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魔王と配下の英雄譚  作者: るちぇ。
第1章 偽りの騎士
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第10話「眠り姫は置いておいて」

 あの勉強になった一戦からずっとルーチェは眠ったまま目を覚まさない。俺の持てる知識、回復魔法、アイテムを駆使した。でも目覚めない。見た目にはもう外傷はないし、ライフゲージも満タン。他に手の施しようがない。


「……どうしたものか」


 如何せん俺は回復専門ではない。俺と同じく魔法に長けたカルマは調査で忙しいだろうし、アイテム開発が得意のアザレアは最優先のアイテム開発に加えて復興作業というか、文明開化というか、とにかく村の指揮で手が離せなさそうだし。残念ながらフェンリスとムラクモは回復に関しては疎い。ウロボロスも同様だ。だから、ここは俺が何とかしなくてはならない。


「何か……何か、見落としていないだろうか」


 でも、正直に言えばお手上げもいいところだ。どの手段を試しても期待した効果がきちんと得られていないのだから、いや、違うか。期待した効果は出ても現実問題としてルーチェが目覚めないのだから、どうすればいいのか皆目見当も付かなくなっている。

 ルーチェだけが特別なのだろうかと考えたが、ウロボロスの攻撃もシールドもきちんと干渉できていた。ならば、ドミニオンズの魔法やスキルが全く影響しないということもないだろう。では回復魔法だけが無効化されているのだろうか、とも考えたが、ライフゲージが回復していることからそれもない。

 他に何が考えられるだろう。呪いの類でもかかっているのだろうか。いやいや、状態異常の完全回復も済ませている。既知の異常は消え失せているはずだ。


「我が君、もう休まれては如何ですか? 少々根を詰めすぎかと」


 ずっと付き合ってくれているウロボロスに、心配そうに覗き込まれた。時計を見ると検討し始めてから1時間しか経っていない。ん、待て。それはおかしい。体感時間的に、どんなに少なく見積もっても数時間は経過しているはずだ。


「始めてからどれくらい経つ?」

「ざっと25時間ほどになります」


 思わず失笑する。25時間だって。いやはや我ながら狂っている。半日くらいかな、とか漠然と思っていたのに、まさかその倍とは。言われてみれば腹が空いたし、眠気も強くなってきている。ここで作業を再開したら俺も、ずっと付き合ってくれているウロボロスも倒れてしまうかもしれない。逆に各ステータスの状態を改めて確認しても、ルーチェが直ちに果てることはないだろう。ここで一度休息を挟むべきかもしれない。


「そうか……少し休むか」

「畏まりました。準備を致します」


 準備。準備とは何ぞや。何かウロボロスに頼んでいただろうか。うーん、思い出そうと頑張ってみるが、特にこれといって思い出せることはない。まさかとは思うが無意識に何かを呟いていて、今、それが実現されようとしているのだろうか。待って。ちょっと待って。流石に集中している時のボヤきになんて責任持てないんですけど。

 一体、何をされるのかとビクビクしていると、スッと、お茶と大福の乗ったお盆が差し出された。


「こちら、いざという時のために勉強したお茶とお菓子に御座います。お口に合うと良いのですが……」

「勉強したって……まさか、これも手作りか?」

「左様で御座います」


 嘘だろ。コーヒーに続きお茶にお菓子作りって。ウロボロスにそんな特技があったか。いや、俺が知らないんだからあるはずない。設定文にも入れていなかったはずだ。

勉強。勉強と言ったか。そうか、これは習得したんだ。このくそ忙しいはずの中、わざわざ俺のために。

 よくよく観察するとお茶も大福もとても美味しそうだ。腹が減っているから、というのもあるし、大切な配下のウロボロスが手作りしてくれたから、というのもあるだろう。でもきっと、そういう贔屓目を全く抜きにして見ても絶対に美味しいだろう。こういうのはてんで素人だが、お茶は薄茶色の瀬戸物のような立派な茶器に入っていて、濃厚な抹茶の香りが漂ってきている。泡は一切立っていなくて透き通っているかのように美しい。そして大福の方は、マシュマロというか、新雪というか、とにかく、そういう純白な色合いをしている。まだ手で掴んでいないのにとてもモチモチなのだろうとわかってしまう外観だ。簡単に言ってしまうと、どちらも口に含む前から絶品だという確信を持てていた。


「い……いただきます」


 こういうのは甘い物を食べてから苦いお茶を楽しむって聞いたことがある。そんな曖昧な記憶を頼りに一口食べる。凄く甘い。しかし甘ったるくはない丁度いい味だ。一口すする。甘味と苦みが完璧にマッチしていて、余りの感動に涙が零れそうになった。

 そうだ、思い出した。昔、茶道の人に立てて貰ったお茶を楽しんだことがあった。あの時に楽しみ方を教えられたんだっけ。でも悪いな、その時の先生よ。諸々の補正があっても無くても、きっと今の感動は比ではない。少なく見積もって10倍以上の差はあるぞ。


「どうですか、我が君?」

「うまい……うますぎるよ、ウロボロス。はは、こりゃ凄いな」

「お褒め頂き光栄です!」


 ウロボロスって、ひょっとして和の方に適正があるんじゃないか。コーヒーは味が薄かったけどこっちは文句無し。店を出せるレベルだと思う。

 関係あるのかどうかわからないが、そういえば普段の服装は巫女服だ。替えは着物を揃えている。ドラゴンメイドという明らかに洋風な種族でありながら、知らず知らずの内に和の方に寄せていった結果なのかもしれないな。

 さて、それはそれとしてこれからどうするか。とりあえず今は少し寝たいが、起きてから何をすべきだろう。ルーチェに目を覚まして貰えれば話が進んでベストなんだが、このあり様だしな。と、困り果てていると、


「魔王様、お困りじゃろう?」


 調査で忙しいはずのカルマが、いつものようにケルベロスに乗ってやって来た。おかしい。来てくれたのは素直に心強くて嬉しいが、これまた身に覚えがない。いや、待てよ。さっきのお茶と大福もそうだったが、ひょっとしてウロボロスのお陰なんじゃないだろうか。俺を見かねてサポートしてくれた。そうだ、きっとそうに違いない。なんて頼りになるんだ、ウロボロスは。


「あぁ、そうなんだよ。よく来てくれたな」

「ウロボロスに呼ばれたのじゃ。魔法に関する知恵が欲しいと、のう」


 やっぱりそうか。チラリと隣を見るとウロボロスは澄まし顔だ。自分が直接手をかけたら、褒めて、褒めてと犬のようにすり寄ってくるのに、縁の下の力持ち的に働いた時はこれか。くそう、可愛くてカッコいい奴め。


「そうか……ありがたいけど、申し訳ないな」


 そう、来てくれたことが嬉しくて見落としてしまいそうになったが、カルマも相当に疲れているのだろう。顔色がやや良くない。

 ヴァンパイアは皆そんなものと思われるかもしれないが、俺ならわかる。今のカルマは明らかに無理をしている。なにせ、1、2を争うレベルで激務なのはカルマだ。この土地全域の詳細な調査を一手に任せてしまっているから。その精度は砂漠に落とした砂金を見つけ出せる程だ。自動索敵機能を持つファントム・シーカーがいるから簡単、では済まない。このレベルでの調査はオートではなくマニュアル操作が必要。つまり一匹一匹をきちんと制御して統制を取り続けなければならない。その負担は想像を絶するだろう。


「魔王様が一番。当然のことじゃ」


 そんな疲労を見せないようにするためか、余裕たっぷりと言わんばかりの口調だ。本当なら俺が代わってあげてもいいんだけど、それは絶対にダメとウロボロスから、そしてカルマ本人からも止められている。一部くらいならいいだろうと食い下がってみても頑として許してくれなかった。そういう事情もあるから呼ばなかったのだが。


「む、カルマ。その言い方はいささか引っかかりますね」

「安心せい、引っかけるほどの出っ張りなぞ無い体じゃ。もっとも、魔王様のご趣味を考えると、ワシは最適解やもしれぬがのう」

「な、何ですって!? いいですか、我が君は私をフィアンセとしているのです!」


 あー、また始まったよ。いつもの痴話喧嘩だ。まぁ見方を変えれば喧嘩できるくらいは元気ということ。引け目を感じていただけに、これはむしろ嬉しいやり取りだ。

 ただ、何もかもをおんぶに抱っこといくつもりは毛頭ない。打開策を検討して貰ったら、それを実行するのは俺にしよう。ここだけは絶対に譲らないぞ。

 そんな風に決意を固めながら見守っていると、何やら雰囲気がおかしい。言い合いが続くものだと思っていたのに、カルマはウロボロスをまじまじと、舐めるように足先から頭の頂点まで見始めた。


「……ふむ、ふむ」

「な、何ですか、カルマ?」


 そして見終えると小さく溜め息を吐く。唐突な流れもそうだが、何よりその溜め息の質というか、そこに込められていそうな感情に違和感を覚える。普段のやり取りとはまた別の、そうだな、落胆というか、ともすると失望というか、そんな気持ちが含まれている感じがした。


「ダメじゃのう、全くもってダメダメじゃ」

「な、何がですか! はっきりと言ってください!」


 ウロボロスは気付いているのかいないのか、絡み方を変えていない。俺の思い過ごしなのだろうか。いつものように、ここから俺の奪い合いに発展するのだろうか。それならいい。そうであったら生暖かい目で見守れる。でもそうでなかったら、どうなってしまうんだろう。俺はどうすればいいんだろう。


「では遠慮なく。お主、あの人間に敗北したと聞いたが、聞き間違いかのう?」


 悪い予感は当たってしまった。ド真ん中に風穴を空けるレベルの直球だ。恐らく愛で目が曇っていたウロボロスも事態を理解したようで、一瞬固まったあと、今度は顔が曇る。如何に晴れ晴れとした気持ちで敗北したのだとしても、こんな聞かれ方をすればこうなるのは当然。これまでの和気あいあいとした空気が一変して凍り付いた。


「……事実です。私は剣術においてあの騎士に劣りました」


 悔しいが、ウロボロスの認めた通りだ。ステータスはこちらの方が圧倒しているというのに二度も敗北した。奇跡は連続では起こらない。二度続いたのなら、それは偶然ではなく紛れもない事実。条件こそあれ、ウロボロスの方が劣っていたのだ。


「今のお主は盾持ちじゃ。さもありようぞ。しかし、それが全てか?」


 負けたことを素直に認めたというのに、カルマはまだ何かを聞き出そうとしてくる。

 無意味とわかりつつあえて何度も確認するが、これはいつものふざけたやり取りではない。これでは死体蹴りや追い打ちの類ではないか。馬鹿な、あり得ないという言葉が頭の中で何度もループする。

 ウロボロスは皆から厚い信頼を置かれている。あれくらいの敗北で揺らぐなんてあり得ない。というより、そもそも揺らぐ揺らがないみたいな発想自体持っていなかったというのに。


「何が言いたいのです?」

「確かに剣術で劣ったやもしれぬ。じゃが、お主がその手に取ったのは盾ではないか。その面、随分と素敵になっておるぞ」

「す、ストップ! カルマ、お前は何を言っているんだ!?」


 はっきり言ってショックだ。こんな嫌味を言うような性格にはしていない。恩義を忘れるような育て方もしていないはず。それなのに、どうしてこんなことを言ったんだ。もう駄目だ。そう強く思ったら、やっとまともな言葉を吐けるようになったらしい。ようやく仲裁に入ることができた。

 でも少しばかり手遅れか。こんなにも悲痛な面持ちのウロボロスを見たのは初めてだ。なんて言葉をかけていいのかわからず、仕方なくカルマの方を向く。


「魔王様が一番じゃ、ここは身を引く。さて、人間の容態は……」


 カルマは俺やウロボロスに見向きもせずルーチェの傍に行ってしまう。その横顔だけが少し見えて、また混乱してしまった。カルマもまたウロボロスに負けないくらい悲痛な面持ちをしていたのだ。

 なぜだ。そんな顔をするのなら、どうしてあんな酷いことを言ったんだ。わからない。カルマの意図が全くわからない。

 そうして思い悩んでいる一瞬の内に、カルマはルーチェを一瞥すると、すぐに興味を無くしたように顔を上げてしまう。


「寝ておるだけのようじゃ」

「……そ、そうか」


 ルーチェには悪いがそれはどうでもいい。一体、お前は何を考えているのか。それを聞かせて欲しい。聞かせて欲しいのだが、これまたなぜだろう。カルマの背中がとても小さく、か細く見えて、とてもではないが聞ける気がしなかった。


「この隙にアデルの所へ行くことを提案するのじゃ。話を通しておけばスムーズじゃろうて」

「た、確かにそうだけど……」

「では失礼する。ウロボロスも精々羽を伸ばすのじゃぞ」


 いいだけ罵った後に今度は身を案じる発言か。ますますわからない。カルマは何を考えているんだ。

そんな俺の悩みやウロボロスからの言葉を受けるつもりはないと言うように、それだけ言い残すとカルマはさっさとどこかへ転移してしまった。


「我が君、またデートですね!」


 腕組みされ、ウキウキルンルンし始めたウロボロス。だが無理しているのを隠そうと一生懸命になっているような空元気にしか見えない。

 何がどうしてこうなったのかわからない以上、根本的に癒してあげることはできないが、せめて付き合ってあげよう。そうすることで少しでもウロボロスの力になれるのなら。


「ただのお使いだ」

「あぁん、もう!」


 ただし過剰に気を遣ってやることもしない。自分の身を案じてのことではない。ウロボロスのために、だ。いつもと違う風に振舞えば、一時であろうとも忘れられないかもしれないから。だから今はいつものように振る舞おう。きっとウロボロスのためになると信じて。

 さて、村に行くと、相変わらず発展している街に出迎えられる。流石に近未来的な絵面にはなっていないものの、道路がアスファルト的な何かで舗装されている。復興と称した文明開化を始めてからの日数のカウントはもうやめたが、それでもまだ1月は経っていないはず。そんな短期間で現代日本の風景に片足を突っ込もうというのだから驚きだ。


「魔王様、こんにちは。どうされましたか?」


 まだ舗装された道に慣れていないのか、少し歩きにくそうにしながらアデルがやって来た。

 歩きにくそう。残念ながら感じた違和感はそれだけだ。俺は今、ウロボロスにぴったりと腕を組まれている。これについては何も言ってこないどころか、奇異な視線すら向けられていない。この様子に慣れてしまったというのか。うーん、それはそれで問題だな。


「忙しいところ悪いけど、お願いがあるんだ」


 まぁ、今はどうでもいい問題か。それよりも、カルマに言われた通りに約束を取り付けておくか。スムーズに話を付けるためにも、そして、ウロボロスを元気付けるためにも。


「そんな、改まらなくていいですよ。数少ない恩返しできることでしょうから、何でも言ってください」


 それにしてもアデルは本当にいい子だな。何があってもこの子は守らなくては。そうは思いつつも、いくらルーチェの真意がわからなくても約束は約束だ。それに友達だとすればアデルにとっても悪い話ではないはず。まずは話を切り出してみてからかな。


「会って欲しい人がいるんだ」

「一体どなたです?」

「ルーチェっていうんだけど、知っているか?」

「る、ルーチェ……!?」


 アデルは明らかに動揺した。まるで幽霊でも見たかのような顔をしている。この反応、どのくらい付き合いが深いのかわからないものの知り合いなのは確定だ。問題はその関係性なのだが、うーん、この表情と言動だけじゃあ、単なる顔見知りじゃないってことと、ひょっとして会いにくくなっている間柄なのかもしれないってことくらいしか推測できない。


「会いにくいのなら別に……」


 そう思って、こちらは善意でそう提案したつもりなのだが、アデルは思い切り首を横に振った。髪がバサバサと乱れるくらいに。そして食い気味に、怒鳴りつけられるようにお願いされる。


「い……いえっ! 会います! 会わせてください!」


 余程の何かがあるのだろう。思い返せばルーチェの言い分だって相当のものだった。2人の間にはきっと、俺なんかじゃ想像も付かないような重大な何かがあるに違いない。

 そうとわかれば話は少し変わる。これまではルーチェとの約束を果たすために、と考えていたが、アデルへのせめてもの罪滅ぼしのためにも、なるべく急いでセッティングしてあげたい。


「そ、そうか。なら急いで場所を用意する――」

「――今じゃ駄目なんですか!?」


 さっきまでも大概なのに、それを上回る鬼気迫る勢いだ。アデルってこんなに積極的な子だったのか。俺と接している時は外行きの顔で、特に親しい人が絡むとこうなると。いや、それとは別に何か理由があるのは確実なのだ。あのアデルが、こんなにも身を乗り出して、目に涙を浮かべて、これでもかと必死にお願いする。それくらいの何かがあるのだ。


「き、気持ちはわかるけど……」


 だからこそ応えてあげたいのだが、生憎とそうもいかない。肝心のルーチェが目を覚まさないからだ。いや、いっそ寝たままでも再会させていい気もする。これだけ互いにがっついているのだから。

 いい気もするのだが、どうしてだろう。心の中で引っかかっている。ロアの言葉が。「アデルに気を付けろ」という警告が。それに俺は見ている。アデルがまるで別人のようになってしまった瞬間を。そして聞いている。その直前の「もう私を信じないで」というお願いを。あれらの謎を解明するまでは、今度は逆に、ルーチェのことを守ってやらなくてはならない状況なのだ。


「お願いします! 今でないと、私……私……っ!」

「どうなるんだ?」

「そ……それは……」


 この様子だと、恐らく今のアデルは俺の知っているアデルなのだろう。その理由までは教えてくれないようだが、もしかすると、あの別人のような状態になることを恐れているのかもしれない。だから完全に取って代わられる前に、友達に会いたくて取り乱していると。うーん、無理やり過ぎるな。いや、会いたいという気持ちはわからないでもないが、ここまで強く出るだろうか。何かしら別に理由があると考える方が自然だろう。

 全く根拠の無い話だが、こう考えればどうだろう。ルーチェはこの事態を打開する手段を持っている、もしくは情報を有している。だから一刻も早くアデルに会いたがっていた。こんな具合の方がずっと納得できそうではないだろうか。


「なぁ、ウロボロス。どうすればいいと思う?」

「……えっ」


 何の根拠も無い話で、ともすると全てを狂わせかねないこの選択を単独で決めるのはよそう。そう思って聞いてみたのだが、ウロボロスの目はどこか虚ろで、ここまでの話を聞いていないようだった。顔を覗き込むと明らかに顔色が悪い。カルマに言われたことを気にしていたのだろう。


「申し訳ありません、もう一度お聞かせ願えないでしょうか?」


 もう聞いてしまった以上叶わない望みだが、負担をかけないためには意見を求めない方が良かったのかもしれないな。いや、女々しいかもしれないが、今からでも遅くないかもしれない。忘れろと強く言えば負担を減らせるかもしれない。いやいや、それこそあり得ないか。普通に接すると決めたんだ。普通。それは、普段と同じように疑問に思ったことをウロボロスに投げかけて意見を貰う。このやり取りもあってこそ成り立つものだ。ならば貫き通さなくてはならないか。


「え、えーと、アデルとルーチェを会わせてあげたいんだけど、どうしようかなって」

「日を改めるべきです。ルーチェはまだ眠っていますから。なんでしたら、私が――」


 そう答えてくれた直後だった。余りにも突然のことに驚いたのだろう。そんな冷静な分析ができるくらい頭は冴えているはずなのに、体は動いてくれなかった。景色はとてもゆっくりだ。まるでスロー再生を見せられているようで、ゆっくり、ゆっくりと、しかし確実に、ウロボロスは地面へ倒れ込んでいった。

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