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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第2章 暁の竜神
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第4話「竜神祭 前編」

 なぜか待ち合わせ場所はテラスになってしまった。まぁ、テラスなんていっても椅子とテーブルが適当に並べてあるだけで、そんなオシャレな感じではないんだが。とりあえずオラクル・ラビリンスの外側の空きスペースに作りました、という具合の場所である。

 ところで突然だが、喧嘩は外で。そんな格言を皆に送りたい。詳細はトラウマになりそうなので省くが第二次大戦が起こった。せっかく直した壁がまたしても木っ端微塵である。もうこの拠点のライフはゼロよ、とウロボロスに泣き付いて終戦したのだ。要はそれくらいボロボロになっている。本当なら修繕してから出たいところだが、そうも言っていられない。今日は約束の日。間もなく竜神祭にお呼ばれした時間になろうとしていたのだ。


「ふふ、我が君の隣は誰にも渡しません」


 そうそう、第二次大戦のおおよその内容だが、このご満悦のウロボロスさんを見てくれれば大体の人はその原因も過程も察してくれるだろう。初めての祭りで誰が俺の隣にいるか。そんな些細なテーマで開かれた会議は、おっと、これ以上はいけない。血で血を洗う議論なんて思い出したくもない。大切なのは今。折角だ。祭りモード全開のウロボロスさんに話を聞いてみるか。


「ところで……それは何だ?」


 それ、とはウロボロスの着ている浴衣だった。紫色の生地に朱色の蝶があちこちに刺繍されている。帯は赤いしっかりとした生地のもの。髪を後ろで結い上げ、赤と黄色の花の髪止めがよく似合っていた。

 まぁ確かにね、祭りと聞けば自然と楽しい方を期待するだろう。俺だってそう思いたいよ。でもさ、忘れちゃいけない。実際はどうあれ行き先は敵地。しかもひょっとすると厳粛な雰囲気かもしれないというのに。


「浴衣で御座います。祭りというものは、こういった服を着るのではないのですか?」

「まぁ、間違いじゃあ無い……こともないか」


 ただ、似合っているのは本当に間違いない。思わず目を反らしちゃう程に可愛い。これを脱げとは言いたくないし、仮に言えたとしても、肝心な部分を端折られて裸で押し倒される危険もある。そうだ、危険だ。それに、いくら敵地だからって祭りに全身武装で行く奴がどこにいるものか。だからこれは正装。潜入捜査と思えばむしろ正しい。


「どうですか、我が君。変じゃないですか?」

「あ……うん、可愛いと思うよ」

「可愛い……! あ、あの、もう一度、もう一度お願いします!」

「か、可愛いと……思う」


 ウロボロスは満面の笑みを浮かべて涙を流しもした。そんなに嬉しいか。今回ばかりは恥ずかしいながらもきちんと可愛いと伝えて良かったと、心から思えた。

 何ともいえない感じでウロボロスが落ち着くのを待っていると、後ろからカルマの声がする。振り返ってみたら、余りの光景に目玉が飛び出るかと思った。


「何を惚けておるのじゃ、祭りの正装はこっちじゃろうて」


 カルマの恰好は異様だ。体のラインが隠れるモコモコしたつなぎを着ている。真っ黒なツルツルの生地に白と青の雷が走る柄が入っており、あれはどう見てもスキーウェアだ。もう一度言おう、スキーウェアだ。ご丁寧に黒と青のしましま模様のニット帽にゴーグル、両手には厚手の手袋と、スキーやスノーボードをするなら正しい装備までしている。

 何かの冗談。そう信じて、ドッキリ成功とでも言われるのを待っていると、カルマが心底不思議そうな顔をして小首を傾げる。


「む、どうしたのじゃ、魔王様。ワシの衣装にどこか変なところがあるかのう?」

「え、えーと……その……可愛いのは……可愛いんだけど……」

「どこか問題があるかのう?」


 いやいや、俺のことが好き過ぎて頭のネジが外れていそうなウロボロスでさえ正装をしているというのに、カルマがそれはないでしょ。ない、でしょ。嘘でしょ。嘘やん。その顔はマジらしいな。

 問題、問題か。色々あるけど、とりあえずひとつ挙げるとすれば今が夏だということくらいか。冬に見たらね、もうね、自我を失いそうなくらいには可愛いよ。駆け寄って抱き付いてほっぺスリスリしたくなると思う。こんな可愛い子とゲレンデでラブストーリーを繰り広げるとか、もうね、死ね。リア充爆発しろ。でもさぁ、夏。夏なんだよなぁ。待てよ、夏という一点にのみ目を瞑れば万事解決じゃないのか。そうだ、そういうことにしておこう。


「いや、やっぱり可愛い! 最高だぜ、カルマ!」

「うむ、そうか。魔王様のお墨付きとあらば、これが正解じゃのう」


 正解では絶対にないんだけど、まぁ、そこをごちゃごちゃ言っても誰も得なんてしない。それにイケメンに聞いた話によると、お洒落のためなら暑さ、寒さは二の次らしい。実際、都会の女の子というものは冬なのにヘソ出しファッション、ミニスカも身に着けると、とある文献で読んだことがある。今回はその逆。つまり夏に厚着をして何が悪い。だから正解。まごうことなき正解。ノーと言う輩はいないだろう。脱いでしまうぞ、カルマが。う、ヤバイ。それを想像したらヤバイ。とりあえずアザレアの裸でもイメージして仕切り直すか。

 それはそうと、これを面白くないと思う奴がいる。ウロボロスさんだ。頬を膨らませ、目を可愛らしく釣り上げて、俺の腕を取ってカルマに宣戦を布告する。


「私だって可愛いと言われたんです。隣は渡しませんよ?」

「わかっておるわ。折角の衣装を消し炭にされたくはない」


 可愛らしく言っているが、つい1時間前のトラウマを教訓とよう。命が惜しくば敵対心なんて抱いてはならない。それにあのスキーウェアは高そうだ。一式揃えるだけで、そうだな、リアルだと10万は軽くかかるだろうな。ドミニオンズ価格でも当然高いだろう。ほら、心なしか衣装を守るように身を抱くカルマの顔色も悪い。


「しかし……まぁ、あれじゃのう」


 そう思ったけど、顔色に関してはまた別の理由があるらしい。カルマは額に大粒の汗を浮かべてふらふらと揺れ始める。この炎天下でその厚手の装備は自殺行為で、暑さに耐え切れなくなったのだろう。遂に日傘を差すと、ケルベロスの首輪に柄を挿してパラソルのようにし、日除けとした。そして扇子を取り出し、首元を少しはだけて扇ぎ出す。季節感がごちゃ混ぜだ。


「少々暑くてのう。日傘の使用を認めて欲しいのじゃ」

「あぁ……まぁ、そうだよね。暑いなら無理にとは……」


 倒れられても困るから、駄目なら着替えてしまっても構わない。そう言おうとした時、声高らかに待ったがかかる。


「お洒落とは暑さ寒さとの戦いでもある! 負けるな、カルマよ! 僕も戦おう!」


 颯爽と現れたのはアザレアだ。自分の肉体を誇示するように、ボディビルダーみたいなポーズを代わる代わる取っている。目のやり場に困る状態だ。妙に裸の面積が多い。端的に言うと海パンしかはいていない。

 あれはもう、何なんだろう。当り前だが、ここにもきっと行き先にも海やプールもなければ、川や湖もない。水溜まりすらない。それなのに、見ろ、あの姿を。猥褻物陳列罪で捕まってくれないかな。


「あぁ、合法的に僕の美しい体を魔王様に見て頂けるなんて……! 祭りとは神が与えしまたとない機会なのですね!」


 百歩譲ればさ、まぁ、水泳大会があるだろう。時と場所、事と次第によっては、それが体育祭に組み込まれる可能性も無くも無い。祭りと名の付いたものに入っている可能性がある以上全く理解できない訳でもないが、それが通用するのは女子のみ。


「お前は服を着ろ、今すぐにだ」

「おや、この色合いがお気に召しませんでしたか? では、赤いパンツに……」


 何を思ったのか、アザレアは最後の砦にためらいなく手をかける。そしてすっと下ろそうとまでした。脊髄反射的な速さで間髪入れずに静止させる。


「ここで着替えようとするな! 見えるだろ!?」

「何を仰いますか。僕としては生まれたままの姿を……」

「却下! いつも通りの服になれ! いいな、見えない所で着替えろ!」


 危うく男のヌードを見るはめになるところだった。ウロボロスやカルマの水着姿なら見たかったけど、男のはなぁ。

 そう考えると悪いことをした気分になってしまう。ここで2人が水着で出て来たのならここまで言う必要なんて無かった。なんて、そんな馬鹿な話があってたまるか。俺も暑さにやられて頭がどうにかしたとでも言うのか。

 癒そう。それには目の保養だ。一瞬迷って、ウロボロスにちらりと目を向けると、こちらをガン見していたようでバッチリ目が合う。


「何でしょうか、我が君?」


 声が弾んでいる。妙に嬉しそうだ。言っておくが俺は何も言っていない。ポロっと呟いてすらいないはず。だからこそ思い出す。ウロボロスの前で邪な考えは禁止だったと。

 危なかった。ここでカルマを見ていたら第三次大戦が勃発していたかもしれない。そうなってはもう祭りどころではなくなってしまう。今日は特にウロボロスさんのことを第一に考えて行動しよう。


「魔王様ー!」


 決意を新たに、いざ竜神祭へ。そう思った時だった。元気よく手を振りながらフェンリスが駆け寄って来る。余程楽しい気持ちなのだろう。ご機嫌な犬のように金色の尻尾をブンブン振っている。尻尾に目がいったが、そんなことより、その服装は体操服だった。健康的な生腕と足がばっちり見えてしまうブルマ姿である。その胸元には「ふぇんりす」と書かれた布製のネームが縫い込まれており、芸が細かく本格的だった。


「えへへー、どうですか、魔王様!」

「可愛い! グッジョブ!」


 なで回したい。とりあえず頭から順番に。おっと、いけない。理性が明後日の方向へ飛んでしまっていたようだ。堪えろ、越えてはいけない一線をまたいではいけない。それに忘れるな。俺の思考はウロボロスさんに読み取られてしまうということを。


「魔王様、必ず一番を取るので、見ていてくださいね!」

「あぁ、お前がナンバーワンだ!」


 いやぁ、いいものを見た。満足、満足と思っていたら、心なしか、腕に尋常じゃない圧力がかかった気がした。あ、と思い出す。フェンリスが余りにも天使過ぎて、命に関わる大切なことでもまるっと抜けてしまうなぁ。なんて冷静に分析している場合か。今は現実を見なくては。

 恐る恐る隣へ目を向けると、ウロボロスさんが妙に強く腕組みをしている。その顔は微笑んでいるのに目は笑っていない。心なしか頬の辺りがピクピクしているような気もする。


「我が君……? 今日は私とデートだと決まったはずですが……?」

「あー……ごめん、そうだったかな」


 確か、そんな誓約書もとい終戦協定を結んだ気がしてきた。不思議なことに、これから敵情視察だというのに、デートがメインみたいな条文だったと思い出す。


「そうです! 今日は私だけを見てくれないと嫌ですからね!」


 おいおい、ウロボロスさん、それは殺人的だよ。浴衣姿、更に涙目で、すねたように言われては一発ノックアウトさ。耳まで熱くなったのを感じながら、悟られないようにそっぽを向くような感じで顔を背けておく。


「ぜ……善処する。そ、それよりもムラクモはどうした?」


 こういう時にブレーキ役となってくれるのがムラクモだ。その名を出すだけで、見ろ、こんなにも流れが切り替わってしまう。ウロボロスも、心なしか頭が冷えてくれたように見えなくもない。この隙に本当に登場してくれれば文句なしで完璧なんだが、どういう訳か、今日ばかりはどこにも見当たらない。


「ムラクモは志願してお留守番です。念のため、オラクル・ラビリンスの守護をして貰います」


 来ないパターンでしたか。それは損な役回りを。そういうのは召喚モンスターやゴーレムに任せておけばいいのに。頼むから、もっと損な役から逃げないで欲しかった。誰がブレーキ踏めるの、この状況。


「そ、それは仕方ないとして。そろそろ出かけようかなー……と思うんだけど」


 改めて見ると、三者三様とはこのことで、大変に個性的なファッションである。季節感はバラバラ、各々の目的に至っては1ミリたりとも合っていない。

 これは偏見かもしれないが、祭りは色々と大切なネジやらストッパーやらを外して楽しむものだろう。でも、そんな濁った眼を通して見てもなお、これはエキサイティングし過ぎて狂気の域だと思う。


「何か問題が御座いますか、我が君?」


 もっとも、存在自体が痛々しい俺みたいなのもいる。今まであえて考えないようにしていたけどさ、魔王とか名乗っちゃって、はっきり言って痛い。急に恥ずかしくなってきた。だからまぁ、今更変な目で見られるのが何だ。仮装してきたと言い張って無理にでも押し通してみせよう。


「いや、行くぞ。これも思い出になるだろうからさ」


 そう思い出。こんなに可愛くドレスアップしてくれたんだ。スクショ、あ、そんな機能は無いか。じゃあ俺の脳みそにでもいいから、一生消えないように焼き付けたい。


「畏まりました。では指定座標へ転移致します」


 行き着いた先は、草木の一切無い石だらけ土地だった。聞いた話によると、砂漠とはこういった石や岩だらけの所もあるという。それに似たようなものだろう。遠くには大きな山々が連なり、山頂からはマグマが噴き出していた。砂漠ではなく火山地帯というやつなのだろうか。

 直射日光と火山からの物凄い熱気で、一瞬で汗が噴き出す。各々、暑そうに襟元をはだけたり、手で仰いだりしていた。


「こんな暑いところで神輿かぁ……」

「さぞ燃え上がるでしょうね、我が君」


 そんな中、強気なウロボロスさんは腕を組んだままである。ドラゴンメイドという種族の特性上、暑さに耐性があるんだろう。皆ほどの汗はかいていない。

 一方で俺は暑さで滅してしまいそうだ。頭がボーっとして意識が飛びそうである。こりゃ、熱中症で倒れる奴がいても不思議じゃないぞ。特に最も懸念すべきは俺の後ろの人か。


「か……カルマは大丈夫なのか?」


 この過酷な環境でまだ頑なにスキーウェアとか、どの頭のネジが外れれば、そんな凶行に及べるのかと突っ込みたい。明らかな自殺行為。そう思ったのだが、どういう訳か当の本人は汗ひとつかかずに涼しい顔をしている。日傘と扇子ってそんなに万能だったか。試しに風下に立って当たってみると、うん、熱風が来るだけだ。

 そんな俺の行動を不思議に思ったのだろう。カルマが小首を傾げる。


「……む、どうされたのじゃ、魔王様?」

「いや、その……暑くないのかなーって」


 余りの暑さに気でも触れたか。そうでなくては、この状況、この状態で汗ひとつかかないなんてあり得ない。さっきはほとんど大丈夫と言ったが、流石のウロボロスだって額からじわりと汗が滲んでいるというのに。

 と、霞む視界でそれに気付いた。何だこれ。カルマの足下に魔法陣が展開されている。


「環境適応の魔法を使ったのじゃ。このまま砂漠、水着で冬山も何のそのじゃ」

「そ……そういえばそんな魔法もあったな」


 思い出した。別に欲しくて習得した訳ではない。目的のスキルはその先にあって、そのスキルツリーの道中で仕方なく取った気がする。もっともドミニオンズでは使う機会がほとんどなかった。過酷な環境なんて不評で実装時以外はほとんど追加されず、お陰ですっかり忘れていた。

 さっさと使ってみると、うん、涼しい。なんて快適な場所なんだ。このままマグマにダイブできそうなくらいだ。


「素晴らしい。カルマ、ありがとうな」


 ただ、暑さ寒さを無視するのは情緒が無い気もしないではない。でもね、考えてみて欲しい。仮にカルマなんかがあのまま彷徨ったら情緒以前に死んじゃうから。これは趣の放棄ではない。極めて切実な生存本能だ。それにさ、夏にエアコン、冬にストーブをフル稼働させていた俺にはそもそも関係ない話である。


「そうだ、ついでにウロボロスとフェンリスにも……」


 それはそうと、こんなに快適なんだ。皆にも、と振り返って、ウロボロスを見て体中に電流が走る。浴衣美人がほんのりと汗をかいていた。どれだけ美しいかわかるだろうか。この妖艶な大人の魅力がわかるだろうか。少なくとも俺は、心臓が飛び散った気がした。あっ、と思い手を胸に当てる。良かった、まだある。


「如何されましたか、我が君?」

「あー……その、えっと」


 咄嗟に目を反らすと今度はフェンリスと目が合った。同じく額に汗を浮かべてほんのりと上気した顔でありながら、楽しそうに笑顔を浮かべていた。健康的。絵に描いたような元気な子。可愛い天使である。


「魔王様、あっちが凄く賑わっていますよ! 早く行きましょう!」


 暑さにも負けず元気一杯の様子で、今すぐ駆け出したいのを我慢しているようだ。この感情は父性だろう。やましくない。そのはず。そのはずなのに、ウロボロスとはまた違うほんのりと背徳的な感情を抱いてしまう。全国のお父さんは正常です、ごめんなさい。じゃなくて何を考えているんだ、俺は。


「僕も暑いですが、ご覧ください、この艶やかな肉体を……!」


 今だけはありがとう。お陰で冷静になれたよ、アザレア。でも悪いな。きっともう時間が差し迫っている。何より、俺の精神がもう無理と声を大にして叫んでいる。諸々の理由でそろそろ行かねばなるまい。


「よし、早速出発だ!」


 ちょっと遠くに見えた街へ一直線に歩き出すこと約10分。入り口からお祭り一色になっていた。暗赤色の煉瓦で作られた入り口のゲートや家々は風船や色紙で飾り付けられている。メインストリートには屋台が並び、たくさんの竜人たちで賑わっていた。ザ・祭りと言える状況である。事実、辺りを見渡せばウロボロスと同じように浴衣姿の竜人たちがちらほら歩いていた。


「魔王様! あっちにゲームができるお店がありますよ!」


 完全に祭りを楽しむ気だな、フェンリスは。これは紅竜同盟の力を把握するための潜入調査なのに。なんて、もはや俺ですら、どの口が言うのか状態だ。むしろ歓迎。歓喜。厳粛な儀式的などではなく思い切り盛り上がっても良さそうだから。


「魔王様! 早く行きましょう!」

「フェンリス、余り我が君を困らせてはなりません」


 貴女も大概ですけどね。今だって妙に密着し過ぎな腕組みをしているし、事あるごとに冷や汗が出るくらい痛くされるし、たまに折れるし。ただ、今回ばかりはメリットもある。傍から見ればリア充爆発しろ状態なんだろう。ほら、道行く竜人の男たちが俺を睨んでいる。今だけは悪い気がしないのだから、思う存分この状況ごと楽しませて貰おう。


「まぁ、いいか。折角の祭りだ。まずは遊んで、それから腹ごしらえって感じで」

「やった! まずはここなんてどうですか!?」


 フェンリスが見付けた屋台は射的の店だった。赤い布が敷かれた段々になっている棚に、大小様々な人形やお菓子、おもちゃが並んでいる。他の客を見た感じ、景品そのものを落としたら貰えるシステムらしい。

 この手の店は悪徳商売している所もあるが、小さい箱菓子やらおもちゃやらはポロポロ落ちているようだ。特別大きい景品は極めて難しいだろうが欲を張らなければ十分楽しめそうである。


「へぇ、見たことの無いアイテムが並んでいるねぇ。魔王様、僕もやっていいですか?」

「あぁ、別にいいぞ」


 アザレアが興味を示すとは。少し驚いたが、よく考えれば当然か。多彩なアイテムの錬成のため、値段や価値など関係なく、未知のアイテムには目が無いのだろう。今まで見たことがないほどに目を輝かせている。

 今回ばかりは応援しちゃおうかな。更に効果的なアイテムを作る助けになるなら万々歳だし、方向性は全く違うが、俺もこういうちゃちなおもちゃには心惹かれているのだ。水鉄砲とかベーゴマとか少し欲しいもん。もし色々取れたら後で見せて貰おう。


「おじさん、2人分をお願いします」


 お金を出すと、竜人のおじさんはギロリとこちらを睨む。一瞬で好感が持てない店になった。でもあれ、と、チラリと隣のウロボロスを見る。何ともないようだ。事あるごとに俺を守ろうと躍起になるのに黙っている。つまり俺に敵意や悪意は向いていないらしい。じゃあこのおじさんはただ人相が悪いだけのようだ。


「はいよ。念のため言っておくが、魔法は禁止だからね?」


 とても低いやや枯れた声である。鋭い目付きも相まってただただ恐ろしい。恐ろしいが口調は穏やかだ。根は優しいのかもしれない。うーん、人を外見で判断しちゃいけないな。


「わ……わかっています。ほら、フェンリス、それにアザレア」


 何はともあれ、快くやらせてくれるらしい。2人に火縄銃のような玩具の銃と、コルクの弾をそれぞれ5発ずつ渡す。


「ありがとうございます!」

「頂きます、魔王様」


 フェンリスはまるでそれら自体が景品かのように大切そうに胸に抱えた。うむ、やっぱり天使だ。頼まれれば何でもしてあげたくなってしまう。

 一方でアザレアもまた目を輝かせている。いるのだが、やや不穏な空気だ。接合部や弾を発射する機構なんかをまじまじと観察している。放っておいたら解体してしまいそうな勢いだ。錬金術師の性なのだろうが、バラされたらたまらない。


「ふむ、文献で見たものと比較すると、これはオードソックスなタイプか。銃身がやや右に傾いている……なるほど、これを加味した微調整が必要か」

「あのさ、バラさないでくれよ?」

「わかっておりますとも、魔王様」


 本当に大丈夫だろうか。その目はやると言って聞かない感じもするけど。

 パスンという音がする。見ると、フェンリスが少しだけ残念そうにしていた。待ちきれなかったのだろう。第一射が済んだようだが、何もゲットできなかったらしい。


「当たったのに落ちませんよ、我が君!」


 なぜか見ていただけのウロボロスの方がずっと悔しそうにして、俺の腕を揺すってくる。聞けば、狙いはどうやら両手に抱えないと持てないくらい大きな犬のぬいぐるみらしい。つぶらな瞳をしていて、口の端から少し出ている舌がキュートだ。ただその見た目とは裏腹にボス的な存在なのだろう。棚の一番の上の中央に鎮座していて、あれひとつだけが飛び抜けて大きい。


「なぜなのですか! 真ん中に当たったのに落ちないなんて、こんなことあるんですか!?」

「ほら、当たり所ってあるだろ? 重心とかでも変わるし」

「な、なるほど、流石は我が君です。では、どこを狙えば良かったのですか?」


 どこ、と言われてもなぁ。念のためもう一度見てみるが、やはり景品の中で一番大きい。いかにぬいぐるみでも相応の重さがあるだろう。射的の弾じゃまずビクともしないんじゃないか。実際、一発は当たったらしいのだが、ビシッと真っすぐ前を向いたままだし。つまるところ、その、あれに限っては取れない景品じゃないかな。なんて、こんなところじゃ言えないし、でもウロボロスは引かなそうだし。どうしたものかと悩んでいると、ずっと黙って目標を見据えていたフェンリスが口を開いた。


「大丈夫ですよ、魔王様。あと10発追加で頂けませんか?」


 こんな目に見えたボッタクリ商売にそんな大金を、と思ったけど、そんなに欲しいなら後には引けないよな。その気持ち、ガチャゲーで何度も泣いた俺には何となくわかる。これも社会勉強。とことん付き合わせて貰おう。


「おじさん、弾の追加をお願いします」

「あいよ、頑張りな」


 複雑そうな顔で弾を渡される。くそ、鴨と思われつつ心配までされたってところか。わかっている。これが無謀だってことくらい。温かく見守ってくれ、おじさん。これはフェンリスの勉強代だ。

 でも、無謀とわかりつつも挑むのなら全力を出し切って貰いたい。どうすればあれを落とせるか真剣に考えてみる。可能性があるとすれば、少しずつ後方へ動かしていって、最後に頭の方を狙い撃ってバランスを崩して落とす。これしかあるまい。もっとも、その動かすところが難しい。狙いどころを間違えれば棚の上で倒れてしまう。あの大きさだ。横になったらもう落とせない。バランスを保ちながら後ろへ押し込むなら、やはり足元を狙うしかないか。


「フェンリス、あれは少しずつ動かすしか……」

「一発で落ちないなら、こうするしかありません!」


何をしようというのか、フェンリスは合計14発の弾を縦に積んで、顔の高さのところまで持ち上げる。そしてニヤリと笑うと、弾から手を離した。


「スキル、雷速豪拳――!」


 弾の装填、射撃、そしてまた装填。これを光の速さでこなす。どういう原理か知らないが、撃鉄を初めとする発射機構がその速度に付いて行っていて、目の前で起きた事をそのまま説明すれば、それはもう単発式の銃ではない。散弾銃だ。

 合計で14発の散弾を一度に浴びせられたぬいぐるみは綺麗に後ろへ吹き飛び、壁に叩き付けられ、ずるりと床へ落下した。


「やったー! 落ちましたよ、魔王様!」

「流石はフェンリスです! やはり、オラクル・ナイツに不可能はありませんね、我が君!」


 2人が心底嬉しそうにハイタッチするのを見ながら、俺とおじさんは同じ事を言ってしまった。


「な……何だ、そりゃ」


 確かに、スキルは魔法じゃない。別に弾や銃、景品に細工をした訳でもない。ある意味で正攻法、しかし反則的な力押し。認められるのか、これは。身内ながらこれはない。あっちゃいけない。でも、最終的に決めるのは店主のおじさんだ。怒声罵声を浴びせられるのを覚悟して、恐る恐る聞いてみる。


「あのー……どうなりますか?」


 そろり、とおじさんの視線が壁に向く。温度計のような手のひらサイズの計測器がかけられていた。その針はスピードメーターのようになっており、今は0を指し示している。


「ま……魔法関知センサーは……動いていないか。インチキにしか見えないが……ルール違反はしていない……も、持っていってくれ!」


 あれは渡す予定の無い展示品のような、例えば店に飾られた木やポスター的な物じゃないのか。それでもいいんだ。ちゃんと商売してくれるんだ。そりゃあさ、ルール違反はしていないのだから獲得した事にはなっただろう。でも、明らかにこれはモラル的な大切な何かに反している気がしてならない。心苦しい気持ちでいっぱいだ。


「え……で、でも」

「いいんだ、持って行け!」


 おじさんの謎の熱意に負けて、差し出されるままに受け取っちゃったけど、滅茶苦茶気まずいんですけど、この状況。ほら、竜人たちが集まってきてヒソヒソ話し始めたぞ。


「今の魔法じゃないの……?」

「でもブザーは鳴らなかったよな」

「じゃあ、あれが人間技?」


 落ち着きたまえ、諸君。光の速さで手を動かせる子どもがいてたまりますか。正解はスキルです。魔法じゃないけど立派な反則だと俺ですら思います。

 そうだ、やっぱりこれは返そう。このまま受け取ったら気分が悪い。フェンリスにはこういう屋台では魔法、スキルの類の使用を控えるよう注意しなければ。


「魔王様、ください!」


 決意を固めたのだが、フェンリスが両手を広げて屈託の無い笑顔で待っているのが見えた。駄目だ。これはいくら何でも駄目。大人として、魔王として、きちんと教えなくちゃと言いたかった。でも気が付くと、自然と手渡し終えていた。可愛過ぎ。抗えない。はっと我に返って、待ったをかけようとしたが、ぬいぐるみは大切そうに抱き締められている。


「ありがとうございます、魔王様!」


 その様子は可愛らしくて、やっぱり天使にしか見えなかった。ここからどうする。まさか取り上げるのか、今のフェンリスから。おもちゃを貰って嬉しそうにする天使ちゃんから引ったくれるか。無理ゲー。観衆よ、そしておじさんよ、許してくれ。意思の弱い俺が全ての元凶だ。


「なぁ、兄ちゃん」


 肩を叩かれる。罵られるのかとドキドキしながら振り返ると、おじさんはなぜか目に涙を浮かべていた。そんなに悲しいのか。まさか、あの犬のぬいぐるみには相当な思い入れでもあったのか。と、あらぬ妄想を膨らませていると、おじさんは赤くなった鼻を擦りながら頭を下げてきた。


「俺はさ、店を畳むよ。あんな良い子に……俺ぁ……なんて酷い商売をしていたんだろうな……」


 いや、貴方は大変に良い商売をしていたと思うよ。ほら、周りを見て。粗悪とはいえ笛やストラップ、おもちゃの指輪なんかをゲットして嬉しそうにする子、ひとかけらのお菓子を親と半分こしている子、何も取れなくても貰える飴を口の中で転がしている子、様々いる。得られた景品にかなりの差があるものの、それでも間違いなく射的を楽しめていたはずだ。絶対に落とせない景品ばかりを並べる悪徳な店ではないという証じゃないか。今回悪いのは全面的にこっち。俺たちなんだよ。だから頼むよ、そんな悲しそうな顔で、そんな寂しい事を言わないでくれ。

 でも、これを何て言葉にしたらいいんだろう。いたたまれなくて、うまく文章にできない。このままではおじさんが本当に店を閉めてしまうというのに。

 その時だった。フェンリスがすっと俺たちの間に割って入って来る。そしておじさんの手を握ると、笑顔でこう言った。


「おじさん、また遊ばせてくださいっ!」

「また……と? お嬢ちゃん、また遊びたいって、そう言ってくれるのかい?」

「はい、是非っ!」

「そうか、そうか……そう言ってくれるのか。お嬢ちゃんにそう言われたんじゃあ、まだまだ辞められないな」


 おじさんは両の手でしっかりとフェンリスの手を包み込み、何度か上下に振って、熱く握手を交わす。思い直してくれてくれたらしい。良かった。今時こんな良心的な店はそうそう無い。まぁ、元の薄汚れた世界に毒され過ぎていて、本当はどこもこんな感じなのかもしれないけどさ。それでも、このおじさんは心からいい人なんだとわかる。だからこそ良かった。

 これでもかと手を振り合いながら和やかに射的屋を後にした。アザレアを忘れて行ったことに気付いたのは、それからしばらくしてからである。

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