第2話「会議」
やって来たのは閉鎖的な会議室だ。この城には窓が一切無いからな。どこも似たようなものなんだけど、ここは特別閉塞感を覚えてしまう。なにせ、ここはやっつけ仕事で作った部屋だ。余計な装飾は一切無く、明かり以外は何もかも黒い。天井、壁、床。全方位真っ黒な部屋だ。今になって後悔する。皆ごめんよ。ここは使う予定なんてなかった部屋なんだよ。
気を取り直して、見ると既にオラクル・ナイツが集まっていた。大きな円形の白いテーブルを真ん中に置き、それを囲むようにして椅子に座っている。
「待たせてごめん。さ、始めようか」
「いえ、お気になさらずに。魔王様。どうぞこちらへ」
アザレアに促されるままに座る。一番奥に置かれたホワイトボードの前の席で、明らかに議長とかの仕切る人の場所だ。
隣には当たり前のようにウロボロスが立ってくれる。どうやら書記をする気満々らしく、意気揚々とペンを取った。これで全員の準備が整ってしまったようだ。
「では我が君、始めてもよろしいでしょうか?」
「ちょっと待った。その前にひとつお願いがある」
整った、だと。冗談ではない。俺は議題を知らされていないんだが。
前回を思い出せ。議題を持ってきたのは俺だというのに、話に付いていけなかった。今回は蚊帳の外もいいところだ。それでこの位置はない。まさに絶体絶命のピンチ。前回の教訓を生かして、この窮地を脱するたったひとつの手段を取らざるを得ない。
「フェンリス、今座っている椅子を持ってこっちへ来てくれ」
「はい? わかりました」
フェンリスは勿論、皆も首を傾げている。わかる訳がないよな、こんなお願いの意図が。
言われた通りに来てくれたフェンリスを隣に座らせる。なんて行儀がいいんだ。背筋をピンと伸ばして、手を重ねて太ももの上に置いて、足は女の子らしくくっ付けている。そして上目遣いでこちらを見上げてきた。
「えへへ、よくわかりませんが魔王様の隣は嬉しいです」
うん、流石はフェンリスだ。素直で飲み込みが早い。しかもこの笑顔。可愛い。思わず頭をなでてしまう。するとくすぐったそうに目を細め、もっとして欲しいと言うように少しだけ近寄ってきた。本当に可愛いなぁ。
「魔王様! オラクル・ナイツの頭脳である僕こそ御身の傍が相応しいと主張します!」
「落ち着くのじゃ、アザレア。まだ前後が空いておろう」
可愛さとは罪か。じゃなくて俺の行動の影響か。2人が錯乱してしまったらしい。うーむ、この副作用は甚大だな。確かにフェンリスと一緒ならどんな難題も乗り越えられる気がする。しかしこの手が言うことを聞いてくれそうにない以上、次からは何らかの打開策が必要か。それはまた後日考えるとして、
「我が君、一体どのような魂胆なのでしょう?」
まずは今を切り抜けなくちゃ。うっかりしていた。ウロボロスなら怒っちゃうよね。そうだった、そうだった。あー、これは完全にお怒りモードになっちゃっている。とりあえず言い訳でもと思ったけど、ウロボロスさんが怒りを隠し切れていない笑顔を浮かべている。聞く耳は持ってくれなさそうだ。
肩に手がかかる。そして力がこもって、ぐしゃりと、あらまぁ、肩が形容しがたい状態になっちゃった。今日何度目の死地だ、ここは。
「え、えーと……だな」
くそ、静まってくれ、俺の右手よ。頼むからフェンリスの頭をなでるのをやめてくれ。あぁ、でも触った感じは犬か猫の頭のようで気持ちがいいし、何よりとても嬉しそうにされるんだ。この天使のような笑顔をもっと見たい。そんな欲求が命の危機を上回ってしまっているらしい。まさに魔性の女か、フェンリスは。それともひょっとしてあれか。日々殺されかけていて感覚が鈍ったとでもいうのか。いや、ないな。恐いのは間違いなく恐い。
「何を言うかと思えば……。弁えろ。御前だぞ」
そんな皆を咎めてくれたのは我らが良心のムラクモだ。カルマ、アザレアの2人は素直に従ってくれた。見るからに不満そうにで、目だけでずるいと訴えているが。
確かにこれは俺も悪い。ただな、そもそもの原因は俺だけではない。賢い皆も多少は悪いんだぞ。何を言っているのかわからない協定を結ぶ必要が無ければ、こんな事態にはならないんだから。なんて、ある訳ないね。全て俺が悪いと思います。だから頼むよ、ウロボロスさん。そろそろ肩から手を離してください。
「何を言うのですか、ムラクモ。これは由々しき事態です。我が君の隣はフィアンセの席。私の地位が脅かされているのですよ?」
「たかが席順でフィアンセかどうか決まっていては、魔王様の身がもたんぞ」
うんうん。いいぞ、そこだ、もっと言ってやれ。愛されるのは嬉しい。嬉しいけど戦闘でもないのにダメージを貰ってばかりで大変なんだぞ。だからさ、勢いを殺せとは言わない。願うのはせめて方向修正。微調整でもいいから清き方向へと向かっておくれ。あ、でもこれは無理なやつだ。ほら、ウロボロスは一歩も引く気はないらしい。
「貴方はこの一大事を何だと思っているのですか! 師匠として恥ずかしいです!」
「たかが席順と言ったが、それは矮小な脳しか持たぬ我がそう捉えただけ。魔王様の成すことが無意味だと思うのか?」
「そ、それは……」
お、上手いぞ。俺をダシに使えばウロボロスでも黙る。いけ、そこだ、畳みかけろ。この状況を何とかしてくれるなら俺は神にも仏にもなろう。
「我らでは到底理解できない深遠なるお考えが必ずある。心から信頼しているのならば取り乱すのも、その真意を問うのも不敬となる。違うか?」
「うぅ……い、一理ありますね」
ナイスだ、ムラクモ。俺のハードルを上げながらも、その歪さが露見しない完璧なサポート付きの神対応。完璧。百点満点。これまでで一番丸く収まったんじゃないか。個人的にはハグしてもいいくらい満足な結果だ。
だが、あれ、と気付く。結局何も理解できないであろう俺が勝手に持ち上げられる状況は変わっていないのではないだろうか。いや、きっと何かは変わる。そう信じた。
兎にも角にも、これで本題に入れるのかな、なんて居住まいを正したところだったのだが、
「し、しかし! 我が君、これだけは言わせて頂きます! 私は妬いています! 嫉妬で気が狂いそうなんですからね!?」
そこは天下のウロボロス。収まってなどいなかった。最後に爆弾がひとつ投下される。
くそ、反則級だぞ、その可愛さは。赤くなった頬を膨らませて、目に涙を浮かべて、拳を強く握っている。そんな可愛らしく抗議されたらこの場で間違いを犯してしまいたくなるじゃないか。でもいけない。我慢だ。ムラクモが切り開いてくれた活路を無駄にする訳にはいかない。思わず緩んだ口許を手で隠して何とか誤魔化してみた。
「えへへー、魔王様のとなりー」
空気を読んでか読まずか、ニコニコしたフェンリスがピッタリと寄り添ってくる。マシュマロみたいに柔らかい。やはり天使以外の何者でもない。くそ、そういえば俺の右手はまだ頭から離れてくれそうになかったな。
まずいな、相乗効果でニヤニヤが止まらない。このままではウロボロスにも見られて会議どころではなくなってしまう。でも、どうやらそれはなさそうだ。この表情もフェンリスの影響と判断されたらしい。
「ふ、フェンリス! 必要以上に我が君に触れないように!」
明らかに恨めしそうにしながらウロボロスが抗議する。だがそこまで。俺を奪い取ろうとはしてこなかった。もしかしたらこの行為すら深淵な考えがあってのことと思い込んでいるのかもしれない。助かった。ありがとう、ムラクモ。そして俺の右手はそろそろ鎮まれ、マジで。
何はともあれおおよそ事態は沈静化してくれて、ようやく会議が始まる。どうやらアザレアが議題を話してくれるらしく起立した。
「では、まずは僕から二点御座います。一点目は魔王様の秘書についてです」
アザレアがそう口にした瞬間、室温が10度は下がったんじゃないかと思うほどの酷い寒気に襲われた。思わず隣を見てしまうと、そこにはウロボロスかいたはずだった。
この人とは初対面に違いない。余りにも禍々しくて、ブルブル震えながら視線を外すのがやっとだった。その様はもはや般若か鬼かその親戚。鋭く吊り上がった目がギラリと光り、アザレアを突き刺すようにして見ている。傍でその視線に気付いただけなのにちびってしまいそうだ。
「アザレア……? その件は解決したはずでは……?」
地獄の底から這い出てきたような呪詛の籠ったような声。俺に向けられた言葉じゃないのに、気付かれない程度に距離を取ってしまう。逃げたい。こんなの、もう会議じゃない。
アザレアはめげなかった。明らかに挙動がおかしくなって目が泳ぎ始めるものの、一歩も引かずに言い返す。
「……お、おほん。えー、先日のウロボロスが倒れた件もあり、また他のメンバーたちの強い要望もあり、秘書のローテーションを提案させて頂きます」
ベキャッという音がする。見ると、中央に唯一あるテーブルが真っ二つに砕かれていた。振り下ろされた拳の跡がくっきりと残っている。何とも痛々しい。
この出来事に、思わず俺は涙する。恐ろしさがピークに達したとでも思うか。いや、違うね、全然違う。
「良かった……俺の腕は無事だった……!」
むしろ逆。感じたのは安堵。いつもなら俺の腕や体に組み付いているから、被害は俺に及んでいただろう。引っこ抜かれて、真っ二つに引き裂かれていた可能性もある。でも今は離れている。お陰で難を逃れられた。
喜んだのも束の間、ウロボロスはすくっと立ち上がると、グングニル改12を取り出す。その額には青筋がくっきりと浮かんでおり、目は全く笑っておらず、頬は痙攣したかのようにピクピク動いていた。
「相容れない時、最終的に人は剣を取ると言います」
「いや、その理屈は少しおかし――い、いえ、何でも……あ、ありません」
余りに血の気の多い言い様に思わず突っ込んでしまうと、ウロボロスがこちらを向いた。羅刹のような顔つきのままで。
もうね、蛇に睨まれたようにって感じで降参宣言するのがやっとだった。あれに物申すなんて俺にはできない。それにも関わらずアザレアは立ち向かうらしい。うぅ、なんてカッコいいんだ。
「確かに歴史の紐を解してみても、戦力というものは外交の最終手段である事が多い。構えようか、カルマ」
「うむ、ここだけは譲れぬのう。武力による圧政には屈せぬ」
俺は知らなかった。フェンリスと組んだのが身を守る会だったなんて。
3人が砕けたテーブルを境目にして対峙する。ワンチャン止められないかと期待してムラクモを見たが、無言で首を横に振られた。貴方でも無理ですか、そうですか。そうして熾烈な争いが勃発。終戦まで約2時間もかかったのだった。
全てが終わった時、辺りには灰塵が舞っていた。被害は会議室に留まらず、この一帯は瓦礫ひとつも残さず消失していた。勝敗はというと、カルマとアザレアは息を荒げながら膝を折っていた。完膚なきまでに徹底的に打ちのめされていたのである。思い出したくもないほど一方的な暴力であった。
「こ……この手の勝負はワシには向かんのう」
「まったく……僕も同じくさ」
ボロボロの2人を見ながら、俺と隣にいたフェンリス、そして戦闘開始と同時に滑り込んできたムラクモは肩を寄せ合い、震えていた。シールドを張って何とか凌いでいたものの一歩間違えば巻き添えを食っていただろう。この焦土と化した光景が何よりもその危険を物語っている。
「ほぇぇ……ウロボロス、凄い……」
ここでその感想が出てくるお前の方が凄いよ、フェンリス。しかも目がキラキラ輝いているし、よほど感動したんだろうな。戦うことが大好きなこいつは、こんな一方的な勝負でも血沸き肉躍るということか。
「わ、我が師匠で良かった……のだろうか」
そうそう、それが素直な感想だよね、ムラクモ。やっぱり心の同志はお前だけだよ。ただ、ごめんな。何とも声をかけられないんだよ。全く言葉が出てこない。もう終わったはずなのに、目を閉じただけで瞼の裏に鮮明に見えちゃうんだ。さっきまでの暴力が。そのせいで、情けないけど恐過ぎて口がうまく動いてくれないんだ。
この議論の覇者、ウロボロスがゆっくりとこちらに歩み寄って来る。一瞬、本気で殺されると恐怖した。それほどの凄みがあった。思わず縮こまりながらウロボロスを見上げると、どうやら鬼は去ったらしい。いつもの顔つきに戻っている。
「我が君、ペンを貸して頂けますか?」
「は……はい?」
今気が付いたのだが、手元にはホワイトボードマーカーがあった。どうやら守りに入る直前に握り締めたらしい。こんなものでいいならいくらでも、と、震える手に必死に力を込めてどうにかペンを手渡す。
受け取ったウロボロスはにこりと微笑むと、俺たちのシールド内にたまたまあって無事だったホワイトボードに何かを書き込む。
「コホン、では議論の結果、全会一致で我が君の秘書は永久に私、ウロボロスが務めます。以上」
我が君の秘書は未来永劫ウロボロス。そんな一文がデカデカと書かれた。これが言論の弾圧というやつか。もしくは恐怖政治か。もう待ったをかけられる者はいない。全会一致、なるほど、確かに反対する者はいないだろう。極めて暴力的な理解の強要によって、満身創痍の俺たちはただこくりと頷くことしかできなかった。
「では、アザレア。次の議題を」
次。あぁ、そういえば議題は2つあるとか言っていたっけ。でも待ってよ。ウロボロスさん。ひょっとしてまだ議論を続けるつもりなのか。この荒野と化したバトルフィールドで、白旗を振っている俺たちと言葉だけでやり取りをすると。はは、無理でしょ。いくらなんでもここは止めなくちゃ。
「あ、あの……ウロボロスさん? 本気なの?」
「何かご不満でしょうか、我が君?」
「えっと……不満……って程じゃないんだけど、こんな焼け野原で話し合いになる……かなぁ……なんて」
こんなところで今やったってさ、議論という名の確認作業。いや、意思を矯正する作業でしかないから。
しかし、そんな思いはウロボロスに届いていないらしい。自分の巫女服が煤けてしまっていることを気にし出した。そして俺の服にも目を向けてくれる。
「ふむ……確かに、ここでは御召し物が汚れてしまいますね。配慮が足りず申し訳ありませんでした」
服なんかどうでもいい。埃も塵もどうでもいいんだよ。圧倒的な力を見せ付けられた場所で、当の本人が、しかも事が済んだ直後に仕切るのが問題なんだよ。なんて恐くて言えないから、この好機を存分に活用できる別ルートから説得する。
「そ……そうそう! それにほら、何でか知らないけど皆も汚れたじゃない? ここは一度仕切り直すべきだと思うんだ」
「御言葉はごもっともで御座いますが、そうはいかない事情がありまして……。アザレア、説明を」
「は……はい」
ヨロヨロとアザレアは立ち上がる。まるで必死に逃げ帰った手負いの兵士が、死ぬ直前に何とか報告するような感じで、声を振り絞ってくれる。あれ、おかしいな。そんな必死な姿を見ていると、自然と敬礼しそうになるんだけど。
「こ……紅竜同盟からの使者がやって来たので……その対応の……検討を……!」
「よく務めを果たしましたね、アザレア」
そしてそのまま、アザレアは眠るように倒れてしまった。でもごめんね、感動はどっかいっちゃったよ。紅竜同盟の使者、だと。
時計を見る。恐らくその使者なる奴らは、アザレアが俺の部屋にやって来る少し前に訪れてきたのだろう。逆算していくと、何度計算しても、少なく見積もっても2時間半は待たせていることになるんだが。
「え……えっと……紅竜同盟の使者って?」
「アザレアに代わり補足致します、我が君。サウス・グリード領……つまり、聖リリス帝国の南側に当たる地域ですが、ここの管理を任された者たちです。元は紅竜帝国と言い、現在のサウス・グリードを支配していた王族ですね」
「ふーん……そっかぁ……」
そんな大変な人を待たせて俺たちは何をやっていたんだろうなぁ。それにさ、見てよ周りを。よく拓けたでしょう。この平面上に待合室があったら、骨ひとつ残さず、問答無用で殺しているんじゃないかなぁ。
「あのー、魔王様ー! 大丈夫ですか?」
「待つのだ、フェンリス。魔王様は塾考しておられる」
「んー……でも、それにしては変な風に笑っている気もするけど……」
い、いけない。如何なる状況であろうとも可能性は常に残されている。確認。そうだ、まずは生存確認をしなければ。そしてもし生きているならば、相手は重要な客人だ。これ以上待たせる訳にはいかない。急がないと。とにかく急がないと。
「ま、待たせ過ぎた! ウロボロス、すぐに体を綺麗にして来い! とりあえず2人で様子を見に行くぞ!」
「畏まりました、秘書としての務めを果たしますね!」
「何でもいいから早くな! 残りのメンバーはここの片付けを!」
希望を捨てるな。ワンチャン、ゼルエルが守ったかもしれない。もしくは滅茶苦茶強い人たちが来ていて自力で何とかしたかも。いや、それはいくらなんでも苦しいかも。見える範囲内には何も残っていないし。とにかく考えるのは後だ。まずは現実を直視しに行こう。




