表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第2章 暁の竜神
29/51

第5話「竜神祭 後編」

 あれからというもの、フェンリスの快進撃は留まるところを知らなかった。百発百中の輪投げ、水槽が空になる金魚すくい、彫刻のように美しい型抜きなど、脅威の戦果をこれでもかと挙げ続けている。

 だが店側もただやられているだけではなかった。裏で情報共有しているのだろう。フェンリスが目を付けた店は、決まって過酷な勝負を仕かけてくるようになった。


「おじさーん、輪投げさせてください!」

「はははっ! 来たな、お嬢ちゃん! ここは強風が吹き荒れる輪投げなんだよ。それでもいいかい!?」


 今は12店舗目の輪投げ屋だけど、今度の所は扇風機を20台左右に投入していた。恐らく全てが最強設定で暴風が吹き荒れている。軽いおやつやカードなんかは店の外へと飛んでいっている。

 この採算度外視のパワープレイに挑もうとする猛者はいない。他の客は遠巻きに眺めているだけだ。こんなことをすれば二度と客が寄り付かなくなるかもしれないだろうに。見ろ、あのおじさんの顔を。理性のストッパーを全て取っ払い狂気に走ったような笑みを浮かべて、いや、待て。それは事実ではあるが真実ではない。あれは狂戦士の面構え。戦いのためなら自身の命さえ厭わない者のみが到達できる境地。今後の人生さえも棒に振りかねない捨て身の変態的な姿勢に、ある種の敬意すら感じられる。


「あはは、真剣勝負ですね! 受けて立ちますよ!」


 一方、フェンリスは店を回るごとにより笑顔に、楽しそうにする。天使らしさは既に影も形もない。徐々に変化していったのだ。最初は純粋な楽しみ方だったのだろう。それこそ、子どもが玩具で遊ぶような感じ。でも今は違う。その本質は変わらず無垢な闘争心ではあるが、実際はこいつもまた狂戦士と化している。それもそのはず。これはもうただの真剣勝負。利益や損害など考慮にも値しない純粋な決闘。いや死闘。純粋な戦いを心から求めるフェンリスにとって、これこそ切望した心躍る舞台である。


「ふふん、良い度胸だ。さぁ、俺の風にひれ伏すがいい!」


 両者、熱い火花を散らしているところを悪いが、やっぱり一旦冷静になって貰いたい。この戦いの果てに何があるというのか。何も無いはずだ。特に、あのおじさんには一切メリットなんて無いだろう。あり得ない話だが、仮にフェンリスを打ち倒してどうなる。勝利。その一時の栄誉に、この店すら投げ打つ程の価値があるのだろうか。断言しよう。あるものか。あってたまるか。もしもこの店の権利書を賭けているとか、この店に投資の話があるとか、そういう取り決めがあるなら話は別だ。その場合は大いに燃え上がってくれて構わない。でも生憎と、俺たちは敵情視察しに来ているものの、この店を征服する気なんて毛頭ない。たまたま目についたから立ち寄っただけのお客さんだ。こっちとしては、ここで踵を返して違う店に行っても何ら問題ないくらい、どうでもいい一戦なんだぞ。


「あ……あのさ、ちょっと待って……」


 それに、これ以上閉店させる訳にはいかないんだよ。これ以上、そう、最初の一店舗目から始まって、少しの間はまだ良かった。でもそれ以降は、このおじさんみたいに勝負を挑み、本当に店を畳んだ人もちらほらいる。そんな事をする必要なんてないと説得している間に、フェンリスは次の店に飛び込んでしまうのだからたまらない。

 でも今はこれまでと違う。そうやって繰り返された悲劇の中で、ようやく戦いの前にフェンリスに追い付いた、事前に止められる機会なんだ。逃してなるものか。声をかけようとしたところで、思わぬ伏兵が現れる。


「お待ちください、我が君。これは戦士と戦士の一騎打ち。声をかけるのは、いくら我が君であろうとも無粋だと思います」


 ウロボロスがギュッと組んだ腕に力を込めて止めてきた。いかん、折れる。折れなくても細胞という細胞が圧死してしまう。ギブ、ギブと手をポンポン叩くと、何とか力を緩めてくれた。

 たぶん、戦士としての血が騒ぐのだろう。これは予想外だった。むしろ逆、俺がこれだけフェンリスを気にしているのだから、怒って止めてくれるのでは、とも思えたのだが。


「申し訳ありません、我が君。少々力がこもってしまいました」


 少々、なるほど、これで少しなのね。感情が爆発しようものならどうなるか、うぅ、考えるのも恐ろしい。本当に前へ出ようものなら腕が押し潰されたかもしれない。ひょっとすると千切れてしまったかもしれない。もう止めるなんて無理だ。ごめんな、おじさん。恨んでくれるなよ。

 そして、その時がやってくる。今、ゆっくりと武器が、プラスチックの輪がフェンリスの手に渡った。まだお金を払っていないのに、おかしいね。


「おい、あの子が噂の……?」

「あぁ、あんな小さいのに凄腕の屋台荒らしか。でも、こんな風じゃ輪投げなんてやれないだろ」

「正気の沙汰とは思えないよな、あの子も店も」

「おい、僕のフェンリスたんに何てことを言うんだ!」

「そこの野郎ども、天誅を下す!」


 フェンリスの快進撃はとても注目されていた。まぁ、あんな曲芸を披露しているんだ。黙っていても目に付くのだろう。何やかんやと言われながら、ギャラリーはどんどん増えていた。今や、コンサート会場か何かかと思ってしまう程に周囲はごった返している。中には気が触れた奴もいるようで、いつの間に用意したのか、「フェンリス・愛」と書かれたハチマキや法被を身に付けた輩まで現れていた。親衛隊気取りらしく、フェンリスを悪く言う不届き者がいれば、頼んでもいないのに乱闘を繰り広げてくれる。もう滅茶苦茶である。

 とにかく、外野はそんな風になりながらも応援してくれている。盛り上がり方は半端ではない。止められないのなら、いっそ、折角の祭りだ。思う存分暴れて貰うしかあるまい。


「フェンリス! もう止めないぞ、還付なきまでに叩き潰せ!」

「はい、魔王様! じゃあ……いっきまーす!」


 フェンリスが構えると、しんと外野が静まり返る。聞こえるのは遠くの喧騒と、扇風機の風の音だけだ。

おじさんを見ると、生唾を飲み込みながらじっと見守っている。その額には汗が浮かび、目玉が飛び出るのではないかと思うほど大きく見開き、見つめている。

静寂に包まれた中で、そっと、フェンリスが動く。膝を使い、手首のスナップを効かせ、全身で輪を投げる。ひとつ、またひとつと。

 プラスチックの輪は軽い。風に飛ばされてあらぬ方向へと行ってしまう。これにはおじさん、思わずガッツポーズ。かと思いきや、まだ動かない。そう、勝負はまだ決していない。輪が地面に落下して、初めて勝敗が決するのだから。

 さて、輪は暴風に弄ばれて大きく方向を変えられてしまっている。投げ出してしまってから輪に干渉するのはルール違反。ここから軌道修正はできない。できるのは祈ること。おじさんも、外野も、手を合わせて祈るしかない。まぁ、そんなものに意味はないけどな。なにせ確定した結果が覆ることなど、あり得ないのだから。


「――あ」


 誰がそう口にしたのか。その驚きの声は一斉に広まり、決着を告げる。ひとつ目の輪が一番端の棒へと引っかり、カランと音を立てて、くるくると回転しながら落ちた。見事。入った。文句なし。

 だがまだだ。まだ慌てる時間じゃない。それはひとつに限らない。ふたつ目、みっつ目と、次々と、乱立する棒へと綺麗に収まっていく。まるで吸い込まれるかのように、たったひとつさえも外れない。外さない。

 全ての棒に輪が収まるまでの間、誰一人として微動だにしなかった。おじさんですら固まっていて、敗北したのだと理解するまでに時間がかかったのだろう。それほどまでに美しく、完璧に、風すら計算に入れてフェンリスは攻略してみせた。振り返って笑顔のVサインを見せてくれると、俺よりも先に外野が湧く。


「す……すげぇ……すげぇよ、あの子!」

「嘘だろ!? パーフェクトだぞ!?」

「フェンリスたん、最高だ! 愛している!」


 余りに大きな歓声に耳がおかしくなりそうだ。でも悪い気はしない。だって、フェンリスがこんなにも多くの人に応援され、それに応えられたのだ。こんなにも嬉しいことはない。

 ただ、当の本人はこれで満足はしないのだろう。あの振り返ってのポーズこそ、その証拠。フェンリスは狂戦士だ。勝利を得たなら吠えるはずだ。まだまだ物足りないらしい。


「ば……馬鹿な……こんなことが……」


 それでも勝敗が着いたのは事実。この結果におじさんは膝から崩れ落ちた。余程の自信があったのだろう。

 悪いな。種明かしするつもりはないが、そっちには万に一つの勝ち目も無かったんだよ。最上級パッシブ・スキル、自然の理を知る者。物理現象によるものならば、フェンリスは全て完璧に把握できる。それはもう未来予知、いや、未来操作とでも言えるだろう。例え銃弾の雨あられであろうとも、抜け道が一本でもあればフェンリスは全弾回避してみせる。それを可能にするだけの身体能力も有しているからだ。さっきの射的もそうだが、この程度の輪投げの攻略など、赤子の手をひねるようなもの。


「お……俺も負けたというのか……」


 おじさんもまた店を畳むとか言い出すかと構えたが、どうやらこれまでの奴らとは様子が違う。むくりと起き上がり、ゆっくりと上げた顔からは、悲壮感は全く見て取れない。逆に晴れやかな表情であった。忘れていたな。このおじさんは狂戦士。持てる力の全てをぶつけたのだから、何も後悔することなんてないんだろう。


「良い勝負だった。お嬢ちゃん。また来てくれ!」

「はい、またいつかお願いします!」


 2人は熱い握手を交わし、周囲から割れんばかりの拍手や歓声を浴びる。そして、ここまできたらもはやどうでもいい、むしろ要らない景品の授与が行われる。

 景品。そう、店内に辛うじて残っていた玩具やぬいぐるみ、そこらに吹き飛んだカードやお菓子なんかがまとめて袋に詰め込まれ、ひとつ、またひとつと手渡される。その総数は、言うまでもないが店にある品物全てだ。スーパーの大きな袋にギュウギュウに詰め込んでも、どんなに頑張っても10袋は下らないだろう。

 なぜ予想が付くかっていうと、ここに至るまで数えたくない程の店でこの光景を目の当たりにしただけでなく、受け取る係までしたのはこの俺だからな。返却したいと申し出て、いや持って行ってくれと、そんな押し問答を繰り広げたけど結局駄目で、全て持ち帰る羽目になっている。この店は交渉すら受け付けてくれなさそうだな。あんなにこやかに景品を渡しているし。

 また荷物が増えるのかとガックリ肩を落としていると、横腹をツンツンとつつかれる。カルマだった。いつの間にかいなくなっていて、そしてただ今ご帰還というところらしい。ホクホク顔で、香ばしい匂いがプンプン漂っている。見ると、細長い肉が刺さった棒を2本、両手に持っている。できたてなのだろう。美味しそうな湯気が立ち上っている。


「魔王様、これはドラゴン串なる物じゃ。おひとつどうかのう」


 見るからに熱そうでそのままパク付くのはなぁ、なんて思った次の瞬間。カルマはおちょぼ口をして、串焼きにふー、ふーと息を吹きかけ始める。そして差し出した。

 ちょっと落ち着こう。落ち着いて状況を整理させてくれ。ひょっとして、いや、見間違えじゃないよな。これは「ふーふー、あーん」というやつではなかろうか。夢にまで見た、大好きなキャラからの「あーん」だと。いいのか、これにかぶり付いて。ここで夢を叶えてもいいのか。あぁ、神様。もしもいるのなら一生感謝します。


「カルマ、さりげなくあーんしないでください! それは私の役目ですよ!」

「魔王様に火傷でもされては困るのじゃ。主にこの心遣いができるかのう?」


 それくらいはウロボロスさんでも大丈夫でしょ、と思いつつ一瞬不安になる。ウロボロスは熱さに対する耐性が高い。俺の適温にまでふーふーしてくれるとは思えない。思えないが、待って欲しい。一息でもいい。ウロボロスのあの艶かしい唇から、甘い吐息が吹きかけて貰いたい。それが例え灼熱に燃え上がるマグマだったとしても、三大珍味すら遥かに凌駕する至高の一品へと変貌するに違いない。あぁ、もう。俺って変態だな。


「あー、おほん。そんな悠長なことを言っている内に冷めるだろうが。カルマ、これはありがたく頂くぞ」


 だが、しかし。ここはギャラリーが多すぎる。フェンリスの有志を見届けた外野ばかりではるが流石に無理。ここは我慢だ。グッと堪えて「ふーふー」されていない方を受け取り、ウロボロスの隙を突いてさっとかぶり付く。うん、間違いなく舌が火傷した。ジンジンする。


「あ、あーっ! 我が君! 私が冷まして差し上げようと思ったのに!」

「うむ、味わって欲しいのじゃ。まだまだあるでのう、好きなだけ食すがいい」


 耳元で抗議されながら、痺れる舌でも何とか味わう。この味、牛串だな。バラ肉のような食感だ。ドラゴン焼きとか言うからどんな味かと思ったら、どんな世界でも材料は似たり寄ったりということか。まぁ、美味しいのだから文句は無い。それに本当に牛串なのだとしたら相当なお値段のはず。感謝しながら頂こう。

 ところで、カルマはまだあると言った。まだ、だって。どのくらいか確認すると、その量をそう形容されるとは冗談がきつい。カルマの後ろには視界に入りきらない程の眷属が控えていた。狼や蝙蝠のタイプは首からひとつずつ、騎士のタイプは人間のように両手にひとつずつ袋を下げている。それがずらりと並んでいるのだ。

 恐る恐る近くの眷属が下げている袋を順番に覗いてみる。たこ焼き、焼きそば、フランクフルト、唐揚げ、わたあめ等々。一体、どれだけ集めて回ったというんだ。もうね、フェンリスの獲得した景品とのダブルパンチで、荷物の多いこと、多いこと。


「魔王様、僕ならまだまだいけますよ。 どんと任せてください」

「あ……あぁ、今回ばかりは本当に助かったよ」


 アザレアが戻って来てくれなければ、この大量の景品と食べ物で祭りは終わっていただろう。人海戦術、つまりゴーレムの大量投入により難を逃れていた。腕力には定評のある彼らなら1体で6袋は持てる。首からひとつ下げて、肩にもかけて、とフル活用させて貰っていた。それでも、ここに大量の食べ物が加わればまた数が増える。当然目立つ。フェンリスとはまた違うギャラリーができてしまい、色々と囁かれる。


「何あれ、大名行列か何か?」

「あんなに個人が買ったの? まさか強奪したとか?」

「しっ、聞こえるよ。身ぐるみ剥がされても知らないからね」


 バッチリ聞こえています。胸に突き刺さっています。でもね、お姉さん方、俺も被害者側だということを覚えておいてくれ。俺は頑張った。景品を返そうとした。ひとつも返せなかったし、カルマの蛮行にも気付かなかったけど、俺なりには努力したつもりだ。だから頼む。そんなに距離を作らないでくれ。

 と、とにかくだ。総括すると今の心情を表すならたった一言で済む。胃が痛い。これに尽きる。皆、各々で大変に活躍してくれて、嬉しくて血の涙が出そうだ。せめてもの救いは、普段は一番暴走するウロボロスがまだ穏便に祭りを楽しんでくれていることくらいか。ただし、


「何だよ、あの人間。あんな可愛い子とベタベタ……」


 荷物に関しては、というだけだ。ウロボロスはとてもモテるらしい。道行く竜人の男たちがこぞって熱い視線を向けている。人間の俺から見ても美人なのだから、よく考えてみれば至極当然のことか。妬み、僻みが酷いこと、酷いこと。


「ねぇ、君。良かったら俺たちと……っ!? い、いえ……な、何でも……ありません」


 たまにこうして勇者、つまりウロボロスをナンパしてくる不届き者が現れるものの、男の俺がどうこうする必要はない。ウロボロスが一睨みすれば終わり。また失禁してへたり込んでしまう。まぁ、愛されているはずの俺ですら日々感じる圧力は凄まじく、身動きを封じられるレベルなんだ。見ず知らずの、しかも大して強くもない奴らなんて話になるまい。

 それはそうと、来た道をそっと顧みると、あちこち閉店の看板が下がり、フェンリスに熱いエールを送る観衆、これ見よがしにひそひそと噂する野次馬、そして失禁して倒れている者たちで溢れ返っていた。そんな地獄絵図の中を荷物持ちのゴーレムや眷属たちが闊歩している。酷過ぎて頭が割れそうだ。

 思わず盛大な溜め息を吐くと、ウロボロスが良くない反応を示した。外野に気分を害されたとでも思ったのだろう。言い寄って来た男たちに向けたものと同等のプレッシャーを周囲全体に与えて追い払ってしまう。端から見れば、俺、ヤクザのボスか何かだろうな。一応魔王ではあるんだけど。でも、こういう逃げられ方は嫌だなぁ。ただ、お陰ですっきりしたのもまた事実。それについては感謝かなぁ、なんて、そんな風に嘆いていると、ふと気が付く。誰も彼もが逃げ出した中でただ1人、こちらの様子を伺っている子がいる。しかも悠然と歩み寄って来たではないか。


「魔王様ですよね。大変にご活躍されているようで、評判になっていますよ」

「……貴女は?」


 物静かな雰囲気の竜人の少女だった。淡い白金のブロンドヘア、真っ白な肌、宝石のように透き通った赤い目が特徴的だった。幻想的といえば良いのだろうか。ウロボロスたちも含めて、これまで出会ったどの人よりも妖精的な印象を受ける。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はメイリンと申します」

「我が君、お下がりください。一体、どのようなご用件でしょうか?」


 すっと目を細めたウロボロスが割って入ってくる。今はこの守護がありがたい。メイリンからは敵意こそ感じられないが、俺を魔王なのだと認識した上で接触して来たのだ。加えてこの惨状とウロボロスからの圧力を物ともしないなんて、例え少女だろうと油断はできない。

 こちらが警戒したのを意に介した様子もなく、メイリンは淡々と話を続ける。


「祭りを楽しむ道すがら、たまたま風に乗って噂が聞こえてきたもので。一度、この目で確かめてみたいと」

「身分を明かしなさい。まさか、ただの街娘とは言わないでしょう?」

「そのまさかで御座います。それを証明する術はありませんが、そうですね、あれを見て頂けると幸いです」


 メイリンが指さした方向には、まだ遠くて小さく見えるものの、派手な神輿が迫って来ていた。あれは縦長の紅色をした竜を模したものだろう。流石に細かい装飾やその規模まではわからないが大体そんな感じである。


「あの神輿には、ナディア様を含めた有力者たちが乗っておられます。腕に自信がある者は警備に付いております」

「つまり……こんな所に私たちが危惧するような人はいないと、そう言いたい訳ですね? しかし偵察や暗殺者の可能性も残っていますが」

「でしたら、心行くまで身体検査なさってください。ただし私はただの街娘で、観光者たちに声をかけただけ。本来ならばそのようなことは認められません。何もなければ……」


 確かにその通りだ。この子が本当にただの街娘なのだとしたら、そして難癖付けて裸にひん剥いたなんて広まったら、まず間違いなく戦争になる。ここで要らない禍根を生んでも仕方ない。

 念のためステータスをチェックすると、なるほど、大した数値ではない。そこら辺を歩く奴の方がまだ身体能力が高い。強いて突出しているところを挙げるなら知力だが、それもこの世界基準で言えば、程度だ。仮にこれで暗殺者だとしてもウロボロスたちがいるなら問題ない。

 ただし、完全に油断できると言い切れる訳でもない。この世界の住人たちは揃って大したステータスを持たない。つまり今わかるのは、戦闘になっても負けないことだけ。情報戦を目的とした紅竜同盟からの刺客である可能性は、どうしても否定できないのだ。話す内容にだけは注意を払わなければならない。


「改めて初めまして。俺は貴女の言う通り、魔王を名乗る者だ。それで、そうと知りながら、一体どのような話が?」

「先ほど街娘と自称しましたが、私は語り部でもあるのです。失礼ながら、その役目についてはご存知でしょうか?」

「語り部……伝承や神話を現代に伝えるための人、という解釈でいいか?」

「流石は魔王様。聡明でいらっしゃいますね」


 なるほど、語り部ね。元の世界にもいたな。戦争体験を語り聞かせてくれる人たちが、確かそんな呼ばれ方をしていた。

 さて、迷うな。本当ならば悪い話ではなさそうだ。この世界に関する情報が足りない俺たちには、例え伝承であろうともありがたい。ただし、くどいようだが、この子の素性は知れない。紅竜同盟にとって都合の良い事を吹き込まれるかもしれないし、上と無関係だったとしても、何らかの怪しい宗教に関わっている恐れもある。

 チラリと、ウロボロスを見る。うん、俺の腕をしっかりと胸に抱いているものの、その目は油断一切なしの本気モードのようだ。例え俺が引きずり込まれても、きっと助けてくれるだろう。聞いてみようか。虎穴に入らないと虎児は得られない。


「是非、嘘偽りの無い真実を聞かせて欲しい。ただ……」


 この話をしている間にも、フェンリスは次の屋台に狙いを定めたようだ。既にそのおじさんと火花を散らし、今にも走り出したそうにウズウズしている。警戒しろとは言わないが、せめて大切な話をしている間くらいは自制して欲しかったな。まぁ、フェンリスは子どもだ。テンションがあそこまで高まっていて、しかも難しい話なんてしていれば、仕方ないんだけどさ。


「屋台を荒らし……いや、回りながらでもいいかな?」

「えぇ、構いません。よろしくお願い致します」


 思わず言い間違えてしまったけど、メイリンはさして思うところは無いらしい。深く頭を下げて一礼しただけで、眉ひとつ動かさない。同族の屋台をまた荒らしても何とも思わないのか。それとも、止められないと諦めてしまっているのか。もっとも、こんな些細なことであれこれ考え込んでも意味はないか。早速と言わんばかりに語り出した内容に耳を傾けよう。


「ここ、サウス・グリードには竜神が眠ると言われています。竜神。その御力は世界最強と謳われており、事実、古文書に記される歴史の分岐点……つまり、如何なる災厄さえも跳ね除けられており、唯一無二の神として崇拝されています。その鱗は燃え上がるような紅色で、畏怖の念を込めて、古来より紅竜同盟というものが結ばれてきました」

「なるほど……神様の元に集った同盟って事なのか」

「はい。竜神様の名の元に、我ら竜人は老若男女問わず集まり、絶対的な不可侵条約と協力関係を結んでいます。既に体感されたかと思いますが、竜人は隣人を決して裏切らず、貶めず、相互に助け合って生きています」


 既に体感。あぁ、もしかして屋台の話だろうか。相互に助け合うなんて、屋台同士で結託でもしているのか。例えば足りない材料を分け合ったりとか、フェンリスみたいな要注意人物の情報共有をしたりだとか、と思ったが、なるほど、考えてみればわかる部分もある。

 さっきの輪投げ屋を思い出せ。一体どこからあんなに扇風機を持って来たというんだ。その電力はどうしたんだ。俺たちは今日たまたまやって来た。突発的に起きた事態にも関わらず、余りにも対応が早い。そして妙に大がかりだった。その答えは恐らく、周りの家々から借りたのだろう。これまでの屋台だってそうだ。各々で随分と気合の入った妨害工作をしていたが、その準備を近隣住民たちと一緒にやったのだろう。そうなると、あのギャラリーのできる早さも頷ける。元の世界にあったSNS並みに早い情報拡散がなされていたんだろうから。


「なるほど、今思えば気味の悪い程に素早い対応だったかもな」

「そうです。良く言えば誰もが手を取り合える……そんなおとぎ話にしか思えない現実は、なぜ実現していると思いますか?」


 不思議な話だ。元の世界では特にそうだが、普通、近隣住民となんて協力できないぞ。そもそも隣にどんな人が住んでいるのかすら怪しいのに。竜人たちは全く違うのだろうか。いやいや、騙されるな。それはあり得ない。なぜなら、少なくともローレンとメグの思惑は大きく違っていたのだから。上がそうなのだから、皆仲良くなんて夢のまた夢のはず。それでもメイリンはそんなおとぎ話が実現していると言うつもりか。


「それは……気になるな。俺の知っている世界じゃ争いは絶えない。国家間、内紛といった規模に限らず、隣家の人とすら些細な事で揉める事も少なくない気がする。気心の知れているはずのウロボロスたちでさえ、俺が絡むと揉めてしまう」

「我が君、それは当然です! 大切なお嫁さんポジションが奪われようとしているのですから!」


 大切な話をしているというのに、これだけは聞き逃せまいと、ウロボロスが食ってかかってくる。無視して話を進めてもいいんだけど、当然と言い切られては困る。また甚大な被害を出されてはたまったものではない。しかし、藪蛇を突いてしまうと事態が悪化しかねない。慎重に言葉を選んで、努めて穏やかに諭してみる。


「あ……あのさ、そう思ってくれるのは嬉しいんだけど……」

「嬉しい……嬉しいと!? あぁ、遂に私の思いが届いたのですね! 結婚式ですか!? それとも子どもから!?」


 皆まで言わせて貰えないまま事態が悪化した。まずい。ウロボロスがこれでもかと腕に力を込めてきた。折れそうなくらい痛い。ていうか、ポキッと変な音がして、曲がっちゃいけない所がぐにゃりとしている。手遅れか。いっそここまでひと思いにされると、案外痛いだけで済むらしい。周りを観察する余裕さえある。カルマとアザレアが目に付いた。恨めしそうにこっちを見ている。ほら、もう冷戦が勃発した。こんな身近でも、こんなにも簡単に揉めるものだと証明できたと言っていい。涙をグッと堪えながら、心持ちドヤ顔でメイリンを見る。


「争いってすぐに起こるだろう? そ……それなのに、どうして手を取り合えると断言できる? 竜人たちだって全員がそうとは言えないと思うが?」


 別にその気は毛頭無かったけど、偶発的に起こった俺の捨て身の証明にすら微動だにせず、メイリンは涼しげな顔で話を続ける。


「絶対的な信仰対象……竜神様がいらっしゃいますから」


 竜神様、か。神輿に目を向ける。まだ全容はわからないけど、あの上に乗っている人の中にいるんだよな。その神様が。

 実際はどうあれ、仮にも神と名乗られては、どうしてもボスクラスの大きな体躯をイメージしてしまう。まして、如何なる災厄さえも跳ね除けるとまで言われているんだろうに。でも、そんな巨大な何かが収まっていそうな大きい収納スペース、もとい鎮座する場所は無さそうだ。俺たちと変わらない背丈なのだろうか。

 そんな疑問が顔に出てしまったのか、メイリンは補足説明してくれる。


「祭りの多くは目に見えない神、もしくは仏への祈りを捧げるものです。しかし、この竜神祭は確かに存在する守り神を崇めます」

「それが……あの上にいるナディア様ということだろ?」

「はい。人間で言うなら、現人神ですね。お姿は私たちと似ていますが、有事の際は竜神様となり、災いを払ってくださいます。勿論、普段から民衆の暮らしを豊にするためにも力を注いでおります。この祭りもその一環。通常の祭りは経済を回しますが、竜神祭は更に流通も改善します」

「流通が……? ここらの屋台は確かに、色々とあって凄いと思うけど」


 お陰でフェンリスたちが大喜びして、大はしゃぎしている。カルマもなぜかぶっ飛んだし、アザレアも楽しげにしている。でも、それこそ竜人たちの相互扶助の上に成り立っているのではないのか、と思ったが、よくよく考えれば経済と交通は切っても切り離せない。元の世界でも、オリンピック的な大きな何かがあれば特に注力して交通網を整備する。そうか、この祭りはそれ程の規模だというのか、と理解しかけたが、どうやらそれだけではないらしい。


「神輿が進む道をご覧ください。あれをドラゴン・ロードと呼びます。サウス・グリードを縦断する世界最大、最長の交易路です。竜神祭のみならず平時から利用する者は多く、ここの補修と発展は国を挙げての最大プロジェクト。流通を改善すると言いましたが、実際には、普段からコツコツと積み上げてきた成果の確認のようなものですね。国を挙げて取り組み続けているかいもあって、物流に関しては他領を圧倒していると聞いています」

「あぁ、なるほど」


 言われてみれば、こんな大きな道路は見たことが無い。その幅は50メートル以上ありそうだ。これだけ大きいのだ。かなりの人数が行き来し、それだけ踏み締められているはずなのに、砂浜の砂ような白さを保っていて美しい。所々に綻びはあれど、その隙間からは草の一本すら生えておらず、真新しい補修の痕が無数にある。この祭りに合わせて手を入れたとは考えにくい程、きちんと手入れがされ過ぎていた。


「皆が立派な翼を持つ訳ではありません。あなた方のように竜人以外の来訪者も大勢います。陸路は絶対に必要です。交通の便は経済、果てはその国の力そのものとすら言えるとナディア様は仰っております」


 当たり前のように歩いていたけど、この道があるから大勢で賑わっていても快適に歩く事ができている。皆がいるのは勿論のこと、こんなにも大量のゴーレムを従えても見て回れている。迷惑しかかけていない事については目を瞑るとして、恩恵を受けているのは俺たちだけじゃない。たくさんの屋台が品々を用意できて、それをさばけるだけの人数が行き来できていると。

 ふむふむと勉強になっていると、ウロボロスがニュッと顔を出した。正確にはそう見えただけだが。話に集中して、腕を組まれて怪我までさせられているのに、いた事を忘れてしまっていた。そんな扱いにも関わらず、ウロボロスは平然とした様子で質問を投げかける。


「先ほど、有事の際は災いを払うと言いましたが、それは具体的にどのようにしているのでしょう? 現人神と呼ばれているのです。概念的な存在ではないでしょう?」


 ナイスだ、ウロボロス。この道に感動して忘れかけたけど、俺たちの目的は敵の内情を知ること。敵の戦力は喉から手が出るほど欲しい。いや、それは語弊があるか。竜人たちの戦闘力は微々たるものだろうと、ローレンたちのステータスから想像できる。問題は神を名乗る者がどれほどのものか、だ。


「その絶大な御力は歴史の節目、節目にて振るわれてきました。しかし残念ながら、伝承や神話の類ではないかと疑われる方も少なくありません。その誤解を解くために私はいるのです。どうぞ、こちらへ。百聞は一見に如かずと言いますから」


 え、見せてくれるのか。一瞬戸惑ったが、相変わらず悪意は微塵も感じられない。あれが演技だとしたら脱帽してしまう程だ。

 素直に従い付いて行くと、案内された所は高台だった。人気スポットなのだろう。たくさんの竜人や観光客のカップル、団体で賑わっていた。その間をすり抜け、何とか最前列のスペースを確保する。


「凄い混み具合だな」

「はい。ここが一番近くで見られますから。その分、警備も厳重でしょう?」


 そう言われてもパッと見ではわからない。私服警官みたいな感じで、この中に兵が混じっているのだろう。ステータスチェックで探してもいいが、目眩がしそうな人数だ。やめておく。それよりも、お目当てはやはり神輿らしい。ならば、それを見れば竜神について知る事ができるのだろう。期待して待つこと数十分、熱気と共にそれは目の前までやって来た。


「……壮観って、こんな感じのことを言うのかな」

「同じ気持ちです、我が君。これは迫力がありますね」


 細長い竜の形をした、巨大な神輿だった。太さは10メートルといったところ、長さは少なく見積もっても200メートルは超えている。たくさんの竜人たちに担がれたその上には、偉そうな竜人たちがふんぞり返っていた。あの中に竜神がいるとでもいうのだろうか。一応、目に付いた奴らにステータスチェックをかけてみたが、下で担いでいる竜人たちの方が強いぞ。


「魔王様、あの特別な一角が見えますか?」

「あー……明らかに偉い人がいそうなスペースですね」


 そこだけがまた別の神輿のようになっており、神官のような服装をした女性たちが左右に控えている。この祭り用に着飾った侍女だろうか。茶器や菓子、扇なんかを持って佇んでいる。問題の小さなスペースの方だが、出入口にはすだれが垂れていてはっきりと姿は見えない。あのシルエットから判断するに、奥にいるのは女の子のようだ。念のためステータスチェックをすると、うぅむ、知力だけが少し高めなだけで、これまた大した数値ではない。


「あそこにおられるのが竜神様、つまり、紅竜同盟の代表者、ナディア様で御座います」

「竜神様……あんなに小さな子が?」


 わからない。ステータスが低くて、しかも女の子。如何なる災厄さえも跳ね除けるという竜神らしいけど、そんな大そうなものなのか。これなら、まだローレンの方が頼りになりそうだ。首を捻っていると、メイリンはまた補足してくれる。


「あれは仮の御姿。その時がくれば、神輿に負けない程の竜へと変わられます」

「なるほど……普段は抑えているのか」


 まぁ、無理やりにでも納得するなら、それしかあり得ないか。でも変身か。あの小さな子が、この神輿に負けない竜神に、ねぇ。もしも本当なら質量の概念がぶっ飛んでしまう程の変化だ。それはもうゲームの世界ではないか。なんて、俺は口が裂けても言えないか。

 さてと、それを信じるか信じないかは別として、竜神自体を見られないのなら、これ以上の情報は得られそうにない。後はフェンリスたちが満足するまで付き合って帰ろうかな、と踵を返そうとした時だった。


「5年前の大災厄……」


 まだ話は終わらないと言うように、メイリンは語り出す。だが生憎と、これ以上付き合いたいとは思えない。色々と聞かせてくれたのはありがたいが、結局は何もかもに証拠なんて無かったから。それに、ここまでの話が全て嘘という事もあり得る。何なら、メイリンは俺を魔王と知って接触して来ている要注意人物でもある。

 それなのに、どうしてだろうな。どうして足が止まる。耳を傾けてしまう。あぁ、そうか。これまでと打って変わって、メイリンの雰囲気が激変したんだ。決して無視できないオーラのようなものが感じられたんだ。


「我ら紅竜同盟も出撃しました。ナディア様の御父上様、つまり先代の代表が指揮を執られ、竜神の御姿になられています」


1枚の写真を見せられる。思わず息をのんだ。そこに写っていたのは、あの神輿そのもの。荘厳な赤い竜が天を舞っていた。細長い体躯。ギロリと剥かれた頼もしい茜色の目。そして大空を覆い隠しそうなほど巨大な両翼。これはまさしく神。そう名乗るに相応しい神々しい姿だ。


「ナディア様も先代の血を、そして御力を受け継いでおられます。だからこそ皆が集うのです。絶対的な守護があるのだと、そう心から信じられるから」

「……そ、そうか、実際にこれを見たらわかる気がするよ」


 でも、今となっては竜神ですらどうでもいい。この子は一体、誰だ。ただの街娘と言ったな。それこそ嘘。あってたまるか。俺がただの街娘から、これだけのプレッシャーを感じるはずがない。でもステータスは、数値は雑魚だと言っている。なんだ。何がこの子に、これほどの力を与えている。


「ただ、滅多にこの御姿にはなられません。そのために竜神祭があるのです。竜神様の加護を受けているのだと、皆が確かめるために」

「なぁ……お前は一体、誰だ?」


 ウロボロスも異変を感じ取ったのだろう。俺を背中の後ろに押し込めて、厳しい目付きで前に立ってくれる。明らかな敵対心をむき出しにしていた。カルマ、アザレアも同様である。この異変に周囲の観光客たちは遠のき、恐らく兵士らしい竜人たちが飛び出して来る。


「お前たち、何をやって……っ!」


 誰に睨まれたのか、それとも全員にそうされたのか。竜人たちは見てわかる程に肩を跳ね上げ、委縮する。尻もちを着き、這うようにして逃げ出していった。後はもう誰も残らない。辺りからは人1人さえ残らずいなくなってしまう。


「……未だ、世界は未曾有の危機に瀕しています」


 ここまで明らかに異常なのに、まだメイリンは微塵も臆した素振りを見せず、堂々と言葉を紡ぐ。その唇すら一切震わせずに、スラスラと、流暢に。俺の問いかけに答えず、一方的に。


「おのれ、我が君の質問を無視するとはっ!」

「待て、ウロボロス。いいだろう、付き合ってやるよ、その話に。それは5年前の大災厄ってやつだろう?」

「はい。悲しいことに多数の犠牲者を出しながらも根本的には何も解決していません。しかし、私たちはまだ生きています。手を取り合い、わかり合わねば……行き着く未来に希望はあり得ません」


 その詳しいところはわからないが、少なくとも、アデルが犠牲になってしまった程の何かが起きたのは事実。それも、国を挙げて後始末に躍起になる程の事態だった。それを乗り越えるためには協力し合わなければならないと。そういえば、ローレンが言っていたな。人間は卑怯な種族だと。恐らく、種族間でいがみ合っていたんだろう。そんな場合ではないと、そう言いたいのか。


「それは……難しい話だな」


 何度も言うが、互いに手を取り合うなんて夢のまた夢。さっきはウロボロスたちを引き合いに出したが、あんなのは可愛いものだ。実際はもっと熾烈で、過酷で、無情。スイッチひとつで国が滅ぶという恐怖の中、今日を生きる糧を奪い合い、親も子も関係なく殺し合う。それが現実だった。俺が元いた世界では、それが日常茶飯事の出来事らしい。らしいと言うのは、俺の国は平和だったのだ。満腹だからと平気で飯を残し、水でも電気でも豪勢に安価で使いたい放題。そんな楽園であったにも関わらず、日々、喧嘩はあちこちで起こっていた。殺人事件もあった。今日を問題なく生きられるのに、俺たちは争いを辞められなかった。そんな現実を見て来てさ、どうして皆が手を取り合えると思える。


「えぇ、本当に。それでいて、例え皆が手を取り合えたところで打開できるとも限らないのですから。しかし、座して死を待つ気は毛頭ありません。歴史を、そして真実を語り歩くことが私の役目。ここが私の立つ戦場なのですよ」


 理解した。とてもよく理解した。この子はただの語り部と思ったけど、実際は違う。なぜ恐れないのかと奇妙にさえ思ったけど、そうか、この子にとってここは戦場。ルーチェを思い出せ。どんなに絶望的な状況であろうとも、一切ためらいなく槍を振るい続けた。この子も同じ。状況は違っても本質は同じ。命をかけてでも成し遂げたい事があればこそ、死への恐怖など二の次だ。頭の中を支配するのは、どうすれば俺に話が伝わるのか、その思考のみ。だからこそ、その本気の姿勢を見せられればこそ、これまで言われた事全てがどうしようもなく信じられた。


「メイリン……と言いましたね」


 うつむき加減のウロボロスが、低い声を発した。怒っている。いや、警戒しているのかもしれない。脅威に感じたのだとすれば、ま、まさか危害を加えるつもりじゃないだろうな。この子は駄目だ。滅多にいないぞ、これほどまでに傑出した存在は。


「待て、ウロボロス。いくらお前でも、この子に危害は……」

「ご安心を、我が君」


 ウロボロスはニコリと微笑むと俺の腕からすっと離れて行き、メイリンの前に立った。あぁ、そうかと恥じた。俺はあいつを何だと思っていたのだろう。その横顔はとても凛々しく、戦士そのもの。馬鹿げた事などするはずがないじゃないか。信じて見守ろう。何をするつもりだ、ウロボロス。


「この世界の住人たちにどれ程の価値があるのか、私にはわかりません。いえ、正確には極一部の者を除き、見下してすらいます」

「あなた方ほどの強者ならば、それも仕方のないことかと」

「いいえ、私は心の醜さについて嘆いています。弱者を攻撃し、自分にのみ都合良く生きる……そんな悪鬼供を嫌悪しているのです」

「否定はできませんね。私に言い返せることがあるとすれば、そんな世界を変えられればと、常日頃思っています……とだけ」

「貴女の思いは確かに伝わりました。貴女が、今の貴女の心を失わない限り、私もまた、今日という日を決して忘れないと誓いましょう」


 そうか。境遇を顧みれば、この世全てを恨んでも仕方ないはずのお前が、そんなことを言ってくれるようになったか。くそ、目頭が熱くなってきた。変わったな。変わったよ、ウロボロスは。とても良い方向に傾いている。


「ありがとうございます。それだけで……今の私には過ぎた幸せです」


 これだけのことをしておいて、なんて謙虚な姿勢なんだ。紅竜同盟か。こんな子もいるんだ。きっと、ナディアを初めとする多くの志は立派なんだろう。もっと話がしたい。そう思えた。まんまとメグの思惑にはまったかもしれないが、まぁ、わかり合えるきっかけになるならそれで良い。

 だが問題はローレンの方だ。あんな奴もいる以上、事を構えるかもしれない。もしもそうなった時、できるのか、俺に。そしてウロボロスたちに。そんな不安を抱きながら、神輿の運行を眺めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ