの爆弾が同様に落下していくのが見えてしまっている。


「馬鹿なことをする」


 誰から奪い取ったのか、ゼルエルの手には爆弾がひとつ乗っていた。それを無造作に放ると一斉に起爆、大爆発が起こる。終わった。最終手段がこのありさまではもう無理。いかにエリート集団でも理解の範疇を超えた事象をこう何度も目の当たりにされては、その心は脆くも折れてしまう。


「そ……そんな、どうやって……?」


 竜人たちは呆然と、天上に佇むゼルエルを見上げながら呟く。呟かざるを得ない。彼らは見ていた。ゼルエルは勿論、その周囲に展開されている剣でさえ、ただの1ミリも動いていなかった。それなのにこの神業としか言いようのない対処行動は一体どうやって取ったというのか。まさかオラクル・ラビリンス自体に何か細工があるのか、それとも他に誰かが潜んでいるのか。そんな疑問を抱く者もいなくはなかったが、あり得ないとすぐに結論を出してしまう。やったのはゼルエルだと、悲しいかな、戦士としての本能がそう言っていた。

 パッシブ・スキル、ディメンション・ストライク。通常攻撃に限り、振るっていなくても既に振るったという扱いにして蓄積できる能力だ。つまり好きなだけ、かつ任意のタイミングで斬撃を放ったという結果をばら撒くことができる。

 ゼルエルの剣はその手に握る物もあれば合計13本。それぞれに効果がかかるため、千個の爆弾など、あっという間に弾き飛ばせてしまえる。それこそ、ただの一歩も動くことなく。つまり戦いは始まってすらいなかったのかもしれない。なぜなら彼女が戦場に立ってしまえば、それが既に決着を意味するのだから。


「……なぁ、せめて教えてくれ。なぜこんなことをする?」


 ナーガはフラフラと飛び立ち、ゼルエルへと近寄りながら問いかける。なぜ絶望を振りまくだけで殺さないのかと。こんな体たらくでも彼らは戦争をしかけたつもりだ。それも、紅竜同盟のエリート部隊という慢心を捨て去って、ここで果てる覚悟まで固めた全力の攻撃を放ったはずだ。それなのにこれは何だ。ただ攻撃を無効化されるばかりで全く敵意が感じられない。

 先ほど、人は神と戦うことすらできないと言った。天罰を下されると言った。それでも、その時の神には人を懲らしめようという明確な意思があるはずである。しかしゼルエルは違う。全くの無表情。何の意思も感じ取れない。これでは、彼らはその存在を認識されてすらいないようではないか。

 実際は否。ゼルエルはきちんと彼らを認識している。だがその捉え方はとても淡泊だ。一個人として認める訳でもなければ、紅竜同盟の戦士であるかどうかすらも関係ない。端的に言うと草花と同じ。人は道を歩いている時、草花が何を思い地中から水を吸い上げて花を咲かせているのか考えもしないだろうし、興味も持たないだろう。言ってしまえばそれと全く同じなのである。


「ユウは言った。誰も死なせるなって」


 それでもゼルエルが出て来たのは、このまま彼らを放置すればオラクル・ラビリンスの自動迎撃システムで死滅させてしまうからだ。迎え撃つためではない。ユウに誰も死なせるなと頼まれたから、勝手に散ろうと足掻く彼らを守りに来たのである。


「そんな理由で……」


 その全てを理解した訳ではないが、ナーガはここまで詰め寄ってもなお変わらないそのゼルエルの様子から、ある程度を察した。そして感じるのは絶望などではない。無だ。全身から骨や血肉を抜き取られるような、何も残らないような虚無感。

 まるでピエロだと彼は思った。だってそうじゃないか。様々な思いがあった。先代に見出されて、ナディアに救われて、たくさんの友と出会って。それら全てに感謝の思いを抱きながら、絶対に失いたくないと、決死の覚悟で臨んだというのに。初めから戦いの舞台にすら上がっていなかったなんて、これが滑稽でなくて何なのだ。まさにピエロ。あのゼルエルとかいう超常の存在を幾分かでも楽しませられたのかどうかすら怪しい、出来損ないの道化。


「……ふざけるな」


 ナーガは自分自身に問うた。この児戯は戦いに昇華しうるかと。その答えに行き着くと同時に拒否。身に余る魔法、クリムゾン・シュトロームを単独で使用し抗おうとした。しかも詠唱も魔法陣も使わない強引な方法であった。そんなやり方では体への負担は計り知れない。顔をしかめ、激しくむせ込み吐血する。それでもなお魔法を発動させようと手を突き出した。


「そう」


 そんな決意に満ちた攻撃に対しても、ゼルエルはとてもあっさりとしていた。見ているようで明らかに見ていない。だから見下してすらいない。

 ようやく放たれた炎のトルネードは彼女に当たる前に何かに斬り捨てられて消滅してしまう。余波は無く、火傷すら負わせられず、何もなかったように消え失せた。


「やらせん! 認めん! 俺は……俺はなぁっ! ナディア様の築かれる明日が見たいんだ! そのためなら……っ!」


 全身を、その目まで真っ赤にして、あちこちから血を吹き出しながらナーガは金色の魔法陣を展開した。言うまでもない。これはドラゴニック・ブラスター。百人規模で放つ竜神の力を再現する最高火力の魔法だ。

 本来、これは単独で放てるはずのない魔法だ。それもそのはず。改良に改良が重ねられていくにつれて火力だけが高められていき、コストや運用方法など一切考慮されなかった切り札的な魔法なのだから。クリムゾン・シュトロークとは格段に別格。単独で使おうなど自殺行為でしかない。


「な……ナーガ様!?」


 竜人たちはその姿にようやく我に返った。勝てないから諦める。そんな弱い気持ちで何がエースだ。何が紅蓮魔導隊だ。例え絶対的に相手に劣るのだとしても、それでも結果を残さねばならない。そんな当たり前でとても難しいことを、身をもって見せ付けるナーガに触発される。

 百人規模の10連撃で駄目ならば、やることはひとつ。誰の指示も無く、完璧に統率の取れている動きで、彼らは陣を敷いた。ナーガを中心とした、千人規模の円環の陣。

 その規模は誰も想像できていない。なにせ、この人数。しかも各々が血の一滴まで絞り出すような勢いで注ぎ込んだ、膨大な魔力による一撃など、未だかつて試したことがないのだから。わかっていることは、百人規模の1撃は山を消失させる。単純計算でその10倍ということだけ。

 そんな未知の領域の、文字通り最後の一撃を彼らは放つ。太陽のような輝きを放つ金色の竜を一直線に向ける。


「……なるほど」


 動かない。ゼルエルはただ黙って、その様子を見守っている。彼らは退かない。退くはずがない。彼女の戦士としての本能が、そしてこれまでの経験がそう言っていた。

 彼女は思い出していた。かつて自分の前に立ったあの背中を。倒れても、倒れても、それでもなお立ち上がり盾とならんとする。無理だ。もしも彼らが彼女と同等の世界で生きているのだとしたら。


「……馬鹿な」


 ゼルエルは内心で失笑する。この鬼気迫る感じ、確かに類似していると言えなくはない。だがその深淵というか、根本的な部分は全く違う。似ているのではなく、その上辺から類推してしまっただけなのだ。あいつ、ウロボロスの絶対的な強さを。味方でありながら生涯で唯一感じた純粋な恐怖を。あいつならば折れない。例えここで唯一残されているであろう対抗手段をへし折ったところで、絶対に。

 だからこそゼルエルはここで初めて剣を両手で握ると下段に構えた。見せてみろ、こんな気持ちにさせたのだからと。お前たちが真に紅竜同盟を思うのなら、この結果を見せ付けられてどう反応してくれる。そのように珍しく感情を高ぶらせながら、ゼルエルはユウより託された彼女だけの剣、レーヴァテインを魔法に向けて振るう。


「……こんなものか」


 所詮は有象無象のそこら辺に勝手に咲き乱れる草花と同じ。取るに足らない存在かとゼルエルは落胆し、同時に安心もした。

 結果は言うまでもない。たった一太刀入れてやれば如何なる攻撃も例外なく消失させられる。今回も例外ではなく、ひと振りの前に巨大な金色な竜は跡形もなく綺麗に消された。問題はこの確定されている結果ではない。これを受けてどう動くか。その後の反応だったのだが、


「……嘘、だろ」


 戦意は完全に失われていた。がっくりと項垂れ、もはや立ち上がれそうな者は皆無。だからこそ安心したのだ。やはりウロボロスは特別なのだと。あいつにならば託せるのだと再確認できたのだから。

 さて、こうなるともう紅蓮魔導隊に用などない。ゼルエルはさっさと処理して自身の仕事に戻ろうとした。その時、ナーガだけがまだその目に力を残していたのが気になった。


「お前は……お前は一体何なんだ……?」


 ナーガは死に体も同然だった。魔力は枯渇し、魔法の酷使により全身はズタボロ。穴いう穴から血を流しており、外見以上に中身はもっと酷い有様だろう。とても意識を保っていられる状態ではなさそうである。それでもなお聞かずに果てる訳にはいかないと、こうして立ち上がったのである。

 同じ生物。二足歩行の知的生命体。似ている箇所は多いけれど、何もかも超越しているそれを、間違っても同類などという括りにはできない。神。ナーガは自然と、竜神のナディアを差し置いて、そんな単語を頭に思い浮かべてしまった。そして神と同じ天秤に上ろうとした自身の過ちを呪い、嘆く。そんな理不尽な現状への説明を求めて叫びたかったがもう体が許さない。しかしただで果てるつもりは毛頭ない。彼にとっての主君はナディア。それだけを考えた時、何ができるのか。その答えがこの問いであった。


「私はゼルエル。魔王ユウの第一配下……うん、最強の剣士だ」


 その覚悟に、ゼルエルは素直に称賛を送ろうと思った。ウロボロスまではいかないが、そこに至りうる逸材であったから。そういう意味も含めて名乗り自称する。我こそ最強なのだと。


「故に、ユウ……お前たちが魔王と呼ぶ男の全てを知っている。保障しよう。悪いようにはならないぞ」


 ただ強制的に送り返すだけのつもりだった。それがユウに任された任務で、それ以上のことをする余裕も本来ならば無かったから。それでもゼルエルはナーガに心打たれ、敵に安心感を与えようとすらしているのである。ユウ以外などどうでも良いと考えている彼女からすれば、しかも敵に対してこれは異例。最大限の優しさであったのだ。

 言い終わるや否やゼルエルは藍色の魔法陣をナーガたちの足下に展開する。転移の魔法だ。千人いようと問題なくカバーできるほどの大出力にも関わらず、術者のゼルエルは変わらず平然と行使する。座標は言うまでもなく彼らの首都だった。


「また機会があれば会おう。戦士よ」

「ま、待て――!」


 それで終わりと言うように、ゼルエルはナーガたちを強制転移させたのだった。こうして玉砕特攻をしかけた紅蓮魔導隊は、ただ一人の欠員も出す事なく、完膚なきまでに敗走したのであった。

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