第7話「紅竜同盟について情報収集」
紅竜同盟が結成されたのは遥か昔。我こそ世界の覇者と名乗りし強者たちがひしめく群雄割拠の竜人たちを、たった1代でまとめ上げた伝説の竜人が現れた。
竜人。なるほど、普段の姿はその通りだが、それは些か間違いであった。その者は有事の際には破壊の化身へと変貌し、歯向かう者全てを蹂躙し吸収し、全勢力の統一を成し遂げたのだ。彼と戦った者は口々にこう述べたという。あれは竜の中の竜、竜神だと。
だが、彼は絶大な力を有する戦士ではあったが、王族ではなく、また自身にその器は無いと言った。その者を差し置いて他に誰が王位に就けるものか。そうして紅竜帝国ではなく同盟となり、王ではなくあくまでも代表として、彼は竜人を従えるようになったという。
「……と、大雑把に言うとこんな感じです。ルーチェ、何か付け足すことはある?」
「アデル以上に簡潔にはまとめられないってば」
まだまだ紅竜同盟に関して疎い俺たちは、この世界の住人に話を聞くことにしていた。人間が溶け出すあの事件で知り合った2人、アデルとルーチェの住む家まで出向き、ウロボロスと話に耳を傾けている。窓から差し込む暖かな日の光が眩しい、長閑な昼下がりのことだった。
大変に素敵なログハウス風の家で、一体いつの間に建てたのか、旅はどうしたのかと聞きたくなってしまったが今はやめておく。必要なことに時間を割くことに専念する。
「魔王様に恩返しできるまたと無い機会なんだよ?」
突然の訪問だったが、アデルは快く受け入れてくれた。この部屋が一番日当たりが良くて気持ちがいいからと通され、実際その通りで、ポカポカ陽気の中で話を聞くことになっている。
もてなされ方も凄まじい。扉を開けて貰い、椅子を引いて貰い、挙句の果てにはお茶を口まで運ばれそうになる始末。これは流石に、ウロボロスが全力で阻止したが。それもこれも、アデルが律儀というか、義理堅いというか、とにかく真面目な性格のためだ。こっちが委縮してしまう程の歓迎のされ具合である。
「んー……それはわかるんだけどねぇ」
これには、流石のルーチェも苦笑いを隠せないのだろう。何ともいえない微妙な表情で、必死に熱弁するアデルを見守っていた。そこにこの唐突な振りである。困ったように頬をかきながら言葉を濁す。
「それなら、何か付け足してよ。何かしら知っているでしょ?」
「でも残念ながら、私は本当にお手上げ。勉学は苦手なんだよね」
「もう、仕方ないんだから……ごめんなさい、魔王様。私でよければ、何でも答えますから」
「あ、それは勿論、私も答えられることは喜んで。武器の扱い方とかに限りますけどね」
ルーチェはともかく、アデルは色々と物を知っていそうだ。学者をやっていた父親の影響だろうか。部屋を見渡すと壁一面に本棚が置かれており、ギュウギュウに本が収まっていた。それでも足りないようで、床にも何冊か積まれている。そのどれもが年季の入った独特の古さを持っており、一度、二度で済まない程に読み込まれたのだろうと推察できる。まさに歩く図書館といった感じか。
さて、何を聞こうか。歴史から成り立ちまでの概要は知ることができたものの、知りたいのは過去じゃなく、今だ。今。そうだな、まずはと考えていると、アデルはスッと立ち上がる。
「魔王様、お飲み物のお代わりを入れて来ます。コーヒーなどは如何でしょうか?」
「へぇ、コーヒーを淹れられるのか?」
一瞬期待したものの、ウロボロスが淹れてくれるコーヒーを思い出すと、何とも言い難い。ただの黒い水よりはお茶の方がずっといい。でもここで断るのも変な話か。チラリと隣で腕組みをしているウロボロスに目を向けると、心底不思議そうにこちらを見ていた。コーヒーは俺の大好物だ。即答でお願いしないのはおかしい、そう思っているのだろう。
それで、だ。そこから何がどう繋がったのかわからないが、ウロボロスは突然何かを閃いたらしい。急に頬を赤らめて、恥ずかしそうにし始める。見つめ合ったから、という訳ではあるまい。一体、何があった。
「アデル、コーヒーを2杯お願いします。我が君は遠慮されていますが、大好きなのですよ」
「そうなんですか! 少々、お待ちください!」
あぁ、なるほど、遠慮ね。普通ならアデルに対してそう思うべきなんだろうけど、この反応、恐らく俺がウロボロスに遠慮したと思われたらしい。ほら、愛すべきフィアンセがいつも淹れてくれる身としては、即答でお願いしますとは言い難い気がしなくもないだろう。というか、そんなメルヘン的な妄想しか思い付かない。もしも他のことを思い描いていたとしたら、もう理解不能だ。
「あはは、相変わらず尻に敷かれているみたいですね?」
パタパタと走って行ったアデルを見送ってから、今度は心底面白そうに、ルーチェが聞いてくる。これまでの行儀の良い姿勢はどこへやら、椅子の上で胡坐をかいて座り出す。
「何を言うのですか、私が一方的に尽くしているだけですよ」
そうね、たまに殺されかける程度に尽くされていると思うよ。たぶんルーチェも似た風に思ったのだろう。これまた愉快そうに笑い出す。悪いが、俺は全面的に被害者だから素直には笑えないっての。
まったく、と少しだけ不愉快に思いつつも、ホッとしている自分もいた。ルーチェが幸せそうなのだ。そして、アデルの顔にも曇りが見られなかった。色々あったけど、こういう結果になってくれたなら、やはり俺も悪い気はしない。
「……本当に、感謝してもし切れません。まさか、こうして笑える日がまた来るなんて、思ってもいなかったです」
ポツリ、とうつむき加減にルーチェが呟く。日の光に反射して表情がよく見えないものの、もしかして、少しだけ寂しそうにしている、とか。まさかな。あれだけアデルを助けたいと言っていて、それが叶ったんだ。残念に思うことなんて何一つないはず。
「……もしかして、アデルのお父さんのことか?」
何も無い、訳がない。ルーチェを拾って育ててくれた、きっと本当の親以上に慕う人がいなくなったんだ。悲しくないはずがない。もしかしたらアデルの手前、悲しむ時間すら無かったのかもしれない。アデルが頑張っているのに自分だけが泣いてはいられない、と。
そんなやせ我慢をしているんじゃないかと聞いてみる。
「んー……たぶん正解です。アデルがあぁして乗り越えているんだから、私が泣いてちゃ世話ないですから」
「そうか……お前はどこまで献身的なんだよ。もう少し自分を大切にしろっての」
「それ、よくアデルにも言われますよ。あーあ、駄目だなぁ、私。アデルが助かってから、めっきりポーカーフェイスが苦手になっちゃって」
余りにも大人びていて忘れそうになるが、ルーチェはまだ16歳。多感な年頃だ。親の死なんて、そう簡単に乗り越えられるはずがないだろうに。でも、そこに踏み込むことは許されない。これはあくまでも2人の問題で、俺はただの部外者だ。命を助けた恩人になるのかもしれないけど、そういう繊細な部分に介入するのは要らないお節介だろう。
「本当に、鋭い癖に鈍感なんだか……よくわかりませんよ、魔王様は」
「おいおい、冗談よせよ。勘違いしちゃうだろうが」
なんて軽く言っているが、頼むから、それはマジで勘弁してくれ。ほら、伝わってくるだろう。隣から殺意のオーラがさ。ミシリ、と嫌な音が腕から聞こえる。冷や汗が噴き出してきた。くそ、お、折れちゃう。魔法ですぐに治せるからって、ポキポキ折るのはやめて欲しい、マジで。
「そ、そんなことより、アデルってば遅いなー」
必死に話を反らしてみるも、ウロボロスとルーチェは目と目で女の争いを繰り広げているらしかった。俺の腕がその苛烈さを教えてくれる。あかん、これ、あかんやつや。折れるどころか、粉々に握り潰されてしまうんですけど。ほら、見て。俺の腕。お肉ってさぁ、こんなに沈み込めるんだね。雑巾みたいに絞ればさ、赤黒い何かが滲み出てくるんだね。僕、知らなかった。知りたくもなかった。頼む、神様、アデル様、どうか直ちに御戻りを。そんな願いが通じたのか、救いの香り、いや、香ばしい匂いが漂ってくる。
「お待たせしました、魔王様……って、どうされましたか? 顔色が……」
「う、ううん、何でも……何でもないから、あの、できれば早くコーヒーを……まずはウロボロスに……」
そうすれば手を離してくれるんじゃないか、もしくは緩めてくれるんじゃないか。そんな微かな希望を胸にお願いして、そして後悔する。もっと冷静になるべきだった。俺がウロボロスに気遣いをしたらどうなるか。感激して、余計に力が籠って、はい、後はご想像にお任せ。
「我が君が私を優先してくださるとは……あぁ、これぞ、女の幸せというやつですね!」
「あー、悔しいなぁ。やっぱり魔王様にはウロボロスですか」
この、ルーチェめ。棒読みで言いやがって。見ろ、この左腕を。どうしてまだ繋がっているのかわからないくらい、服の下はぐちゃぐちゃなんだぞ。しかも、こうしてテンションが上がってしまったウロボロスは何をしでかすか全く予想付かなくなる。流石に首はねじ切られないとは思うが、肋骨が粉砕されるリスクは十分に考えられる。だからさ、これ以上は冗談抜きで命の危険があるからさ、二度と煽ってくれるなよ。そう涙目で訴えてみたが、届いたのかどうなのか。
それはともかくだ。無事な右手でコーヒーを受け取り、一口すする。濃い。いや、現実世界だと当たり前の味わいなんだけど、こっちに来てからはウロボロスの淹れた薄いやつしか飲んでいなかった。だから濃く感じて、美味しくて、つい味わってしまう。
「美味しいな……これ」
そして思わず呟いてしまい、ウロボロスさんがこれに反応する。俺の顔とコーヒーを交互に見比べながら、うんうん唸り出した。一体、何を悩んでいるのか。まぁ、平穏無事でいられるなら、いくら悩んでくれても大丈夫なんだけど。それにコーヒーに感動しちゃいられない。紅竜同盟について色々と聞かないと、と思った矢先、ウロボロスが俺を押し退けるようにして身を乗り出し、アデルに詰め寄る。
「私から質問しても宜しいでしょうか!?」
ウロボロスはガチャンと大きな音を立ててカップを置いた。立て付けがしっかりしているはずの丸テーブルまでも、ガタンと跳ねる程の衝撃である。カップの中身は噴水のように飛び出し、テーブルの上にこぼれてしまう。何があった、何ですか、その反応は。俺だけじゃない。アデルやルーチェまで呆気に取られている中、返答を待たずに、矢継ぎ早に言葉を投げつけ始める。
「このコーヒーは何ですか!?」
「……えっと、こ、コーヒー……で、ですか?」
まさかそこを突かれると思っていなかったのだろう。アデルは戸惑いながら、やっとそれだけ返していた。
大体、何ですかって、何だよ。コーヒーはコーヒーじゃないか。これが墨汁にでも見えるのか。それとも、まさか銘柄でも聞こうと言うのか。安心しろ、お前の抱える問題は銘柄以前の話だ。
そんなこちらの事情など知る由も無い。更に根が真面目なアデルは目を白黒させ、答えに詰まる。
「こんなにもしっかりと酸味、渋味を豆から抽出したこの味わいを、我が君は美味しいと評価しました! 一体何を仕込んだのですか!? それとも何か淹れ方にでも秘訣が!?」
「そ、そんなことを言われても……。うぅ、ルーチェ。そんなにいつもと違う?」
困った顔でアデルは助けを求めるも、ルーチェは少し悩んで見せた後、明らかに悪い笑みを浮かべた。おい、やめろよ。また爆弾を投下するのは駄目だぞ。死ぬからな。終いにはお前らの命の恩人が死んじゃうからな。その辺、きちんとわかった上で答えるんだぞ。
「あー……確かに、いつもより少し味が濃いかも。ひょっとして……魔王様に気に入られようと、気合い入れた?」
「なっ! る、ルーチェ、何を言って――」
「――聞き捨てなりません! その話、詳しく教えなさい!」
つくづく期待を裏切らない奴だよ、お前は。くそ、止めるべきだったと後悔したが、もう遅い。ウロボロスの暴走スイッチは綺麗に押し込められていた。きっと深々と陥没してしまって、もう元には戻らないかもしれない。それくらい苛烈に詰め寄っている。
「え、えっと……うぅ、ルーチェ! 何てことを言うの!?」
「ほら、よく言うじゃない? 愛情は最高の調味料、隠し切れない隠し味って」
「か、隠し切れない……愛情……!?」
こいつは、アデルのことすら餌にしてまで俺をからかうのか。お前の血は何色だ。
こうなったら戦闘は避けられないと思うべきか。防御魔法の詠唱を終えて、対象をアデルにセットしておく。無いとは思うが、念のために、な。ルーチェは自分でどうにかしやがれ。
いいように弄ばれたウロボロスはワナワナと震えながら、ぐるりと俺の方を向いた。そして目にも止まらぬ速さで俺のカップを鷲掴みにすると、一気に飲んでしまう。そしてそのまま握り潰しさえもした。
「わ、我が君に向けられた愛情は全てシャットアウト致しました!」
「あー……うん、わかった……」
どうやら満足してくれたらしい。ちょっとだけ惜しいな、久々に飲んだ美味しいコーヒーだったから。でも安いものだろう。あれだけ激高したウロボロスをコーヒーとカップ1つの命で鎮められたのだから。普段なら腕一本は必要だったぞ。そう考えればこれは良心的。奇跡的な対処。
でも、それはこちら側の言い分だ。チラリ、とアデルを見る。俯き、肩を震わせている。やってしまったな。あっちからすれば、カップを壊され、コーヒーを台無しにされて、あらぬ誤解を生むような形にまでされている。それもこれも、全てはそちらサイドにいるルーチェとかいう奴が諸悪の根源なんだけど、でも、悲しませたのは事実。
こんなに迷惑をかけて申し訳ない。そう言うとした時、なぜか、アデルは頬を真っ赤にして目をそらした。おや、これはひょっとして。
「わ、わた、私は本当に何でもないです! 何にもないですから!」
あぁ、冗談が通じないタイプか。俺に異性としてアピールしたということにされて、それを真に受けちゃったと。可愛いじゃないか。時と場所によっては大変に好みの部類なんだけど、ここは環境が劣悪というか、友達を選べば良かったのにというか。まぁ、言ってしまえば色々と損するだろうな。これからどう付き合っていくべきか、少し考えてしまうくらいには。
「ふーん、じゃあ、私が貰っちゃおうかなー」
引き際を知らないのか、この子は。たまたま偶然手元にカップがあったから助かっただけで、危機的状況には変わりないんだからね。そこら辺を本当によく理解して欲しい。そうだ、一度、ウロボロスの愛に燃える鉄拳を叩き込まれればいいんだ。そうすれば嫌でもわかるだろう。そのように誘導できないものか。一撃、一発でいいんだ。それこそ、パンチでなくてもいい。キックでも、いや、チョップやデコピンでもいい。それでも十分致命傷になる。
「な、なんでそこでルーチェが名乗りをあげるの!?」
「だって、私だっていい人だなって思っているし?」
あれこれ思案していると、ルーチェが先手を打ってきやがった。チラリとウロボロスに挑戦的な視線を送りながら、そんなことをのたまってくれやがった。これまでの遠回しな挑発ではなく、もうドストライクの主砲クラスを。こんなものを発射されては身の安全は保障できないぞ。見たくない。正直、見たくないけど、見ない訳にもいかない。震えてうまく動いてくれない首を強引に回して、ウロボロスさんの状態を確認する。
「――我が君は渡しません!」
泣きそうな顔が、もうすぐそこに迫っていた。回避、無理。防御、どうやって。圧倒的なステータスの前に、即席の魔法で対抗できると思うか。不可能だ。それだけは自信を持って言える。なにせ、そうなるように育てたのはこの俺だ。だから誰よりもよく把握している。ジ・エンドだと。
凄い勢いでウロボロスが腕に組み付いてきた。腕に、それは違うな。もはや組み付きではなく、体当たり、攻撃的に表現するなら殺人タックルだ。子どもの頃に一度だけ車にはねられたことがあるけど、あれの比ではない。気が付いたら宙を舞っていて、痛みよりもまず空を飛んでいるような快感を味わえたあの時とは違い過ぎる。余りの衝撃に内蔵が全部動いたのがわかった。動いた、そんなソフトな話ではないな。叩き付けられた、とでも言おうか。とにかく、もはやリアクションすら取れない程の大打撃、そしてそこからの締め付け。もう体中の穴という穴から、色々な何かが自然と噴出した。
「ほ、ほら、我が君も泣いておられます! 私の愛があれば、他は何も要らないと言っているようなものです!」
「えー、本当かなぁ。痛くて涙ぐんだだけに見えたけど」
「そ、そのようなことはありません! ね、我が君!」
え、何か言ったか。悪いな、ようやく意識だけでも帰って来たところだ。何が起きたのかも定かではないが、とりあえず全身が痛い。もの凄く痛い。涙やらよだれやらをまき散らしてしまう程で、あ、良かった。失禁はしていなかったようだ。
それはそれとして、この惨状、間違いなく原因はウロボロスで、主犯格はルーチェだろう。くそ、こいつらやりたい放題やってくれやがって。でも抵抗しちゃいけない。既にウロボロスによってホールドされている以上、下手な刺激はそのまま命取りになる。ライフゲージはもうレッドゾーンだ。平時と違い、腕一本ならまだ、とか、そんな甘い寛容さはそのまま死に直結する。
「大丈夫、大丈夫だから。な、そんなに取り乱すなよ」
「うぅ……我が君……」
あぁ、もう。どうして泣き出しちゃうかな、ウロボロスは。泣きたいのはこっちなんだけど。カルマやアザレアの時のように、暴走してすっきりさっぱりとはいかないのかよ。こんな風になっちゃうと調子が狂っちゃうじゃないか。どうやって収拾を付ければいいんだ、これ。どうしていいのかわからないけど、とりあえず、首謀者だけは思い切り睨み付けておく。今度ばかりはやり過ぎたと反省してくれたのか、ルーチェは少しだけ申し訳なさそうに、小さく頭を下げてきた。
「はー、ご馳走様でした。やっぱり、私が割って入る余地なんて無かったみたいだね。ほら、アデルも。いつまで本気にしてるのさ」
「わ、私は本気になんてなってないから!」
「あー……こりゃ重症かな。ごめんなさい、魔王様。アデルってば、恋愛経験が皆無だからどうしていいかわからないみたいです」
「そうかい、そうかい。胸に手を当ててもう一度、その台詞を言ってみろ」
「えへへ、バレました?」
バレました、とか可愛く言うなよ。自分自身にも腹が立ってくる。だってさぁ、ここまでされてまだ可愛いと思えるとか、俺は病気かよ。病気、そうか、俺は病気かもしれないな。はっきり言おう。ルーチェは可愛いよ。しっかりと信念も持っていて、魅力的に見えちゃう。そんな美少女におちょくられて有頂天になってしまいそうなのは本当のこと。でもな、お前のお陰で腕は痛いわ、話は聞けないわで散々なんだよ。
それはそうと、俺の心を読んだのか何なのか知らないけどさ、またウロボロスさんの手に力が入ってきた、今日はここらで退散するしかないか。
「ほら、ウロボロス。いつまで泣いているんだ。帰るぞ?」
「あぁ、そう怒らないでよ。代わりに、紅竜同盟に関する有意義な情報をあげるからさ」
どういうつもりなのか、立ち上がってからルーチェはまだ話があると言う。これ以上おちょくられたくないが、そう何度もここに足を運ぶ時間も惜しい。命の危険、ウロボロスの機嫌といった懸念すべき点と有益かもしれない情報を天秤にかけながら、とりあえず座り直す。
「何を言っているんだ? お前は武器しか語れないんだろ?」
そうだ、こいつは最初にそう言っていた。だから説明を全てアデルに任せて傍観し、良からぬ策略を巡らせていたんだろう。それなのに、いいだけかき乱しておきながら情報があるだと。にわかには信じられないところだ。
でも今度ばかりは違う。そう思えるだけの目を、ルーチェはしていた。あれは以前見た事がある。アデルを助けるためにウロボロスと対峙した時と同じ、真剣な目付きだ。
「そ、武器の話。紅竜同盟の、ね。知りたくない? あいつらの主戦力やその部隊編成、隠し球なんかをさ」
「そりゃ……知りたいけど、なんでお前がそんなことを知っているんだ?」
「これでも元四大将軍だよ? 自国の保有する最大戦力なんだから、多少は知っていて当然じゃない?」
自国。つまりそれは聖リリス帝国。その最大戦力と、他でもないルーチェが言うんだ。相応の力を、いやそんなレベルではなく、この世界で最強の軍事力を有しているのは確定だな。となれば当然、自分たちの力に自信を持っているだろうし、メグの言い分はどうあれ、交戦も視野に入れているに違いない。ついでに、ローレンのあの横柄振りの説明も付いてしまった。本気で紅竜同盟は負けないと信じて疑っていないからこその言動なのだと。
「ふふ、ここからは嘘なんて無し。私なりのお詫びと恩返しってところです」
なるほど、アデルの説明も欲しかったが、すっかり失念していたよ。俺は、お前のような奴から情報を得たかった。お詫びと恩返しと言うのなら、とことん聞かせて貰おう。
そのためにウロボロスを何とか宥めて、何とか一緒に話を聞く姿勢になる。何とかとは、こちらから優しく腕組みしてあげた。これで機嫌が直るなら安いものだ。ライフゲージはまだ真っ赤だけど、真面目になってくれれば変な力は入らない。恐らく大丈夫だろう。
「さて、まず大前提の確認から。紅竜同盟は、人間なんか比にならない身体能力を持つ竜人たちが集まった組織です。ただ、自分たちの力を過信すらところがあって、凄く排他的なところですね」
「排他的……って言うと?」
「主に人間なんですけど、他種族を完全に見下しています。それもあって、聖リリス帝国に併合されたくせに、あいつらの部隊は部隊長から末端の兵士まで竜人だけで構成されているんです」
「なるほど、竜人だけの軍隊って訳か」
言ってしまえば、エリートしか所属していない戦闘集団。プライドを持つなと言う方が難しいか。
メイリンの、他者と手を取り合わないといけないという言葉が思い出される。現状では無理ゲーにしか思えないが、あんな子もいるんだ。その全てが腐り切っている訳でもないんだろう。そう信じたい。
もっとも、上にいく程にその期待はできそうにない。なにせ、ローレンがあの調子なんだ。メグは違うと言うだろうが、代表のナディアだって、相当に良い性格をしているかもしれない。ただ、それは憶測に過ぎない。実際のところはいずれわかるだろうし、今は戦力についてよく理解しておかないと。
「それに加えて、横の繋がりは強いんだろ? 軍隊も同じか?」
「いえ、非戦闘員の性格までは流石にわかりません。私が言っているのは軍隊だけの話ですよ。続けますが、最強の種族っていう驕りもあるんでしょうけど、こんな強い俺と並ぶ奴らなんだから自分が無理でも他の奴ならって、色々と託すんだと思います」
「うーん、随分と自意識過剰なようで」
「実際、他種族との戦闘ではほぼ負け無しらしいですから。相手にはしたくない輩ですよ、色んな意味で」
俺も関わりたくないなぁ。鼻っ柱を盛大に叩き折ってやりたい気もするけど、そういう奴らって後が恐そうだ。触らぬ神に祟りなし。なんて、できないよな。向こうから近付いて来たんだ。逃げるなんて素敵な選択肢も無いだろう。やはり戦うことになりそうな気がする。
「さて、そんな彼らの部隊編成は極めてシンプルな3部隊構成です。空を飛ぶか、地上を駆けるか、魔法を使うか」
「確か……紅蓮飛竜隊、紅蓮牙竜隊なんて名前なら聞いたな」
ローレンが紅蓮飛竜隊の隊長、メグが紅蓮牙竜隊の隊長だったはずだ。たくさんある中の一部隊かと思いきや、三大部隊の二角なのかよ。そんな偉い人たちが使節団で来たなんて、うーむ、それなりに警戒はされていると考えて良いんだろうか。もしくは逆に、余程見下されていて、今しか顔を拝めないとか思っているのか。ローレンに限ればありそうな話だ。メグは読めなさ過ぎて判断に困る。
「そう、それです。空を飛んで、一撃離脱の戦いを得意とする紅蓮飛竜隊。地上を走り圧殺してくる紅蓮牙竜隊。それに、紅蓮魔導隊っていう炎系魔法の使い手たちがいます」
俺に対する評価はさておき、なるほど。現実世界の軍隊のように、地上、海上、空中という感じで分けているんだろう。その方がこちらとしても対策を立てやすくて助かる。似たり寄ったりの部隊がいくつも来るとなると、誰をどう対処に回していいのか迷ってしまうからな。具体的には戦場の地形にもよるが、そうだな、空はカルマ、地上はフェンリスとアザレア辺りにお願いすることになりそうだ。もっとも、戦うことになれば、の話。できれば無駄になって欲しい想像だ。
「奴らの戦力と基本戦術は大体こんな感じなんですが、厄介なのが2人いるんですよね」
「へぇ、どんな奴なんだ?」
「まずは、紅蓮魔導隊の隊長ナーガ。どういう訳か5年前の大災厄の時に出撃しなかったエースクラスの戦士です。今じゃ、紅竜同盟の中でも最古参の兵ですね。知識と経験が物を言うのが魔法ですから、隊内は勿論、聖リリス帝国でもトップレベルの魔法師になっています」
そんなに凄い奴、いたっけか。メイリンの話ではそういう要人は全員、あの神輿の周りか上にいたはず。きっとそのナーガとやらも乗っていたか、護衛に付いていたんだろう。いたんだろうけど、一通りステータスは見せて貰ったけど、そんなに突出した奴なんていなかった。まぁ、俺基準で見てしまっていたから、どんぐりの背比べにしか思えなかったのかもしれない。
「ところで、そんなに凄いのに四大将軍とかにはならなかったのか?」
「言ったでしょう、奴らは人間を見下すんです。ナディア様だけは四代将軍の1人ですが、他は皆、足蹴にしたみたいですよ」
「て、徹底しているなぁ。まさか国に楯突くなんて」
こりゃ、聖リリス帝国の実態までもうかがい知れるな。大災厄でひとつになったとはいえ、完全に統合されてはいないらしい。紅竜同盟は大見え切ってやらかしているようだが、他の生き残りの種族たちは、裏では何をどう思い、どんな行動を取っているかわかったものじゃない。
予想外の収穫を分析しつつ、またまた本題に戻る。余りにも美味しい話ばかりで目移りしているが、肝心なのは紅竜同盟の戦力だからな。
「それと、もう1人。といか、こっちの方が要注意なんですけどね。紅蓮牙竜隊の隊長のメグって言いますが」
「あぁ、それなら会ったことがある。まだ幼いのに、胆の座った子だったよ」
「あちゃー、もう会っていたんですか」
答えるや否や、ルーチェは心底マズいとでも言うように頭を抱えた。そ、そんな風に言われるくらいヤバい奴だったのか。まさか、目を見ただけで呪われるとか。でも魔法の反応はおろか、敵意すら感じかなったし。ひょっとして、そう思わせておいて、何らかの罠を仕込まれたとか。あり得なくはない。ステータスや魔法、スキルばかり警戒して、アイテムまで気が回っていなかった可能性は否定できない。
「あぁ、何を勘違いしたのか知りませんが、あの子自体は無害です。1対1なら私でも簡単に倒せると思いますね」
そうか、それを聞いてとりあえず一安心だ。メグ自体は無害となると、直接俺たちに干渉することはできないのだろう。そのステータスを思い出すと、確か、知能の数値が高かった。それが直接俺たちに被害を与える方向に使われていない、つまり罠作りや騙し討ち、呪術的な何かなどが無いのなら、残される可能性はひとつ。智将。
知力を生かす者は策を巡らすもの。あの会話の中で、俺たちすら気付いていない何かを察知した可能性はあるものの、それが直ちに明確な脅威になるとは考えにくい。いや、反対に危ない考えに歯止めをかけうる情報を握らせたかもしれない。なにせ、あの時は肉体言語による極めて壮絶な話し合いが行われた後だ。身内のちょっとした揉め事であれだけの被害を出して見せたのだから、もしも戦争になったらと、恐怖を覚えてくれたかもしれない。そう考えるとあのドタバタ騒動にも意味はあったことになるか。棚から牡丹餅って感じで受け止めておこう。
それはそれとして、ルーチェが聞き捨てならないことを言いやがった。それについてはちゃんと突っ込んでおこう。
「お前は四大将軍だろ。勝てなくてどうする」
「ありゃ、これは痛いところを。でもですね、竜人って誰も彼もそんな感じなんです。四大将軍? 魔法を使えば別ですが、生身でやり合ったら、あいつらの一般兵をやっと倒せるかなーって感じなんですよ」
「え、そりゃ流石に嘘だろ」
「これが残念ながら本当なんですよね」
そ、そんなに凄いのか、竜人って。あのゾンビの大群やアデルに突っ込んだルーチェに言われると、見えたステータスはどうあれ、どうしても脅威に感じられてしまう。
うーむ、なぜなのかと悩んでいると、ひとつの可能性に行き着いた。ひょっとしたらバフをかけて強化してくる集団かもしれないと。では、そのバファーは誰なのか。それが竜神なのではないか。あるかもしれない。むしろ、あの神輿のような竜になると言われるよりよっぽど説得力がある気がする。
でも待てよ、そうなるとメイリンが見せてくれた写真の説明が付かないか。あ、そうか。そのどちらも本当なのだとしたら、つまり、竜神の姿になりつつ、同族のステータスにバフをかけるのだとしたら。と、いい感じに想像か妄想かもわからない推測を膨らませていると、ルーチェが話を再開する。
「話を戻しますね。あの子は軍隊に入るような肉体的な才能はありません。でも、よりによって腕力と体で敵を押し潰す紅蓮牙竜隊の隊長です」
「そりゃお前、智将って奴なんだろ? それくらいは想像が付く」
「おぉ、流石は魔王様、正解です。あの子の頭脳はずば抜けています。あのリリス様ですら、四大将軍にならないかって三度は声をかけたくらいに」
おっと、それは有力な情報だな。リリスがまだ俺のリリスかどうかわからないものの、少なくともこの世界の窮地を救った英雄なのは間違いない。そんな奴が欲しがるほどの頭脳なのか。今の認識よりも数段上の敵なのだと覚えておかないといけないな。特にもし万が一戦いとなれば、なおさら無視はできない。
それくらい知能というものは恐ろしい。戦いは自分と相手以外の様々な要因が複雑に作用するものだが、実際は違う。どんな自然現象も奇跡すらも、全ては知能によって操られている。そうとしか思えない程に、片方に有利に働くものだ。
歴史を紐解けばそれは顕著。たったひとつの油断、綻び、隙。そんなものが知恵によって知らない内に生み出され、そこを突かれて負けないはずの強者が敗北するのはよくある話。例えばそうだな、織田信長が今川義元に勝ったのもその良い例だろう。荒れた天候、伸び伸びになってしまう隊列。そうさせた地形と兵や将たちの気の緩みなんかが絶妙にかみ合わさって、圧倒的な差が覆ったように見えるかもしれない。しかし、それがただの運だったのなら、彼は天下人になどなれなかっただろう。つまり、その卓越した知能で作り上げたとしか考えられないのだ。この世全てを味方に付けたような戦場を。そしてもぎ取ったのだ、勝利を。
「メグ……要注意人物だな」
直ちに影響はないと思ったが、それではあくまでも当面の話。有事の際にはまず間違いなく、あの場で渡してしまった情報を活用してくるだろう。絶対に油断なんてできない。
「あと、隠し玉ですね。紅竜同盟は竜神っていう神様を信仰しているんですが、実は」
「実在するって話なら、知っているぞ」
「違いますよ。その竜神様には絶対的な信頼を得た親衛隊長がいるって話です」
「初耳だな……。その経験豊富な戦士や、頭の切れる軍師をはね除けて、絶対的な信頼を置かれたと言われる奴か」
チラリと隣を見る。オラクル・ナイツの中で最も信頼しているのはウロボロスだ。その理由は数え切れないが、個人の感情や精神的なところを除けば、まずもって挙がるのはその強さだ。というのも、ウロボロスは俺のドミニオンズ人生において、最適な育成環境で集中的に育てられた唯一の存在なのだ。その頃にはゼルエルたちの育成はほぼ済んでいたからな。育成のノウハウをしっかり理解していたし、それを実行するだけの力もあった。残念ながらカルマたちは違う。ほとんど同時期に拾って、同時進行で育てたからな。だからこそ最高傑作は間違いなくウロボロスで、絶対的な信頼を置いている。
話がやや反れた。ナディアに話を戻そう。その信頼のおける親衛隊の隊長は、俺にとってのウロボロスのようなものだろう。丁度、立ち位置も似たようなものだし。問題なのはその理由。流石にそれはわからないが、もしも俺と似たような訳があるのだとすれば、その人物こそ最も軽視できない。
「これで情報は終わりです。役に立ちそうですか?」
「あぁ、ありがとう、ルーチェ。凄くためになった」
紅竜同盟。警戒すべきは竜神だけかと思ったが、そうもいかないな、こりゃ。流石は世界最大の軍事力を持つと言われる組織だ。できればもっと情報を仕入れたい。より具体的で確実なデータが欲しい。まぁ、それでも一番知りたいのは竜神だけど、はっきり言って困難だろう。有事の際しか姿を見せないらしいから、相対する時までのお楽しみ、ということになりそうだ。
それならせめて、ナーガ、メグ、そして親衛隊隊長のステータスや得意技なんかを調査したい。期限はメグの言う交渉までだろう。次に会った時は必ず何らかの提案をされ、返答を求められるだろうから。
「さて、次は……」
戦いは、始まった時にはもう終わっているくらいが理想だ。PVP、つまりプライヤー同士の戦いは相手の有効手段の潰し合い、そして負担のかけ合いの果てに勝敗が決まる。それにはやはり、相手の情報ができるだけたくさん要る。ゲームですらそうなんだ。現実では、なおのこと気合を入れて探る必要がある。




