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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第2章 暁の竜神
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第8話「紅竜同盟の話し合い」

 サウス・グリードの中央部には世界最大の活火山がある。雲がかかる程に高くそびえ立っており、暗赤色に鈍く輝いている。その原理は自然がもたらした奇跡による。表面の至る所に地中深くまで通じる亀裂が走っており、マグマの光が漏れ出て輝いているのである。名は竜神山。凶悪でありながらどこか神秘的な外観から、古来より神の住まう山と言われているのである。

 その山の一角に、紅竜同盟が総本部として建立された神殿がある。神殿と言いながらその外観は西洋風の城だ。というのも、祭事以外にも歴代の竜神たちが公私共に多くの時間を過ごす神聖な場所だからだ。今日も謁見の間にて大切な公務が行われようとしている。


「竜神ナディア様の御成りである!」


 竜人の有力者たちが集っていた。文武に優れた老若の竜人たちが綺麗に左右へ別れて整列し、最奥の玉座を見つめている。その最前列かつ最も玉座に近い所には、紅蓮飛竜隊の隊長ローレンや紅蓮牙竜隊の隊長メグの姿もある。各々神妙な面持ちで頭を垂れ、その御方が現れるのを待っていた。


「敬礼!」


 先に玉座の向こうから姿を見せたのはまだ若い竜人の少女だった。赤く外側へ癖毛で少し跳ねた可愛らしいショートヘアーが特徴的な子。少女としてのあどけなさは残っているものの、その様は少女のそれではない。この歳で親衛隊の隊長を任されるだけのことはある。トパーズのような瞳は鋭く、射貫くような視線で一同の敬礼を確認し、横へ一歩動いた。


「いつもありがとうございます、レヴィ」

「いえ、これが私の役目ですから」


 2人にしか聞こえない小さなささやきを交わしながら、ゆったりと彼女は皆の前へと現れる。彼女こそ紅竜同盟の象徴とも言える代表者、現竜神ナディア=イスパダールである。淡い白金のブロンドヘア、真っ白な肌、宝石のように透き通った赤い目。どこか幻想的な雰囲気を漂わせる美少女である。その背後には竜人の証である赤い竜の尻尾と翼がきちんと生えていた。

 ナディアは一同の顔をしっかりと見据えて一礼し、目を細め、優しい口調で話し始める。


「まずは先の竜神祭、御苦労様でした。今年で3年目となる試みでしたが大成功と評して良いかと思います。民は絶対的な心の拠り所を再確認できたことでしょう。これも皆さんの尽力あってこそ。深く感謝します」


 ナディアが軽く一礼して顔を上げると、ここからが本題と言うように顔が引き締まる。たったそれだけでこれまでのまだ和やかな雰囲気から一変。特に直立不動の若い竜人たちの中には、指先までガチガチに力を入れる者も少なくないほど誰もが身構えた。


「さて、此度の招集の目的はご存知の通り。今、世界を恐怖に陥れている未曽有の脅威、魔王を自称する者とその配下への対応を検討したく思います。それには何を差し置いても情報共有が必要不可欠です。収集した彼らのデータを確認しましょうか」

「はい。私、親衛隊のレヴィが」

「いいや、俺に任せて貰おうか」


 その言葉を遮ったのはローレンだった。ただ1人を除いて諌める者はいなく、彼は不敵な笑みを浮かべてナディアの前へと進み出る。

 1人とはナディアの横に控えている親衛隊隊長のレヴィであった。先ほどよりもずっと鋭い視線を向け、低いトーンの声を出す。


「誰が発言を許可したのです? 下がりなさい、ローレン」

「ふん、親衛隊如きが俺にそんなことを言えるのか? 偉くなったなぁ、レヴィ?」


 本来ならば親衛隊はこんなにも軽々しく扱われるものではない。それにも関わらずローレンは随分な言い様をする。

 これには流石に誰かが待ったをかけることを期待してレヴィは周囲へ目を向けるが、誰もが黙して顔を上げようとしない。これは同意に他ならない。内心はどうであれローレンの言い分を認めるという肯定だ。

 かつてレヴィはナディアの侍女であった。多少腕が立ち、そしてナディアと打ち解けただけの貧民出身者だ。媚びを売って成り上がり者。そう思う者は少なくない。だからこそ誰も口を挟まないのだ。

 そんな孤立無援の状況でもレヴィは引き下がらない。これがただの報告会なら事を荒立てないことも考えるだろう。でも今は魔王という脅威に関する情報共有である。割って入る理由などあるはずがなく、仮にあったとしても外ならぬナディアに任された身としてはおいそれと認められなかった。


「無礼と言っています。この情報収集を命じられたのはナディア様です。それに異を唱えるなど……紅蓮飛竜隊の隊長ともあろう方が、よもやその程度の分別も付かないはずがありませんね?」

「これだから視野の狭い愚者は困る。見てみたまえ、君以外の誰がそう思っている? 俺は皆の思いを代弁した。それがわかっているからナディア様も止めないのだろう?」


 ここは会議の場。周囲がここまで頑としてローレンを支持している以上、本来ならばレヴィが引く場面という理屈もわからなくはないだろう。

 しかし、やはりどう考えても今回ばかりはそうは問屋が卸さないと彼女は思い至る。事は重大だ。紅竜同盟のみならず世界すら滅亡しかねない事態なのだから。具体的には5年前の大災厄を彷彿とさせる魔法を魔王が使ったのだから。もしもこのままローレンが話を進めればどうなるか。早々に開戦するのは明白だ。壊滅的な被害を受けて済めばまだ良し、悪ければ紅竜同盟が消滅するどころか世界すら今度こそ滅びかねない。

 2人が激しく火花を散らせる中、ナディアはゆっくりと、じっくりとローレンの目を見つめて観察していた。その心を。その真意までも。10秒ほどそうしていただろうか。ひとつの結論に達すると質問を投げかける。


「視野が狭い……そう言いましたね」

「はぁ、そこの親衛隊になら言いましたが」


 まさかナディアが割って入るとは思っていなかったのだろう。どこか気の抜けた返事をローレンは返した。それもそのはず。ナディアは代表だ。王ではない。そう度々公言し様々な提案はすれども、議論は勿論、こうした言い合いにすら滅多に水を差したことがなかったのだ。


「では貴方はどうなのです、ローレン。レヴィの持つ情報が全く不要と言い切るのは、それこそ愚かではありませんか」

「……なるほど、流石はナディア様。一理御座います。いいでしょう、聞いてみようではありませんか。もっとも時間の無駄に思えますが」


 数秒思案したように顎に手を当てた後、ローレンはふてぶてしい表情へと変わる。レヴィになど見向きもしない。真っすぐにナディアを見定めていた。これは明かに不遜な態度であり、とても上に立つ者の姿勢とはいえないだろう。

 ナディアは全く気にする素振りを見せない。無意味と知っているのだ。先のやり取りからここにいる者の多くは彼の息がかかっている。言い方が悪かったと謝罪を強要することはできても、それを理由に彼をどうこうすることなどできそうにない。ならば今はレヴィが語る機会を取り戻せただけで満足し、促した。

 そんな駆け引きがあったと何となく感じながらも、ローレンに対して言い様のない怒りを覚えているレヴィはその感情の抑制に必死だった。場を作って頂いたのだ。絶対にミスは許されない。そう自分に言い聞かせ、努めて淡々と説明を始める。


「先日、逆賊キダが滅びました。誠に喜ばしいことですが、代わりに新たな問題が発生しました。魔王の再来です。これに対して我々は魔王とその配下の情報収集を行いました。あれをお願いします」


 レヴィの指示で親衛隊が奥から急ぎ足で出て来てとある物を運び込む。この四角く前方にレンズが取り付けられた装置は立体映像器。プロジェクターのようなものだ。メモリーチップを入れれば空中に3D映像が浮かび上がる優れものである。

 機器が作動すると、部屋の中央にホログラムが浮かび上がる。灯りが落とされはっきりと見えるようになったそれは、茜色の鎧に身を包み、槍を構えたウロボロスだった。


「初めに、この者は竜人のウロボロス。魔王の配下のリーダーです。確認されている武装はこの槍ですが、解析班によると、これはこの世には存在し得ない程の武器とのこと。神がかり的に鋭利かつ頑丈な刃を持つとのことでした。実際、あのキダのシールドを一撃で粉砕しておりまして……」

「やはり下らない!」


 ローレンは声高らかに話を遮る。そしてこれ見よがしに深い溜め息を吐きながら立体映像器の前へと移動し、ナディアやレヴィではなく、話を聞かされていた竜人たちの方へと振り向いた。


「初めに、解析班を疑う訳ではない。問題はあの者が口にした情報だ。キダのシールドを一撃で砕いた? それは実際に見た者がいなければ語れない話だ。だが思い出して欲しい。あの時、イース・ディードに生存者はいなかったはず。ではなぜそんな目撃情報が得られる?」


 竜人たちがしきりに頷く中でも屈するレヴィではない。勿論腹の内ではムカムカしていたが、ここは公的な場。下手を踏むと追い出されて降格、最悪の場合除隊を迫られる可能性すらあり得る。ナディアの傍にいることが最優先な彼女にとってそれは致命傷とも言うべき痛手。

 いや、忘れるな。それだけではない。ローレンに主導権を渡しては世界が滅ぶと自分に言い聞かせることで感情を飲み込み、努めて冷静にレヴィは答える。


「あの激戦を戦い抜いた人間が1人います。その方から頂いた目撃情報と聞いていますが」

「ただの人間が生き延びた……? 笑わせるなっ!」


 これは周りをより引き込むための演技か本心か。ひょっとしたら胸の内で良からぬ算段を立てて実行中かもしれない。でも少なくともこの激怒、その怒りは本物だろう。そうレヴィにすら思わせる程にローレンは声を荒げていた。額に青筋を浮かび上がらせて唾を無遠慮にまき散らしてさえいる。


「思い出せ、我が同胞たちよ! あの逆賊に一体どれほど奴に辛酸を舐めさせられたのか!」


 ここにいる者の多くは5年前の大災厄で家族や仲間を大勢失っている。中には古郷すら奪われた者も少なくない。そんな彼らの希望を一身に受けて新兵器開発を任されたのがキダだ。竜人たちも協力を惜しまなかった。人間ながらに見上げたものだと口にする者も多かった。それが蓋を開けてみたらどうだ。もたらされたのは全く逆の絶望。偵察に出た部隊から始まり、いくつかのエース部隊は次々と行方不明になっていった。

 各々思うことは様々で、思い浮かべる光景は違うのだろうが、一様に歯ぎしりし、拳を震わせ、肩を震わせていた。


「……認めよう。悔しいが認めよう。奴の力は間違いなく本物の脅威であった。それは認めざるを得ない。しかし!」


 レヴィに厳しい視線が集まる。ローレンだけではなく煽られた竜人たちまでもが睨み付けていた。言ったから。あのキダが滅びた際、人間がそこにいたのだと口にしてしまったから。あり得ないし、あってはならないことだ。誇り高き竜人たちが屈した相手を前に人間如きが生き残ったなど。


「人間が目撃したなどと、よく大ぼら吹いてくれたな、レヴィ! よりにもよって亡き同胞たちを侮辱するつもりか!?」

「侮辱などしたつもりは……っ!」

「言い訳など聞きたくもない! 同胞たちを辱めた痴れ者が!」


 そうだ、恥を知れ、竜人の面汚しが。そんな暴言があちこちから飛び出し始め、もう言葉が届かなくなってしまう。こうなっては良くも悪くもナディアに推されてここに立つレヴィ自身に打つ手は無い。しかし一切隣に目を向けようとはしなかった。ナディアが一喝すればまず間違いなくこの場は収まるだろう。でもそれは駄目だ。それこそナディアの威を借りる小娘になってしまう。親衛隊の隊長を、そして未曽有の脅威についての説明を託された。それに自分だけの力で応えてなくてどうする。そう自分に言い聞かせて、レヴィは必死に打開策を探す。


「レヴィ、逆に聞こうか」


 そんな罵言雑言が飛び交う中、この事態を招いた張本人であるローレンによってまさかのチャンスが与えられた。この場に限り、レヴィの言葉は絶対に竜人たちに聞いて貰える。良い結果になる可能性は低い。関門がいくつもあるのだ。まず話せる内容にかなりの制限がかかる。ローレンの質問に答える形でなければまた遮られてしまうだろう。次に聴衆の心象は最悪だ。並大抵の発言では心を変えることなどできまい。そして最後に、それら全てを無に帰しかねないローレンを納得させなくてはならない。この全てをこなす必要がある。


「はい、何でしょうか?」


 やれるか、ではなくやるしかない。藁にすら喜んですがり絶対に生かさなければ、もう打つ手は二度とやって来ないだろうから。

 レヴィは平静を保ったままのように返したが、その言葉は少し震えていた。許容し切れないはずのプレッシャーに懸命に耐えているためと、そして何より絶対にやってやるという武者震いによるものだった。


「仮に、だ。もしも奇跡的に人間がその場に立ち会って生き延びたのだとしよう。では竜人が太刀打ちできない相手を前にどうして人間が生還した? よもや、竜人を超える人間がいたなどと世迷言は言うまい?」


 実際のところを知る由など無い。なぜならレヴィは又聞きなのだ。当り前だが映像があるはずがなく、現地で戦いを見た訳でもない。でもこれだけははっきりしている。キダを倒したのは人間ではなく魔王とその配下だ。彼らの力は絶大だ。造作もなく葬ったのだろう。

 そう言おうとしてはたとレヴィは気付く。なぜ、魔王はその人間を見逃したのだろうか。5年前の大災厄を引き起こした悪の元凶かもしれない奴がどうしてたった1人を。考えられる答えはひとつ。いや、強引に言ってしまえばふたつ。先にあり得ない方を言えば偶然見落とした。やはり無理矢理過ぎる。ならば、やはりそうとしか考えられない。その人間は魔王の仲間、いや、下僕なのだ。だから見逃された。そう考えるのが自然。下僕からもたらされた情報など誰が信じられるものか。


「ようやく気が付いたか、この愚か者めが」


 青冷めた顔をローレンは見逃さない。勝利を確信してそう言い放つと、もう結構と自ら模範解答を説明し始める。

 レヴィは機会を与えられたのではない。奪わなければなかった。そのことに気付いた時にはもう術中にはまっていて、どうにもできない状況に陥ってしまっていた。


「もしもその人間が生還したのだとしたら、それは生き延びたのではなく魔王に守られただけのこと。なぜ守る? 下僕だからだ。さて問おうか、聡明な同胞たちよ。その人間とやら……信用して良いものか?」

「ま、待ってください! その者は四大将軍のルーチェです! リリス様の守護が働けば……!」


 それでも必死にレヴィは食らいつく。自分でも無駄と悟りながら1人だけでも味方を増やしたくて。そんなせめてもの抵抗は実るはずもなく、初耳の、そして驚愕の事実と共にローレンにバッサリと切り捨てられる。


「だからと言って見逃される理由にはならん! 大体、キダの被害に遭った者の中には同じ四大将軍のロアもいたのだぞ!」


 頼みの綱の守護ですらキダに敗れたと言われては打つ手は無い。確認できるだけの情報をレヴィは持っていない。一方で向こうは確固たる証拠を得ているのだろうし、何よりあのローレンが言ったのだからと竜人たちは信じ切っているようだ。

 はっきり言ってゲームセットだ。反論などできるはずもない。もしも苦し紛れに魔王の攻撃が通らなかったと主張しようものなら、いくら魔王でもそんな脅威を放っておく訳がないとでも指摘されてしまうだろう。つまり、どう足掻いてもその人間が白だとは言えない。


「そ、それでも……あの魔王がキダを討ったのは紛れもない事実です! 現に、行方不明になっていた者の多くは帰還しているではありませんか!」


 そう、ある日を境にキダの捜索や討伐のために出陣した部隊が次々と戻って来ている。その間の記憶を失っているものの他に異常は見当たらなかった者ばかりだ。なぜ突然帰って来られたのか。その理由はキダが討たれた以外に考えられないはずだ。それならやはり魔王と配下は警戒すべき。せめて方向性を変えてそう主張するために発した言葉だったが、


「別に俺はそこを疑っている訳ではない!」


 ローレンは違うと一喝する。違うのだ、論点が。レヴィはナディアに魔王と配下の脅威を伝えるよう命じられ、この情報を諜報部から与えられた。情報の信ぴょう性が問われていたはずなのに、気が付いてみれば、目的を果たせないことに恐れを覚えて見失ってしまっていた。


「ふん、これについては俺も悪いところもあった。竜人を侮辱するような発言が飛び出したものでな、我慢ならず激高してしまったらしい。それについては謝罪しよう。しかしこれでわかっただろう? お前はまだまだ青い。己の発する言葉すら理解できなくなったのだ、反論はあるまい?」


 ローレンはやれやれと首を振りながら、一気にトーンがダウンする。もうかける言葉も無いと言うように、今度は親が不出来な子を見るような目をしていた。レヴィは受け入れるしかない。事実、そうなのだから。


「待って貰おうか、ローレン」


 大勢もしきりにウンウンと頷く中、たった1人、ローレンに待ったをかける者が現れる。紅蓮魔導隊の隊長ナーガである。紅竜同盟の中でも最も経歴の長い戦士だ。まるでライオンのたてがみのような立派な顎髭が、老練の兵である事をよく物語っていた。


「これはナーガ様。一体どうされたのでしょう?」


これまで強気一辺倒だったローレンも流石にたじろいだ。周りの竜人たちも同様である。ここにいる者のほとんどはナディアとナーガのお陰で生きているようなもの。それに加えて彼は歴戦の勇士。その言葉を軽んじるなどあってはならない。


「我らの優良さは今更語ったところで何の実りも無いだろう。ではどうすると言うのだ?」

「どう……とは?」

「魔王と配下への対応だ。まさか何のデータも無いままに議論を進めるつもりではあるまい?」


 ナーガの指摘は至極当然だ。普通の戦争の前ですら相手の戦力を正しく把握していることが望ましい。まぁそれは理想論にしても、そのおおよそのところは知っていなければ話にならない。決まらないではないか。部隊編成も、陣形も、そもそも作戦自体が。敵の総数が百人なのか、千人なのか、それとも万か、十万すら超えてしまうのか。ほら、数だけでも相手が不気味に思えるだろう。ただ漠然とした脅威ほど恐ろしいものは無い。まして今回の相手は魔王だ。まだ戦いになると決まった訳ではないが、和平交渉に出るのだとしても同じこと。決裂する恐れがある以上、やはり相手と事を構える覚悟は要る。それには同じように相手のデータが欲しいところだ。


「ナーガ様の言う通り、このままでは話し合いが進みませんね」

「屋台の者や目撃者からの報告によれば魔王と配下は危険らしい。それも最大級の警戒を、と嘆願されている。この民意を無視はできないが、これだけでは何も判断できない。どうするつもりだ?」

「なるほど、では俺の……いや、俺たちの見解を言いましょう」


 俺たちのと言った。彼1人の意見ではなくこの場全員の総意なのだということ。反論する者は無く、多くの者が頷いて見せた。

 ローレンは立体映像器を操作する竜人たちにいくつか指示を出す。それが済むとナディアとナーガにだけ一礼してから、レヴィに代わって説明を始めた。


「まずはこの者、名をウロボロスと言います。こいつは大した戦力じゃありませんね。祭りの様子を見ても魔王にベタベタくっ付いているだけで部下の蛮行を注意もしない。典型的な無能。見た目はその、大変に見目麗しくあります。しかしなればこそ傾国の美女……つまり見た目を武器にしているだけと推測できます」

「待ってください! ウロボロスは最も危険で……!」


 反論しかけたレヴィは身を強張らせて言葉に詰まる。ローレンの話の邪魔をするなと威嚇するように、大勢の竜人たちに睨み付けられたからだ。もう認められないのだ。信用ならない者の反対意見など誰も聞こうとしない。しかも、ローレンにお情けで与えられた反論の機会すら生かせなかったのだ。なおのことどうしようもない。

 次に映し出されたのはフェンリスだった。竜神祭で射的をしている姿である。レヴィは今度ばかりは期待した。ウロボロスは何もしなかったが、この子は屋台を散々荒らし回った張本人。その功績があれば脅威と思って貰えるだろうと思ったのだ。しかしその望みは易々と絶たれる。


「この獣人は中々に芸達者と言える。荒らされた屋台は百を越えると聞いた。しかしそれだけだ。並外れたパワーがある訳でもなく魔法が使えるのでもない。曲芸師としては優れていても我らの敵にはなり得ない」

「そ……そんな……」


 基本スペック、要は高い身体能力や唯一無二の飛行能力を持つ竜人は何者にも劣らない。ローレン、いや、この場のほとんどの竜人たちはそう強く確信していた。フェンリスは小柄だ。どう見てもパワーがあるようには見えないだろう。魔法感知センサーの反応も無かったことから、あれだけ屋台を荒らしたというのに問題と捉えられなかったのだ。


「次はカルマという子どもだな。こいつは同一時刻に複数の店舗で確認されている。分身を作るのだろう。厄介ではあるが、それだけだ。腕力も見た目通り大したことが無さそうだ。荷物持ちは全て男に任せているのがその証拠」


 フェンリスに続き目に見える曲者のカルマまで軽視されてはレヴィも黙ってはいられない。小細工なしの戦場では個の質と数が勝敗を分かつ。魔王と戦うことになれば紅竜同盟の絶対的に有利に立てる点はその数しかない。しかし、ウロボロスやフェンリスは個の性能が高いだけだが、カルマは分身を作ってしまう。その数ですら迫られる恐れがあるのだ。


「だから、待って――」


 レヴィはグッと恐怖に負けないよう堪えながら、何とか声を振り絞る。しかしそれは許されなかった。周囲から次々と威圧的な誹りの言葉が飛び出す。


「黙れ、この小娘が!」

「今はローレン様が話されている! 口を慎め!」


 この明確な拒絶を受けては、レヴィはまた口を塞ぐしかなかった。

 その胸の内は悔しさでいっぱいだ。俯き、唇を噛みしめ、握った拳を震わせる。そうでもしないと怒りと悔しさでおかしくなりそうだったから。涙が溢れそうだったから。耐えなければならない。だが諦める訳にはいかない。このままローレンに主導権を握られたままでは本当に開戦することになってしまうから。


「それからアザレアという男。大量のゴーレムを使役していた奴だな。この体躯だ。肉体派ではないのは明白。では肝心のゴーレムはといえば、どれもこれも大した脅威にはならないとこちらの解析班は言っている」


 もはや無駄とわかっている。でもこれではほぼ敵の戦力など恐れるに足らないと結論が出てしまうではないか。それは駄目。滅びてしまう。紅竜同盟が。ナディアの大切な居場所が。恐れてはならない。屈してはならない。誰に何と言われようとも、こんな言い分を認めるくらいなら後ろから刺された方がマシだ。そう自分に言い聞かせてレヴィは待ったをかける。


「確かにゴーレムは然したる戦力じゃないと解析班は言っていました。でも数多く集まれば話は別です!」

「お前の頭に脳みそは入っているのか? 俺の話を止めるな。これは総意だ」

「いいえ、止めま――」


 突然後ろから肩を叩かれてレヴィは振り返る。止めたのはナディアだった。傍目にはわからない、でもレヴィにだけはわかる悲しげな目をしている。そんなものを見せられてはもう黙るしかなかった。

 ローレンの言う通りこれは彼らの総意だった。ここはあくまでも同盟。ナディアはその代表者であって国王ではない。その役目は彼らの意思を統べること。断じて彼らの意思を捻じ曲げてはならない。ただ今回のように明らかに滅亡に繋がるのだとすれば強引にでも止めることは許されないのか。いや、許されない。彼らは魔王の恐怖からの解放や雪辱を心から願っている。無理に押し込めたところでやがてもっと悪い形で爆発してしまうだろう。ならば、今がまだ悪くない状況なのだと思うしかないのだ。

 ローレンの指示で最後の映像が映し出される。魔王ユウの姿だった。ウロボロスに腕を組まれ、困ったような、それでいてどこか嬉しそうな顔をしている。


「この男こそ魔王を名乗る悪党だ。見た感じは大したことが無さそうに見えるだろう? 話してみるとこれがただの優男でな、もの凄く腰の低い野郎だ。しかしキダを倒したのは確実。こいつにだけは警戒が必要だろう。我らの力を結集し、必ずや息の根を止めようではないか」


 それだけなのかとレヴィは絶句する。たった1人だから大丈夫だろう。周りを見渡せばそんな言い分が通ってしまおうとしている雰囲気だ。誰もが既に交戦モード。ナディアが命令を下せば今すぐにでも飛び出しそうなほど、血気盛んに頷いている。

 チラリとナディアの方をレヴィは見る。残念ながら返って来たのは首を横に振る仕草だけ。それならばとナーガの方を見る。しかしこちらも駄目。この勢いを止めるのはもはや無理らしく、これまた首を横に振られる。


「……もっと現実を見てください。貴方は誇り高き紅蓮飛竜隊の隊長じゃないんですか……?」


 思わずレヴィは呟いてしまった。それは余りにも弱々しく、小さく、許されない抵抗だった。

 その祈りにも似た願いは当の本人には届かない。ローレンは同胞たちの士気が右肩上がりに高まっていくのを満足気に眺めていたから。もうレヴィなど眼中になかったから。そうして良いだけ煽りに煽って開戦ムードを強めておきながら、ふてぶてしくもこんなことを言い出す。


「ただ……確かに栄誉や誇りで戦争はできん。我らは将兵に過ぎない。だからこそ聞こうか、我が同胞たちよ。民の総意と我らの思いをまとめ上げてくださる主の御言葉を」


 多数の視線がナディアに集まる。ローレンだけではない。そのどれもが開戦を求めているのだと、ナディアやレヴィも含めたこの場の誰もが理解していた。言えと、口にしろと強要していた。それは最終的な責任が誰にあるのか、その確認かつ一方的な押し付けである。


「な……ナディア様……」


 卑怯とわかりながら、もう限界とレヴィは呼んでしまう。誰よりも信頼している主の名を。悔しくて、余りにも自分が無力で。でもどうにかしたくて。そんなごちゃまぜの感情に支配されて、親衛隊の隊長などという役職に就かせて貰いながら、この悲しみすら受け止めて欲しいと思ってしまった。それでまた己の無力さ、無能さを嫌というほど痛感してしまう。負のスパイラルに陥ってしまう。

 そんな表情で見られたナディアは小さく微笑み返した。よくやってくれた。そのような辛さを感じる必要などないのだと優しく諭すかのように。そして彼女は自身に求められた役目を全うするべく、ローレンたちに向き直る。


「皆の意思はよくわかりました。賢明な我が同胞たちよ、あえて問いしょう。此度の児戯は戦と呼ぶに相応しいものですか?」


 すぐに多数の竜人たちが意味を曲解して爆笑する。ローレンもまた堪えきれずに吹き出した。これはナディアなりの精一杯の皮肉であり抑止でもあった。まぁ、こんなにも遠回しでは彼女の味方しかその意図を理解できるはずがなかったが。


「なるほど、児戯。確かにその通り。我ら紅竜同盟にとってこれは戦いですらなかった。流石はナディア様だ。よく大局を見ておられる」


 ローレンを初めとする竜人たちが湧く。ナディア様こそ我らの主に相応しいと口々に言う。

 そんな無意味な賛辞などナディアは綺麗に聞き流していた。それよりも、もはや大勢は決した。ここまで傲慢になってしまった紅竜同盟ではこうなることは必然だったのかもしれない。そんな諦めの確信を得て彼女は本当に最後の抵抗を見せた。


「児戯とはいえ兵は用いるでしょう。各々準備を始めるように。開戦は3日後の正午とします。以上、解散」

「お、お待ちください、ナディア様!」


ナディアはそう宣言するや否や閉会の挨拶や一同の返礼すら見ることなく、踵を返して奥へと歩き去って行ってしまう。それをレヴィは慌てて追う。戦に浮かれた者たちの歓喜の声を聞き、まるで敗走したような気分になりながら。

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