第12話「ゼルエルと」
俺は魔王として何をすべきなのか。答えは出ている。ウロボロスたちの笑顔を思い出せば、それはきっと間違いじゃないって、そう思える。でも何だろうな。この違和感。気持ちの悪い感覚は。間違いじゃないなら正しいはずで、迷うことなんて無いはずなのに。
「……来ちゃったか」
久々だな。こんな気持ちでここを訪れるのは。ここには祭壇がある。昔、運ゲー、いや、アイテムや装備の錬成をする時に、少しでもいい性能になるようにと祈りを捧げるために作った場所だ。相変わらず星々の明かり以外は何もない真っ黒な道を進むと、そこには記憶通りの祭壇があった。ただ前回と何もかも違う。
まず、隣にウロボロスはいない。寝静まって見せたらふっといなくなったのだ。トイレにでも行ったのだろう。潜入捜査でもしている気分でこっそりと抜け出し、そして今のところ見つからないでいる。
次に、目的が曖昧だ。前回はゼルエルの力を借りるためだったが、今回はもうね、本当に何をどうしたいのかわからない。ここにはゼルエルしかいない。これではただ甘えることしかできないだろう。それはそれで魅力的だ。俺の好みが全部詰まっているキャラなのだから。
「……来たか」
その証拠に、ほら、ゼルエルは自然な態度のまま出迎えてくれた。俺の何もかもをわかってくれているんだろう。何の根拠もないのに、そう強く確信している自分がいた。
その期待通り、俺の酷い顔について触れることもなければ、過剰にすり寄って来ることもしない。今の俺にとって丁度良い距離感で接してくれる。素晴らしく他力本願だが、あとはこのもやもやをどうにかして欲しいところだ。
「……あれ?」
ただ、である。目の錯覚だろうか。それとも疲れが出たのか。目を擦って何度か見直すが、それでもやっぱり、ゼルエルはいつもの服装ではなく、バッチリとお洒落をしていた。真っ白なワンピースに麦わら帽子を被っていて、その手にはバスケットがある。可愛らしい熊のプリントがされた布の下には、どう見てもサンドイッチが収まっていた。
「えっと……ん、え?」
考えてみる。最近、物忘れは確かに酷くなってきた。でも、ゼルエルとどこかへ出かける約束なんて神に誓ってしていない。第一、そんな話をしようものならウロボロスが発狂する。
あ、まさか。ゼルエルの奴、誰とも知らない野郎とデートでもしようって言うんじゃないだろうな。それは駄目だ。認めない。ゼルエルは俺の、俺だけのゼルエルだ。
「そろそろ行くか?」
「……それ、俺に言っているのか?」
こくり、とゼルエルは頷いた。やっぱり俺を待っていたらしい。じゃあ、俺とお出かけデートすると言うつもりか。最高かよ。じゃなくて、待って、そんな話は聞いていない。大体、こんな真っ昼間からそんなリア充しようものならウロボロスが黙っていない。第三次大戦はごめん被る。
「ユウ」
空いている方の手で手を取られる。柔らかい。温かい。リアルじゃほとんど握ったことのない、ウロボロスとはまた違った感触の、綺麗な女の子の手。思わずまじまじと見てしまっていると、ゼルエルはくすりと笑った。
「考え過ぎ。行こ」
だからどこに、と聞く前に磯の香りがした。いつの間にか移動していたらしい。足下を見ると、転移の魔法陣が役目を終えて消えていき、代わりに砂浜が現れる。パッと顔を上げると、そこには、太陽の光でキラキラと光り輝く海が広がっていた。空はどこまでも澄み渡っていて青く、大きな入道雲が浮かんでいた。
「ここ……どこ?」
「海」
「うん、知っている」
それくらいはわかるっての。そうじゃなくて、何の目的でこんな所に連れてきたんだ。そう聞こうとしたが言葉に詰まる。下から見上げているゼルエルが幸せそうに微笑んでいたから。余りにも可愛くて、胸の中で何かが跳ね上がる。顔が、そして耳まで熱くなってしまう。見ていられない。目を反らしてしまう。中学生か、俺は。
「い、いつまで手を……繋いでいるつもりだ?」
こんな幸せなことってそうそう無いぞ。幸せ。あぁ、そうか。咄嗟にそう表現したけど、俺は今、この上なく幸せな思いをしているんだなぁ。本当はずっとこうしていたい。でもそれを素直に受け入れられない辺り、心はいつまでも子どもらしい。
「ん……望むなら永遠に」
内心でガッツポーズをしながら、そんな真顔で言わないでくれ、とこれまた心の中でお願いしておく。また見られなくなっちゃうだろ。あぁくそ、サンドバッグ。どこかに生きの良いサンドバッグはないか。この湧き上がって仕方ない高ぶる感情を叩き込ませろ、畜生め。
「ユウ、行こう?」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ゼルエルは小首を傾げて提案してくる。死にたい。いっそ殺してくれ。じゃなくて落ち着け。深呼吸。そうだ、この邪気を追い払うには呼吸だ。息を吸え、そして吐け。よしよしいいぞ。気持ちまでも入れ替えて、そら、もういつも通り。ゼルエルの顔さえ見なければ何とかやれる。俺は努めて気障っぽいキャラを演じるようにして、髪をかき上げて見せながら素っ気なく尋ねる。
「行くって、どこにだよ?」
「その辺だ」
その辺ですか。それは俗に言うお散歩というやつですね。しかも手を繋いだままのやつですかね。うん、最高だよ。生きていて良かったと、今日ほど痛感した日は無いかもしれない。
「……う」
いや、そう身に染みて思った日はいっぱいあるな。その元凶、ウロボロスさんの顔が頭の中でチラついた。度重なる悪意のない殺意にやられる度に、命の大切さを学べている気がする。まぁ、今はその心配はない。なにせ、ここがどこなのか俺ですらわからないんだ。ウロボロスだってわかるはずがない。今この瞬間に限って言えば安全。だからほら、精一杯楽しもうじゃないか。この夢にまで見たシチュエーションを。
手を引かれ、海岸線沿いをゆったりと歩く。サラサラの砂の上には綺麗な色の貝殻、変な形の石、ボロボロの流木なんかが転がっていた。海の方を見ると、カモメがあちこち飛び回り、時々、魚が水面からジャンプして飛び出す。喧騒はほぼなく、波の流れる音とカモメの鳴き声だけが静かに響いていた。
「あっ、と」
突風が吹いて、ゼルエルの帽子が飛びそうになるのを押さえてあげる。頭の上に手を置く形だ。ともすると子ども扱いに見えるだろうに、ゼルエルは小さく微笑みながら、
「ん、ありがとう」
そう言ってくれた。胸がときめく。うんうん、これ、これだよ。俺が望んでいた世界は。この世界で目を覚ましてからというもの、魔王の力で世界と何やかんやしてきたし、これからもきっとそうしていくのだろうと思う。それも悪い気はしない。でも一番の幸せはやっぱり、手塩にかけて育て上げた配下とこうして楽しく過ごすことだと再認識する。
いつ以来だろう。久しく忘れていた、純粋な楽しいという気持ちになれる。ただ歩いているだけ、いや、散歩と言うべきだったな。とにかく、ゼルエルと海岸沿いをぶらぶらしているだけ。こんな無為な時間がとても愛おしく感じる。
悩みなんてどうでもよく思えてしまうような幸福感。ずっとこのままだったらどんなにいいだろう。このまま。このまま、か。ゼルエルと2人、この世界をゆっくり見て回るのも悪くなさそうな気がしてくる。
「……ウロボロス」
それは駄目だな。確かに俺は幸せになれるだろう。でも、ウロボロスはどうなる。オラクル・ナイツの皆もだ。あいつらは黙っちゃいない。草の根分けても探し出されるだろう。それに俺だってさ、気になって、気になって、夜も眠れなくなるかもしれない。それくらい皆の存在は大きい。
「ユウは魔王だ」
ゼルエルがポツリと、そんなことを言ってくれる。魔王。そうか、俺は魔王になったんだよな。ウロボロスを、皆を守るために、そして俺自身のために。
こうしてはいられないと、徐々に焦りが出てきてしまう。今、俺たちは紅竜同盟と戦争を始めるかもしれないところだ。万が一に備えてオラクル・ラビリンスの調整もしたい。こんなことをしている暇は無かった。
「あのさ、ゼルエル――」
言い欠けた唇に、そっと人差し指が添えられる。
「まだ、それは思い出すな」
「そうは言ったって……」
楽しい時間はもう終わり。もはや遊んでいられる状況ではないと思い出したから。楽に勝てると確信が持てているのならまだしも、竜神なる存在がどの程度かわからない以上、気を抜くことはできないんだよ。ずっと一緒に戦ってきたんだから、それくらいはわかって欲しい。
「ユウはまだ悩んでいる。その答え、探しに行こ?」
「答えって……」
俺自身が何で悩んでいたのかもわからないのに、探しようもないだろうが。なんて、こちらの思いを見透かしているかのように、任せろと言って聞かされているかのように、ゼルエルは堂々と歩み続ける。
「……仕方ない、か。任せるよ」
「ん、任された」
他でもないゼルエルがこう言うんだ。たまにはとことん羽を伸ばすのも悪くない。
海岸線を抜けて野原へと移り、踏み固められただけの道に出る。くねくねと道なりに進むと少しずつ町が見えてきた。小さな町だ。建物は20か30程度。全てそう大きくはない。それでも町と思ったのは、家々がどれも煉瓦造りで、なんとなく村というイメージを持てなかったからだ。規模だけ見れば村ということになるだろう。
「ここはどこだ?」
目的地はここなのだろう。こんな所にまで引っ張って来たのだ。何かしら特別なものがある。そう思って聞いたのだが、
「さぁ?」
嘘だろ、と突っ込みたくなる返答である。転移魔法があるのに、海からここまで歩いて来て、さぁ、だって。もうね、何がなんだかわからないよ。降参だ。深く考えるな。ゼルエルに身を委ねるんだ。
町に入ると、疎らながら様々な人で程ほどに賑わっていた。商いをする人間、鍬を背負い歩く獣人、洗濯をする精霊。それぞれが生活している様がよく見れた。多種多様な種族が共存しているらしい。
「お、おい、あの子……超可愛いじゃねぇか」
「隣の男は護衛役か何かかな?」
「ばっか、お前! あの方は魔王様だぞ」
一斉に注目が集まるものの一瞬で距離を作られる。こんな小さな町にまで、俺が魔王だという話が届いているとは。正直に言うと驚きだ。そしてそれ以上にゼルエルが可愛いと思われたのが嬉しかった。欲を言えば、ゼルエルを奪うために喧嘩を吹っかけられて、それを撃退して見せられれば、男として最高のシチュエーションかもしれない。いや、ないな。きっと秒でゼルエルが惨殺してしまうだろう。
「こっち」
そんな周りを全く気にする様子もなく、ゼルエルは俺の手を引いて歩き出す。するとどうだろう。町の人たちは、まるで王族に道を譲るかのように両脇へ避けてしまう。しかもこれでもかってくらい壁際のギリギリまで逃げて、直立不動になっている。そんなに恐ろしいかな、俺。見た目だけなら全く害のない人間に見えると思うんだけど。
「おい、どこに向かっているんだ?」
「ここでいい」
突然、ゼルエルは足を止める。果物を売る店らしい。店と言っても、即席で開いた露店といった具合だ。テントを張ってその下に商品を並べている。その肝心の商品はというと、中々に良い品物に見える。色とりどりの綺麗な果物がいくつもの木箱にギッシリと詰まっており、ほんのりと爽やかな香りが漂ってきた。
「あ……あの……あひ……っ」
他にも客はいたのだが、後ずさるようにして逃げていってしまった。残ったのは小太りの中年男性の店主ただ1人。残ったというか、逃げられなくなったと言うべきか。腰を抜かしてしまったようで、全身をガクガクと震わせながら、言葉にならない声を出して座り込んでいる。
「ユウ、どれがいい?」
「え……っと、どれって?」
俺もまた状況を理解できていないのだが、その言い方だと、ひょっとしてお買い物しようと言っているのだろうか。いや、そうに違いない。あくまでもこれは買い物だ。決してこの店をどうこうするつもりはない。そう言い張っておかないと、店主が店ごとプレゼントしてくれそうだ。
「そ……そうだなぁ、えっと……あの、おじさん」
「は……はひっ!?」
そんな泣かないでくれよ。これじゃあ虐めているみたいじゃないか。言っておくが、俺は一切スキルも魔法もアイテムも使っていない。たぶん客としてゼルエルに引っ張られてきただけだ。なんて、弁明してもきっと聞き入れてくれないよなぁ。こうなったら、さっさとゼルエルに満足して貰って離れるしかないか。
「じゃあ、この赤い果物をひとつ」
この形状はきっとサクランボかな。どうしてこの暑いところで寒い地域で取れそうな果物が売っているのだろう。不思議だ。でもどういう訳か店主に尋ねようものなら、イチャモンを付けたとか思われて、それだけで自害されかねない。詳しい事情を聞かずに欲しいものを決めて、ゼルエルの顔を見た。
「ん、ならこれと2つだ」
ゼルエルが手にしたのは、たぶんミカンだった。形状はミカン以外の何物でもないが、本当のところはやっぱり店主に聞けないから、そういうことにしておく。
さて、これで欲しい物が決まった訳だが、店主はというと、涙目で首を横にブンブン振っている。これはひょっとして、お代は要らない、持って行ってくれ、そう言いたいのだろうか。
「いくらだ?」
もはや可哀そうを通り越して面白く思えるほどに、店主の首の動きが加速する。首を横に振っているというより、小刻みに震えているだけにも見えてきた。これじゃあどう見てもカツアゲである。
さて、どうしたものか。このまま帰るのはあり得ない。何とか代金を支払いたいんだが、生憎と商品名すらわからないから相場もわからない。少しだけ悩んだけど、迷惑料も込みで適当っぽい額を払うことに決めた。
「じゃあ、代金代わりにこれを置いていくよ。釣りは要らないから」
俺の世界基準で申し訳ないけど、鉱石の金なら価値はあるはず。そう信じて、ドミニオンズ時代に炭鉱へ潜って集めた素材の余りを差し出す。一応、ゲーム内の説明文によると24金だ。最高純度の金である。手の平サイズくらいの大きさのそれを、ゴトリと地面に置いた。
「さぁ、行くか、ゼルエル」
とは言っても、どこへ行けばいいのかは相変わらずわからないが、少なくとも、ここに留まるよりは色々と助かる。もうね、店主さんに申し訳なさ過ぎて胃が痛くなってきた。
「ん……そうか」
ゼルエルも同意見らしい。店が並ぶ道を抜けて、開けた場所へと移動した、ここは町の広場らしく、円形に広がっている所だった。周囲には花壇があり、色とりどりに咲き乱れている。その中央、俺たちの目の前には、一見すると普通の木が1本立っていた。高さ5メートルくらいだろうか。中々によく育っていて、根っこがあちこちから隆起して顔を出している。
「お、おい、ゼルエル……?」
ちょこんと、ゼルエルは木陰を選び、その根本に腰を下ろした。そしてバスケットに被せた布を取り払い、水筒とコップを並べ出す。
「お昼にしよう」
え、ここでか。周りを見ると、当たり前だがこの辺で弁当を広げている奴はいない。走り回っている子どもたちは何人かいたが、母親らしき人が慌てて連れ戻しに来た。そして、遠巻きにこちらを観察するギャラリーとなる。
「な、何をなさるおつもりなのかしら?」
「お食事に見えるけど……」
「え、なんであんな所で?」
「しっ! 聞こえるから!」
奥様方、大変に奇遇ですね。俺もまんまその感想しかありません。せめてさ、あの海岸で広げれば良かったじゃんか。その方がもっとくつろげたし、なんなら2人きりでもあったし。少なくとも、こんな客寄せパンダみたいにじろじろ見られなかったはずだ。
「ユウ?」
しかし、ゼルエルはもう食べる準備を整えてしまっていた。コップにお茶を入れて、サンドイッチを紙皿に乗せて差し出している。本気で俺が戸惑う理由がわからないのだろう。不思議そうに小首を傾げもした。
こんな羞恥プレイでも自然と、ゴクリと喉が鳴ってしまう。ここまでされてさ、男ならさ、引く訳にはいかないんだよなぁ。
「……いただきます」
とりあえず座って諸々を受け取り、一口食べてみる。うん、美味しい。生ハムで卵とチーズを挟んで、脇にレタスを添えてある。俺好みの具材だ。もう一口と、すぐに二口目にいったのが良かったのだろう。ゼルエルは満足そうに微笑んだ。
いやはや最高だね。ゼルエルはさ、俺がイチから創った、いわば理想の美少女だ。俺にとっては世界最高のビジュアルの可愛い子。その子の手作りを食べながらさ、こんな笑顔を見られるんだ。しかも美味しいとくれば、ほら、これ以上の幸せはあるまい。ギャラリーが何だ。この幸福を享受できるなら、俺は今日果てても文句は言わない。
「あー……幸せだ」
お茶をすすりながら、さっき買ったと信じている果物をかじる。この状況だけでも素晴らしいのに、空を見上げると、ほとんど雲の無い夏の青空が広がっている。遠くには海が見えて、その上には、たぶんさっき見た大きな入道雲が漂っていた。優しくそよ風が吹く。木の枝がさぁっと揺れて、微かな木漏れ日が顔に当たった。天候まで俺の味方である。
「幸せか?」
いつの間に移動したのか、ゼルエルは俺の横に腰を下ろしていた。そして肩に頭をもたげながら、上目遣いで尋ねてくる。
「あぁ、そう言っただろ?」
「ん、そうか」
このままゆっくりできるのかな、なんて考えていると、意外にもゼルエルはすぐに離れていってしまう。すっと立ち上がると背を向けた。そして俺と同じように空を見上げて問いかけてくる。
「ユウはここを知っていたか?」
「いや、知らなかったよ。こんなにも落ち着ける所があるんだな」
誘われて、ここにやって来て、こうして2人でお昼を食べて。最初からずっと強引に引きずられただけだし、未だにヒソヒソ話している町の人たちが少しだけ気になるけど、それを差し引いても満足だ。
「世界を感じたか?」
「せ……世界?」
壮大な単語が飛び出したな。だが鼻で笑ったりはできない。元々冗談なんて知らない、何に対しても全力かつ真摯に取り組むのがゼルエルだ。この言葉には、きっと今回の行動全ての意味が詰まっているんだろう。
「助けを求める者、立ちはだかる者。戦場、首都。それ以外の、こんな物語に無関係な所もまた世界だ。ユウは王になるのだろう? あの海を、そしてこの町を、どうしたい?」
「いや、どうするって……」
別にどうこうしたいとは思わない。もしもモンスターが際限無く湧き出て来るとか、疫病的な何かがあるとか、野盗の被害が多いとか、そういう問題があるなら解決してあげたいとは思う。そういうトラブルが無いのなら、ここはここのままであって欲しい。
「ユウはただの王じゃない。魔王だ。王道はない。こんな小さな町、知らなければ踏み潰したかもしれないぞ?」
「いや、そんなことは……」
ないと言い切ろうとして留まってしまう。わからない。もしも竜神と戦うことになれば被害がどのくらい出るのか予想も付かない。派手にドンパチやらかしたらこんな小さな町は一瞬で消し炭だ。見ろ、あの遠くで見ているだけしかできない人たちを。あの命があったことも知らず、一方的に消し飛ばしてしまったかもしれない。それは俺が一番嫌いな一方的な暴力じゃないか。
「知らないから、は通らない。二度と元には戻らない」
「あぁ……そうだな。本当にそうだった」
道端を歩く蟻か何かを、知らず知らずの内に踏み潰してしまうことはあるだろう。きっとそれと同じ。例え殺してしまったとしても、蘇生魔法で強制的に生き返らせることもできなくはない。でも殺したことにすら気付かなければ、助けるなんてそもそもできやしない。俺はそんな簡単なことすらまだ知らなかったのか。アデルの村を吹き飛ばした時に理解していても良かったはずなのに。
「もう一度問おう。世界を感じたか?」
あぁ、そうか。ゼルエルは知っていたんだな。何に迷っているのか、悩んでいるのか。俺すら気付かなかった何かを、俺以上に理解してくれていた。
俺は無知だったからな。城に籠って、ごく限られた所にしか足を運んでいなかったから。何を守るつもりだったのか知らなかった。何を。その全てを語ることはまだまだできない。ひょっとすると一生無理かもしれない。でも少なくとも、あそこにいる人たちは見える。人となりまではわからなくても、しっかりと生きているとわかった。その何かこそ、ゼルエルの言う世界。俺が守りたかったのは、この世界全てのはずだ。
「あぁ、まだ少しだけどな。でも確かに感じたよ。お前の言う世界ってやつを。ありがとう」
「ん、次はウロボロスと行くといい。あいつも見るべきだ」
ウロボロスか。あいつだけと言わず皆で旅をしたいな。当てもなく、この世界をブラブラと。はは、流石にそれは難しいか。そもそもどうして俺がこの世界に来たのか、聖リリス帝国のリリスとは何者か、それすらわからず遊びに出るなんて悠長過ぎる。でもせめて、この紅竜同盟とのいざこざが片付いたら、日帰りでもいいからどこかへ行きたいな。もっとも、デートにお邪魔虫は要らないとか言って、暴れられちゃいそうだけど。
思わず苦笑いしてしまいながら、ふと気付く。そういえばゼルエルはこのピクニック的な遠出をどう思ってくれたのだろう。また行きたいと言わず、ウロボロスと、なんて勧めるなんて。元々言葉足らずではあるけど、もう俺とは出かけたくないと思ったり、なんて、いくらなんでもネガティブか。
「そうするよ。でも、お前ともまた来たいな」
なんて聞いてみると、ゼルエルは意外そうに目を丸くした。なぜそんなに意外だと思われるのだろう。俺はこんなにもゼルエルのことを大切に思っているのだが。まぁ、冷静に考えてみればこれは俺の一方的な思いの押し付けでしかない。ウロボロスたちと同じように、ゼルエルだって設定文で縛っているだけ。本心では解放されたいと思っているのかもしれないな。
「なぁ、ゼルエル――」
「――そうか。なら、待っている」
まるで俺の気持ちを見抜いたかのような絶妙のタイミングで、ゼルエルはそう返してくれた。その時だ。時が止まった気がしたのは。人形のように表情が無くて、さっきの目を丸くしたのだってほんの僅かであったのにも関わらず、今は全然違った。笑顔。満面の笑みを浮かべて、頬を赤らめて、心から待っていてくれるのだと嫌でも確信してしまうような笑顔だった。




