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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第1章 偽りの騎士
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第4話「ウロボロスの強い思い」

 深夜。どのくらい深夜かといえば間もなく日が顔を覗かせるかもしれないというところまで差し迫る程で、もはや早朝と言っても過言ではない頃。昨日急ごしらえで作った建物の一室で私、カルマは目を覚ます。辺りは真っ暗だった。灯りにしていたロウソクは燃え尽きてしまったらしい。


「……む、眠ってしまったようじゃのう」


 起き上がると体中に激痛が走り、思わず顔をしかめる。それもそのはず。昨夜はいつ眠ってしまったのか覚えておらず、つまり寝落ちというやつであった。テーブルにうつ伏せで寝ていたため快眠には程遠い。右頬は少し腫れてしまっている。


「やってしまったのう……まぁ、初日故にいささか興奮してしまったのじゃろうな」


 なんて冷静に分析しつつ朝までどうするべきか思案する。このまま起きて復興作業に戻ってもいいし、癪ではあるがメイドにならって周辺の調査に出てもいい。一方で、きちんとベッドに入ってもうひと眠りするのも決して悪い手ではないだろう。頭が重いのだ。まるで石でも詰め込まれたように重く、ガンガンしていた。


「……む?」


 寝ぼけ眼がようやく覚めてくると、扉の隙間から微かに光が漏れているのを見付ける。誰かがまだ作業しているのかもしれない。そんな風に思って扉を開けて廊下に出ると、どうやらそれは向かいのウロボロスの部屋のものらしい。


「余り人のことは言えぬが……おい、ウロボロス。間もなく日の出じゃぞ」


 言いながら扉を開けると、中にはやはりウロボロスがいた。必死に、馬鹿みたいに分厚い本を熟読している。木椅子に行儀良く座っているものの目は血走っており、手元のテーブルには多数のメモらしき何かが書き込まれた紙が積まれていた。


「お……おい、ウロボロス?」


 一瞬その鬼気迫るような姿勢に気後れしてしまったが、何とか声をかける。ようやく気付いて貰えたらしい。ただしそれは、声をかけたからなのかどうか怪しいところだった。丁度そのタイミングでロウソクが燃え尽きたのである。


「あぁ、カルマ。こんばんは、まだ起きていたのですか?」

「いや、もうおはようが近い時間じゃぞ、ウロボロス。窓の外を見てみるがよい」


 当り前だが、私の部屋からここまで徒歩数秒だ。そんな短い時間で朝日が上るはずがなく、まだ外は夜と言っても良い空模様である。ただし段々と霞がかってきており、耳を澄ませば小鳥たちのさえずりが聞こえてきていた。


「あら、もうこんな時間でしたか。今日のところはここまで、ですね」


 パタンと本が閉じられ、そのタイトルが少しばかり見えた。細かい文字は読み取れないが、大まかなところによれば歴史に関する書物らしい。なるほど、それであの厚さなのかと納得する。具体的には優に3000ページを超えていたのだ。これは余談だが、広辞苑と同等かそれ以上かもしれない厚さである。


「歴史について勉強しておったのか。精が出るのう」

「えぇ、知らないことが余りにも多いですから」


 少しずつ、ロウソクが無くても部屋の様子が次第に見えるようになっていく。太陽が山を越えて顔を覗かせ始めたらしい。そのお陰で見えた。ウロボロスの目の前に積まれた本の山がはっきりと。歴史だけではない。地図と思わしき周辺の地理、植物や動物に関する生態系の図鑑、果ては料理の本まで、あらゆるジャンルがいくつも山積みになっていた。更に驚くべきことに、その山は綺麗にふたつに分かれている。もしかしなくても想像通りだ。その内、約半分は既に読み終えているのである。


「……何と、まぁ」


 震えた。あの歴史の本は確かに特大に分厚いものの、それ以外の本だって決して薄くはない。一冊を読破するだけでも相当大変だろう。少なくとも一夜は丸々使ってしまっても不思議ではない。それをウロボロスは何冊も読み終えたらしいのだ。

 一方で自分はどうだ。確かに期限こそ無く、急いで仕上げなければならない作業は無かった。しかし途中で寝てしまって、挙句、二度寝しようか真剣に考えていた。隔絶している。覚悟が違う。


「ところでカルマ、ひとつ確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 一体、何を聞かれるのだろうと思うと身が固くなるのを感じた。のうのうと寝落ちしていた自分では、何を聞かれても良い返事などできないから。そのくらいウロボロスは高く遠い場所にいるのだから。


「我が君はコーヒーが好きだったと記憶していますが、間違いないでしょうか?」

「こ……こーひー……とな?」


 拍子抜けしてしまう質問だった。緊張感から一気に解放されたためか、ちょっと間抜けな声で聞き返してしまう。こーひー。あぁ、コーヒーのことかと、言ってしまってからようやく気付く程であった。


「はい、コーヒーです。私の記憶ではまず間違いなく我が君の嗜好品であるはずなのですが、万が一にでも違えば失礼ですので確認を、と思いまして」


 言われて思い出そうとしてみる。コーヒーか。そういえばドミニオンズ時代、魔王様は何かをすすりながらプレイしていた。それはお茶や水だろうと、言うなれば水分補給だろうと思っていたが、具体的にそれが何だったのかしっかり思い出そうとする。


「……何やらカタカナを口にしておった気がしてきたのう。ブラックがどうとか、メーカーがどうとか」


 コーヒー通になっていくと、コーヒーが飲みたいとは言わず、どのメーカーのブラックが飲みたい、と言うようになっていく人は身近にいないだろうか。まして独り言で、思わずボソッと呟くようなレベルでは。少なくともユウはそのタイプであり、プレイ中にコーヒーという単語を口にしたことは余り無かった。


「他にも、びとう、みるく、らて、などというワードも耳にしたことがあります。これらの情報から推測するに、コーヒーこそ我が君の嗜好品であると考えています。念のために文献を読み漁りましたが、一致するワードは他にありませんでした」

「……何じゃと?」


 この世界について調べ上げているのかと思いきや、そんな欲望が色濃く紛れ込んでいたとは。完全に雲の上の存在と思っていただけに、少しだけウロボロスを身近に感じた。それでも熱意はやはり常軌を逸しているのだが。


「そこで、この本の登場という訳です」


 そう言って引っ張り出されたのは料理の本であった。他の本よりもいささか読み込まれているらしく、背に折り目がくっきりと付いており、しかもあちこち擦れている。ここまでくると流石に一晩だけでは済まないだろうなと推測しながら手に取ってパラパラとめくる。


「至って普通の本のようじゃのう」


 中にはドミニオンズにも出てくる一般的な料理に関する情報が載っていた。カレー、ステーキ、サラダなどの幅広い料理について、その食材の選び方から下ごしらえの仕方、勿論調理方法まで細かく書かれている。果ては作ると喜ばれやすい季節や見栄えのする食器の選び方といった心遣い溢れる一文まである。


「……普通、なのかのう」


 その辺はもはや好みの領域ではないのか。普通の範疇を超えているな、なんて考えながら本を返すと、すぐさまとあるページを開いて突き返される。コーヒーの淹れ方と書かれていた。


「ここ、ここが大切なページです」

「……その前に思い出したのじゃが、コーヒーには専用の機械や道具が要るのではなかったかのう?」


 私の言っているものはコーヒーメーカーやフィルターと呼ばれる紙のことだ。前者は言うまでもない。コーヒーを美味しく淹れるためのものだ。後者は馴染みの無い人には必要性がわからないだろう。その原理から言うと長くなるので省くが、要は、淹れる過程でどうしても発生する不純物を取り除くために必要不可欠な使い捨ての紙切れである。


「えぇ、その通りです。我が君にご賞味頂くため、初めはアザレアにコーヒーメーカーを作って貰おうと思いましたが……ここを見てください」


 コーヒーを作るために必要なもの。鍋と茶こし、と書かれていた。どうやら機械なんて上等なものが無くとも淹れる方法はあるようだ。


「ほぉ……これは興味深いのう」

「そうでしょう、そうでしょう! 我が君の隣で添い寝するという特権を放棄して徹夜したかいがありました!」


 それは特権ではない。私も周囲も、なんなら魔王様本人もまた認めるはずがない。しかし強気で権利を主張するウロボロスを誰が止められるだろう。また、今この場でどうして自分1人に制することができるだろう。無理だ。無理だからあえてそこには触れず、コーヒーの方へ興味を向けてみせる。


「なるほど、原理としては紅茶に近いものがあるのじゃな」


 茶こし、という道具を使うことから紅茶に繋がる。というのも、私の設定文には紅茶を好む、という一文が添えられている。具体的にどの程度なのか、例えばただ飲むだけなのか、作るところまでできるのか、道具にまで拘るのかといったところまでは記されていない。しかし、ウロボロスを見てみて欲しい。ユウを愛しているという一文からここまで頑張れるのだ。好きならとことん好きになってしまうらしく、自分もまた、紅茶に関してはアデルから本を借りて既に読んでしまっていた。当然作り方まで学んでおり、その過程で茶こしのことは知っている。


「ふむ……魔王様のためにのう」


 嗜好品がコーヒーであるかどうか確認するために多種多様な文献を読み漁り、作り方までしっかり調べ上げているとは。スケールが大きいというか、大袈裟というか。と、そんな風に思いかけて気付く。この話の流れにはおかしな点がある。


「えぇ、我が君のために鍛錬を欠かさないのは、フィアンセとして、そして配下として当然の務めですから」


 それはその通りなのだろう。コーヒーに限らずにあらゆる意味で。もし魔王様の嗜好品を提供することだけを目的としていたならば、最後に読んでいるべきなのは料理の本だから。それ以外の本は、魔王様の嗜好品はコーヒーであると推定するための資料に過ぎない。どこの世界に断定せずに方法論を調べる者がいるだろう。しかしウロボロスが最後に読みふけっていたのは歴史の本であった。このことから読み取れるのはひとつ。最初に想像した通り、ウロボロスはやはり別次元にいるのだ。


「……敵わぬのう、お主には」


 一瞬でも親近感を覚えた自分が恥ずかしく思った。この世界は明かにドミニオンズではない。魔王様の反応から察するに現実世界でもないのだろう。では一体この世界は何なのか。わからない。全くの手探り状態。だから魔王様はあれだけ圧倒的な勝利を収めてもなおこの世界のことを恐れている。そのサポートをするべきは誰なのだろう。答えは即答。自分たち。そんな当たり前のことを、などとは言えない。寝落ちし、挙句の果てに温い想像をしていた身で、そんな偉そうな口を叩けるはずがない。


「まだ初日がやっと終わったばかりです。これからもずっとお仕えするのですから、いくらでも挽回できるでしょう」


 ウロボロスの言う通りだ。初日に転んだからと言って全て終わりではない。むしろ始まりなのだ。ともすると魔王様には一切露見しないかもしれないが、このまま終わらせてどうする。見ろ、あのウロボロスの目を。ドミニオンズ時代からよく見せられてきたあの目を。

 かつて、私はオラクル・ナイツでも生え抜きの雑魚であった。しかも救いようのないレベルだと自分自身でもよく理解していて、捨てられても仕方ない、もうどうしようもない。諦め切っていた。それでも魔王様に育てて頂く中で、ウロボロスにはいつも守られていた。どんな時でも、例え自分たちが失敗しようとも完璧に守り通してくれて、負けてしまっても嫌味ひとつ言わず、次へ、先へと進み続けた。その敗北時に毎回見せてくれた、悲しみも悔しさも仕舞い込んでそれでも微笑みかけてくれる目だった。


「……そうじゃのう」


 その目はもの凄く嫌いだ。守られているだけの頃を、データだった頃を思い出してしまうから。

でも今は違う。守られるだけの自分ではない。栄光あるオラクル・ナイツの一員になった。団長と団員という役職の差はあれども、同じ戦場に立てるだけ成長したのだ。ならば、どうして素直に現状を受け入れられるだろう。確かに今回は完敗である。全く覚悟が足りていなかった。だが次はこうはいかない。


「気を抜いている暇は無いのう」


 勿論、一番の理由は魔王様のために。そこは絶対不変である。その次に、ウロボロスのためにも頑張ろうと決意を固めた。寝直す暇は無い。既に置いていかれている状態なのだから、この頭痛すら取るに足らないものに感じられる。さっさと顔でも洗って復興作業にこの世界の調査、そのどちらも始めようではないか。


「ふふ、応援していますよ、カルマ。微力ながら喜んで協力しますね」

「冗談を抜かすでない。なにが微力じゃ」


 これほど頼りになって目標にもなってしまう存在が、どうして微力なものか。それでもそう主張されたなら自分は力にすらなれないということだ。いや、現状はそうなのだから否定しようがない。そこを認めるところから始めていこうと再認識する。


「ワシも力になれるよう努力していくのじゃ。じゃから……主こそ、余り無理をするでないぞ?」


 何もかも負けた気持ちになっているが、ある危険性にも気付いていた。これが初日故の興奮であったなら良いのだが、もしもそうでなかったとしら、きっと悲しいことが起こるだろう。外は突き抜けるような青空が広がり出している。もうバッチリ朝。つまりウロボロスは貫徹してしまったのだ。こんな無理がどうして続けられるだろう。寝落ちした自分ですら、こんなにも辛いというのに。


「はい、大丈夫ですよ」


 真っ赤に充血した目を細めて、ウロボロスはニッコリと微笑んだ。仮に全く眠気を感じていなかったとしても、間違いなく目を初めとする体は限界だろうに。そんな辛さすら一切見せない晴れやかな笑みであった。


「こんな無理は初日だけです。今後のため、我が君の睡眠時間をおおよそ把握するためにも起きていたのですから」

「……なるほど、そうであったか」


 一応の納得はした。その言い分が本当なら明日以降、この心配に限っては大丈夫だろうから。ただし、新たな問題が明らかに浮上してきている。魔王様の覚醒時間を把握したらどうなるだろう。ほら、火を見るよりも明らかだ。咎めてもいい、いや、魔王様を思えばむしろ咎めるべきなのだろうが、やめておくことにした。また長くなってしまう。これ以上無為に時間を浪費してしまうのは避けたいと思ったからだ。


「程ほどにのう」


 何よりウロボロスのことだ。相応に悪用するだろうが魔王様の害になることは絶対にしまい。だから色々な意味で釘を刺すに留めておいて踵を返す。ここからどういう流れになるのかまで想像が付いていたから、さっさと退散しておきたい。


「えぇ、そうさせて貰います……って、いけない、私としたことが!」


 ほら、始まった。余りにもイメージ通り過ぎて咄嗟に扉から離れる。まだ部屋から出ていない。ならば、命の危機を感じての緊急回避を図らせて貰う。

 思い出して欲しい。ウロボロスは魔王様の睡眠時間を知るためにも貫徹していたのだ。さて、今は何時だろう。時計なんて見なくても今は紛れもない早朝。私だけではなく、皆が、きっと魔王様もまた、おはようと言い始める時間である。ここに添い寝する権利があるという主張を組み合わせると、もう誰もがわかるだろう。これからウロボロスの起こす行動が。


「大変! 我が君が目を覚ましてしまいます!」


 本を放り投げるようにして立ち上がると、テーブルを吹き飛ばし、ウロボロスは暴走機関車のように駆け出す。一瞬の出来事が終わってみれば、床には粉々になったテーブルの破片とあわれな本たちが散乱し、壁には大穴が空いていた。被害はそれだけで済まない。床にも足跡がくっきりと、ぶち抜かれるような形で残っていた。


「うーむ……凄まじい破壊力じゃ」


 言いながら散らばった本たちに手を伸ばす。この家はまた直せるだろうが、本はそうもいかない。貴重な、しかもアデルから借りた資料である。それをこんなぞんざいに扱うなんて、と、ボヤきながら拾い集めていく。幸いなことに多少傷が付いただけで読めなくなるほどの被害を受けた物は無いようだ。それに安心しつつ、これまたふと疑問を持つ。


「そういえば……これらの本、一体どうして借りられたのじゃろうな」


 どこか頭でも打ったのかと心配されるような状態ではない。私は正常である。正常であるが故に気付いたのだ。アデルの村は一片残らず消失していることに。着の身着のままで保護した村人たちと、多少の手荷物だけあったアデル。そんな彼らが、どうしてこれだけの本を持っているのだろう、と。


「まぁ……恐らくは近くの村から拝借したのじゃろうな」


 魔王様が世界の知識を欲するとアデルからひとつ、またひとつと本が提供されたのだ。近くの村々から借りてきてくれたに違いない。良かった。ひとつ疑問が解決した。と、安心できる訳がない。顔からサァッと血の気が引いていくのがわかる。そう、つまりこれらに要らない傷が付くと、余計にアデルに合わせる顔が無くなってしまうではないか。


「い……いかん! これらはワシが保管しておかねば! これ以上傷物にされてはたまったものではない!」


 なんて言いながら本を全て自室へ移す作業から私は始めたのだった。

そのため、これだけ細かい点に、何ならその核心にすら気付いていたというのに見落としたと後で知る。とても大切なことを。そのせいで後々にとても悲しい思いをするのだと、今はまだ知らない。

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