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愛と勇気のお尻の縫い目  作者: 二蝶いずみ
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第ニ十二話 N香の目撃〜告白

「えっっ?!」


 紳士は驚いて、老婦人を振り返る。


「あ、あなたは、えーっっと、、、」

「当時教頭だった、D村の妻です。」

 老婦人が申し訳なさそうに答える。

「えっ、D村教頭のっ?」

 紳士はその名前を聞いて、かなり慌てた様子だ。

「D村がS辺先生に元気出してもらいたいからって、L子先生にお願いして、私が作った弁当を渡してもらったの。」

「えっ?あのD村教頭が?!…いやいや、そうだったのですか…。まさか、そんなこととはつゆ知らず、失礼を致しました。や、私はてっきり、L子先生が作ってくださったものと思ってましたので…」


 ま、そりゃそうだよね、とN香は思った。

 当時の教頭もややこしいことするね。

 表向きはガンガン叱っておいて、裏でこっそりフォローってやつか…

 いいひとじゃん。

 でもなんだか女の人を使うってやり方が気に食わないな。

 ま、私には関係ないんだけども。


 だけどさ、

 なんか可愛そうなんだけど…

 このおじさん。


「ほんとに、ほんとにごめんなさいね。だますようなことをして。主人も悪気はなかったのよ。L子先生も、ほんとに申し訳なかったわね。無理なお願いを聞いてくれて有難う。」

 老婦人が頭を下げた。

「いえ、もう昔のことですので。じゃあ、私はこれで。」

 L子が、そそくさと立ち去ろうとする。


 えっ、えー?

 もう行っちゃうの?

 おじさん、何かもっと大事な用があった感じじゃないの?

 ほら、おじさん、彼女をひきとめなきゃ。


 紳士はあ然とした様子で、

「あ、あの…ではまた。」


 えーっ?!

 それでいいの?おじさん!


 N香はたまらなかった。

 紳士が顔を真っ赤にして、やり場のない想いに身を震わせているのを見のがせなかった。

 そして、自分の中で騒ぎ始めた、お節介の虫を抑えきれなくなってしまった。


「あの、」

 N香が紳士の背後から声をかけようとしたその時。

 一人の男が、片手をN香の前にスッと伸ばして制止した。

 ズボン破れの営業マンだった。

 彼はN子の方に、会釈をし、小声で

「きっと大丈夫ですよ」

と言った。

 N香は驚いたが、やがて紳士の声が玄関ホールに、響いた。


「え、L子先生!」

「…。」

 立ち去りかけたL子先生が振り返って立ち止まる。


「何というか、私は…あの、上手くいえませんが…」

 やった、お、おじさん、彼女を呼び止めたよ、ここからもう一息だよ、がんばれ!


「…?」

 L子先生は何も言わずに目をぱちくりさせている。

 その目に期待が混じっているように見えるのは私だけだろうか。


「L子先生のことが…ずっと好きでした!!!というか、好きです!!!」


 名声会W総合病院玄関ホールに、しばし沈黙が訪れた。

 それはわずか三秒間足らずだったかもしれない。

 けれどN香は、かつてこれ程までに言いようのなく、喜びと期待と祝福とねぎらいとがないまぜになった感情に満たされたことはないような気がした。


 何だろうこの感動!

 おじさんよくやった!

 きっとそこそこの立場にいらっしゃるであろうこのおじさんが、勇気を出しての愛の告白。

こんなシーンを目撃できるチャンスは、二度とあるまい。


 ぱちぱち


 ぱちぱちぱちぱち

 ばちばちばちばち


 誰からともなく、拍手が起こった。

 一階も二階からも、ぱちぱちぱちぱち。

 温かい拍手の音が玄関ホールを包み込んだ。


 老婦人も、

「まぁ驚いたこと」

等とつぶやきながら、手を叩いている。

 気付いてなかった訳でもあるまいに。


 ネックレスを落とした女性なんて、目をウルウルさせている。


 ただ、ズボン破れの営業マンは心配そうにおじさんを見守っていた。

 うん、確かにおじさんの告白は素敵だったけれども、L子先生からの返事がまだなのだ。

 L子先生、どうなのよ?

 と言いつつ、おじさんには悪いが、この際結果はどうであれ、私達の感動には関係ないけれど。


 拍手が止んだとき、L子先生が口を開いた。


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