表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第1章 偽りの騎士
21/51

第21話「決戦」

 さて、脅威は主に次の通りだ。無限沸きするゾンビ、アデルを覆う何枚かのシールド、そしていささか硬そうな本体。これらを突破したその先、つまりあの中に動力源か、もしくはアデル本人がいると考えられる。


「まずはゾンビから処理するか。数には数。カルマ、頼む」

「うむ、殲滅戦じゃのう。開門、ゲート・オブ・エデン!」


 ゾンビ自体はさして脅威ではないが、ルーチェと話している間にも、カルマの騎士たちを物量で圧倒してしまっている。肉弾戦では全く歯が立たない。傷付けるどころか、騎士たちに防御姿勢を取らせることすらできていない。だが、新たな個体が地中から湧き続けている。減らない。右肩上がりに増え続けるその圧倒的な数によって騎士たちを押していた。

 だからこその、数には数である。無限のように思える数でも、それが現実なら必ず限界がある。しかし奴は主張するだろう。それでも無限なのだと。だったら競ってやろうじゃないか。そしてへし折ってくれる。大して高くもないその鼻を。

 地獄の門が開け放たれ、無数の亡者たちが飛び出し、乱戦が激化。こちらの押され気味だった戦線が持ち直した。


「……何じゃと?」


 持ち直した。そう見えたのだが、どういう訳か、どんどん押されていく。馬鹿な。数ではこちらの方が圧倒しているというのに、あんな雑魚集団如きになぜ押される。何か小細工でもしているのだろうか。


「なるほどのう……奴ら、死後すぐに蘇生するようじゃ」


 カルマに言われて、あぁ、と気付いた。よくよく観察してみれば、切られ、殴られ、吹き飛ばされたはずの肉体が即時再生し、何事もなかったかのように立ち上がっている。まさに正真正銘のゾンビということか。少し悔しいが、これは攻め方を変えなければならないだろう。


「はははっ! これでわかっただろう!? お前たちに勝ち目は無い!」

「確かにこのままじゃ、いつまで経ってもじり貧か」


 ではどう処理するか考えると、いくらでも手が思い付くものの、こんな奴らに本気を出すのはもっと馬鹿らしく思える。やはり力業がいい。それなら方法はひとつ。真正面から力ずくでこじ開けてくれる。


「カルマ、遠慮は要らない。ゾンビもろとも大地を抉り取ってやれ」

「良いのかのう、魔王様? 余波であやつも消し飛びかねんが」


 そこまでは考えていなかった。というか、本来なら考えてやる必要なんてないことなんだが、俺たちが倒しては意味が無い。初めてアデルの村で戦った時と同じようにしよう。そう、守ってやるのだ。ただ今回は威力が違う。不本意だろうが、ウロボロスに守って貰うとしよう。

 目で合図を送ると、意図を察してくれたのか、嫌そうな顔をしながらも、


「御心のままに」


 頷いてくれた。悪いな、ウロボロス。大切なあの体に初撃で致命傷が入ってしまったら困る。かといって手加減したら理想の状況にならない。敵にダメージを入れず、かつゾンビだけを綺麗に処理するために、ここは我慢してくれ。


「よし、思う存分やってくれ」

「ふむ、わかったのじゃ」


 カルマは頷くと、スレイヴ・オーダーで眷属を強制的に地獄の門へ引き戻し、戦場を綺麗にする。それと同時に真っ黒な魔法陣を両手に展開。胸の前で手を合わせた。

 一方、敵がいなくなってさぞ快適なんだろう。ゾンビたちはつんのめりながらも勢い良く突進してくる。

 その様子のなんと無様で憐れなことか。狙いなど付いていないのか、ただがむしゃらに真っ直ぐ進むだけ。その先に何があるのか考えもしない。そう、これから色々と消し飛ばしてしまう魔法に向かって自ら飛び込もうとしているなんて、全く想像もできないに違いない。


「よもや、この身で放てる最大火力をこのような場所で使うとはのう」

「な……何だ、その力は……!」


 ゾンビとは違い、アデルは震え声を出してくれた。原理はお前の魔力放出と似ているからな、見ただけでどういうものか理解したのだろう。ひょっとしたらその魔力量を測ってみたのかもしれない。どっちでもいいか。絶望してくれたのなら、カルマに任せたかいがあったというもの。


「魔力フルチャージ……完了じゃ」


 遂に、カルマは藍色の球体をこしらえた。手のひらに収まる魔力の塊である。だが見た目とは裏腹に、秘められた魔力量は常軌を逸している。ただそこに存在するだけで周囲に甚大な被害を与え始める程だ。

この影響により、大気は世界の終末を想像させるような不協和音を奏で、大地は地響きを立てながら最大震度の地震を引き起こす。

 ゾンビたちは余りの大揺れに立っていられないらしく、ドミノ倒しのように倒れ込んでいく。ある個体は再生し、ある個体は立ち上がり、いずれも再び進もうとする。その不屈の精神だけは素晴らしい。でも生憎と大揺れは止まらない。また倒れる。これを繰り返した。


「さぁ、その身で受けよ。そして絶望するがいい。魔法発動、フル・ドライブ・バースト……!」


 力は臨界点へと到達。金属が弾け飛ぶような甲高い音が響いた次の瞬間、天変地異が起こる。崩壊。世界は音を立てて崩壊する。理不尽に。ただただ凶悪に。この世に存在してはならない悪意が顕現する。するとたちまちゾンビはおろか、空間そのものを飲み込みながら虚空を形成し始めた。


「な……なんだ、この力は……っ!?」

「この程度で恐れをなしては身がもちませんよ?」


 エグゾダスの10倍を優に超えるほどの威力だ。間違ってアデルに当たろうものなら、それが例え余波だったとしても、文句無しに消滅させてしまいかねない。

 そこでお願いしたウロボロスの出番である。スキル、ラウンドシールドEx、サクリファイスモード。広範囲にシールドを展開して一定量のダメージをカット、許容量を超えた場合は盾持ちが全てのダメージを肩代わりするというものだ。その性質上、余りにも強大な攻撃に使用したら自殺行為だが、ウロボロスはこの程度、と言った。そう、単純な馬鹿火力如きでは、どれだけ強力であろうともウロボロスを倒すことなどできない。


「ば……馬鹿な……あれだけの火力を……受け止めた?」


 絶句しているところ悪いが良くないことは続くぞ、アデル。

 まず、ゾンビの命運は尽きた。あそこまで破壊されてもなお再生できるのかもしれないが、残念ながら立つ地面が残っていない。生き返ったそばからどこまで続くかわからない奈落の底へ落下していく。そして新たな個体の出生すら許さず、生まれたそばから奈落行きであった。

 これで邪魔者はいなくなった。そう、本丸の狙い撃ちが始まるのである。


「あのシールドは如何するかのう、魔王様?」

「そうだなぁ……」


 アデルの周りには3種類のシールドが展開されていた。ステータスをチェックするものの、どれもがアンノウン、つまり未知のシールドらしい。闇雲に突っ込んで痛い目に遭うのはごめんだ。1枚ずつその特性を紐解きながら破壊していくか、なんて考えていると、


「じゃあ、私が行きまーす!」


 元気よく手を挙げたフェンリスが駆け出していく。まだ返事もしていないのに、まるで許可でも得たかのように、ためらいの無い軽やかな身のこなしだった。欠片みたいな所がポツポツとしか残っていない地面をジャンプだけで踏破していき、そのままの勢いで大きく振りかぶる。


「一枚目、貰うよ!」


 返事をしていないと言った。だが、正確には止める間も無いくらい、と言うべきだ。そのくらい速く、まさに電光石火のスピードで詰め寄ったのである。そしてこれまた止める間も無く、体重をしっかりと乗せた前傾姿勢の型で殴りかかる。


「……あれ?」


 拳は弾かれた。傷ひとつ付いていない。いくら速度重視で育てたフェンリスとはいえ、あの殴打は中々の威力が出るはず。それを防ぐなんて、こりゃ、もしかすると楽しめる相手なのかもしれない。なんて内心ワクワクしながらシールドを観察していると、あることに気が付いた。


「あぁ、そういうことか」


 殴った箇所だけ周囲より色が濃くなっており、攻撃が終わるや否や、たちまち周囲と同色に戻っていく。お陰で理解した。あれは攻撃を受けた個所にシールドが集中するタイプなのだ。それを証明するように、フェンリスが別の所に蹴りを入れるも、同じようにそこだけシールドが厚くなって突破できない。


「無駄だ! この流動性シールドの前に敵は無い!」


 あ、教えてくれるんだ。なるほど、流動性ね。フェンリスの攻撃速度にも反応して厚くなれるシールドだ。そりゃ自慢もしたくなるだろうよ。でもお陰で解析する手間が省けた。その点については感謝しよう。

 さて、どう対処したものか。この手のタイプは空間攻撃、つまり全面へ均一に高火力魔法をぶつけてやればあっさりと破壊できる。だが今に限っては駄目だ。あんなシールドを張られている状態で、シールドだけ破りつつアデルを守るのは正直骨が折れる。


「この速さの流動性……うーん、じゃあ、取って置きの方法で!」


 何か策を思い付いたらしいフェンリスは、くるりとバク転しながら距離を取り、アイテムストレージから弓矢を取り出す。金色に光輝くそれはアルテミスといい、獣人属のみ装備可能な最高レアの武器だ。

 その様子を見て納得してしまう。確かにその方法なら確実にあのシールドだけを破壊できるだろう。その上、アデルの度肝を抜けるに違いない。一石二鳥だ。


「フェンリス、任せたぞ!」

「はいっ! お任せください、魔王様!」


 対して、アデルは高笑いを始める。恐らく俺と同じように考えていたのだろう。このシールドを突破するには全面へ均一に負荷をかけて、その上で破壊しなくてはならないと。そう考えると、弓矢はどう頑張っても一点集中の攻撃なのだから、単純な火力で上回らない限り破壊は困難であるように思える。


「これは傑作だ! この流動性シールドに対して弓矢など!」

「おい、アデル。余り、俺たちを舐めてくれるなよ?」


 勿論、単純な火力で上回れないことはない。だが矢で貫いたらアデル諸共殺してしまいかねない。そういう意味でも力ずくでシールドを破壊するのは無理である。ただ、だからといって勘違いされては困る。これは妙手だ。


「やれ、フェンリス!」

「はいっ! いきます――っ!」


 いっぱいに弦を引いてから矢を放つ。その瞬間フェンリスの姿が消え、一筋の稲妻がアデルの横を駆け抜ける。これまでの速さとは段違い。文字通り、雷速。落雷のような音を立ててフェンリスはアデルの背後へ。その時、矢がシールドへ接触する。


「――スキル、雷速轟拳!」


 正面からはアルテミスの矢、真後ろからは超速の拳。傍目には同時攻撃。しかし僅差で拳を遅らせた。結果、矢を止めるために背後が最も薄くなってしまった所を的確に突くことができ、木っ端微塵に破壊する。


「で……電子演算速度を追い抜く程の僅かな隙を……狙い撃ちしたというのか……!? なんだ、これは。何なんだ、これは!」

「寝ている暇は無い――!」


 次に出たのはムラクモだ。カチリと音が鳴ったと思いきや、既に一刀を打ち込んで納刀するところである。

 何の指示も出していないが、この対応は正解だ。あのシールドが再展開されるリスクも考えれば速攻でケリを付けてしまいたい。


「ふ、ふん! だが、これは破れまい!」


 ムラクモは確かに切り捨てた。しかし切り裂いたはずのシールドはまだそこにある。これはもう明確。高速で再生されるシールドなのだろう。硬度こそ大したことは無いだろうが、これまた厄介なタイプである。


「流動性シールドが破れても、この即時再生シールドを貫けるものか!」


 うーん、アデルの奴め、次から次へと珍妙な物を出す割にはネタバレが早いな。そんなに俺たちよりも上に立ったと自慢したいのだろうか。馬鹿だなぁ。ただ単に強いだけの相手ですら恐れるに足らないのに、アデルに関してはそもそも強くすらない。救いようのない奴だ。


「そら、反撃といくぞ! 魔法発動、ダークネス・スピア!」


 闇色の槍が生成され、一直線にムラクモへと放たれる。防御はまだ頑張っているくせに攻撃はなんとお粗末なことか。あのレベルであれば、魔法に関しては全く不得手のフェンリスでも大したダメージにならないぞ。まして防御の硬いムラクモには何の影響も出ないだろう。

 どうするも自由だ、あんな小粒の魔法。そう思ってただ静観していると、ムラクモは納刀したまま居合いの構えを見せる。


「居合抜きなど!」

「知っているか? 居合い抜きとは本来、奇襲に備えた剣技だと」


 刹那、槍を真っ二つに切り裂いて消滅させる。それと同時に刀を上段に構え、ムラクモは必殺技の態勢へと移行していた。


「秘剣、朧桜!」


 放たれたのは一刀であり、一刀ではない。ただの一閃で何百もの斬撃を叩き込んだのである。舞い上がる。キラキラと、シールドを形成していた魔力の破片が桜の花びらのように。そして、やがて崩壊したと悟ったのか霧散していった。


「う……嘘だ……このシールドまでもが……」


 即時再生シールドの名は伊達ではないらしい。どれだけ滅多切りにされてもすぐに再生する。いや、正確には再生しているらしい、としか言いようがない。なぜなら、生憎と、あの程度の再生など意味を成していないからだ。もはや存在していない。そう言い切れる程に徹底的に、神速の剣技によって消滅させられているのだから。


「師匠!」

「吠える必要はありません。その切れ目……私も見切っています」


 ムラクモのお陰で、即時再生シールドの向こう側も把握できている。最後は極めて高い物理耐性を持つシールドらしい。全く本気でないとはいえ、ムラクモの斬撃を受けてもビクともしていない程度の硬度とはな。最初からあれを複数枚展開しておけばいいのになぁ、とか思いつつ、ウロボロスに任せることにした。


「ウロボロス、ド派手に頼むぞ?」

「畏まりました。御心のままに敵を圧倒しましょう」


 ウロボロスの防御力はとくと堪能してくれたと思う。だが、まだだ。俺がウロボロスに託したのは盾だけではない。オラクル・ナイツの剣であることも望み、攻撃、防御両面共にトップレベルまで育てた。トップレベル。いや、もう言い切ってしまおう。ドミニオンズ時代に培った全ての知識、技術をフル活用して、リアル財力を惜しげなく投入して達成したのだ。理論上最高値を。その威力、とくと味わってくれよ。


「ムラクモの刃が立たないとは、なるほど、それなりに頑丈のようですね」

「当たり前だ! 理論上最高硬度の盾だからな!」


 ウロボロスはニヤリと笑うと、足元に魔法陣を展開した。すると手にしたグングニル改12に取り付けられたブースターが着火。気流を大きく乱し、木々が根元から舞い上がる程の暴風を周囲に生み出す。


「矛盾という言葉があります。最高硬度の盾に最強の槍をぶつけた時、どちらかの絶対神話は崩れ去るでしょう」

「ふん、やってみるがいい! そして絶望しろ! 如何にお前でもこの盾は抜けん!」

「では、解答といきましょうか」


 投てきの構えを取ると、ウロボロスは渾身の力を込めてグングニル改12を放つ。その様はロケットのようである。火を噴きながら瞬く間に宙を駆けてシールドに接触。それで終わりだ。ドラマも無ければ慈悲も無い。わかっていたことだ。拮抗などあり得ないと。


「び、ビット――!」


 アデルは大量の盾を排出すると、グングニル改12へぶつけて防御を試みた。だがそれすら無駄だ。全て粉々に砕けてしまい一瞬たりとも止められない。巨体を強引に動かして何とか直撃は避けたものの、掠っただけで右半身は壊滅状態になる。


「ここは僕の出番ですね?」


 あいつの防御を完全にぶち抜いた今、残るのは仕上げ。聞いておきたいこともあるし、ここはまず抑え込んでしまいたい。

 ただ、あの巨体だ。人間サイズならウロボロスでもいいんだけど大き過ぎる。いくらステータスが高くても物理的に手が届かないのなら、抑え込みたくても指一本の自由を奪うのがやっとだろう。だからここは自由自在にゴーレムを用意できるアザレアが適任である。


「あぁ、特大のを頼むな」

「畏まりました。出でよ、巨大ゴーレム。あれを押さえ込め!」


 ポイっとカプセル状のアイテムが放り投げられると、瞬く間に、アデルと同じくらいの大きさのゴーレムが現れる。あれはゴツゴツした岩々で造られたパワータイプだ。他に特徴は無いが、パワーに関してはこれ以上のゴーレムはいないだろう。そんな剛腕の両手が伸びる。逃がさない。易々とキダを羽交い絞めにしてしまう。


「さて、これで準備が整った訳だが……」


 ここからは、これまでの破壊活動とは全く違う。この程度の敵ならこれくらいの攻撃で十分だろう、みたいな予測が全く立たない。試したことすらない、ぶっつけ本番というやつである。どうしたものか。まぁ、試すにしても試さないにしても、とりあえずアデルと話はしておくか。


「行きますっ! エアリアル・ストライク!」


 なんて考えていると、予想だにしない方から声がする。振り返ると、風に乗ったルーチェがランスロットを生成しながら飛び上がり、勢い良く突進して行ってしまう。まさか、あいつ、アデルに引導を渡すつもりじゃないだろうな。残念ながらそのまさからしい。一直線に槍を振り被りながら突っ込みやがる。


「待て、ルーチェ!」


 俺はおろかウロボロスたちですら全くの予想外過ぎて反応できなかったらしい。素通りさせてしまい、攻撃を許してしまう。7本の槍を使った渾身の攻撃が叩き込まれた。

 あんな仰々しいシールドを張っていたのだ。ひょっとすると装甲は紙なんじゃないかと危惧したけど、どうやら大丈夫らしい。貫くどころか傷ひとつ付かずに済んだ。思わずホッと胸を撫で下ろしてしまう。


「……妙ですね」


 本当に妙な話だ。ルーチェの奇行としか思えない攻撃は他に何て表現すればいいものか。俺はそうとしか思えなかったが、ウロボロスは違う感想を抱いたらしい。視線はルーチェではなくアデルの装甲へ向いている。あれに何か気になるところでもあるのだろうか。


「我が君、あの装甲は少々特殊なようですね」


 特殊。特殊、特殊。言われてよく考えてみると、まだあんな硬い装甲があったことが引っかかる。ルーチェの攻撃がこの世界でどの程度なのか正確にはわからないものの、決して温いとは思えない。それを完全に弾く程の装甲を持っているのなら、あんな手の込んだシールドなんて必要ないだろうに。一体何を想定した装甲なのだろう。


「うーん、少し気にはなるな」

「はい。ルーチェとの一戦を思い出せば、如何にステータス差があろうとも、外観上かすり傷程度は付くはずです。しかしあの装甲には汚れすら付いておりません」


 あ、あぁ、その話か。目を凝らしてよくよく観察すると、ルーチェが風の槍で攻撃した所は、周辺と比べても遜色ないくらいに綺麗なままである。これはおかしい。

 以前、ルーチェはウロボロスの鋼の肉体にかすり傷を負わせている。ダメージはどうあれ、どれだけステータスが隔絶していても多少は傷が付いていた。ではあの装甲はといえばご覧の通り。ここから考えられるのはひとつ。あの装甲は装甲ではなく、魔法を弾くシールドだったのだ。

 よく考えてみればわかりそうなものだった。流動性、即時再生、高い物理耐性。そのどれもが物理的な攻撃を受けることに特化していて、魔法への備えが無かったじゃないか。魔法に対する絶対的な耐性があるからこそ、物理面に特化したシールドばかり用意したのだろう。


「ルーチェの槍は魔法で編まれている。だから完全に弾かれたんだろうな」

「加えて、そう考えると私の一撃に対してビットをぶつけてきたのも頷けます。あれだけ自信過剰なのに、あの大層な装甲で受けなかった事が気がかりでした」


 そうか、ヒントはまだまだ転がっていたじゃないか。反省だ。今後は注意していかなくちゃな。


「ふん、暢気に分析するのも結構だが!」


 効かないとわかっていながらも、なおも攻撃を続けていたルーチェの前にそれは現れる。見覚えのある闇色の魔法陣だ。魔力が収束していくことからも、まず間違いないだろう。

 これまた考えてみると恥ずかしい話だ。ウロボロスはアデルの魔法をことごとく弾いて見せた。攻撃手段が全く効かないと知らしめたのだ。普通ならそこで負けを認めてくれたり、逃走を図ってくれたりするだろう。だが実際にはここまで戦いを引っ張られた。何か理由がある。そう考えるのが自然だったのに、完全に舐めてかかってしまったようだ。これまた反省だ。


「はははっ! 如何に魔王といえど、禁呪エグゾダスに対処などできまい! 忌まわしき力をその身で受けよ!」

「くっ!」


 ルーチェはすぐに退避行動に出るが、残念ながら無駄な抵抗だ。広域を消失させる魔法を前にして逃げるなど論外。発動前に術者を止めるか、その魔法陣を打ち消すのが常套手段である。

 だが、今に限ってはそんなオードソックスな方法では失礼か。これまで見せてくれた魔法のレベルを思えばあれは別次元の領域。どうして使えるのか全く理解できないくらいだ。あれに応えるためにはこうするしかないだろう。


「良いものを見せてくれた礼だ。思う存分、絶望してくれ。スキル発動、クリスタル・バニッシュEx」


 エグゾダスが放たれたのを確認してから最上級スキルを使用する。

 これは魔法、スキル、アイテムの発動と効果を凍てつかせることで無効化する。その対象レベルに制限はない。つまり、本来ならば高ランクでそうそう止められないはずの、しかも既に発動した闇すらも凍結させ、亀裂を走らせ、そして崩壊させてしまう。これで終わりである。


「ば……馬鹿な……この規格外の魔法を……!?」

「あ、あの魔法を……こんな簡単に……!?」


 アデルが驚いたのは狙い通りなんだが、助けたはずのルーチェまで驚くとは少しショックだ。結構強い風に振舞っていたつもりなのに、そう思われていなかったのかもしれない。まぁ、物は考えようだ。ギャップもあって、これでよくよく理解してくれただろう。俺たちに不可能なことなんて無いのだと。


「余り見下してくれるな。俺は魔王と呼ばれた男だ。その程度の魔法、打ち消すなんて造作もないんだよ」


 俺なりに目いっぱい恰好も付けてみた。これでバッチリ。痛いイメージも持たれたかもしれないが、それ以上に俺の強さを覚えてくれただろう。これでいい。これでルーチェが、自分だけで何とかしなくては、という気持ちが少しでも弱まってくれたらいい。

 行動を見たからはっきりしたが、ルーチェはもう諦めている。アデルの生還を。無理もないか、あんな状態だ。きっと肉体はもう無くて、魂や意識といったスピリチュアル的な部分だけを繋ぎ留められているのだろうから。


「だからさ、ルーチェ。もっと最高の形に仕上げてやる。もう少しだけ待っていてくれ」

「魔王様……でも、どうするつもりなんですか?」

「まぁ、見ておけって。さてと……」


 俺の周りに、霊魂のような黒い球体が現れて旋回し始める。エグゾダスで駄目なんだから、そっちは諦めてくれればいいものを。これはダークネス・ソウルか。触れたら最後、死ぬまでジワジワと蝕まれる下級の闇魔法だ。もう一度言おう。下級の闇魔法だ。こんなか弱い攻撃など、例え食らったとしてもオート・ヒールで相殺できるから痛くも痒くもないんだがな。そう思って無視していると、


「我が君、お戯れが過ぎます」


 闇色の球体が迫った時、ラウンドシールドExが展開され、全てかき消された。使用者はウロボロスだった。全ての脅威が消滅したことを確認してから、珍しく怒った表情をして詰め寄って来る。


「御自愛ください。如何に下賤な魔法であろうとも、生身で受けるなど言語道断ですよ?」

「悪いな、仕上げ前にどうしてくれようか考えていた」


 このまま戦いを終わらせる前にアデルと話をしたいと思っていた。なぜなら、俺の認識が間違っていないことを祈るばかりだが、父親に限らず親というものは、我が子を何よりも大切にするのではないだろうか。ありったけの愛情を注ぎ込むからこそ目に入れても痛くないという表現があるのだろうか。では、目の前のこいつはどうだ。そこがただただ気にかかっていた。


「最後に聞いておきたいことがある。お前さ、自分が何をしたのかわかっているのか?」

「どういう意味だ?」


 どういう意味ときたか。弁解するのでもなければ、自分を肯定するのでもない。本気で何も悪いと思っていなさそうな声色である。こりゃ、アデル云々はおろか、世界を滅茶苦茶にしたっていう自覚すら無いかもしれないな。でもはっきりと聞いておこうと思う。こうだと決め付けるのではなく、きちんと聞くまではわからないのだと、そんな当たり前のことをアデルの村の一件で学んだから。


「……アデルに何か言いたいことがあるはずだろう?」

「アデルに……だと? なんだ、今更。感謝の言葉でも吐けと言うのか?」


 感謝。よりにもよって感謝か。これは傑作だ。

 世の中は楽しいことよりも辛いことの方が遥かに多くて、想像を絶するような悲しいこともたくさんあって。でも、そんな世界でも生きていけるのは家族がいるからじゃないのか。言い過ぎと思われるだろうか。いや、実際はそうだろう。全く違うと否定できる奴はいまい。そんな無条件で支えてくれる大切な人をただただ悲しませて、あろうことか、感謝、だって。


「お前、アデルの父親だろう? アデルはどんな子だった?」

「自慢の娘だ。私のために全てを投げ打ってくれている」


 あぁ、そうだろうよ。アデルはあの村で、偽者の村人たちと生活しながら懸命に生きていた。学者になりたいと言っていた。父親のような、世界を救える立派な学者になりたいと言っていた。でも、あんな村で何ができる。本を読み漁るだけで学者になれるものか。都会に行って、学校に入って、学びを深めて。そうしてようやくなれるものだろう。そんな夢を胸の中に押し込んで、父親の夢を叶えるために全てを投げ打っていた。なるほど、自慢の娘だ。そこまでわかっておきながら、どうしてなんだ。なぜなんだ。


「じゃあ、お前は何をした? 大好きだよって、心の底から慕ってくれる我が子に、その身も命も夢までも使って支えてくれるアデルに何をしやがったか……わからないとは言わせないぞ」

「お前のような絶対的な強者にはわかるまい。力の無い者は一方的に蹂躙される。だが、座して食われるのを待つほど我々は愚かではない。非力故に知恵を振り絞り、人類は何万年も生き延びてきた。今も昔も変わらぬ方法で道を切り開くこと。それが私の、そしてアデルの悲願だった」

「じゃあ、ルーチェに泣き付いたのは……あの涙すら、一時の気の迷いとでも言うのか?」


 アデルは言い淀んだ。少しばかりの沈黙が流れて安堵する。良かった。こんな酷いことをして何も思わないはずがなかったのだと、そう思ったから。


「笑ってくれて構わないさ。私はあの子の手を取ることすらできん。だがあの日、2人で思い描いた未来だけは何人たりとも汚させはしない。それだけが私に残された希望なのだ」

「そうか……今、確信した。細かい事情は色々あるんだろうが、お前は間違っている。それだけは胸を張って言える。だから……何もかもを最高の形で終わらせてやろう。来い、ゼルエル!」


 ひらり、はらりと、漆黒の羽が舞い降りて来る。その流れを目で追っていくと、そこには、闇色の翼を広げた堕天使ゼルエルが佇んでいた。何も言わず、じっと、アデルの方を見つめている。


「な……何者だ!?」

「私はユウだけの剣、ユウだけの盾。名は、堕天使ゼルエル」


 答えるが否や、その足下に藍色の魔法陣が展開される。魔法陣。いや、それは魔法陣でありながら時計でもあった。余り見慣れない、むしろ見慣れては困るとっておきの最上級スキルである。

 展開を終えるとゼルエルは地面に降り立ち、おもむろにルーチェの手を取った。そして握られていた風の槍だけを凍結させて破壊する。


「これは不要。不可能と嘆いて弱者を切り捨てる。それだけはユウに限ってあり得ない。その願望は必ず叶えよう」

「な……何を言っているんですか? もうアデルは……」

「仕方ない、どうしようもない、諦めるしかない。そんな弱音は私の力でねじ伏せる」


 言葉を挟む隙が無かった。淡々とゼルエルに言われていく。俺の考えていたことを、言いたかったことを。以心伝心ってこういうことを言うのだろうか。何の打ち合わせもしていなければ、お願いすらしていない。それでここまで鮮やかに事を運ばれては見守るしかないというもの。


「ユウは誓った。この世界でくらい不公平な不幸はあってはならないと」


 ゼルエルはスッとルーチェから離れてアデルの前に立つと、片手を伸ばす。すると、足下に展開されていた魔法陣が更に拡大。戦域一帯をカバーして、時計の文字盤が浮かび上がっていく。始まる。見られる。皆に1人ひとつ持たせた各分野における史上最高ランクのスキル、秘奥義が。


「秘奥義、ネバー・エンド・ユア・テイルズ、発動」


 ゼルエルのそれは時間へと干渉し、対象を指定した時間だけ巻き戻すことができる。そう、アデルが悲しい運命に遭わなかった頃へと。ただそれで終わっては芸が無い。こいつは多少脚色を加えることが可能。具体的には、術者が指定した者の望む形にすることができる。


「な……なんだ……この光は!? 体が……構成が崩壊するだと……!? 馬鹿な!?」


 ボロボロと禍々しい巨体が崩壊していく。破片は風に乗って溶けていってしまい、残骸すら残さない。必死に足掻いているらしいが、もはや手足は残っておらず、芋虫状態になって墜落した体では身をよじる程度しかできないようだ。抵抗は無意味。そうわかったのか、終いには驚愕の言葉すら吐かなくなってしまう。


「――望め。これから始まる新しい日々を最高の形で迎えられるように」

「最高の……形で……」


 時計の針が高速で逆回転するに連れて、アデルの巨体が白い光に包まれていく。それは霧のようになって、辺りに溶け出していって、そして。最後には見る見る小さくなっていったかと思うと、穏やかな寝顔をしたアデルが横たわっていた。その胸は確かに上下していて、生きているのだとわかる。


「あ……アデル……?」


 何もかもが元通りになっている。戦闘で破壊し尽くされた地面も、空も。ルーチェは青々と茂った草原をしっかりと踏み締めて駆け寄るとしゃがみ込み、震える手でアデルの頬にそっと触れた。


「温かい……生きている……生きているんだね、アデル……っ!」


 過去の改変は基本的にタブーなのかもしれない。それは仕方ない。過去が変われば今が全く別のものになってしまい、何が起こるかわからないから。でもその心配はない。こいつは本当に都合よく、悲しい過去だけを変えてくれるのだから。まぁ仮に今が滅茶苦茶になってしまったとしても、それでも俺はこの道を取っただろう。だって何を後悔することがあるだろう。見ろ、あの2人を。どうして間違いだと言えるだろうか。

 アデルはまだ目覚めない。でも、その表情はこれまで見たどれよりも穏やかで、幸せそうなものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ