第1話「朝は戦場」
ひとつ贅沢な悩みを打ち明けようと思う。超絶美女。しかもモデル体型。まさに絵に描いたような女性に後ろから抱き付かれたことはあるだろうか。甘く熱の篭った吐息がかかる程に近くから確かな温もりを感じる。そんな夢のような状況。つまり柔らかいベッドの上で強く、強く抱き締められたことはあるだろうか。
「うーん……我が君、愛しておりますぅ……」
惜しむらくはここは窓の無い屋内。残念ながら気持ちの良い朝日を浴びて目を覚ますオプションはない。そんな爽やかさはどうしても足りない。だが、しかし。それでもこれ。見せ付けられたら発狂して当然。羨ましい、妬ましい、リア充爆発しろ。そんな呪詛を吐きながら壁に拳を打ち付けただろう、これまでは。でも今は違う。事実は小説よりも奇なり。
「う……う……ろ……ボロス……!」
端的に言おう。殺されそうです。
「はいぃ……お呼び……ですかぁ……」
ウロボロスのステータスは群を抜く。一方で俺は魔法やスキル、MPとかに全振りだからステータスは控えめだ。例えるなら俺は赤子かもしれない。赤子が筋肉マッチョメンに勝てるだろうか。それと同じ。見えた勝負。見え見えの末路。具体的には圧死、いや腹上死と言えるかもしれない。とにかく、こうやって無意識にホールドされ続けたら死亡確定である。
足掻いてみる。何とか逃れようと思い切り力を込めてみる。生きたい。でも無駄。両手足でガッチリと拘束されている。ビクともしない。
「こ……う……なっ……たら!」
力では駄目だ。押して駄目なら引いてみるとかいう次元の問題じゃない。根本から手段を変えないと駄目。手はある。こんな絶望的な状況からでも逆転できる秘策はある。ただし、それにはかなりのハイリスクが伴う。ともすると一生を棒に振りかねない程の。でもだからどうした。ここで果てるくらいなら強行手段に出るしかあるまい。男だろ。生き延びるためだろ。今この瞬間を乗り越えられるならどうとでもなれ。
「う……ろ……ボロス……! あ……愛……している……っ!」
「本当ですか、我が君!?」
メキャッという嫌な音がしちゃった。絶対に大切な何かがひしゃげた音が。たちまち全身から嫌な汗が吹き出す。ついでにボロボロと涙が出て来て止まらない。だが助かった。ライフゲージはレッドラインでギリギリ止まっていて、尋常ではない痛みがあるものの生きている。むしろ痛いからこそ生還できたのだと数字以上に実感できていた。
激痛に苦しみながら顔を上げると、完全に覚醒したらしいウロボロスと目が合う。惚けた表情をしていたのは一瞬で、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「我が君、如何なさいましたか? 顔色が優れませんが……」
「あ……うん……まずは……離れて……くれない?」
「離れる……? か、畏まりました」
迫真の演技ではなく実際に九死に一生を得たばかりの顔をしていると伝わったのかもしれない。すんなりと離れてくれた。だが、だからどうすれば良いのかまではわからないのだろう。オドオドして、どうしたものかと一生懸命に考えているようだ。
はっきり言って聞かせたいところだが我慢だ。何が起きたのか知られたら自害されかねない。飲み込もう。この感情も、飛び出ていきそうな言葉も、何もかも。沈黙は金なり。
「我が君、どこか具合が悪いのですか? 私にできることでしたら何でも言ってください」
犯人に心配そうな表情で、本気で気遣われる。困ったものだ。無自覚でやらかしてくれるんだから。しかもその原動力が俺に対する愛なのだから質が悪い。
まぁ、今回はいい。このようなシチュエーションをイメージしたことは数え切れない程あって、そんな邪な思いで設定文を書いたのは俺なのだ。ならばこれは罰。制裁されて当然のこと。それで手打ちとしておこう。
「なぁ……それよりも、布団に入って来るなよ」
問題はこれだよな。寝る度に死神。間違えた。愛に突き動かされたウロボロスが首を狙いに。あ、いや。夜伽か何かを目的に潜り込んで来るかもしれないのだ。命がいくつあっても足りない。いっそ包丁でも抱いて寝た方がまだ生存率が高そうだ。なにせ腕一本、指先一本ですら余裕で致死レベルの凶器になるのだから。
「あの、私はフィアンセですからお体を温めようと……。そ、そうです! 温めて差し上げます!」
「落ち着け、頼むから落ち着け……っ!」
痛みを堪えながら腹から声を振り絞ったかいもあって、思いは届いたらしい。両手を広げて今まさに飛びかかろうとしていたウロボロスが止まってくれた。間一髪。九死に一生。冗談抜きで追撃を受けようものなら文句なく死亡する。
それにしても、何がどう繋がればそんな超理論に発展したのか小一時間は問いつめたい。問いつめたいところ。しかし命の危機が迫っている今は別。まずは生き延びなければ。ポーションだ。まずは体力を回復して仕切り直したい。でも目の前で飲むのは無しだ。ウロボロスさんは俺を大変に心配して興奮しているのだから。
「し、しかし……! お辛そうで見ていられません……!」
「くっついても何も変わらないから」
むしろ悪化する。皮一枚で繋がってくれたこの命、抱き付かれるのはおろか、腕を組まれただけでも失いかねない。危険だ。今のウロボロスは危険。いつものスキンシップでも待ち受けるのは問答無用の死。無垢な惨劇の幕が上がってしまう。
助かったと気は抜くな。まだ安心なんてできない。慎重に。石橋を叩くように慎重にいこう。それにはまず、やはりその考えを紐解く必要がありそうだ。
「あのさ、どうしてそこでくっ付くことになるのか教えてくれないか? あぁ、嫌と言っているんじゃないぞ。ただ純粋に疑問に思ってさ」
「この世界の蔵書にて勉強しました。男女が裸で抱き合えば例え極寒の冬だろうと乗り切れると」
「あぁ、冬山で遭難した時のことか。まぁ確かに作り話の世界だろうな。それで?」
「私は考えました。なぜそのような言い回しをしたのかと。キーワードは極寒の冬。これはこの上なく困難な状況を表したのではないでしょうか」
ふんふん、ここまでは間違いではなさそうだ。誰も助けに来ない。食べ物も暖も無い。そんな絶望的な状況で2人だけ。確かにどうしようもない場面だな。で、だ。そこからどんなねじれ方をすれば抱き着こうという発想になるんだろう。
「つまりどのような苦難、困難も裸で抱き合えば万事解決ということで……はっ!」
目が雲ってやがる。理論がぴょんと大ジャンプしてやがる。どうしてそこで裸で抱き合うという部分にも疑問を持てなかったのか。そう突っ込みかけた、その時。体中に電流が走った感覚を覚えた。気付けたのだ。あのウロボロスとほぼ同時に、何を言わんとしたのかを。
「そ、そうです! 裸じゃないから効果がなかったのでは――!?」
「――あー、元気になった! ほら、こんなに元気!」
考えるな、今は動け。元気一杯さをアピールして活路を開くしかないのだから。気分はヒーローのように勢い良くベッドから飛び起きる。着地の衝撃で体の中がシェイクされたような違和感に襲われるけど我慢だ。ここで元気に振る舞えなければ二度と立つこともできなくなる。
「いやー、ウロボロスと話をするとすぐに回復できるんだよな! 瞬間回復! 健康の秘訣! 百薬の長!」
「そ、そうなのですか? 先程より顔色が青くなって……いえ、白くなっていますが」
「美白のお肌に憧れてな! 夜な夜なパッドをしているんだ! 綺麗だろ?!」
「……そうですね、我が君はいつも凛々しいです! あぁ、惚れ直してしまいます!」
よし、気合いと根性で難を乗り越えたぞ。まさに危機一髪だった。
一息吐きたいところだが、まだ気を緩めてはならない。酸っぱい何かがこみ上げてくるのだ。ここで粗相しようものなら看病されてしまう。
とにかくまずはポーションを、と本能的にウィンドウを操作しかけて止まる。ここでそんな物を取り出せば何かしらアクションを起こされるに違いない。駄目だ。頭が冬山のウロボロスの前でそれは駄目。ならば回復魔法で乗り切れば、いや、それも待て。この距離だ。魔法の反応を見た瞬間にウロボロスが飛び付いてくるかもしれない。命がかかっているんだ、甘い読みは死に直結する。
そうなるとやはりポーションしかあるまい。ドミニオンズ時代を思い出せ。神速のウィンドウ使いと仲間内で言われた超絶テクニックがあれば、きっと勝機はあると信じろ。
「我が君、やはり顔色が優れないように見えます。何かお持ちしましょうか?」
何も要らないから、あと少しの間でいいからこっちを見ないで欲しい。なんて言えるはずもなく、うん、待てよ。そうか、何も演技なんてしなくていい。ウロボロスがいない隙を突けばいいじゃないか。はは、どうして気が付かなかった。だが見過ごしはしなかったぞ。この千載一隅のチャンスを。
「そうだ、ウロボロス。コーヒーを一杯貰えないかな? 朝はやっぱりあれが欲しいんだよ」
「我が君が私のコーヒーを……! 少々お待ちください! 直ちにお持ち致します!」
こんなにも晴れやかな気分でウロボロスを送り出すのは初めてかもしれない。いかん、頬を緩めるな。ゆっくりでいいぞと口にしてはいけない。見送ろう。努めて普段通りに。
あれ、普段俺はどうやって見送っていただろうか。手を振ったか。そっちを見たか。いかん、思い出せない。いつも通りに振る舞うって難しい。落ち着け、何を演じようとしているんだ。わからないのなら、思うがままにした方がまだ自然というもの。頼む、感付いてくれるなよ。
「我が君がコーヒーを……っ!」
心配は杞憂だった。ウロボロスは暴走機関車のように脇目も振らず走り去って行った。うん、いつものウロボロスだ。そうなると少しばかりミスをしたことになる。なにせ、こんな状態の俺が要望したんだ。超特急で用意してしまうだろう。一刻の猶予もない。早く回復しなければ。ささっと手早くアイテムストレージを操作して、さぁ、ポーションをと手に取った時だった。
「おはようございます、愛しの魔王様。あぁ、今日もお美し……おや、どうされましたか? 顔色が……」
アザレアがやって来てしまった。なんて最悪なタイミング。予想だにしない伏兵。しかも一番嫌なウィークポイントを突かれた。つまり俺の顔を見て硬直された。心配もされた。これはもう完璧に気付かれたと考えた方がいい。何か上手い言い訳をしなければ。迅速かつ的確に。その間にウロボロスが戻って来たらアウトだ。
「あー……その、少し寝違えたらしい。悪いけど気分が優れない。急ぎの用事じゃなければまた今度にしてくれないか?」
「寝違えただけでそれほど体調を崩されるはずは……」
「現にこうなった。経過はどうあれ、これが事実だ。理解してくれ」
だからさ、早くユーターンしてくれないかな。もしくは目を瞑ってくれないかな。さっさとポーションを飲みたいんだよ。と、待てよ。全く話が通じなくなるのはウロボロスだけだ。アザレアなら話せば多少はわかってくれる気がする。それに万が一パワー勝負になっても負けない。だからアザレアの前なら隠れる必要はない。寝違えたと言い張り続ければ納得してくれそうな雰囲気をこのままものにできれば勝ちなのではないか。
「……う」
現実は甘くなかった。戦慄した。足音がする。軽い、とても軽やかな、まるでスキップでもしていそうな音がする。間違いない、奴だ。
馬鹿な。まだ出て行って1分も経っていないだぞ。何をどう工夫すればもう淹れられるんだ。冷静になれ。俺の好みの品を用意しに行ったウロボロスが手を抜くはずかない。別人。そうだ、違う誰かの可能性の方がずっと高いはず。それなら伝家の宝刀、寝違えたと言い切れば何とかなる。
「我が君、お待たせしました!」
なりませんでした。輝くような笑顔のウロボロスさん、ご帰還である。その手には盆があり、ちゃんと湯気の立つカップが乗っている。淹れたらしい。1分未満で。愛を舐めていたみたいだね。
ただ、如何に頭の中がお花畑状態であろうとも来訪者がいれば気付くようだ。ウロボロスはすぐにアザレアに気が付いて少しだけ不機嫌になる。甘い空間をぶち壊されたとでも曲解したのだろう。
「アザレア? ここで何をしているんですか?」
「魔王様に朝のご挨拶と会議について話をしに来たんだけどねぇ……。しかし残念ながら魔王様は体調が優れないらしい」
「ほ、本当ですか、我が君!?」
いかん、飛び火した。もういっそ逃げるか。とにかく1人になれれば後は野となれ山となれ作戦でいけないか。
ふと、この作戦には致命的な欠点があることに気が付く。俺が体調不良。この一大事、ウロボロスは絶対に逃がしてくれないだろう。追われる。捕まる。仮にポーションをどこかで飲めたとしても、看病と称したえげつない何かをされて事態が悪化してしまうに違いない。やはり食い止めなければ。この愛の暴走機関車を。
「大丈夫だ、ウロボロス。少し休めば良くなる。だから1人にして――」
「――では裸で温めなければ!」
「それは聞き捨てならない! 魔王様、お供させてください!」
あぁん、もう。振り出しに戻るどころか、狼が2人に増えちゃった。2対1なんて卑怯者のすることだぞ。こうなったら破れかぶれの最終手段だ。話の流れも体調も知ったことか。耐えてくれよ、俺の体。
「いや、やっぱり元気だった! ほら、こんなに動くぞ!」
跳ねて見せた。踊っても見せた。見ろ、この命をかけたラジオ体操第1を。うわ、体の中がぐちゃぐちゃに混ざったようで気持ち悪い。もうポーカーフェイスなんてできっこない。何かがこみ上げてきて咄嗟に2人に背を向ける。耐えろ。耐え切れ。この峠を越えなければ死ぬぞ。
「あの……我が君、どうされましたか?」
「い、いや……何でもない。それよりも会議だ。会議でも何でも行こうじゃないか。俺の頭は議論を欲しているぞ」
「魔王様、本当に大丈夫ですか? いつもと様子が違うようにお見受けしますが……」
「俺は普段通りだ。それよりもアザレア。会議と言ったな? 早く会議とやらを始めるぞ!」
「か、畏まりました。直ちに準備するので少々お待ちを」
よし、いけた。この名演技で何とか乗り越えた。しかしその代償は大きい。アザレアを見送るのが限界。ひと芝居を終えた疲れで、いや、本当は体がヤバくてベッドに座り込む。ヤバい。苦しい。これまで体験したことのない類いの感覚だ。真面目に死んじゃいそうだ。
「我が君、無理をなされていませんか?」
はい、物凄く。なんて言えないよな。それよりも全身がガクガク震えそうなのを必死に堪えなければ。
ちゃっかりと隣に座って密着してきたが抵抗する力はない。今は受け入れよう。抱き着かれさえしなければ三途の川は渡らないから大丈夫だ。
「そ、そうです! コーヒーです! どうぞ、召し上がってください!」
よほど心配してくれているらしい。中身がビチャン溢れるほど勢いよく差し出されてズボンが汚れた。でもウロボロスは気付いていない。心底不安そうにして、目に涙をうっすらと浮かべまでして俺を見ている。これじゃあ怒るに怒れないよな、やっぱり。
ところで、超特急で作られたはずのコーヒーはなかなかだ。暖かい湯気と共に香ばしい香りが漂ってくる。色合いも悪くない。今日は美味いんじゃないか。あぁ、そうか。ひょっとして事前に淹れておいたのを温めたのかも。そんな期待を胸に一口含んでみる。うん、水の味がした。
「ウロボロス……次はもっと時間をかけて濃くしてくれ」
あの短時間というか、きっと秒で淹れたんだ。これは当然の結果。むしろよく色や香りだけでも付いたものだ。まさかとは思うが墨汁か何かで色付けはしていないよな。ないか。この香りの説明が付かないからな。
「更に濃く……わかりました、善処致します!」
「うん、よろしく頼むよ」
それはそうと胃に穴は空いていないだろうか。ちゃんとコーヒーを受け止めてくれているのだろうか。そんな心配をしてしまう。腹の中では絶賛、色々と飛び散らせながらカーニバルが開かれているだろう。その被害が増えないことを切に、切に願う。願うしかない。
「我が君、暑いですか? 汗を拭かせて頂きます」
言われて気付く。額が汗ばんでいたことに。暑いんじゃない。俗に言う嫌な汗というものだろう。とりあえずでっかいハートが刺繍されたハンカチで拭いては貰ったが冷や汗は止まらない。滝のように吹き出してくる。マズイ、また良からぬ妄想を抱かれる材料になりかねない。こうなったら先制攻撃だ。やられる前に仕留めろ。
「よし、そろそろ着替えて行くか。会議なんだ、すぐにでもできるだろ?」
「アザレアに確認します。我が君はどうぞお着替えを」
狙い通り、ウロボロスはアザレアと通信を始めた。でも視線が外れていない。むしろガン見。目が血走りそうなほど開いて着替えを見ようとしてやがる。
くそ、手強い。しかしまだ諦めるには早い。服を着替えるにはアイテム・ストレージを弄る必要がある。そこには何でもある。武器も、防具も、各種アイテムも。つまり回復ポーションもある。そんな宝箱に手を突っ込めるんだ。この好機、こんな演技で生かす。
「おい、あんまりジロジロ見るなよ」
背を向けて隠す素振りを見せる。本当は着替えなんてワンタッチ。こんなのは無駄な動きだ。でもリアルで考えて欲しい。誰かの前で着替えるならこれは当然の行いではないか。羞恥心。配慮。そんな人として持つ当たり前の感情、モラルに基づけば正常。正しい反応。俺は元々普通の人だ。魔王になる前の名残が出ても何ら不自然ではない。疑問を持たれても、あぁ、まだ人らしさがあるんだと思って貰えるはず。現に、ウロボロスは不思議そうにしていない。むしろこの恥じらいがツボに入ったのか、うっとりとした顔をして口からよだれを垂らしてすらいる。
「……よし」
堂々と、しかし素早い動きで回復ポーションを手に持つ。背中越しなんだ、見えるはずがない。服を着替えるのだからアイテム・ストレージを操作しても不審がられはしない。ここまでは完璧。後はこれをどうやって口に入れるかだ。
「我が君、如何なさいましたか?」
「いや、ちょっとアイテムの数が多くてな。会議に合いそうなのを探すのに手間取って」
次の手を考えるのに時間がかかり過ぎたか。でも、それにしたって苦しい言い訳だ。なんだよ、手間取るって。どこに何があるかなんておおよそ覚えている。そうじゃないと戦闘なんてできやしない。
こうなったら仕方ない。強行手段その2だ。そうと決まればまずは着替えてしまう。そして博士や学生が身に付けそうな黒い帽子を被る。
「うーん……これは流石に気合いを入れ過ぎたか」
任務完了だ。気付かなかっただろう、ウロボロスよ。この一瞬の間に俺は飲み干したぞ、ポーションを。
ポーションは小瓶に入っている。帽子を被りつつそれを口にくわえて、口の動きだけで傾けて飲み干した。空の小瓶は脱いだ帽子の中に落として入れてアイテム・ストレージに戻した。このテクは見破れまい。ブラック企業で鍛えた、手を使わない高速栄養補給術を舐めるなよ。
「さ、着替え終わったぞ。会議室に案内してくれるか?」
「畏まりました。ご案内します」
よし、感付かれていない。喜ぼう。俺はこの難所から奇跡の生還を果たしたのだ。ただしまだ気は抜くな。隣には腕を組んできたウロボロスがいる。また地獄へ叩き落とされかねないのだから。俺は努めて平静を保ちながら、胸を張って歩いた。




