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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第2章 暁の竜神
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第17話「宣戦布告」

 今日も一日頑張ったなぁ、それが素直な感想だった。万が一に備えた保険はこれで大体済んだ。明日は、そうだな、またルーチェに紅竜同盟について話を聞きに行こうかな、なんて考えていた。そんな時だった。芳醇な香りがして、ウィンドウから顔を上げる。


「我が君、お疲れ様でした。お休みになられる前に、コーヒーは如何でしょうか?」

「え、えっと……その、ウロボロス?」


 そこには満面の笑みを浮かべたウロボロスが待ち伏せて、いや、甲斐甲斐しく待ってくれていたらしい。その手にはトレイがあり、温かそうな湯気が立ち上るコーヒーカップが乗っていた。

 デジャヴかな。前もあったな、こんな状況が。時計を見るとまだ夕方くらいで、前回と時間帯は違うけど、ビックリするくらい同じシチュエーションだ。くそ、カフェインの効果を忘れたのか、ウロボロスは。あの日は眠いのに寝付けなくて大変だったというのに。


「あのさ……もうすぐ夕ご飯じゃないかな?」

「だからどうされたのでしょう?」

「いえ、何でもありません」


 駄目だ。この有無を言わさない感じ、避けては通れない道らしい。待て、ちょっと冷静になるんだ。そもそもなぜこんなにも恐れる必要がある。ありがたいことに、ウロボロスはコーヒーを淹れてくれただけだ。まだ夕方ならばカフェインを摂っても夜には眠れるはずだ。


「これこそは自信作です。今度こそ大丈夫です。よくお休みになるためにも、是非ご賞味くださいませ」


 それに俺は男だ。こんな美人で可愛いウロボロスに、こんなにも期待の眼差しで見つめられて、どうして断れるだろう。カフェインなんて眉唾だと自分に言い聞かせつつ、でも今夜は長いなと覚悟しつつ、カップを受け取り一口含む。

 うん、今日は最高に不味い。あれ、おかしいな。これまでのコーヒーを思い出せば、味が薄いだけだったはず。それなのに今回は苦過ぎる。ブラックとかいう次元ではない。


「えーと……さ、ウロボロス。これは一体、何があったのかな?」

「はい。愛情を込めて、念入りに煮立てました」


 なるほど、それでか。しっかりと煮出すということをようやく覚えてくれたのはありがたいが、渋さや酸味が出過ぎていて、これじゃあ最初の方がまだ飲みやすい。吐き出さないように堪えるのがやっとなくらいだ。


「ところで……これで、今夜は眠れませんね、我が君?」


 しかもこいつ謀ったな。カフェインの話をしっかり覚えていて、俺を眠らせないためにわざと出したというのか。道理で気合いを入れて煮立てた訳だ。改めてコーヒーを見ると、黒く濁った液体の中に執念が渦巻いている気がする。


「……あ、あのさ、ウロボロス。このコーヒーなんだけど、味見をしたことはあるか?」

「我が君にお出しする物を摘まむなど、そのような無礼は許されません」

「あー……何となく察したよ」


 要は、味見をしていないからこんな感じなんだろう。どうしたものか。現実を知らしめるべきか。でもウロボロスのことだ、これまでのコーヒー全てを思い出して、思い詰めて、自害しかねないんじゃないか。割と冗談抜きで。ただこのままじゃ、俺の純情も楽しみも儚く散らされるのは明白。


「そ、そうだ。ウロボロス、俺に提案がある。コーヒーなんだけどさ、今度は一緒に淹れないか?」

「わ、我が君の御手を煩わせるような事はできません! それに、台所は女だけの戦場です!」


 何て古典的な考えなんだ。今時の男も台所に立つのにさ。俺だってそうだったし。あ、いや、正確には立たざるを得なかったと言うべきか。他に立ってくれる人がいなかっただけで。と、そんな悲しい現実を思い出している場合ではない。


「そ……そう言うなよ、物は考えようだろ?」

「な、なぜ涙ぐんでおられるのですか!? どこか痛みますか!?」

「ちょっと思い出したことがあっただけだ。気にするな。それよりも、ほら、男女2人で台所に立つのも悪くないだろ?」


 独身貴族様の俺にはわからないけど、それはさ、よくあるシチュエーションじゃないか。仲睦まじくつつき合いながら、いやん、ばかん、とか言ってじゃれつきながら料理するんだろうさ。くそ、火傷して死ね。

 そんな妄想を途中まで話した辺りで異変に気が付く。ウロボロスがうつむき、プルプルと震え出した。言い過ぎたのだろうかと一瞬不安になって、声をかけた時だった。


「お、おい、大丈夫か――」

「――それはつまり!!」


 今まで聞いたことの無いほどの大声量で、雄叫びのような声を上げられる。気が付くと尻餅を着いていた。耳鳴りが酷くて、目眩までする。頭を押さえていると、追撃と言わんばかりの勢いで抱き着いてきた。余りに衝撃で受け身が取れず、後頭部を床に強打する。意識が飛びかけた。


「新妻というものではありませんか、我が君!?」

「え……そ、そうなの?」

「共に末永く台所に立ち愛し合って欲しいと、そう仰るのですね!? それはまさにプロポーズ、愛の告白! あぁ、私の思いが遂に……遂に……!」


 今の話の流れで、どこがどう繋がるとそんな超理論になっちゃうのかな。激し過ぎて付いて行けないんだけど。どうやって宥めたものかと考えていると、控えめなノックの音がする。この感じ、救世主か。あ、いや、カルマだろうか。


「魔王様、お取り込み中に失礼するのじゃ」

「控えなさい、カルマ! 今はとても大切な話をしています!」

「いや、わざわざ来たってことは、カルマも超重要な要件なんだろ!?」


 頼む、カルマ。君が俺の救世主ならば、何でもいいから特大の話をしてくれ。この話が無かったことになるくらいの、できれば天変地異クラスの要件で頼む。


「では、失礼するのじゃ」


 俺の気持ちを察してくれたのか、無遠慮にドアが開けられる。そこには、カルマだけでなくアザレアもいた。これまた激しい既視感がある。この流れは来たんじゃないか。遂にその時が。


「初めに言っておこうかのう。またまた真面目な要件じゃ」


 アザレアも神妙な面持ちで頷いて見せた。ただ事じゃないらしい。来た。来てくれた。この状況を打開できるビッグチャンスが。俺はわざとらしく咳払いして、アザレアに負けないくらい真剣な顔付きにしてみる。


「ウロボロス、お前も冗談は大概にしてくれ。紅竜同盟と一触即発の最中、ふざけている余裕は無いぞ」

「も……申し訳ありませんでした。では、この話は全てが片付いた後で」


 その話も一緒に片付かないかな、なんて叶うはずもないか。とにかく今を乗り切ったんだ、それで良しとして、ウロボロスの暴走を止められる程の問題を聞こうじゃないか。もっとも、予想は付いているけど。


「何があった?」

「紅竜同盟からまた使者が来たのじゃ。偉そうにふんぞり返っておる」

「そうか……わかった、すぐに行く」


 このタイミングで偉そうにする使者が来たか。何を言われるのかは想像に難くない。それでも、きちんと聞いておこうか。そうなった理由を。

 今回は応接室ではなく、玉座の間に使者はやって来ていた。多数の兵を引き連れて、先頭に立っているのはローレンだった。ジャラジャラとネックレスや指輪を付け、金と銀の生地で作られた服を着ていた。見た目に負けないほど傲慢な態度を取っており、勝手に調度品を動かして座っている始末だった。


「やっと来たか、のろまな奴め」

「わ、我が君に向かって何たる態度を――!」

「いいよ、ウロボロス。言わせてやれ」


 下手に萎縮させてしまったら、メグもいないし、俺としても困ってしまう。それに扱いさえ間違えなければ、こういう輩はベラベラと何でもかんでも話してくれる。こんなにも楽な相手もいないものだ。存分に威張り散らして貰わないと。


「臆病風に吹かれたか! まぁ、無理もない。我ら紅竜同盟に敵は無いのだから!」

「仮にも使者でしょう? 早く要件をお話しください」

「ふん、そんなに楽になりたいか? 可哀想に、我らに蹂躙される様子が目に浮かぶか! よし、いいだろう。聞け、我らが代表の御言葉を!」


 そうは言っても、中々にムカつく奴だな。自分の心をコントロールしながら皆にも気を配るのは骨が折れそうだ。それと、皆の制御もな。

 チラリと隣や後ろを振り返ると、うん、ウロボロスは引きつった笑みを浮かべていた。でもウロボロスはまだいい。見慣れているし、散々対処もしてきた実績がある。でも、カルマやアザレアはそうもいかない。明らかに怒りを滲ませているものの、いつどんなポイントで行動に出るのかわからない。予想が付かないとなると出たとこ勝負になってしまうが本気を出されたら間違いなく間に合わないだろう。願わくば、何も起こりませんように。

 そんな俺の気配りを全く知らなさそうなローレンは、偉そうな顔で懐から手紙を出して広げる。その裏表紙には空へと上っていく赤く細長い竜の紋章が描かれていた。


「我々は紅竜同盟。竜神の加護を受け継ぐ天子が統べる、世界最大の軍事集団であり、世界の意思を体現できる唯一無二の存在だ。故に、この言葉は紅竜同盟のみならず、全世界の明確な意志によるものと知れ。魔王を名乗りし者よ、既に自覚している通り、お前は魔王だ。例え何を成そうと弁明しようと、世界はお前を拒絶する。それでもなおその在り方を続けた自身を呪うがいい。我らと敵対した以上、その運命は確定された。さぁ、審判の時だ。ここに、紅竜同盟は魔王とその配下に対して宣戦を布告する」


 この気合いの入った内容、先のイース・ディードへの侵攻のような独断とは思えない。その張本人のローレンが来たのだからと微かな希望は捨てないでいたが、これで完全に道は断たれた。間違いなく、ナディアは交戦の意思を固めたのだ。しかもこんな奴を寄越した辺り、交渉を受けるつもりはないのだろう。もうやるしかないということか、戦争を。


「降伏するか? 今この場で白旗を振るなら、そうだな……」


 ローレンの視線が俺から外れ、隣のウロボロスに向く。その目の動きは、まるで全身をなめ回すようだった。そしてエロ親父のように鼻の下を伸ばし、卑しそうな目付きになり、鼻息を荒くして続ける。


「ウロボロスを俺個人に差し出せ。そうすれば、お前の命だけは――」

「――帰れ」


 みなまで聞くのも不愉快だった。ウロボロスは俺の配下だ。それも、特別な思い入れのある大切な存在だ。そんな目で見られては我慢ならない。

 すると何を思ったのか、ウロボロスはツカツカとローレンに歩み寄る。その目には確かな決意が秘められていて、余りにもその横顔が美しく見えて、つい見とれてしまった。だから制止が遅れた。


「実に主思いの配下だ――」

「――う、ウロボロス、待てっ!」


 間に合ったのだろうか。必死に後ろから組み付いて止めると、ウロボロスはそっと手を俺の手に重ねてくれた。


「ご安心ください。このようなゲスを殺めて手を汚しては、我が君までも汚してしまうではありませんか」

「そうか……良かった」


 ウロボロスの手は綺麗だった。血糊も何も付いておらず、とりあえずホッと胸を撫で下ろす。

 しかしドサッと何かが倒れた音がする。見ると、白目を剥き、口から泡を噴き出しながら、膝を折って倒れ込んだローレンがいた。手遅れではなさそうだが、また別の意味で取り返しの付かない事態になっている。


「ろ、ローレン様!?」

「おのれ、卑怯者めが!」

「おい、何とか答えよ! 我らは誇り高き紅竜同盟の戦士だぞ!」


 使者たちはしゃがみ込み、ローレンを介抱する者、剣を抜いてこちらに向けて来る者にささっと分かれた。

 洗練された動きだ。こういうことは一度や二度ではないのだろうか。それとも、よく訓練されているだけか。はたまた、余りにも滑稽で俺にだけそう見えたのだろうか。まぁ、そんなのはどうでもいい。


「命拾いしましたね。我が君に感謝することです」

「な……何だと……!?」

「我が君が止めてくださらなければ、その虫けらの腹に、大きな風穴が空いた事でしょう」

「何を馬鹿なことを! 大体、素手でローレン様のお召し物が……」


 激昂する兵の顔色が、見る見る青くなっていく。ローレンが倒れたことに気を取られ、言われるまで気が付かなかったようだが、周囲には何かの破片が散乱していた。欠片はいずれもプラチナのように美しく、そんなゴミだけでも高価なのだろうとわかる。


「お、おい、これ……!」


 介抱する兵の1人が、ローレンのきらびやかな服をたくし上げて絶句する。覗き込むと、なるほど、服の下に鎧を着ていたのか。だが残念だったな。鎧には大穴が空いており、腹部には真っ赤な拳の痕が残っていた。


「そ、そんな……これは先代の竜神様が特注で造らせた鎧なんだぞ! どうしてこんなことに……!? おい、何をした!?」

「あら、理解できませんか?」


 ウロボロスはパキパキと音を立てながら強く握り込んだ拳を見せる。普段は玉のように美しい手なのだが、威嚇するためか、血管が浮き出て激しく脈打っており、とても禍々しく見えてしまった。


「軽く小突いただけですよ? それこそ、我が君にじゃれ付くのと大差ありません」


 いいえ、あんな強烈なストレートは貰ったことがありません。死ぬから、俺でも。

 そんな本音はそっと胸の中に仕舞い込んで、事の成り行きを見守る。こんなにもスカッとする場面だ。そんな突っ込み以前に、水を差しては興覚めもいいところだ。


「お……のれ……!」


 あのふっくらとした体型でも、つまり腐っても武人ということらしい。手加減したかいもあってか、ローレンは激しくむせ込みながらもすぐに意識を取り戻した。額に脂汗をびっしりとかいて、腹を両手で押さえながらも、膝を着きながら起き上がり睨み付けてくる。


「ルーチェといい、お前といい……女は男を立てておけば良いものを……」

「ほう、それは聞き捨てならんのう」


 黙って聞いていたカルマが静かな怒りの炎を燃やす。止めなければと思ったが、何と、今にも飛び出しそうだったところをウロボロスが手で制してくれた。


「貴女の気持ちはとてもありがたく思います。しかし……今はそれ以上に、友を侮辱されたことが許せません。ここは私に任せてください」


 ウロボロスはグングニル改12を取り出し、ローレンたちに向けた。それだけで、情けない悲鳴が上がる。


「我が君、どうか友のため、あの下郎共を滅殺する許可を」


 念のためアザレアの方を見ると、明らかに憎しみの目を向けているものの、動くつもりは無いらしい。カルマもウロボロスに任せる様子だし、ウロボロスをどうにかできれば良さそうだ。

 確かにウロボロスの願い通り、ここで殺してしまった方がずっとさっぱりするだろう。ナディアの思いを踏みにじっただけでなく、ウロボロスを貶めて、更に女性を軽視する発言まで飛び出しては、もはや更生を期待することもできない。そんな屑、生かしておいて何になる。本当ならゴーサインを出して、ひと思いにやってしまいたいところだ。でも、だ。ゼルエルに教えて貰ったことを思い出せ。こんな奴らでも、世界の一部じゃないか。


「いいや、それは駄目だ」

「なぜですか? こちらは既に宣戦布告を受けており、この者たちは全く敬う点の無い敵。即刻排除しても、何ら問題ないかと思いますが」


 チラリとローレンたちの様子を見る。さっきまでの威勢はどこへやら、震える子猫のように、いや、子猫に失礼か。醜く震える不細工な豚のように、身を寄せ合っていた。


「なら、私ならいいですか?」


 いつからいてくれたのか、突然現れたフェンリスが場違いな程に元気よく名乗り出る。しかしいつもの雰囲気とはやや違い、冷たい目を彼らに向けていた。

 いや、フェンリスだけではなくムラクモまで来てくれていたらしく、誰もが明確な殺意を放っているのがわかる。


「待ちたまえ、フェンリス。ここは魔王様にお任せするべきだよ」

「……我も同意見だ」

「そうなの? よくわかんないけど、魔王様を信じるね」


 わかんないかのか、なんて突っ込むのはよそう。それよりも心配して来てくれた皆に感謝しなければ。そして良い機会だから明確にしておこう。俺の立場と、これから突き進む道を。


「ありがとう、フェンリス。それに皆も。いつも本当に感謝している。ただ、それと同時に謝らなくちゃな。俺が曖昧なままでいるから、こうして混乱させてしまっている」

「何を仰るのですか、我が君。御心のままに従うことこそ至高の喜び。どうぞ、気の向くままにご命令ください」

「そうか、なら決して悪いようにはしないから、ここは俺に任せてくれ」

「我が君がそう仰るならば」


 そう言いながらも、ウロボロスはグングニル改12をしまおうとしない。あいつらが変な言動を取ったら即始末する、という警告だろう。厳しい目線を向け続けてもいる。


「さて、改めて聞かせて貰おうか。こちらは宣戦布告を受けた、間違いないないか?」

「そ、そうだ! この文を読んでみるか!?」


 涙目で怒鳴りながら、震える手で鷲掴みにした手紙を差し出される。そんなグシャグシャになった物を渡されても困るし、何よりこれでは懇願されているのか、威嚇されているのかわからない。まぁ、今さらローレンが何をどう言おうが関係ないんだが。


「内容がどうあれ、戦いを申し込まれたのは変わりないな」

「な、ならもう要件は済んだな! 俺たちは帰らせて貰う!」

「いや、まだだ」


 こちらの返答を待たずに逃げ帰ろうとした背中に、待ったをかける。使者の全員が面白いくらいはっきりと、肩を跳ね上げて立ち止まった。


「お前たちの代表者に、こちらの返答を伝えて欲しい。それも使者の務めだろう?」

「うぐ……な、何だというのだ!?」

「戦うというのなら容赦はしない。ただ……」


 紅竜同盟の総数は不明だが、数の上では間違いなく圧倒的に不利。イース・ディードへの被害を極力減らすためにはこちらのゴーレムや眷属をフル出動させることになるだろう。真っ向からぶつかり合うのであれば、な。


「この戦い……そちらは総力を挙げて来るだろうな。ナディアがあの調子では、手加減は期待できないときている」

「怖じ気付いたか!?」


 質ではこちらが勝っている。勝例え敵が万だろうが、億だろうが、数だけでは逆転しようがない圧倒的な差があるのだ。戦の根本的な理論をひっくり返す程の規格外の力をこちらが持っている以上、勝敗はわかりきっている。問題はそこではない。


「ある意味ではそうかもしれない。こちらも数で対抗すれば、主にそちらにたくさんの死者が出る。それは避けたい」

「ふ、ふざけるな! 我ら誇り高き紅竜同盟の戦士は死を恐れん!」


 延々と戦えばこちらの敗北は揺るがない。でも、戦いはまた別の戦いに繋がる。特に紅竜同盟は5年前の大災厄を乗り越えた組織だ。生半可な勝利では、報復戦が起こるのは明白。それが一番懸念していることだ。


「それは理解しているし、その点については尊敬もする。だからこそ、ただの勝利では悪戯に死体の山ができるだけだと言っているんだ。そこで、俺はとある宣言をしたいと思う。これは紅竜同盟に、そしてウロボロスたちにも是非聞いて貰いたい」


 誰もが真剣な眼差しで俺を見てくれている。ローレンがきちんとナディアにまで報告してくれるかどうかは怪しいが、ウロボロスたちにはしっかりと伝わるはずだ。言葉以上に、その真意までも、しっかりとな。そう信じて、もう迷わないという決意も込めて、俺はずっと考えていた言葉を発した。


「これから俺たちの歩む道は正真正銘の邪道だ。全ての意思を力ずくで否定し、従わせる。世界自体を否定する異端者かもしれない。でも、だからこそ今の俺たちがある。あの日々に、そしてこの世界で過ごした時間に後悔なんて一切無い。なら、今更ここで路線を変えようとも思わない。俺は、俺たちが俺たちのままでいられる道を堂々と突き進もうと思う。聞け、紅竜同盟の使者たちよ。この戦いに死者は出ない。短期的かつ完全なる勝利を見せ付けてやろう」

「ば、馬鹿にしているのか!? そんな夢物語なんてあり得ん!」


 そう、言うだけなら簡単だけど、そんな夢物語は歴史の紐を解いてみても一切無いだろう。事前の話し合いや裏取引を経た訳ではなく、剣を交え、魔法を浴びせ合って戦争して、それでも犠牲者無しで終わらせようと言っているんだ。ローレンでなくても、そこら辺にいる子どもでも、そんなのは無理だと思うだろうさ。


「だからこそ、あえて宣言した。そんな夢物語と笑われる結末を作り上げてみせよう」


 我ながら馬鹿げているとは思う。でも、不可能ではないという確信がある。皆が心からこの考えに共感してくれたなら、この夢物語は現実となるだろうから。そう、問題があるとすればそこ。皆がどう思うかだ。

 言葉、そして意思は伝えた。後はどう答えて貰えるか。生唾を飲んで見守る。皆はきっと戸惑うだろう。逆の立場に立ってみれば、歯向かってくる敵を殺さず倒せという無理難題を吹っかけられているだけ。しかもこんな殺意が湧く奴まで生かしておけと言われて、素直に頷けるだろうか、俺は。


「……お前ら」


 心配は杞憂だったらしい。皆が一斉に片膝を着き、頭を垂れる。その一糸乱れぬ動きはもはや芸術的であった。そしてローレンたちがいようと気にする素振りを全く見せず、先頭のウロボロスが代表して言う。


「我らオラクル・ナイツ、行き着く先がどのようなものであろうとも、この身、この命、この魂、その全ては御身と共にありましょう」

「ありがとう。皆とならば、不可能な事はないと確信している。何度も言うが、俺は邪道をもって正道を成す。そこに王道はない。しかし……皆の幸せはきっとある、そう信じている」


 俺の覚悟を宣言し、皆と共有できた。後はただ、突き進むのみ。できればナディアさんにも伝わって欲しいものだけど、それは無理だろうな。ローレンの奴、タコみたいに顔を真っ赤にしてやがる。


「話は終わりか!? 馬鹿らしい、帰らせて貰う!」


 憤慨しているのか、恐れ戦いているのかわからないけど、ローレンたちは転びそうになりながらも足早に帰っていく。まぁ、それならそれでもいい。行動をもって、話の続きをさせて貰うとしよう。待っていろ、ナディア。

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