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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第1章 偽りの騎士
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第14話「アザレアの工房」

 ここは工房か、はたまた工場か。ユウやウロボロスに申請された種類は間違いなく工房であり、アザレアが仕事をする場として提供されている。先日のリリスの件があって規模を拡大せざるを得なくなったのもあるだろうが、それにしてもここは工場と言った方がしっくりくる状況だった。

 工房内に足を踏み入れたウロボロスとカルマの肩がビクンと跳ね上がる。爆音と言ってもいい騒音が絶えず鳴り響いているからだ。防音の魔法を使っているため外まで漏れるようなことはないが、そのために心の準備も何もなかった2人はとても驚いていた。


「……」

「……!?」


 2人は会話をしようと言葉を発するが、騒音にかき消されて互いに全く聞き取れていない。唇の動きから何か話しているのは確実だと理解できているだけに、もどかしさを募らせていく。遂には一度工房から出ようと手で合図して撤退してしまった。


「……耳が痛い。キーンって鳴っています」

「同じくじゃ……まったく、アザレアの奴め。耳が壊れんのか」


 揃って一息吐いてから、どうしたものかと2人は思案しようとした。その時だ。憎い工房をふと見れば、入り口の脇にインターホンが付いている。試しにウロボロスが押してみると、10秒もしない内にアザレアが出て来た。


「おや、ウロボロスとカルマ。どうしたんだい?」


 2人は怒るに怒れなかった。インターホンが付いていることを見落とした落ち度があるからだ。

しかしカルマはそれで終われない。そもそもの話、なぜ同じオラクル・ラビリンスの中でインターホンを押さねばならない。いいところノックではないのか。まぁ、あの大音量では聞こえるはずもないだろうが。そんな気持ちと、さっき思ったことをひっくるめてカルマが返答する。


「随分と大盛況じゃのう。お主の耳は鋼鉄でできておるのか?」

「……ん? あぁ、なるほど。これを押す前に中へ入ったんだね。いやはや、それは申し訳のないことを。やはり目立つように装飾を施しておかなくてはならないな。いや、むしろここへ至る通路に感圧版でも仕込んでインターホン代わりにするか……」

「これ、勝手に思考の海に飛び込むでない」

「む、これまた失礼」


 アザレアは仕事中なこともあって、気になる点があるとすぐに改良したくなってしまう状態だった。その証拠に、謝ったにも関わらずまだ気になってしまうようで、チラチラと壁にポツンと取り付けたインターホンへ目を向けている。


「忙しいところ申し訳ありません。我が君より最優先と命じられたアイテム開発の進捗状況と、その開発現場の視察に参りました」

「なるほど、団長として僕たちの仕事を把握しておくのは確かに大切だね。いいよ、軽く案内させて貰うよ」


 仕事だから付き合う。そんなニュアンスの内容ではあったが、その目はキラキラと光り輝いており、加えて、是非見て欲しくてたまらないと言葉以上に主張している声色であった。だから肝心なことを忘れてしまっており、カルマに袖を引っ張られる。


「これ、待つのじゃ、アザレア。このまま突入すれば耳が壊れてしまうぞ?」


 そう、絶対に忘れてはならない。けたたましい騒音が鳴り響いている。響いているとしたのは、防音の魔法が壁のようになっており、中で音が乱反射してそれはもう酷い状況になっているためだ。このまま再突入しようものなら今度こそ帰らぬ耳になってしまうだろう。


「あぁ、僕としたことがうっかりしていた。これを着けて欲しい」


 差し出されたのはワインのコルクのような耳栓だった。その底には小さな魔法陣が彫られており、その内容を読み取ったカルマは思わず唸る。


「うむぅ……これはまさか、ただの防音の魔法陣ではないのじゃな?」

「ふふ、流石はカルマだ。そう、これを着けると不必要な音だけを完全にシャットアウトできる。つまり工房の中でも会話可能という訳さ」


 見た目はただの安っぽい耳栓ながら侮ることなかれ。これをドミニオンズの市場に出せば、一級品のアイテムでも購入できるお金になるだろう。なにせ、この相反するような効果は通常の方法では付けられない。ではどうするかといえば、それがアザレアの錬金術師としての腕の見せ所。ただしそれはレベルが高いとか、技術力があるとか、そういう話ではない。彼が挑んだのは確率だ。

 ドミニオンズにおける錬成では、素材とするアイテムに加えて特殊効果を付与するためのアイテムを混ぜることが可能だ。これによって、例えば飛行能力を持つ靴とか、魔法攻撃ができる剣とか、そういった本来は絶対にあり得ない効果を付与できる。ただし、その内容の指定は高レベルの錬金術師でも同系統のもの2つが限度で、相反するものや3種以上を付けるには運に頼るしかなくなる。つまり、何度も何度も同じ組み合わせの錬成を繰り返していくことで、その内に希望のアイテムに仕上げられるのである。


「流石はアザレアですね。あなたたちの声が確かに聞こえています」


 早速試したウロボロスが、耳栓をしている状態でもアザレアとカルマの会話がしっかりと聞き取れることを確認して喜ぶ。これで安全に工房へ入れるようになったことも勿論だが、それ以上に、アザレアがしっかりと成果を挙げていることを嬉しく思ったのだ。


「いつも貴方のアイテムには助けられてばかりでした。その手腕、こちらでも存分に振るってくださいね?」

「えぇ、勿論だとも。それはそうと中を見るのだろう? 案内するよ」


 ウロボロスが労った瞬間、アザレアは途端に顔つきを変えて早く中へ入るよう促す。時間が無いと思い出したのだ。自分の時間ではない。ウロボロスの時間を浪費したくない、と。

 この工房が拡大した、いや、今もなお拡大しているのはユウから最優先の任務を与えられたこともある。だが、その速さはある時を境に急激に加速している。それはウロボロスが倒れた時だ。

 あの時、アザレアは全工程を強制的に停止させてウロボロスが直ちに回復するようなアイテムの錬成を開始しようとした。そのために容態を見に行ったのだが、カルマに止められたのだ。すぐに使えるアイテムが無いのなら魔法で何とかすると。カルマの言い分はもっともだった。一刻を争う時に、これからアイテムを作ります、など通るはずがない。

 アザレアは悔やんだ。悔やんで、悔やんで、工房を無理に拡大させることを決定した。休ませるラインは無い。全て常にフル稼働させてアイテムを錬成し続けている。そのための騒音であった。

 こういう過程があって今がある。ならばウロボロスには少しでも無理をさせたくないとアザレアが思ってしまうのは当然のことで、早く中へ入れてしまいたくなったのだった。


「では、失礼しますね」


 そんなアザレアの気遣いを完全に見抜いているウロボロスは、小さく微笑むと、そそくさと工房へ足を踏み入れる。

 中は騒音を抜きにしても騒々しい状況だった。無数とも言えるゴーレムたちがせわしなく、かつ淡々と同じ動作を繰り返している。その様子を観察すれば、まず、ベルトコンベアーから流れて来たアイテムを手に取るとマテリアル・ボックスへと投入する。

 マテリアル・ボックスとは、投入したアイテムと同等レベルの別のアイテムへと直ちに変換するためのアイテムだ。素材を入れれば大抵は素材になって戻ってくるようになっている。

 そうして目当てのアイテムになるまで延々と繰り返してから、ベルトコンベアーに乗せて、次のゴーレムたちはそれを仕分けし、実際に錬成するゴーレムたちへと渡たしていく。そんなラインが工房中央にそびえ立つ塔から放射状にいくつも並び、また天井高くまで20段も重なっている。


「これは……決して過小評価していたつもりはありませんが、想像以上の規模ですね。ざっと50万体のゴーレムですか」

「ふむぅ……先は騒音に驚いて見ておらんかったが、これは素直に凄いと言わざるを得ないのう」


 その光景を見た2人は感嘆の声を上げた。それもそのはず。この工房内で稼働しているゴーレムの総数はウロボロスの言う通り50万体を超えるのだから。


「その言葉がまた励みになるよ、ウロボロス。しかしまだまだ。魔王様から頂いたご依頼の確率は約1億分の1にもなる。この程度では手も足も出ないさ」


 聞けばとても手の出せなさそうなレベルの数値だが、計算してみると実はそうとも言い切れない。現状ではまだ無理な話だが、仮に10万体のゴーレムが最後の錬成に取りかかる、つまり約1億分の1に挑戦するとしよう。錬成におよそ1分かかるから、計算すると丸1日ノンストップで続けた場合の試行回数は1億4千4百万回にもなる。1日かけて錬成できる確率は、概算すると、約75%である。

 問題はそこに至るまでとも言える。現状のゴーレム50万体だって、その全てを回す訳にはいかない事情がある。ゴーレムを増やしたり、ラインの部品を増やしたりしなくてはならない。全て消耗品なのだ。いずれは交換しなくてはならず、この工房の機能を維持するためだけでも、どう少なく見積もっても全体の1~2割は割かれてしまう。ここに素材となるアイテムの収集部隊も編制しなくてはならないのだからこれまた数が必要になる。

 そしてこれらの問題をクリアしたとしても、そもそもの話、オラクル・ラビリンスは当り前だが迷宮であり、敵を迎え撃つための機能が一番重要である。この工房に割り振れるスペースは決して多くはないのだ。数が揃っても稼働させられないかもしれない。


「……本当に、頭が痛くなるものだ」


 などと、アザレアは思わず愚痴をこぼしてしまう。しかし嫌がっているのではなく、むしろ困難に立ち向かえることへの喜びを感じているような声色だった。


「そうですか。何か力になれることがあれば言ってくださいね?」

「こちらの畑は僕の領分さ。心配せずとも大丈夫。ところで、これが例のアイテムの試作品だ」


 アザレアはデスクの上にあったそれを手渡す。見た目はオレンジの種のように白く小さな種であった。名前はグリーフシードという。


「なるほど、これが……万が一の場合の切り札ですか」


 これはアイテムであり、その効果はあらかじめ指定しておいた動作をノータイムで行えるようにするものだ。魔法やスキルをセットすれば詠唱やキャストタイム無しで使用できる。渾身のひと振りならばもう振り抜き終えている状態になる。

 これまでの常識、いや、今後も変わることのない普遍の常識だろうが、強力な攻撃には相応の溜め時間かその代償を支払う必要がある。当然だ。最強の一撃がポンポン撃たれたのでは、ゲームバランスも戦略もあったものではない。だが、これはそんな常識を覆しうる、まさに革新的なアイテムだ。しかも小さいため使用したことを悟られにくいのもポイントである。

 そんな世紀の大発明のアイテムを、ウロボロスはまじまじと観察する。横からカルマも覗き込み、共にステータスチェックを行う。結果、抱いた感想はどちらも同じだった。お互いに顔を見合わせて頷き合うと、代表してウロボロスが口にする。


「見たところ十分な性能に仕上がっていますね。これで完成ですか?」

「いいや、まだまだ。この程度で満足されては困るね」


 アザレアはそう言うが、これだけの性能があればゲーム内の貨幣価値が変わってしまいかねない程の巨額の価格で取引されるだろう。なにせ先に述べた通り、詠唱やキャストタイミング、溜めといった明らかな弱点を排除してしまう代物なのだから。


「ではどこまで昇華するつもりなのじゃ?」


 カルマの疑問はもっともだ。ここは既に頂点と言っていい。更に上を目指すとなると、もはやどんな方向性になるのか彼女には全く想像が付かなかったのだ。

 それに対し、ウロボロスはとある可能性をポツリと呟く。


「……考えられるとすれば、いえ、これはもうキリのない願望と言うべきでしょうが、完全なる隠匿でしょうか」

「これは人聞きの悪い。絶対に認知されないと言って欲しいね」


 だが、ほぼウロボロスの言う通りであった。アザレアはグリーフシードを使用したことを認識できないという、凶悪としか言いようのない効果を付与しようとしているのである。

 なぜ凶悪なのか。それは、魔法やスキル、武器、アイテム、いや、もう通常攻撃から踏み出した足の一歩まで、その全ての動作は種類を問わず基本的に認識されるものだ。カルマのエンドレス・ワルツ、異空間へと身を投げるスキルだって、その発動だけはどうしても隠せない。何事もその行為の始まりは絶対に秘密にできないのだ。それを隠そうなどと、隠匿以外に何と言えばいいものか。

 しかし、卑怯とは2人とも思っていない。そのような固定観念を払拭してようやく勝ち目の見えてくる相手なのだから。


「ふふ、そうですね。少々言葉が過ぎたかもしれません。リリス様と戦うようなことがあれば、そのくらいのハンデが無くては困りますからね」

「えぇ、それにこれは魔王様から特に大切だと言われている要素。欠かすことなどできないのさ」

「……むぅ、なるほどのう」


 カルマもまたリリスを脅威と思っており、真っすぐぶつかっても勝てないだろうと思っていた。だが、だからといってここまでするとは考えたこともなく、ただただ驚き、そして舌を巻いた。ただ、同時に気がかりな事が無い訳でもなかった。アイテムはアイテムだ。基本的に一度使えば無くなってしまうため、使用を前提とする時点ではっきり言えば勿体ない。しかし、もしもそんな性能のグリーフシードが出来上がればこの上ない切り札になるのは明白で、出し惜しみなどしている余裕なんて無いのだが。


「ふふ、頼もしい限りで安心しました。本当ならここでお暇させて頂こうかと思っていたのですが、ところで……あれは何ですか?」


 ウロボロスは工房の隅にある一角を指さした。そこは明かに広いスペースが取られており、ともするとサッカーや野球ができそうなくらいである。


「あぁ、折角だし見学するかい? 今は試し撃ちの最中さ」

「試し撃ち……あぁ、なるほど」


 ウロボロスはその説明だけで合点がいった。そして邪魔しては悪いかなとも思ったのだが、彼女の時間の浪費を嫌ったはずのアザレアが勧めたように、その様子を見に行こうと彼女自身もまた決める。

カルマは理解が追い付かないもののその後を追った。

 これだけの騒音のためだろうか、集中しているためか、はたまた信頼している人たちの接近だからか。そこで試し撃ちをしている人物は全く気付いた素振りも見せず黙々と的に向かって攻撃を続ける。


「うーん……まだ遅いかも」


 その人物とはフェンリスだった。手にしていたのはピストルの武器であり、宝箱の形をしたアイテムボックスへと丁寧に返すと、もう一つのボックスから別の銃を取り出して構える。そして発砲し、また首を捻ってから3人の方を向いた。


「ねぇ、ウロボロス。もっと速い方がいいよね?」


 速いか速くないかと聞かれれば、盾持ちのウロボロスからすれば速い方だと答えるレベルではある。だが銃は魔法と違い、その特性上、放ってからのコントロールが効かない。敵に見切られたら終わりなのだ。


「えぇ、そうですね。せめて現状の3倍は必要でしょう」


 だからこそ、速い方であるとウロボロスが答えることは絶対にない。下手な優しさや曖昧な評価は不要。戦闘に関して妥協は厳禁。命のやり取りであることも勿論だが、それ以上に、オラクル・ナイツに敗北などあってはならないのだから。

 そんな心遣いは露知らず、純粋に強さのみを追い求めるフェンリスは「そうだよねぇ」と口にしてからアザレアに問いかける。


「うーん、アザレア。もっと速くできないの? これじゃあ止まって見えちゃうよ」

「これはまた面白い冗談だね」


 ウロボロスは速い方だと思ったようだが、アザレアは違う。ラピッド・アイ、高速で移動する物を目で追うための魔法無くしては全く見えていないのだ。自身の能力だけでは、的の様子から推察することしかできないくらいに。


「冗談なんかじゃないって。カルマもそう思うでしょ?」

「うむ、そうじゃのう。ウロボロスの言う通り、今の3倍あって初めて機能するかもしれぬ」


 カルマはというと、このままの状態でも辛うじて見えていた。一切の魔法、スキル、アイテムを使用することなく避けることもできるだろう。しかし戦闘時となると高速戦闘にも対応できるようにしてしまう。もっと速くなくては話にならない。

 そんな2人の話も聞いてアザレアはひとつ頷いた。というのも、こと物理的なやり取りに関してフェンリスは、ウロボロスやカルマたちでさえ到達できない領域にいる。具体的には光の速さですら体現できるくらいだ。ならば、速く、という要求は一体どこまで求められているものか、どうして想像できるだろう。それなのにアバウトにしか来ないのだからはっきり言ってお手上げ状態もいいところだった。その点、2人の指摘は数値で示されているため目標がわかりやすくなり、アザレアでも想像できるようになったのだ。


「参考にさせて貰おう。ただ、これ以上となると弾丸にも細工しなくてはならないかな。うーん、そうなってくると……すまない、フェンリス。現状の試作品たちではそこまでいかないと思う」

「そっか……そうだよね。ごめんね、説明がへたくそで」

「いいや、使用者の意図を汲み取れない僕に責任がある。気にしないでくれ」


 言いながらアザレアは微笑んだ。不快な思いをさせないようにと、そんな優しさが溢れていた。フェンリスも笑顔でこれに応じ、この件は終わりとなるはずだった。

 だがカルマは気付いていた。その微笑みの奥に隠された辛さに。アザレアは対リリス戦用の切り札を開発している。しかも一度使えば無くなってしまうのだろうから、念のために予備も用意する必要がある。その上で村の復興、フェンリスの武器まで開発、改良するのだとすればその苦労は計り知れないと。


「……アザレアよ、ワシは少し工房を自由に見て回っても良いかのう?」

「あぁ、好きにしてくれていいよ」


 思うことがあり、カルマはその場を去って工房の上の方へと消えて行ったのだった。

 それを見送り、ウロボロスはとあることを思い出して手を叩く。


「そうでした、大変に重要なことを忘れていました。アザレア、中々に立派なお風呂を作ってくれてありがとうございます」

「もう見たのかい? どうだった、湯加減は?」

「全体的に大変良かったと思います。ただ強いて言えば、もっとこう……滝のようなお湯が欲しい気もしましたね」

「ふむふむ、滝か」


 アザレアは顎に手を当てながら考え込む。滝のようなお湯とは、つまり、高いところからある程度の勢いを持って流れて来る給湯方法だろう。そんなものの何が良いのか。外気に触れる時間が増えるため、計算に計算を重ねた最適な温度から下がってしまう。しかも飛沫が飛んであちこち水浸しになってしまう。それに対して良い所は何かひとつでもあるのか、と。

 考えて、考えて、それでも効率優先のアザレアは良さを見付けられなかった。だがそんな時、フェンリスがニコニコ顔でこんなことを言う。


「ウロボロスが好きならいいと思うな、私」


 言われてアザレアはこれ以上の理由は無いと確信できる程に納得した。あの温泉はウロボロスを癒すことを一番の目的として作られたものだ。その目的を果たすためならば、彼女の要望は細かいことを気にせずに叶えてあげるべきである。そんな当たり前のことを、効率、被害などから見落としてしまうとは何と情けないことかと、彼は自分に呆れもした。


「そうだね、まったくその通りだ」

「ワガママを言って申し訳ありません。難しいのなら結構ですし、時間がかかるようなら無理にとは言いません」

「いや、僕の技術向上のためにもやらせて貰うよ。色々と面白い発見もありそうだしね」


 なんてもっともらしい理由を付けるのをアザレアは忘れない。こうでもしなくては、ウロボロスは遠慮してしまう性格だからだ。

 彼は気付いている。先日倒れてから多少休むようになったのだろうが、それでもまだ十分に休んでいないのだろうと。顔色、目の下の隈、覇気。そういったものが出会った時よりも明らかに悪い。何とかしなくてはと思いながらも、アイテム製作以外で力になれることはそう多くはなく、歯がゆい思いを覚えていた。


「もしもお風呂ができたら皆で入ろうね、ウロボロス!」

「えぇ、楽しみですね」


 しかし今は少なくとも笑顔を浮かべている。それならここはこれでいいだろう。とにかく今は温泉の改造も急いで実施し、何か別の方法を考えてどんどん実行していこう。アザレアはそう決意したのだった。

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