第3話「紅竜同盟の使者」
延々と待たされ続け、遂に10杯目の紅茶を出された紅竜同盟の使者たちは苛立っていた。組んだ足を貧乏揺すりしたり、ソファの肘かけを指でトントン叩いたりしていた。さっきまでは。今は気が気でないのだろう。その顔からは血の気が完全に引けてしまっている。というのも、ここは空に浮かぶ城である。それなのに椅子から転げ落ちる程の揺れが何度も起こったからだ。初めは地震かと思ったようだが、いや待てと。空中で地震が起こるものかと。ならば、この揺れは。よもや機関部に何かトラブルでも生じたのではあるまいな、と思い至ったのである。そうは言っても確認する方法などなく、仕方なく椅子やテーブルにしがみつくこと約2時間。ようやく揺れが収まり、使者の1人が暢気に欠伸をしているメイドに詰め寄る。
彼の名はローレン。小太りながらもその実力は先代の竜神の頃からの御墨付きの人物である。そんな彼は怒りを全く隠そうとせず、掴みかからんとする勢いであった。
「お、おい……! 本当に、いつになったらお前らの主は出て来るんだ!?」
「んー……わっかりませーん」
能天気な返事をしたのはメイドの葉月だ。会議が終わるまで給仕を任された、盾持ち3人衆の1人である。ただしやる気は皆無。先程の揺れについても「あー、大丈夫ですぅ」の一言だけ。何をどう言われようともどこ吹く風だった。
少し脱線するが、大体にして紅茶の入れ方もなっていない。淹れ方ではない。入れ方だ。量はマチマチ、滴を垂らしても知らん顔。更にそんな適当な対応の後には、椅子の背もたれを前にしてドカッと座り、くるくると緑色の前髪を弄りながら大きな欠伸を繰り返している始末だった。
「栄えある紅竜同盟が話をしてやるというのに! その態度はなんだ!?」
額に青筋を立てて唾を飛ばしながらローレンは抗議する。
しかし、ここまで何が起こっても一切動揺しなかった葉月だ。こんな怒声ごとき屁でもない。やや上目遣いでチラリと一べつすると盛大な溜め息を吐く。
「そうカッカすると血管がバーンっていきますよ? 痛いですよ?」
「その時は死んでいる! じゃなくて他に言うべきことがあるだろう!?」
葉月は主に命じられたから仕方なく給仕をしていただけで、別にもてなそうとか、愛想よくしようとか、そういう気持ちは一切ない。なんで来たんだよ。早く帰ってくれないかな。そんな風に、念仏のように心の中で唱え続けてさえいる。それでも彼女なりに頑張ったのだが、この言われようでは堪忍袋の緒が遂に切れてしまう。
「……もう面倒です。文月ー! 代わってくださーい!」
「め、面倒……!? 言うに事欠いて面倒と言ったな!?」
思い立ったらもう使者は客ですらない。邪魔な障害物かそれ以下だ。葉月は激昂するローレンを押し退けて、気怠そうにやや前傾姿勢になりながら部屋から出て行ってしまう。
さて、こんな最悪なタイミングで入ってきたメイドは文月だった。見た目は葉月と瓜二つだが性格は全く違う。緊張しやすく人見知りという接客には向かないタイプだった。それなのに相手は最悪。見るからに怒っている客人を前にしては、寒さに震える子犬のようにガチガチだった。両手で持っているお盆までも小刻みに揺れ、その上のカップがカチャカチャ、ジャプジャプと音を立てていた。ロボットのようなギクシャクした動きで使者たちの方へ行くと、やっとの思いでカップをテーブルの上に置く。
「お、お待たせし、しました! アイスティーですっ!」
「それはもういい!」
「は、はいっ! す、すみません!」
これでもう11杯目。いや、そんなことより葉月のずさんな対応もあり、ローレンは声を更に荒げてしまう。室内が揺れる程の怒鳴り声だ。驚いた文月は咄嗟に頭を守ってしゃがみ込んだ。お盆を盾にして頭の上に乗せるのも忘れない。流石は盾持ちである。
さて、盆の上にはアイスコーヒーが乗っていた。まだ1つしかテーブルに置いていない。残りはどこへ行ったのか。答えは宙。盆を失い取り残されたカップは誰にもキャッチされることなく落下。盛大な音を立てて割れて床にぶちまけられてしまう。その音と惨状にまたびっくりして、文月は遂に座り込んでしまった。
「も、もう嫌ですーっ! 助けて、お姉ちゃーん!」
「何でもいいから早く呼べ! お前たちの主を! さぁ、早く!」
「この人恐過ぎですーっ! どうしてこんな目にーっ!」
終いには泣き出し、うずくまって動けなくなってしまう。まさに弱い者いじめ。泣く子を更に怒る大人という図ができてしまい、流石のローレンも毒気を抜かれたのか、振り上げた拳を降ろすしかなかった。後ろの使者たちも困惑してどうしようもできないでいる。
「どうなっているんだ、ここのメイドは。まともな奴はいないのか……」
その時、控えめなノックの音が数度鳴る。それを聞いた文月はすくっと立ち上がると泣きながら走り出す。そして現れたメイドの胸に飛び込み、顔を押し当てた。
「お姉ちゃーん!」
「はいはい、恐かったですね」
次にやって来たのは水無月だ。盾持ち3人衆のリーダーであり、これまた姿は瓜二つだ。しかし、言うまでもないが性格は2人とは全く違う。文月を抱き締めて頭を優しくなでると、部屋から出て行くよう促した。それをしっかりと見送ってから使者たちと対峙するようにして立つ。
「……お前はまともに話ができるんだろうな?」
先の2人に散々弄ばれたローレンは訝しげな目付きをするものの、内心では一番期待をした。雰囲気的には一番マシであるのは一目瞭然で、話の通じそうな相手だからである。もっとも前の2人が酷過ぎたのもあってその補正もあるのだが。
そんな言葉を受けて、水無月は小さく溜め息を吐いて答える。
「私とお話したいんですか? プライベートでしたら全てお断りしています」
「違う! お前たちの主とだ!」
見た目が似ていると中も似るのか。方向性は違えども、またしても話が進みそうにない。こいつも駄目かとローレンは肩を落としかける。
だが、これだけ疲れ果てても戦士としての血はしっかりと呼び覚ます。薄れかけていた警戒心を。これまでのふざけた様子から一変し、氷のような冷たさが徐々に室内を支配していく。その発生源たる水無月は不気味なほど口角を吊り上げて微笑んだ。
「ふふ、まずはお礼を言わねばなりませんね。雑魚の粋がる姿はとても滑稽で、見ていて飽きませんでしたよ」
「どういう……意味だ?」
ローレンは後ろの屈強な使者たちに目配せする。彼らはローレンの護衛であった。
各々、合図を送られずともこの異様な空気を察知していた。既に腰や背中に下げた剣や槍に手をかけ、臨戦態勢を取っている。
「おや、私は感謝の言葉を述べただけ。何か思うところがあるのなら、それはつまり心当たりがあるということでは?」
そんな竜人たちの対応を鼻で笑いながら、水無月は挑発的な返答をする。さして脅威ではないという意味も込めていた。
「ならば、こちらも言い返させて貰おうか。大体、これが使者に対する態度か? それともこれが返事と受け取って良いのか?」
「なんと無礼な。突然やって来たのはそちらではありませんか……と、少々失礼」
水無月は左耳を手で押さえて微動だにしなくなる。その目からは生気が失われ、くすんだ色にさえなった。それから数秒後、目に光が戻ると、誰に対してのものか一度頷いてからローレンたちへ向き直った。
「ご許可を頂きました。そちらの要望通り、本題に入りましょうか」
「本題……まさか、お前が主か?」
「……貴方の目は節穴ですか?」
ローレンたちは一気に戦意を喪失しかけた。感じたのは更に純度を増した純粋な殺意。抜き身のナイフを首元に当てられたような、いや、そんな生易しいものではない。死へと誘う冷たい手で全身をなで回されたような、とにかく、もう殺されたのではないかと錯覚したほどの凶悪な圧力を受けたのだ。
「お……おい、お前たち!」
ただ立っているだけの水無月からはそんなオーラが放たれている。まだ武器を手にしている訳ではない。しかし恐怖に突き動かされたローレンは明確な交戦の意思ありと見なした。
彼の一声で互いに頷き合い、竜人たちは武器を握る手に力を込める。今まさに抜刀しそうな状態だ。一触即発。どちらかが妙な動きでもしようものなら戦場になりかねない。
さて、そんな状況にした張本人は微塵も脅威に思っておらず、クスクスと笑みをこぼす。当り前だ。水無月たちにとって彼らは雑魚。もしも彼らがドミニオンズに出現する敵モンスターだったら、最初のマップの片隅にひっそりと生息しているような相手なのだ。いや、ともすると戦闘に発展しない村人程度かもしれない。そんな奴らが一丁前に戦士っぽく振舞おうと何をしようとお笑い種でしかない。
そんな雑兵など眼中に無い水無月は真の脅威をしっかりと見つめていた。お目当ては、こんな状況でも一切取り乱すことなく佇んでいるあの子。フード付きのコートを頭から被っている小さい竜人であった。あの竜人からボロが出ないものかと、もう少し揺さぶりをかけてみることにする。
「……その名を口にするのも畏れ多い我らの絶対主様と私如きを間違えた罪は、万死に値します。しかしそうですね。粛清する前にこの湧いた興味を片付けておきましょうか。他の皆様が武器に手を伸ばしたというのに、貴女は随分と余裕ですね?」
「私は非戦闘員ですから……」
女の子の声だった。明らかに幼い声。ただ、そんな若さとは裏腹に震えている様子はない。むしろ凛々しくも聞こえる。
一方、ローレンたちは無様に震えている。さぞ腕には自信があるのだろうに、いや、覚えがあるからこそ敵わない相手だと本能が悟っているのだろう。
でもこの子は違う。全く動じていない。それは無知故の鈍感な態度ではない。もっとその先を見据えた堂々とした姿であった。
「先頭で威張り腐っていたので貴方が使節団のリーダーだと思いましたよ、ミスター・ローレン」
「お……俺のことを知っているのか!? それでそんな態度を取るなど……!」
知っているというレベルではない。水無月はローレンの素性もステータスも、なんなら生い立ちから趣味嗜好まで全てを把握している。当然、ここでの立場も知っていた。だからこそここまで強気の態度で挑発できるのである。
「勘違いなさらぬように。ここにいる全員、ものの数秒で片付けられることをお忘れなきよう」
「は……はっ! 俺を知っている割に大した自信だな!? 紅蓮飛竜隊の隊長に向かって……!」
一触即発の状況の中、竜人の女の子はどこまでも冷静だった。怯える様子は終始全くなく、じっと水無月の様子を観察していた。すると突然、ふっと諦めたように小さく溜め息を吐く。そしてローレンに対し、あくまでもお願いという姿勢で言葉を発した。
「落ち着いてください、ローレンさん。残念ながらその方の言うことは本当でしょう」
「止めるな、メグ!」
言葉は届かなかった。怒りに加えて死を予感する恐怖に支配されたローレンはとうとう剣を抜いてしまう。他の使者たちも同様だ。鏡のように磨きこまれた両手剣や槍を構える。
水無月もまたやれやれと剣と盾を取り出す。剣はタルワール。大きく曲がった細身の片刃刀だ。よく手入れされており、光に照らされて木目のように綺麗な波紋がうっすらと浮かび上がる。盾は逆三角形をした身の丈ほどある壁盾だ。その外面には悪魔のような文様が刻み込まれており、その目の部分だけが赤い光を帯びて鈍く光っている。
「あら、私と剣で会話すると? ふふ、正気ですか? その震え様、既に死を悟っているようですが?」
「い……良い度胸だ、このメイド風情がっ!」
水無月の剣と盾は一級品だ。ローレンたちのちゃちな武器など比べものにならない。そんな絶対不変の事実を教授するため、今まさに互いの剣が交錯しようとした。
その時。剣が交わってしまう前に俺は客室にたどり着いた。扉を思い切り開け放って転がり込むように飛び込む。ギリギリセーフ。俺に気付いた水無月は剣と盾をアイテム・ストレージに戻しながら身を引き、ローレンの振り下ろす一刀を鼻先で避けるに留めてくれた。
滑り込んで正解だった。一言で言うならヤバい。殺し合いが、あ、いや。たぶん一方的な虐殺が起きてしまいかねなかった。まさに間一髪。最悪の事態は免れたと信じたい。
「あら、魔王様。このようなお見苦しいところを見られるとは恥ずかしいです」
「魔王? するとお前が……!」
間に合いはしたけど色々と手遅れな気もする。こんな怒りで剣まで抜いた相手と何をどう話せばいいんだよ。ほら、鼻息が荒くて顔は真っ赤じゃないか。俺にも同じように斬りかかってきそうな勢いだぞ。
困り果てて諸悪の根元である水無月を見ると、なぜか既にドアに手をかけている。どうやら帰ろうとしているようだ。
「私はこれで失礼……と言いたいところですが、どうしてもお伝えしなければならないことがあります」
そうだろう。弁解なり、謝罪なり、言うべきことはたくさんあるはずだ。でも、まずもって必要なのはごめんなさいだろう。許されるかどうかではない。許されるまで頭を下げる。これが社会を生き抜くスキルだ。さぁ、言え。俺が強要しちゃ意味がないんだ。と、身構えていたのに、水無月はローレンたちの抜かれたままの剣を指さす。
「無遠慮に押しかけて来た使節団が待たせたことに腹を立て、メイドに対して暴言、暴力を振るいました。こちらの都合などお構いなしのこの蛮行の数々、十分に武力介入の口実になると思います。では失礼致します」
あちゃぁ、そこか。そこを教えてくれたのね。まぁね、冷静に見ればこちらの立場だけは確かに水無月の言う通りかもしれない。でもさ、だから何なのよ。正解が常にベストとは限らないんだぞ。あとさ、どうして行っちゃうのかな。1人にしないで欲しい。
「え、えーと……」
見なくてもわかるけど、一応、確認してみる。うん、明らかに皆怒っている。先頭の、ローレンだっけか。この男が一番だけど他の奴も隠しきれない怒りのオーラが見える。さっきまでのウロボロスの暴走に比べれば屁でもないが、こいつらの背景まで考えれば今回の方が生きた心地がしない。国と揉めるなんて事になったらどうなるんだろう。想像も付かないが、どんな道を取ったとしても良い結果にはならない。
いやさ、俺の配下かもしれないリリスなる人物とは事を構える可能性もあるからさ、丸っきり国と事を構える覚悟が無かった訳じゃないよ。でもそれは事実確認をしながらゆくゆく考えれば良かったことで、こうして突然その必要に迫られたらすぐに答えなんて出せない。保留だ、保留。今はせめてもの対処療法しかあるまい。
「ほ、本日はどのようなご用件で?」
腰を低くして丁寧な口調で尋ねてみる。もはや怒りが収まるのを待つしかないからな。言いたい放題言って貰って後は出たとこ勝負だ。
それにしても、うぅ、こっちの世界でまでこんな胃に悪い思いをするとは。世の中は本当に世知辛い。
「用件だと!? その前に言うことがあるんじゃないのか!?」
「で、ですよねっ!」
もはや対話の段階は過ぎてしまっているか。ならば社会で鍛え上げたリアルスキルの出番だ。背筋を伸ばし、顎を引き、指先に力を入れてしっかりと立つ。ここから斜め60度のお辞儀からの謝罪。名付けてパーフェクトごめんなさいを繰り返すしか。そう思い構えた時だった。
「我が君、お待たせ致しました」
ドアを蹴破ってウロボロスが入って来る。もう一度言おう。蹴破った。そのはずなのに、ドアだった板が空中で粉々に崩壊しながら飛ばされて、破片が壁に激突して木っ端微塵になった。
普通に開ければいいのに、なんでこんな凶悪な破壊を行ったのさ。なんて憤る気にはならない。ご尊顔を見て把握する。大変にご立腹だ。
「えっと……ウロボロスさん? 誰に何と吹き込まれたのかな?」
「水無月より報告がありました。いわれのない罪で我が君が罵声を浴びせられていると」
「あー……そうなの」
こうなった原因は色々あるだろうけど、少なくとも俺は最善を尽くしてここに来たと思っている。でもそんなのは向こうには関係ない訳で、本当なら謝るのが筋な気がしてならない。例え突然来たのだとしても、だ。
ただ、である。それでもウロボロスの登場はありがたい。1人は駄目。心細くて泣きそうだったし、感謝しなくちゃならないな。水無月、ウロボロスを直ちに寄越してくれた事についてだけは、ありがとうよ。
後は穏便に済ませてくれればなお良しなんだけど、その望みは薄いなぁ。ちらりとウロボロスの横顔を覗いて見ると、あれ、どういう訳か目が合った。するとどうだ。途端に恍惚とした表情になる。
「しかも、私の身を案じて近付けまいと水無月に命令されたと聞いては……フィアンセとして、そして配下として黙っていられるはずがありません!」
感謝を取り下げようかな。そもそもの原因からしてあいつらが悪くて、本当なら「なぜ俺を1人にした!?」といっぱい叱られるところなのに、蓋を開けてみればウロボロスの評価点だけ綺麗に稼ぎやがって。自分のアフターケアだけは完璧かよ。
それはさておき、この誤解を燃料として怒りに燃える人とどうやってこの局面を乗り越えようか。そんな無理難題に挑戦しようとした時だった。使者たちが心なしか柔らかい表情になっている。
「竜人……だと? お前、名前は何という?」
ローレンの口調も穏やかものに変わった。え、なんで。まさか同族が現れたから気を許したとか。でも何だろう、この違和感は。素直に喜べないというか、ムカムカするというか。徐々に苛立ってくる。
あれ、と気付く。おかしい。奴らの視線がいかがわしい。ウロボロスの胸や腰を舐めるようにして見てやがる。エロ親父。そう、まさにそんな感じになっていた。
そんな糞共の視線に気付いているのかいないのか、ウロボロスは奴らの方へ向き直ると般若の様相へと戻る。
「私はウロボロスですが、それが何か?」
「ウロボロスか……良い名だ。どうだ、我らと共に来ないか? 人間というものは統べからく信用ならん生き物だ。平気で同胞を裏切り、貶め、挙げ句の果てに殺す。己の罪を棚に上げて死体蹴りまでするような輩だ」
ローレンは鼻の下を伸ばしながら手を差し出して来た。選択の時だ。俺が心からこいつらとの関係改善を望むなら、これが最後のチャンスと言っていい訳ないだろ。死ね、エロ親父共が。
どうしてくれようか。とにかく断罪だ。汚物は排除だと怒りに身を任せる直前で、ウロボロスが信じられない返答をしてくれた。
「随分と似た価値観をお持ちのようで」
「お、おい、ウロボロス……?」
呆気に取られてしまう。何を言っているんだ、ウロボロスは。アデルやルーチェの一件で考え方が変わってくれたんじゃなかったのか。まだそんな事を言ってしまうのか。
ショックだった。いや、でも仕方のない事ではある。ウロボロスが受けた屈辱を思えば、むしろあの程度で考えが変わるなんて虫が良過ぎた。
「ならば話は早い。我らと共に竜人のために働こうではないか」
「お断りします」
「……聞き間違えたか? もう一度問う。我らと共に来い」
「私は嫌だと言いました。今度は通じましたか?」
間髪入れずにウロボロスは返答し、ローレンを睨み付けた。そりゃそうだ。深いところでは残念ながら共感してしまったみたいだが、ウロボロスの思いは本物だ。俺から離れてどこぞに行くなど天地がひっくり返ってもないだろうさ。
そう思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。
「人間は脆弱で狡猾。自分だけが良ければそれで構わないと胸を張って言い放つ種族です。それについては同意しましょう。しかし中には違う者もいます。今ならば自信を持って言えます」
どうしていいのかわからない内に友好関係を結ぶチャンスは終わってしまったらしい。ローレンの目が吊り上がっていき、それに合わせて顔が赤くなっていく。まぁ、ウロボロスを汚してくれた辺りから手を結ぶつもりなんて毛頭無くなってしまった訳だけど。
そんな事はどうでもいい。嬉しかった。ウロボロスがそこまで考え方を変えてくれていたなんて。正直に言うと泣いちゃいそうだ。
「ふん、美人だからと気を許したらこれだ……!」
おい、エロ親父。人が感動しているんだ。黙ってエロ本でも読んでいろ。なんて言えるはずもなく、とりあえず俺も睨んでおく。
さて、ここからどうするか。話をする前から何かもわからない交渉は決裂したと言っていい。最悪の場合は戦争になるぞ。戦争、でもそれってイース・ディードを巻き込むことになるのだろうか。せっかく復興し始めているこの土地でドンパチやらかすのは嫌だな。そうなるとせめてサウス・グリードの方で、とか色々と考えを巡らせていると、
「そこまでですよ、ローレンさん」
今まで一番後ろで傍観していた女の子が前に出て、フードを脱ぎながら待ったをかける。竜人の年齢はよくわからないがその顔立ちは明らかに幼く、人間ならば10歳前後に見えた。深紅のややブロンドのかかったショートヘアーがよく似合う少女である。もう一度言おう、少女である。それなのに口調や立ち振る舞いは俺なんかよりずっと大人びていた。
少女は深々としばらく頭を下げてから、落ち着いたトーンで話し始める。
「度重なる無礼をお詫び致します、魔王様とその臣下よ。私は紅蓮牙竜隊の隊長を任されているメグと申します」
こんな小さな子が隊長なのか。見た目だけならにわかには信じがたいが、他の使者たちの様子を見る限り嘘ではないのだろう。まだこちらに険しい目を向けているものの、大人しく剣を収めて引き下がったのだ。残ったのはローレンだけである。
「待て、メグ! ここは俺が……!」
「話を脱線させ、あろうことか関係性をややこしくした貴方では使命を果たせないでしょう?」
「し、しかし、使節団のリーダーはこの俺だぞ!?」
「では魔王様に決めて頂きましょう。ローレンさんと私と、どちらと話がしたいのか。突然の訪問にも関わらず応じてくださいましたし先の件もあります。このくらいの配慮は当然でしょう」
頭に血が上っていたはずのローレンと対等に話せていることからも疑いようがない。この子は本物の隊長なんだ。ひょっとしたら建前上はローレンが使節団のリーダーかもしれないが、実際はこの子が全権を任されている可能性すらある。これまで後ろにいたのは女の子だからと舐められないようにするためか。はたまた俺たちを第三者の視点から観察するためか。わからない。でもひとつだけ言えるのは、ローレンよりも確実に話しやすそうだということ。
「メグ……だったか。俺は君と話がしたい」
「聞こえましたね、ローレンとやら。下がりなさい。我が君はその子との対談を希望されました」
面白くはないだろうな。ローレンは歯ぎしりしながら拳を強く握り締めた。ただ、腐っても隊長を任されるだけの器はあるらしい。まるで毒でも絞り出すかのように大きく息を吐き出し、見るからに怒りを抑えた。その表情は未だに険しいけど、少なくともここから戦いに発展することはなさそうだ。
「わかった、従おう。その代わり全責任はお前が背負えよ?」
「はい、当然のことです。その間ローレンさんは……」
「別室をご用意致しましたー」
いつからいたのか、はたまた今来たのか、後ろからニュッと現れたのは葉月だった。思わず驚いてしまうと、してやったりという感じで得意げにブイサインをする。
「お、驚かせるなよ、葉月」
「魔王様に驚いて貰えるなんて、光栄ですー」
抑揚のない気怠げな声でそんなことを言われた。それは光栄と思われていいのだろうか。俺としては心穏やかに過ごしたいんだが。
まぁ、それはともかくだ。向こうの様子がまたおかしくなっている。見る見るローレンの顔が真っ赤になっていき、全身を震わせて怒声を放つ。
「お、お前! お前がそもそもの原因じゃないか! 何とか言え!」
「そ、そうなのか、葉月!?」
葉月は俺すら完全に無視してダラダラと歩いて近寄ると、ローレンを初めとする竜人たちをまとめて脇に抱えてしまう。もう一度言おう。脇に抱えた。
なんだ、あのご褒美は。おっと、違う。なんだ、あの物理法則を無視したような捕まえ方は。せいぜい1人だろう、片方の脇に入るのは。それがどういう訳か片側に3人ずつも捕獲している。ギュウギュウに圧縮して無理やり押さえ付けているようだ。あれでは命の危険もありそうな殺人プレスだぞ。
その証拠に、竜人たちは顔を真っ青にして変な悲鳴を上げながら懸命に抵抗している。でも無駄。いくら手足をばたつかせようとも、鋭い牙で腕に噛みつこうともビクともしない。
「では、お客様をごあんなーい」
「は……なせ……怪力……おん……な……」
やる気の感じられない一礼をすると、葉月はそのまま問答無用で拉致していった。
余りにも憐れで思わず目を反らしてしまう。最後に見た光景では既に手遅れっぽい奴もいて、口の端から泡を吐きながら、白目を向いて痙攣しているのがチラホラいた。辛うじて動いている者も、振るう手足にどこかうまく力が入っていないような感じだった。
殺人的なご案内だな。行き着く先はあの世か。とにかくこの件は忘れよう。あのエロ親父たちも、脇で挟まれるというご褒美で満足するだろうさ。
それよりも問題はここから。残ったメグから何を言われるのか全く想像が付かない。加えて腹の内が読める気がしない。ほら、見ろ。こんな一方的なやり方にも関わらず、メグはニコリと微笑えんですらいるぞ。
「これで誰の邪魔も入らず、ゆっくりとお話できますね」
警護する者たちまで一緒に連れて行かれたのにこの余裕である。取り乱す様子はなく、笑顔はとても綺麗で可愛かった。ステータスをチェックするが、この子自身はさした強さはない。この世界基準でもだ。言うなれば丸腰の状態であの表情ということになる。
「さて、改めて自己紹介させて頂きます。私は紅竜同盟、紅蓮牙竜隊の隊長のメグと申します。代表者ナディア様の命により、とあるお願いをさせて頂きたく参上しました」
「こ、これは御丁寧に。俺……いや、私は魔王をやっているユウです。要件は何でしょうか?」
「その前に、このままでは余りにも失礼です」
メグは言いながら立ち上がると、入り口へと歩いて行って手近な椅子に座り直した。部屋の奥の方が目上の人、つまり俺がそちらに座るべきだというのか。本当に何を考えているんだ、この子は。本題の前に上下関係を明確にしてしまえば俺たちが主導で話を進められてしまう。ローレンたちの態度から傘下に入りに来た訳でもないだろうに。
こちらが困惑しているのを知っているのかいないのか、メグは変わらぬ口調で話を再開する。
「まず、私事で申し訳ありません。近く、竜神祭が開催されます。御存知ですか?」
「竜神祭……?」
初耳だ。字面から、紅竜同盟で催される祭なんだろうとは予想できるが、その内容までは全くわからない。駄目元でウロボロスを見るも、首を横に振られる。流石のウロボロスも知らないらしい。
「簡単に説明致しますと、我らの守護神たる竜神様を奉るものです。千人で担ぐ神輿がサウス・グリードを横断しますよ」
「そ、それは何だか凄いですね……」
元の世界でもあるんだろうな、そんな祭りが。でも想像はそこまで。なにせ竜神なる凄そうな神様を奉るんだ。盛り上がるのか厳粛にやるのかすらわからない。もしもシーンとした中で担いでいくのを見守るのだとすれば、うーん、俺はごめんだな。
それはそうと、その祭りがなんだっていうのか。まさかゲスト出演の依頼ではないだろうし。
「その祭りに来て頂けませんか?」
本当に出演依頼だとでも言うのか。訳がわからない。俺に何を期待しているのか、もはや想像することもできない。ウロボロスも同じようで怪訝な顔をしている。
「と言いますのも、まずは私共の力を見て頂きたいのです。交渉というものは互いに力を把握した上で行われるものでしょう?」
「交渉……ねぇ。まるでこちらの事は把握していると言っているように聞こえるのですが?」
「えぇ、ある程度は調査済みです。ローレンはあぁ言っていましたが、少なくとも私とナディア様は魔王様を過小評価などしていないつもりです。しかし魔王様はこちらの事を知らないでしょう? 余りに不公平ではありませんか」
あくまでも対等な立場での交渉とやらをお望みか。馬鹿げている。なぜこちらの無知を利用して有利な条件を突き付けて来ないのか。対等な立場などという綺麗事で一体何がどう決まるだろう。互いに折れることを知らず、どこまでも並行線で終わってしまい、結局は全てなぁなぁで終わってしまうだろうに。
「そう不思議に思われますか? 魔王様のことは恐ろしく強大だと理解している、そう解釈して頂きたかったのですが」
「……そちらの方が下だと言っているようなものですよ? まさか、その通りではないでしょう?」
ローレンたちのあの強気な態度とこの発言は余りにも食い違っている。メグの言い分を信じるなら、あいつは格上だとわかりつつ喧嘩を吹っかけるただの阿呆になってしまうぞ。仮にも奴も隊長ならそれだけはあり得ないと信じたい。なら逆にメグが見え透いた嘘を臆面もなく言っている事になるのだが、それもない気がしてならない。
「先に述べた通り、私たちの代表者たるナディア様はそのようにお考えです。私もまた同様です。もっとも中にはそれを認められず、ローレンのように振舞ってしまう者もいます。まだ一度も刃を交わしていないまま優劣が付いたとあっては、と。それについては平にご容赦頂きたく思います」
「あー……なるほど」
ローレンは隊長だ。紅蓮飛竜隊だっけ。大そうな名前じゃないか。そんな誇り高い部隊を預かる者としては、簡単に格下だとは認められないのだろう。その絶対に曲げられない、ともすると幼稚に見えてしまうプライドこそ、彼が部隊に、ひいては紅竜同盟に対して抱く思いの表れなんだろうから。
ただ、せめて大人らしく振舞って欲しかったけどな。いくら面白くないからって俺たちを見下すような言動を取るのはいただけない。まぁ、俺が大人になれば済む話か。ここで蒸し返しても何のプラスも無いのだから。
「さて、話を戻します。魔王様の御力は常識では考えられない程に強く、万が一の事があれば紅竜同盟など一夜ももたずに灰燼に帰すでしょう。ただ覚えておいて頂きたいのです。その一夜、私たちは精一杯の抵抗をします。魔王様が復興するべく注力しているイース・ディードにも多少の被害は出るでしょう」
「それは互いに困った話だ。それで?」
「私共の事を過小評価されては要らぬ犠牲が双方に出かねません。そのため魔王様には私たちの事を知って頂きたい。如何でしょうか? 悪い話ではないと思いますが」
要約すると、戦争になれば俺たちに負けるとわかっている。それは避けたい。そのための対話をする前に、紅竜同盟の事を知った上で対等な立場に立たせて欲しいと。
考えてみれば随分な言い草だ。弱いとわかっているのなら従属したいとか、せめて不可侵条約を結びたいとか、そういう話になるんじゃないのか。それを言うに事欠いてこちらの内情を見に来てくれ、と。
「待ちなさい。黙って聞いていれば、随分な物言いではありませんか。そうでなくとも我が君にわざわざ足を運べなどと……!」
「待て、ウロボロス。確かに俺もそう思うけど、実際には違うんだ」
ただ、メグの言い分もわかる。向こうが一方的に下になればローレンのような奴らが黙っちゃいないだろうから、結局のところ戦争になるだろう。しかし初対面でいきなり対等な立場で交渉でも持ちかけられようものなら、俺たちが面白くないと。その両方が納得できる形が、俺たちが紅竜同盟をまずは知ること。その過程で友好関係を結べれば戦争は回避できるし、仮に無理だとしても俺たちが対等な立場に立ってもいいという判断材料が得られれば、次のステップに移ることができる。
そのようにウロボロスに説明するも、納得できない様子だ。メグを指さしながら、怒りの籠った口調で反論してくる。
「しかし、それでもやはり一方的です。紅竜同盟に戦意がある以上、武力で応えるのは間違いなのでしょうか?」
「確かに、これまでは正解だったよ」
ドミニオンズはゲームだ。どれだけリアルだろうと思い入れがあろうと、ゲームでしかない。そこで何人殺そうが、どこぞの首都を滅ぼそうが、本当の意味で困る人は誰もいない。むしろそうやって自分の力を示すことが醍醐味だった。
でも今は違う。メグも、ローレンや他の使者、まだ会ったこともない竜人たちも含めて全員生きている。殺したら死ぬ。キャラクターが死ぬのではなく、命を奪ってしまうのだ。そんな当たり前の恐ろしさを忘れてはならない。
「これからは違う。一方的に殲滅するのは極力避けたい」
「我が君……では、本来ならば万死に値するこの不敬な者たちは、どのように処分されるおつもりですか?」
処分って言っても、まだ宣戦を布告された訳ではない。向こうの権利を主張しながら、こちらの事も考えた提案をされただけだ。態度や言い方に問題はあっただろうが、それについては謝罪も受けている。これ以上何かを求めることはできないだろう。
「特に何もしないし、する必要もない。大体にして考えてみろ。ここで使者たちを皆殺しにして何になる? 経験値やお金を稼げる訳でもないし、アイテムを得られる訳でもない。無用な殺生はお前だって嫌いなはずだろ?」
「それは……そうですが」
頭では理解していても、俺が侮辱されたことがどうしても納得できないのだろう。まだ何か言いたげに口を開こうとして、でもぐっと堪える。そういうのを何度か繰り返した。
思われるのは嬉しいけど外交的な場面では割り切って欲しいところだ。だからこそウロボロスが大人になってくれるのを期待して、これ以上は何も言わずに様子を見ることにする。メグも何も言って来なかった。まぁ、向こうが原因で葛藤しているんだ。黙って見守るしかないのだろう。
それほど時間がかかることなく、ウロボロスは溜まった何かを吐き出すように大きく息を吐いた。
「……それが我が君の御望みならば理解します」
「悪いな。でもありがとう、ウロボロス」
「いえ、我が君が謝る必要などありません。悪いのはあの竜人共と、御心に忠実であり切れない私自身なのです」
「そう言うなよ。俺だって難しいことを要求したって自覚している。むしろ、よく耐えてくれたよ」
これまでだったら問答無用でぶっ殺しにかかっていっただろうし。それを抑えて、よく俺の話まで理解しようとしてくれた。確実にウロボロスは成長している。俺も主を名乗る以上、負けてはいられないな。
「あの、ひと段落されたところを申し訳ありませんが……」
おずおずとメグが話に割って入って来た。話もまとまりつつあるし、そろそろ具体的なところを話したい。そう言うのだろう。
「祭りに来て頂けるということで相違ありませんか?」
「因みに、参加を拒否したら?」
「それはないでしょう。敵になるかもしれない相手の内情を知る、またと無い機会なのですから。聡明な魔王様ならば来て頂けると信じています」
まぁ、この質問は蛇足だったな。メグの言う通り行かないという選択肢は無い。大見え切って情報収集させてくれるこの好機、逃してなるものか。
ただ、いくつか懸念もある。そもそも祭りは偏った情報の集合体だ。人も、街も、国ですら普段とはまるで違う様相を見せる。それを見てサウス・グリードの内情がわかったと言えるだろうか。
それに当り前だが罠のリスクもある。内地までおびき寄せてから一網打尽にするも良し、向こうに都合の良い情報だけを握らせてくるも良し。お客さんとして出向く俺たちは一方的にそれらを受けるしかないのだ。このリスクだけでも避けるためには、
「質問があります。もしも祭りに行くならば案内役は付くのでしょうか?」
ウロボロスのした質問こそ鍵を握る。俺たちはまだこの世界にやって来て日が浅い。見たことも聞いたことも無いことがまだまだたくさんあるだろう。極端に言ってしまえば、雪が黒いと言われればそう信じるしかない状況なのだ。案内役なんて付いた日には雪という凶悪な敵がいるとでも言われて、いもしない敵を探し回る羽目になるかもしれない。もしも本心で内情を知って欲しいと言うのなら返答はひとつしか考えられない。
「全て、ご希望に添いましょう」
その返答に一切の淀みは無かった。本気でこちらに関与するつもりはない、そう言いたいのだろう。
「では案内役も護衛も不要です。それで良いですか、我が君?」
「俺は構わないけど」
「わかりました。そのようにさせて頂きます」
これで決まったらしい。ならば今は素直に喜ぼう。無駄に神経をすり減らす偵察なんて苦行をしなくていいんだ。どんな情報でも見放題とかいうボーナスゲームを楽しめる、ということでいいじゃないか。
「……ウロボロスの言う通り、俺たちは勝手に参加させて貰う。祭りの日時と場所だけ教えて欲しい」
「わかりました。ではその旨をナディア様に報告させて頂きます。詳細は追って手紙を出しましょう。本日の要件は以上になります」
終わったか。まぁ、この流れならそうだろうな。でも駄目だな、この気持ちの悪さは体に毒だ。どうしても疑ってしまう気持ちに少しでもいいから整理を付けたい。
だって考えてみろ。万が一戦争になった場合、一度でも行ったことのある土地ならあっという間に主城まで侵攻、陥落させられる。その大き過ぎるリスクは向こうも知らぬはずがないのに、この大盤振る舞いはやっぱり不気味過ぎる。藪蛇になるかもしれないが今度はこちらから吹っかけてみようか。
「ところで、反対にそっちが聞いておきたい事は何も無いのか?」
「はい、ありません……と言いたいところですが、ひとつだけ伺わせてください」
来たか。何かしらお前たちの利益になりうる要求が。そりゃそうだ。こんなに綺麗に終わられてたまるか。何かしら尻尾を見せて欲しい。
「先程の大きな揺れは何ですか?」
「先程の大きな……? あー……」
すっかり忘れていた。曲がりなりにもここは城。壁には相応の耐久力があって、それを拭き飛ばす程の大惨事が起こったのだ。いくら離れていたとはいえ同じ建物だ。この部屋にも多少の被害は出てしまうだろう。今になって気付いたが、よく見ると飾っておいた花瓶が無くなっている。そのすぐ下に敷いたカーペットには水か何かを零した跡が残っていた。少なくともそのくらいの地震的な揺れはあったと推察できる。
どうしよう。何て言おう。どう言い繕っても恥でしかないしなぁ。
「その……トップシークレットということでいいかな?」
「そうですか、わかりました」
ならば、わざわざ教える必要もあるまい。ていうか思い出したくもない。とりあえず秘密にしてみる。
そっと隣の犯人の顔を見てみた。なぜかウロボロスさんは澄まし顔。ほぼ貴女が原因でしょうに。まぁ、あれこれ言われるよりはいいけど。
それはともかくだ。そんな質問でいいのか、メグよ。もっとこう、無いのか。こちらの戦力を探ったりとか、弱点を想像できそうな話でも聞き出したりとか、何なら俺を篭絡できるような情報を得ようとしたりとか、あるだろう。最後のなら喜んで答えるぞ。俺はメグの裸が見られればそれで、おっと、これこそ秘密、いやいや冗談だ。考えることすら許されない望みを抱くものか。
念のため恐る恐るウロボロスさんの顔を見ている。バッチリ反応したのか額に青筋が浮かんでいた。思考まで読まれているのだろうか。うーん、恐ろしい。
「では話は以上です。竜神祭でお待ちしております。願わくばこちらの現状を把握して頂けますよう、よろしくお願い致します」
「あ……あぁ、ではまた。メイドたちに送らせる」
助かった。今ばかりは感謝しよう、メグ。お陰でウロボロスが怒るタイミングを完全に奪うことに成功した。
水無月に連絡を入れて、それとなくメグだけでももてなすよう伝えてから見送る。それから、そういえばと興味本位で聞いてみれば、ローレンたちはあれからもずっと葉月がホールドしていたらしい。回復魔法を一応かけながら捕縛していたから生きてはいるとのこと。うーん、まぁ、葉月みたいな可愛い子に死ぬほど強くずっと抱き締められていたんだ。ぶっちゃけお金を払って欲しいくらいだ。
そんな事よりも、ふと考えてしまう。竜神祭。文字通り祭りなのだろう。祭り、祭りかぁ。奉るとか言っていたから厳粛な雰囲気なんだろうけど、少し外れた所で縁日みたいになっているのだろうか。それとも端から端まで隈なく儀式的なムードなのだろうか。わからん。わからないが、どうせ行くなら楽しい方がいいかな。なんて、思ってみたりした。勿論、警戒は怠れないけど。




