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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第2章 暁の竜神
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第20話「紅蓮牙竜隊との攻防」

 フェンリスとアザレアは、もう目視できる所まで後続の部隊が来ていたというのに、しばらく眺めているだけの余裕があった。

 それもそのはず。大空を覆い尽くす程の大軍が忽然と消失した。この異常事態を受けて敵は動揺し歩を止めたから。


「そ……そんな……紅蓮飛竜隊が消失した!?」

「魔王……まさか本当に……!?」


 先行した大部隊が一方的にやられるだけでも相当のプレッシャーだろうに。あろうことか跡形も無く消えてしまっては嫌が応にも思い出すのだろう。5年前の大災厄を。

 この事態にどう対処し、そしてどう動くのか。それを見極めてから動こうというアザレアの提案により、2人は静観している。


「狼狽えてはなりません」


 弱音を切り捨てたのは紅蓮牙竜隊の隊長メグだった。将はいつ如何なる時もどっしりと構えるべきものだが、メグはこの若さで屈強な戦士たちすら怯える状況に対して全く動じていなかった。必要な資質を有しているのである。


「元より戦というものは一筋縄ではいきません。しかし敗北の条件は常に決まっています。あなた方一人一人の意志が折れた時、いかなる大軍も無能の集団と化すのです」

「り、了解! 行くぞ、お前ら!」

「そうだ! 俺たちはまだ戦ってすらいないぞ!」


 上に立つ者が臆しなければ士気は何とか保たれるもの。ましてメグのような小さな子に言われてたまるものかと、竜人たちは互いに励まし合う。真っ直ぐに見つめ直して行軍を再開した。

 その様子を眺めていたアザレアは満足げに頷く。この一戦のために最も準備していたのは彼だ。こんなところで引き返されでもしたら骨折り損もいいところである。


「健気だねぇ、まだ向かって来られるとは。でもありがたい。僕の作品たちが活躍できるよ」


 アザレアが片手を上げると、それに呼応して地面に土色の魔法陣が多数出現する。その数はおよそ十万。紅蓮牙竜隊と同程度の規模である。そのひとつひとつが鈍い光を帯びてゆっくりと回転し始めると、大地が脈動を打つかのように大きく揺れ出した。


「さぁ、僕のお遊びにも付き合ってくれよ、竜人」


 ただ揺れていた訳ではない。文字通り地面はあちこちで隆起し、突出した箇所は徐々に人形へと変貌していく。1体、2体で済む話ではない。魔法陣の数だけ現れる。総数は千を優に超え、万が見えようとし、それでもなお終わりはまだまだ訪れない。


「め……メグ隊長! 突然、敵が!」

「なるほど、あれが向こうの兵士なのでしょう」


 それらは人形兵士。土と岩で造られた歪なゴーレムたちであった。手や足は不揃いで長さもまちまち、中には立てない個体もいた。大きさは成人男性程度ではあるが、その姿はとてもこの世のものとは思えない化け物である。

 アザレアは完璧主義者であり、普通ならこんな醜悪な姿のゴーレムを晒したりはしない。ただしこれで完成しているのなら話は別だ。


「マッド・ゴーレム、行け。そして勝利を掴みたまえ」


 そう、これらは完成形なのだ。いくら急造でこしらえたとはいえ、この形がベスト。そう答えを導き出したのだ、他でもないアザレアが。見ろ、あの誇らしげな表情を。そして刮目せよ。彼の指示を受けて、獰猛な肉食獣のような咆哮を上げながら走り出したゴーレム集団の働きを。


「ひ……っ!? き、来た!」

「お、おい! 退くな! 迎え撃つんだよ!」

「あ、あんな奴らとか!?」


 先の大部隊消失に加えてこの事態だ。既に竜人たちは戦意を喪失しかけており、中には背を向けて逃げ出そうとする者もいた。この心理的な揺さぶりもアザレアの計算の内ではある。

 ユウより命じられた誰も殺すなという制限は特に彼にとっては難題だ。なにせ、彼の使用するものはアイテム。加減なんて不可能。オンとオフ、0か1かしかない機械的な集団を使役しているのだから。戦わずに済むのならそれに越したことはない。もっともそのためにあのフォルムにした訳ではない。訳ではないが、見た目は凶悪で走るだけで地震が起こる。そんなゴーレム集団はただ動くだけでプレッシャーを与える。


「全軍、構え! 数は同等、ならばあとは力量の差! 何としてもあれを打ち破るのです!」


 そのプレッシャーはメグも感じ取っていた。しかし数の上では互角。刃を交える前から負けを認めるなどあってはならないと、声を張り上げ号令を出す。

 これに対して竜人も負けてはいない。互いを信じ合い、槍を構えて陣形を整え駆け出した。

 ほら、こうなる。アザレアは予想していた。多少の脅しで屈するほど彼らは軟弱ではない。このくらいなら立ち上がる。いや、訂正しよう。立ち上がってくれなくては困るのだ。


「いくぞ、ゴーレム共!」


 さて、時は刃を交わす直前である。最も大切なのはこの衝突の瞬間。ここで勝敗はまず決まりうる。数で差が無いならば、問題は質。つまり個々の戦闘力で勝れば竜人たちに負けはないのだ。各々の振るう刃にこの戦の命運がかかっている。その事実が竜人たちを後押しする。誰もが負けじと腹から大声を出して、全力の一撃を叩き込む。


「……な、なんだと?」


 だからこそ困惑する。ゴーレムたちの装甲は柔らかかった。パワーも無く、まるで水でも切り裂いたかのように、力を込めすぎた一撃は地面に深く突き刺さってしまう。


「こいつら弱いぞ!」

「あぁ、いける! いけるぞ!」


 一方で、殴打を受け止めた竜人もまた声を上げた。その拳は岩でできているが大した力は無く、小石がぶつかった程度の衝撃しかない。楽々押し退け返しの一刀を叩き込める。


「全軍前進! こんな奴ら蹴散らしてしまえ!」

「やはり俺たちが最強だ!」


 拍子抜けではあったが、この勢いに乗じて竜人たちは切り込んでいく。脆いゴーレム軍団など敵ではなく、一気に突破しそうな程に突き進んでいく。

 この報告を受けて、メグは得体の知れない気持ちの悪さを覚えて眉間にしわを寄せていた。虚報かと疑いもした。だが非情に遠目ではあるものの、どう見ても圧倒的にこちらが押しているのを確認し、ますます不気味さを感じることになる。


「メグ隊長、あいつら弱いです! このまま押し切れますね!」

「弱い……? あの魔王の軍勢が?」


 魔王軍には紅蓮飛竜隊を一瞬で消滅させる程の力の持ち主もいる。それなのにこんな雑魚を寄越すだろうかと、メグはまず不審に思った。いや、ないだろう。なぜなら、あれだけの力があるのならゴーレムなど出さずに直接手を下すこともできなくないはずだ。強いて考えられるとすれば罠だが、どうしてそんな回りくどいことをしてくるのか。それがまた疑問点である。罠とは、当り前だが、戦況を有利にするべくして仕かけるもの。元より圧倒しているのならば罠なんて不要。もしくはあのゴーレム自体に何かからくりがあるのか。先ほどの強大な力を遥かに凌ぐ何かが、とメグは思案する。


「伏兵は?」

「今のところ発見されておりません。周囲十キロは安全です」


 その間にも竜人たちは勢いに任せて奥へ、奥へと進んで行っている。魔王の考えがわからないままに戦況が進めば返って危険になることは間違いない。しかし何を企んでいるのか皆目見当も付かない状況である。

 そんなメグの心配を余所に、前線はおろか、本陣の士気までもが一気に急上昇している。負けるかもしれない。誰もが内心でそう考えていたからこそ、反動で、この快進撃はより効果的な刺激となっている。


「ま……まさか」


 同胞たちの様子からメグは思い至った。アザレアの狙いに。だがもう手遅れだ。元よりこれは戦争で、特に恐怖から解放された今、竜人たちの勢いは留まるところを知らなかった。だから手遅れであった。


「さぁ、ショータイムといこうか」


 アザレアがそう口にすると、ゴーレムの残骸から蒸気のような白いガスが吹き出す。それはどんどん広がっていき、竜人たちは次々と吸い込んでしまう。次々と倒れ込んでいく。ガスを吸った者は例外なく意識を失っていった。


「め、メグ隊長! 前線の同胞たちが! ガスにやられています!」

「生死の確認はできますか?」

「現在、情報待ちですが……その……」


 みなまで言われずともメグもまた覚悟していた。戦争において敵兵を殺さない者なんているだろうか。仮に、他に考えられる可能性があるとすれば催眠ガスだが、寝ているだけならいずれは戦線復帰が可能。また攻め込まれるリスクを冒してまですることではない。ただしそれは、普通ならば、の話。


「報告します! 前線の兵たちは意識を失ったたけのようです!」

「……そうですか」


 殺されたなら諦めがつく。怪我をしたなら重傷度で取捨選択する。しかし目の前の同胞たちは意識を失っただけ。完全にしてやられたと、メグは深く溜め息を吐いた。まだ息のある同胞たちを放置することはできないだろう、現場の兵士たちは。しかも悪いことに部隊は引き伸ばされてしまっている。


「とにかく今は可能な限り急いで後退を」


 言いながら、兵たちが助かることは素直に嬉しいと本心では思いながらも、指揮官としての立場からメグは、前線部隊の存在を頭の中で冷徹に切り捨てた。倒れた兵たちを担ぐ者の分だけ兵は戦いに参加できず、結果的に倒れた以上の兵士たちが足止めを食らう形になってしまうのは明白。いっそ殺し尽くされた方がまだ作戦がスムーズだったというもの。そう内心で毒を吐きながらも、当初の予定は変更せず作戦を開始する。

 メグの苦悩はともかくとして、まだ意識を保つ竜人たちが倒れた者を担いで撤退を開始する。


「うんうん、そうでなくては困るけどね」


 アザレアはガスに細工をして、効果発動まであえて若干の猶予を与えた。竜人たちは互いに助け合うものだと散々聞かされており、仲間を見捨てないのならこうなるだろうと予想していたのだ。殺してしまえば1人脱落するだけだが、倒れただけならばその者を撤退させるために数人が一緒に撤退する。殺さずに追い返す。まさに狙い通りの展開となっている。

 その凶悪な工夫に、フェンリスは味方ながらも苦笑いせざるを得なかった。いくら彼女でも理解できるくらいに効果的だったから。


「はー……アザレアって、恐いことするね?」

「いいや、これは信頼さ」

「信頼? 敵に対して?」

「彼らは大災厄とやらを逃れた精鋭たちだろう。ならば、絶対に同胞を見捨てるはずがない。そう信じればこれほど効果的な策も無いさ」


 実は、ユウの指示では速効性のある催眠ガスを戦域にばらまくだけのはずたったが、アザレアが手心を加えていたのだ。この方がより効果的だと判断してのことだった。


「まぁ、とにかくお膳立ては済んだ。後は任せるよ、フェンリス」

「うん、やっと出番だね!」


 フェンリスは笑顔で飛び出して行った。その様子は遊園地にでも連れられた子どものようで、見ているアザレアの方まで嬉しい気持ちになってしまうくらいにはしゃいでいる。その表情に迷いはない。敵を殺さず勝利をもぎ取る。その一心で見付けた決定的な手段を手に、爽快に駆け抜けて行った。

 だが、アザレアは楽観視できないでいた。調べは付いている。彼らを指揮しているのは稀代の智将と恐れられるメグだ。初戦は裏をかいて取らせて貰ったが、ここからは逆に利用される可能性も十分に考えられる。


「……僕ならば、この戦況をどう乗り切るだろう」


 明らかに格下の相手ではあるものの、メグの異様さは尋常ではない。腕力やステータスでは測れない何かがある。そう確信しているからこそ、アザレアは必死に頭を働かせながらフェンリスの背中を見守った。

 フェンリスは眠りに落ちている竜人たちには目もくれず、真っすぐにまだ動けている部隊の方へと走り寄る。その最中、神業的な速さで2丁拳銃に弾丸をセットする。


「いこうか、神銃ブリューナク!」


 準備は完了。後はただ敵目がけて発砲するのみ。

雷の如き速度で急接近。流れるような動作で1発目。かなり離れた手ごろなターゲットに向けて放つ。


「次っ!」


 普通に戦えば楽に勝てる勝負。しかし、フェンリスは殺しにはいかない。ただ殺し尽くすよりも遥かに難しく、彼女にしかできない高等技術を持って敵を圧倒しにかかる。それはもはや曲芸。その神がかり的な曲芸は、1発目の弾丸がターゲットにヒットするまでに全て行われる。

 立て続けに2発、3発目も放たれる。1発目もそうだが、それら全ては狙い定められた相手以外にはかすりもしない。網の目を縫うように、竜人たちの隙間を綺麗に駆け抜けていく。


「あと、3発!」


 弾丸の速度は時速1000キロオーバー。これは通常のピストルの約3倍である。だが、まったく歯が立たないということもない。達人と呼ばれる人がたまに避けて見せることもあるだろう。ただしそれは弾丸を見ているのではなく、発砲するために引かれるトリガーと砲身の向きから銃撃を予測して回避しているだけだ。だけ、と言ったがそれだけでも人間技ではない。それでもたったその程度と言えるのがフェンリスである。その証拠に4発目、5発目も撃ち終わり、一番先頭にいる竜人へと肉薄する。


「な、なん――」

「――はい、6発目」


 速過ぎて全く無抵抗の竜人の額に向けて6発目を発砲した。その瞬間、まるで示し合わせたかのように6発全ての弾丸が寸分の狂いなく同時に命中。それに合わせてスキルを使用した。


「スキル、カース・パンデミック!」


 ところで撃たれた竜人たちは、いずれも額を綺麗に撃ち抜かれているのに絶命していなかった。カッと目を大きく見開き、もがき苦しみながら泡を吹いて意識を失うに留まる。


「だ、大丈夫か!? 怪我は……」


 そのただならぬ様子に助け起こした者がいたのだが、怪我はおろか、かすり傷すら無い。撃たれたはずの額にすら赤みひとつ無いのだ。無いのだが、その異様な光景に言葉を失ってしまう。


「な、何だ……これ」


 撃たれた竜人の体からモクモクと黒い霧のようなものが立ち上ぼり形を成していく。どす黒い、成人男性の頭ほどの球体となった。その中央にはドクロの顔が浮かび上がり、大口を開けてケタケタと笑い出す。

 それはあちこちで浮かび上がる。その数、合計6体。そう、被弾者の数だけ禍々しいそれは姿を現して同様に高笑いし始める。それから間もなく破裂し、中身に詰まっていた液体がぶちまけられる。赤黒く、泥水のような異臭を放つそれは竜人たちに満遍なく降りかかった。


「な……なんだ……これ……あ、あぁぁっ!?」

「あ……ぐ……あぁ……っ!?」


 カーズとは呪い、パンデミックとは伝播を意味する。そう、呪いは伝播する。その液体には呪いがかけられており、発生源となる者の状態異常を問答無用で周囲に振り撒くのだ。液体を浴びた者もまた同様の苦しみを味わいながら意識を失い地に伏していく。


「アザレアー! うまくいったよー!」


 完璧にスキルが発動したのを見届けて、フェンリスを尻尾と腕をブンブン振ってアピールする。

 あんな無垢な顔をしていながらえげつない神業を平然としてくれたものだ。頼んだ張本人でありながら内心で苦笑いしつつ、アザレアはとある魔法の入ったカプセルを取り出した。


「いやはや、それでいて仕事が早い」


 余りに速過ぎて、アザレアは見送ってから瞬きすらしていなかった。いや、する暇すらなかったと言っていい。しかもその上で正確である。見ろ、寸分違わぬ綿密に計算されたあれらの配置を。線で結んでみると六芒星の形になってくれている。お陰であの呪いをこの地に固着させるアイテムが使えるようになる。


「カーズ・ポゼッション、あの呪いをこの地に固着させよ」


 使用する機会は大変に限られるが、使用できればこれほど有効なアイテムもそう多くはないだろう。指定した呪いが留まり、ただ足を踏み込んだだけでも容赦なく牙を剥くようになる。

 これで前衛に続き中衛まで文句なく壊滅状態である。もはや寝ている同胞を引きずって撤退することも許されない。


「さて、後衛もこのまま貰えれば楽だけどね」


 未だに敵の動きは無いに等しい。ただ右往左往しているだけの竜人たちばかりで、とても智将と呼ばれるような人物が指揮しているとはアザレアにはとても思えなかった。


「ねー、アザレアー!」


 今度は両手をブンブン振って、フェンリスが指示を仰いでいる。

このまま押し切れば間違いなく勝利は確定するだろう。油断はしないと決めているものの、これでは臆病風に吹かれているようなものだ。このまま一気に勝負を決めてしまおうかとアザレアは決断し欠けた。その時だ。遥か後方で不穏な動きがあることに気が付く。


「あれは……なんだ?」


 およそ50から100人単位の部隊がいくつも、右へ、左へと、不規則に動いている。あれはおかしい。今、壊滅状態に陥っているのは前衛、中衛だ。後衛にまでは手を伸ばせていない。右往左往しているにしてもまだ被害が及んでいないのだから、逃げるなり向かってくるなり自由にできるだろうに。あれでは殺してくださいと誘っているようなものではないか。


「まさか……フェンリス! 作戦は中止! 後方の部隊にちょっかいをかけてくれ!」

「はーい、わかったー!」


 フェンリスはブリューナクをアイテム・ストレージにしまうと、今度は自身の体よりも大きな斧、ハルバートを取り出した。サーフボードのようにその上へ乗っかると末端に付いているブースターを点火させ、一直線に後方へと飛んで行く。


「そーれ、どっかーん!」


 狙いは竜人ではなく、その部隊の大体中央の大地である。そのままの勢いで激突するようにして殴りつけたため地面が大きく抉れただけでは済まず、衝撃波が発生して竜人たちが吹っ飛んでしまう。


「なるほど……やはりそうか」


 あんな大がかりな攻撃だ。当たったら文句無しに即死である。だから幸運。幸運にも狙いが外れたと思ってくれたに違いない。そのはずなのに竜人たちは顔を見合わせて震えてはいるものの、逃げ出そうとはしない。いや、離れるように走ってはいる。それでも逃げるというよりは離れるという程度であった。


「……気取られましたね」


 これは軍隊の限界である。彼らは個ではなく団体として動くよう徹底的に訓練されている。命が惜しいのであれば逃げ出してもくれるだろうが、残念ながら彼らはこの一戦の重要さをとても重く理解していた。自分の命よりも守りたいものを優先するためにのみ立ち向かってしまっている。それが駄目。今は例え演技でも腰を抜かして逃げ出す素振りをしてくれなければならないのに、本来ならば誇るべきプライドがメグの作戦の邪魔をしているのである。


「フェンリス! 雑魚には構うな! 狙うは本陣だ!」

「はーい、じゃあ、あそこからね!」


 今、フェンリスはあそこからと指さし走り出した。そう、本陣はひとつではなかった。フェンリスが斧を振り下ろしたあのわずかな時間で、既に10は本陣、もしくはそれに偽装された所が出来上がっていた。

 ひとつ、ふたつとフェンリスは本陣へ殴り込み、適当に暴れ回ったら次へと移動する。だがどこもここも偽物なのだろう。その足はまた次の本陣らしき所へと向かっている。


「くそ……してやられた」


 アザレアは頭をかきむしった。見誤ったのだ、彼らの真意を。これは戦争だ。それも彼らからすれば絶対に退くことの許されない、敗北できない一戦だ。だからこそあれだけの大部隊。実際には総力を挙げて向かって来ている。そう思っていたのに実際は違う。この場は時間稼ぎ。恐らく別の部隊がオラクル・ラビリンスか、はたまたユウの方へと向かっているのだろうと、そこまで見抜く。


「ここからどうしてくれようか」


 どちらに向かわれたとしても大して脅威にはならない。一番の問題は、今、この戦場である。ここにいる奴らは、いわば死ぬ覚悟をしてしまっている戦士たちだ。その心を折るのは容易ではない。力加減を間違えれば刺し違えようとも向かって来るだろう。それでは果たせない。ユウより命じられた、誰も死なすな、という絶対命令が。


「やってやるさ。余り僕を舐めて貰っては困る」


 ここまでは完全に裏をかかれた形だが、忘れてはならない。圧倒的に有利なのはこちら。それだけは変わらないのだから。

 アザレアは他のオラクル・ナイツ全員のアイテム・ストレージを足しても全く足りない程にアイテムを備蓄させたストレージを開き、打開策を考え始める。勝つためにはメグを殺さずに捕縛するしかない。しかも敵に悟られないようにする必要がある。このふたつの難題をクリアするための方法を探る。


「ねー、アザレアー! ここも違うんだけど、本当にいるのかなー!?」


 もういくつの本陣擬きを破壊したのだろう。ややうんざりし始めているフェンリスから文句の声が上がる。

 それを聞いてアザレアに電流が走る。あれだけ破壊してもなお本陣の形を成した所はまだまだたくさんある。というか増えている。だが、待て。どうして増える。それはデコイを増やすためだ。何のために。本陣を守るために。でもあの中に本物があれば不運にも当たってしまう可能性がある。その恐れを完全に無くすためには、あの中に本陣は置かない。ではどこに置けば安全だろう。前衛と中衛は無い。後衛はフェンリスが既に荒らし回っている。ならば答えはひとつ。


「フェンリス! 囮を増やすということは、そこに本陣があるということだ! 徹底的に破壊してくれ!」

「はーい、わかったー!」


 敵を騙すにはまず味方からという。アザレアはフェンリスにそうお願いしておきながら踵を返し、関所の裏側、つまりイース・ディード側の地を踏んだ。そしてアイテムを取り出して使用する。


「出でよ、ファントム・シーカー。目標を探り出せ」


 事前にカルマから拝借しておいた探索用の下級モンスターをカプセルから解き放って、辺りの捜索を開始する。するとすぐに反応があった。そこは一見すると普通の平屋であるが、中に踏み込んでみると、ファントム・シーカーは床のあるところで止まっている。


「そこか、メグ」


 罠の可能性も考え、アザレアはその床をゴーレムにはぎ取らせた。いた。メグだ。5メートル四方程度に掘られた穴の中に、メグと数人の竜人が潜んでいたのだ。


「……よく見破りましたね?」

「あぁ、これでもオラクル・ナイツの一員でね。僕の役目はサポーター。こと戦場の支配に関しては、絶対に負ける訳にはいかないのさ」


 言いながら、アザレアは理解する。メグの周囲にいるのは戦闘員ではない。しかし魔法を扱えるだけのステータスを持っていることから、彼らは通信兵なのだと。ここに篭り、戦場に通信を飛ばしてあたかもあちら側にいると思わせていたのだと。


「ふふ、如何でしたか? 私の虎穴の陣は」

「……聞いたことのない陣形だ。君のオリジナルかい?」

「はい、そうです」


 これは蛇足だが、虎穴の陣とは敵の陣地に穴を掘って隠れ、機を見て手首をかくという命知らずの陣だ。本来ならば暗殺者を仕込むものだが、こうして指揮官を匿っておけばまず間違いなく指揮系統は完全には乱されずに済む。ただし、見付かってしまえば問答無用で助からない。


「私を殺すのでしょう? さぁ、ひと思いにやってください」


メグは素直に観念して両手を上げて目を伏せた。命乞いもしなければ抵抗する素振りも見せない。全身のどこを見ても震えも無い。その殊勝な態度にアザレアは思わず唸る。


「人を見た目で判断するつもりはないが、その若さでなんと肝の据わった子だ。実に惜しい。いずれは大成しただろうに」

「その賛辞、ありがたく頂戴します」


 そう言うメグの表情は、とてもではないが敗北した側のそれではない。何か隠しているのだと素人でもわかってしまうような顔つきをしていた。

 普通ならこんな離れた所に潜んでいるなど臆病者のすることだと笑われるだろう。しかしアザレアは全くそんな気が起こらなかった。むしろ尊敬の念すら覚えてしまっている。本当ならここで眠らせてしまえば万事解決なのだが、そうすることなく立ち去ろうとしてしまう。


「見逃すのですか、この部隊の将である私を?」

「君の狙いはおおよそ見当が付いている。しかし同様に、君もまた魔王様の成そうとしていることを想像できているんじゃないかい? だったら、ここで君を眠らせてしまうのは全くもって愚策というものさ」

「別の作戦を決行するかもしれませんよ?」

「むしろ大歓迎さ。その智謀、とくと楽しませてくれ」


 そう言い残して、今度こそアザレアは颯爽と立ち去って行ってしまった。

 残されたメグはひとつ大きく息を吐き出すと天井を見上げ、それでも仲間の勝利を願った。何のための勝利か、そして、勝利したところでどうなるのか。それすらもう見失ってしまっていても。

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