第18話「フェンリスの悩み」
闘技場には必死に汗を流すフェンリスがいた。鬼気迫る表情を浮かべ、一心不乱にシャドーボクシングをしている。もっとも徒手格闘だけではなく足技も取り入れた実践を想定した動きであり、余計に肉体にかかる負荷は尋常ではなかった。
「やっているな、フェンリス」
そこに現れたのはムラクモだった。まるで「予想していた」とでも言うような口ぶりである。事実その通りで、彼はとある時を境に、定期的に闘技場へ足を運ぶようにしていたのだった。
「ムラクモ……どうしてここに?」
「心配したからだ。答えを見つけられないのではないか、とな」
答えとはつまり、フェンリスの戦い方であり、また生きる意味でもあった。
話は少し戻るが、ムラクモが足を運ぶようになった原因はゼルエルも参加した秘密の会議である。あの時、誰も殺さないという訳のわからない話を、納得できないながらも全員が受け入れた。そのように見えて実際は違った。ただ1人フェンリスだけは話自体を理解できておらず、ユウの望みと言われてもなお、そんなのあり得ないとすら思っていたのである。
考えてみて欲しい。戦いは遊びではない。ゲームですら相手のライフゲージを奪い、死亡させることを目的として行われる。現実世界ならなおのこと。敵の息の根を止めにいくのは当たり前。そんな、戦いにおいて絶対不変の正義であるべきの、敵の殺害を禁じられる。どうして受け入れられるだろう。ユウを心から守りたいと思っているのならなおのことだ。
「……もしかして、私の悩みがわかるの?」
「あぁ、勿論だ。敵を殺してはならない。魔王様の願いなら叶えたい。でもそんな話などあり得ない。違うか?」
「う、うん。凄いね、ムラクモ」
配下である以上、ユウの望みこそ最優先であるはずなのに、それを素直に受け入れられない。なんと頭の固いことか。理解できないのなら信頼できる仲間たちの言葉に耳を傾ければいいものを、今回ばかりはそれも難しかったのだった。
「お前は素直に見えて、その実、きっと誰よりも確固たる独自の信念を持って忠誠を誓っているからな。だからこそ、今ここでこうしている理由は考えるまでもないとすら思っている」
「うーん……?」
これはフェンリスにとって理解できない難しい話のようだ。それでも、ムラクモの言うことは正しい。敵を打ち倒すことだけが、彼女にとって、たったひとつの忠誠を誓う方法。いや、正確には処世術なのである。
オラクル・ナイツのメンバーはそれぞれ事情こそ違うが、共通しているのは「捨てられた」ということだ。フェンリスもその1人である。
ここで当り前の話をしよう。人は、捨てられるとわかれば、そしてそれが嫌なら全力で抵抗するだろう。例えば今、ウロボロスがユウに捨てられるとすれば、それはもう想像もできないくらいに抵抗するだろう。フェンリスもまた然りだった。ユウに拾われる前は彼女なりに抗った。
「お前の過去を思えば、頑固にもなっても仕方ないということだ」
その抗い方が、今のフェンリスの人格形成に深く関わっていると言っていい。彼女もまた他の皆と同じくデータだった。故に抵抗といっても直接手を下すようなことはできない。嫌がらせするにしても、せいぜい自身に関する確率関係で失敗するくらいだったろう。まぁ、そんな卑怯な、そして主の損する方法を取らなかった。彼女は優しかったから。
「それに、その笑顔の意味を知っていればなおのことだ」
フェンリスはいつもニコニコ微笑んでいる。いつも。そう、辛い時も、苦しい時もとにかく笑う。なぜか。捨てられないように、気に入られるようにと必死になって考えて導き出した、誰にでも好かれる手段だったからだ。誰にでも、とは本当に分け隔てなく誰に対してもそうだった。人が何を考えて、どんな裏があって、今後どうしてくるのか。時に辛いことにもなりうるものも含めて全てから目を反らして、ただひたすらに笑い続けた。例えその結果、何度も何度も人の手に渡ることになっていっても、好かれるために必死になっていた。
だが彼女も流石に気付く。ただ笑っているだけでは、つまりただ好かれるだけではまた捨てられるのだと。では他に何をすべきなのか。どうすれば捨てられないのか。考えた結果、答えはひとつだった。強者を捨てる者などいるはずがない。要は戦闘力こそ好かれるための最も重要な要素だと気付いたのだ。実際、勝利を重ねる内は重宝されて、常にスタメン入りしていたから。だから彼女は笑いながら戦い、圧倒的な勝利をもぎ取れるように努めた。
彼女がそうして導き出した答え、圧倒的な勝利とは一体何か。圧倒的となると生半可な勝利ではない。辛勝など言語道断、時間切れによる判定勝ちや敵の壊滅といった通常の勝利でもまだ足りない。ではどうすればいいのか。決まっている。殲滅。敵の殲滅以外にあり得ない。だからこそ、心からの笑顔を浮かべながら1人残らず殺し尽くすことこそ、彼女の抵抗であり、処世術であり、今となっては忠誠を誓う方法なのである。
「……教えて、ムラクモ。私は間違っているの?」
他に方法を知らず、これこそ正義と信じてうまくいっていたのに、ここにきて否定される。どれ程までにフェンリスの心は深く抉られただろう。彼女も馬鹿ではない。心が、これまで積み重ねてきた自信ごと壊れてしまいそうだと理解し、死すら予感するような恐怖を覚えている。しかし他の手立てなど思い付かなくて、気を紛らわすために体を動かしていただけなのである。
「……間違い、か」
ムラクモが改めて確認するまでもなく、フェンリスの顔からは笑顔が消えて、消え失せてしまいそうなくらい弱々しいものに変わる。ここでの返答次第では本当に死んでしまうのではないかと、きっと誰もが心配してしまうくらいに。
彼は言葉を慎重に選ぶ。仲間の生死を定めうる限界ギリギリの、まさに瀬戸際の空気を肌で感じながら、じっくりと。
仮に、だ。ここで見当違いなことを言ったらどうなる。彼女は見ての通り自分で抱え込んでしまうタイプだ。それなのに些細な誤解でも生まれようものなら、完全に心を閉ざしてしまうかもしれない。
「ここが……天王山というやつかな」
大袈裟だと思うだろうか。彼にとっては、いや、オラクル・ナイツ全員にとっては、この状況を上手く打開できるかどうかに、これから先の未来がかかっていると言っても何ら問題はない。自分自身も含めた大切な人たちの命運を賭けた場面だ。むしろ天王山でなくて、何というものか。
彼はひとつ大きな深呼吸をした。大した効果がある訳ではないと知りつつも、緊張を少しでも解す方法を考えている内に、自然とそうしてしまったのだ。そうして心を落ち着けて、ゆっくりと話し始める。
「いいや、間違いなんかじゃないさ。魔王様のために働きたい。それについてはどうして違うものか」
「だったら……どうして敵を殺しちゃいけないの? 敵なんだよ? 大好きで、一生傍にいたいって、その……生まれて初めて心から思う大切な人の敵なんだよ? なのに、どうして?」
ムラクモは思い出していた。アデルの背中を押した時のことを。
あの時、まだアデルがグレーとされていた時、あろうことか彼はルーチェと会うように仕向けてしまった。結局選んだのはアデルだから良い、という話では済まない。与えられた任務は村の警備だけだというのに、その範疇から著しく逸脱していた。そうしてやったことといえば敵かもしれない相手への教唆。これは本来恥ずべきこと。そのはずだったのだが、
――貴方の心がそうさせたのです。その思い、どうか大切にしてください
その一言が心に酷く響いていた。そこにウロボロスたちへ向けられたルシファーの言葉も相まって、思い悩んでいるに違いないフェンリスの元へ足を運ぼうと決意したのだ。他の誰でもない、彼自身の意思によって。
「繰り返しになってしまうかもしれないが、お前は魔王様のことが大好きなんだろう?」
「うん。でも嫌なの。わからないまま、見ないままでいるのは」
「あぁ、わかっている。そうでなくて、どうしてお前が闘技場に足を運ばないことがある? 考えていたんだろう。どうすればいいのか」
ムラクモがフェンリスの部屋に直接行かずに闘技場を頻繁に訪れていたのは、彼女がここによく出入りするからだけではない。悩む時間が必要だろうと思ったからだ。それでユウのためになる結論が出ればそれで良し。もしもそうでなかったら、今のように迷ったままだったら声をかけようと、そう決めていたからだった。
「だったら、魔王様の思いをきちんと考えてみたらどうなんだ?」
「考えたもん……でも、わからなかったから……」
「そうか、なら我の考えを言わせて貰おう」
そして、今、その時がまた訪れている。ムラクモ自身の意思で、ともすると考えを押し付けてしまいかねない状況になっている。本来、それは彼にとってあり得ないことだ。なぜなら彼は特殊だから。100人に聞いたら少なくとも99人にはほぼ確実に、意思を持つなどあってはならないと言われる存在だから。そうと知りつつも、彼は内から湧き上がる思いに素直になると決意する。
「我は剣だ。それ以上でもそれ以下でもない。渾身のひと振りから一挙手一足投に至るまで全ては主の、魔王様のためにあるべきだ。ドミニオンズならば、迷うことなく敵を殺し尽くすことこそ存在理由の全てだったと、我もまた疑わなかっただろう」
「う……うん」
長い話になるとフェンリスは頭の痛みを覚えて理解できなくなるのだが、今に限っては違う。懸命に、神経が擦り切れる覚悟で、必死に耳を傾け理解しようと努める。
そんな苦労を強いていると知りながら、ムラクモはこのような話し方を止めようとしない。なぜならこれは教え諭す意味も勿論あるのだが、彼にとってもまた、自身の立ち位置を確認するための大切なことだったから。
「今、舞台は変わった。ドミニオンズでなくなり、ゲームでなくなり、戦う意味が変化した。魔王様は先の苦い経験から無用な争いを好まなくなった。では、我らの存在意義は失われてしまったと言えるのだろうか。否、断じてそのようなことはない。魔王様は知っておられるのだ。この世界はとても理想郷とは呼べない程に汚いのだということを」
「それって……ウロボロスが本当に救われたあの戦いのこと?」
フェンリスが言った内容は、ムラクモの話とはズレている。しかし、彼は言われてハッとなった。そうだ、ゲームも現実も変わらなかったではないか、と。
彼女が口にした、ウロボロスが本当に救われた戦いとは、まだオラクル・ナイツのメンバーが拾われるよりもずっと前の話だ。
思い出して欲しい。ウロボロスは不幸を招く天才と言われ、その所有者は執拗に周囲から攻撃に遭っていた。その時のユウはまだ最強でこそなかったものの、文句無しの上位プレイヤーだった。そんな彼が天才を手にしたらさぞ脅威だろう。面白くないだろう。そう、そんな理由で上位プレイヤーすら巻き込んだ大戦争が勃発したのである。その戦いを経てユウは魔王と呼ばれるようになり、最強のプレイヤーと恐れられるようになったのだが、それはまた別の話だ。
「確かにそうだな。そう考えれば、ドミニオンズもここも変わらず、どこも酷い世界だったと言える」
「そうでしょ? だったら、私たちは魔王様の敵を殺し尽くさないといけないんじゃないの?」
「いや、考えてもみろ。魔王様は他の下賤な奴らとは違って、我らを拾って育ててくださり、その上で最強と名乗れるまで育て上げさえしてくださった。そんな御方が蹂躙を心から好むはずがない」
蹂躙を好まない。あのユウが。それはフェンリスの心に重く響いた。ここまで全く理解できないと頑なに拒絶していた考えが、すっと入ってきてしまう程に。
「これまで我らが敵を殺してきたのは、それ自体が魔王様の望みだったからではない。牙を剥かれ、それに応じてきただけなのだ。数ある手段の中のひとつを盲目的に行使してきたに過ぎない」
「……盲目的なイエスマン、データの頃と何が違うのかって話だよね?」
「あぁ、そうだ。敵だから即排除する。確かに、魔王様の御意思を確認する余裕が無く、かつ緊急性の高い場合はそれ以上の最適解はないだろう。しかし今は違う。状況が全く違う。考えてから行動するだけの余裕があるのだ。それなのに、この汚い世界を変えてやろうという魔王様の思いを無視したかのような、イエスとノーの二択しかないような振る舞いは、生きているとは言わないのだよ」
「そうだね……うん、やっとわかった気がする。この力の本当の使い方が」
フェンリスはグッと拳を握り締めて、自分の手を見つめた。この力はとても強大だ。あのウロボロスでさえ、きっと一筋縄ではいかない程の力なのだから。間違った使い方をしたら、つまり訳がわからないと言って紅竜同盟の兵たちを皆殺しにしていたらどうなっていただろう。まず間違いなくユウに失望されていたに違いない。いや、それだけでは済まない。その思いも願いも踏みにじってしまっただろう。
「あえてもう一度だけ言うが、魔王様の望みは敵の蹂躙などでは断じてない。戦いはあくまでも最終手段。どうしてもわかり合えない時にのみ振るうものだ。今、確かにその最悪の時ではある。だが魔王様はそれすらも利用するという、我らでは到底理解できない深淵なる御考えをなされている。そのために命じられたことだ。何を優先すべきかはっきりとわかった今ならば、どうするべきか、わかるな?」
「うん。敵は殺さない。でも圧倒して勝利を掴む」
ムラクモは頷いて、そこから先については尋ねなかった。殺す手段しか持ち合わせていないフェンリスが、殺さずに勝つことができるだろうか、と聞かなかったのだ。
「ありがとう、ムラクモ。お陰で勝ち方が見えてきた」
経緯はどうあれ、フェンリスは戦いが大好きだ。勝利条件が決定的に変わってしまったものの、その本質、敵と事を構えるという部分は変わらない。ならばいくらでも工夫できる。目的をきちんと見定めてしまえば、こと戦いにおいては他の誰よりも最適解を見付けるだろう。例え残り時間が僅かしか無かったとしても。
「そうか、それは何よりだ」
フェンリスはもう大丈夫だろう。しかし問題はもうひとつある。それはムラクモ自身の迷いだった。
彼女の迷いを断ち切る手伝いができた。そんな自身の存在理由に適さないことを成し終えて、彼は胸の中に不思議な温かみを感じていた。
「何だか、ムラクモも嬉しそうだね?」
「……あぁ、そうだな」
その心の機微をフェンリスは容易く見抜いた。いや、簡単に見抜ける程に露骨だった、というべきかもしれない。そのくらいムラクモは嬉しく思っている。自分のような存在でも何かを成せるのだと改めて知ったから。
「お前が生きる意味について悩んでいたように、我もまた、自身の存在理由を改めなければならなかったからな」
生きる。それは命を持つ者にのみ許された特権だ。ムラクモには無関係な話であったはずだというのに、なぜだろうか。今、彼は生きている実感を得ていた。あの時と同じように。アデルの背中を押した時のように。フェンリスの晴れ晴れとした顔を見れば見るほどにその思いは強まっていく。
「……何となくわかるよ。ムラクモは剣だもんね」
「あぁ、まったくその通りだよ」
フェンリスの言葉通り、ムラクモは剣である。剣ならば何も悩まず、考えず、ただ主の望むままに振るわれていればいい。苦悩など不要。そうであるはずなのに、この喜びは全く矛盾している。だが、これはユウの望みでもある。彼の発した言葉。生きて欲しいというあの言葉は、オラクル・ナイツ全員にかけられたもの。ムラクモにもかかっている。
「我はただの剣だ。剣は武器でしかない。意思を持つ必要なんて本来は無かったはず。それでも持たされたこの人格、どう使うべきなのか。何が求められているのか。きっと皆のサポートをするべきなのだろうとは漠然と思っていた」
だからこそ、彼は進んで発言することを避けた。主にユウへ、時にオラクル・ナイツの皆へ目を向けてよく観察し、最適なタイミングで助け船を出したり、脱線したと思えば元に戻したりすることにのみ注力していた。
しかしメイドの、そしてルシファーの言を聞けば違ったのだ。生きるとは、自分で考え行動することなのだと知り、アデルの背中を押すという蛮行が褒められる理由も何となく理解する。
だが、と彼は気付いていた。それが全てではないのでは、と。そうでなくては説明が付かないから。あの時の、そして今のこの胸の高鳴りは。温かい何かがじんわりと漏れ出て来るような高揚感は。
「でも、違ったんだね?」
「全く不正解ということではないだろうが、我はこの気持ちを大切にすることこそ、生きる、ということだと理解したつもりだ。もしもそうだとすれば、我は今、生きる、ということを成し遂げて、魔王様の思いに報いることができたと言える。嬉しいに決まっている」
「そっか……そうだね。ムラクモって凄いなぁ」
フェンリスは言いながら服を着替える。いつもの服装へ。ユウから贈られたポンチョへ身を包んだ。そして胸元の辺りをキュッと大切そうに握り締めると、ひとつ大きく頷く。
「私も負けていられない。大好きな魔王様のためにがんばる」
「あぁ、応援している」
これで話は終わりだ。というより、もう終わらなくてはならない。戦闘開始の時刻までもう幾ばくも無いのだから。
ムラクモはそう思いながら、そして達成感に満足しながらも、心のどこかで何かが引っかかる違和感を覚えていた。これで終わってもいいのか、と。しかしそこまで。時間が許さないのもあるが、気付けなかったのだった。フェンリスの抱えるもっと大きな悩みに。
「よーし、やるぞー!」
ブンブンと元気良く尻尾を振るフェンリスを見れば無理もない。というよりも、その様子から気付けるはずがない。そうなるように、彼女は意図して元気よく振舞っているのだから。そして、良い事か悪い事かは不明だが、少なくともこの戦いには何ら影響を及ぼさないのだから。
その様子を別室から、ウィンドウを通して3人は眺めていた。ウロボロスとカルマ、アザレアである。
「……あのムラクモが、ここまで深いことを教え諭せるようになるとは」
「意外かのう?」
ウロボロスは首を横に振る。いや、彼女だけではない。この場の3人ともが、ムラクモのことは心から信頼している。決して見下したりなどしていない。だからこそ、彼女の返答はこうだった。
「いいえ、負けてはいられないと思ったのですよ」
「まったく、僕も同感だね」
自ら考えて行動し、ユウのために尽くすこと。それが皆の目標である。生きるということである。だからこそ一様に決意を固めるのだった。
間もなく紅竜同盟との約束の時間。開戦の時。これから始まる戦いはただの戦争ではない。敵を殺してはいけないという狂気の沙汰。ドミニオンズにおいて敵を殺すことこそ常識であり、忠義であり、正義でもあった彼らからすれば、到底受け入れられるものではなかっただろう。
だが、見よ。理解の仕方はそれぞれ異なるだろうが、その瞳に迷いはない。真っ直ぐに己の成すべきことを見据えている。曇りなき眼ばかりである。
時間だ。ウロボロスは通信を使い、フェンリスやムラクモにも声を届けられるようにした。
「予定時刻になりました。各々配置に就く前に、あえて今一度言います。この身、この命、この力は、髪の毛一本から血の一滴に至るまで、我が君との絆そのものでもあります。これから始まる戦いは極めて特殊ですが、迷うことはありません。忠義を尽くすのみならず、各々の純粋な存在意義すら賭して臨みましょう」
「うむ、言われるまでもなく」
「あぁ、やらせて貰おう。僕が僕であるために」
「私も全力を出し切るよ!」
「御意。我らは常に、御身のために」
皆からの力強い返答を受けて、ウロボロスは大きく頷き、転移の魔法陣を展開した。それに合わせて全員が同様に使用する。
「では、参りましょうか。この世界に、我が君にしかもたらせない奇跡を授ける一戦へ。オラクル・ナイツ、出陣です」
始まる。成功の暁には歴史上類を見ない大戦果が約束された、ユウの望んだ戦が。完全なる無血勝利を目指す大戦争が。




