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今、あの時の一歩を

作者: 友野紅子





 もしもあの時、ほんの少しの勇気で踏み出していたら、結果は違っていたのだろうか?


 春斗君はいつだって朗らかで、優しかった。あの笑顔が私だけのものになったらいいなって、思ってた。

 だけど、あと一歩がどうしても踏み出せなくて、伝える事が出来なかった。


 そのまま春斗君は、お父さんの転勤でこの地を離れてしまった。それが小学校五年生の終わり。

 あれから三年が経ち、小学生だった私はこの春に中学三年生になった。





「結衣、次の理科、実験室に変更だよ!? 急がないと遅れるよ!」


 窓の外を眺め、ぼんやりと物思いに耽っていたら、親友の絵里が焦った様子で私の肩を叩いた。


「あ! ありがと絵里、すぐ行くから先に行ってて?」


 すでに筆記用具と教科書の一式を抱える絵里を待たせるのが忍びなくて、私は先に実験室に行くように言った。


「うん、分かった。じゃあ実験の用意して待ってるから、結衣も早く来てよね?」


 足早に駆けていく絵里の背中を見送って、私も慌てて机の引き出しから理科の教科書とノートを引っ張り出す。クラスメイトは既に全員が実験室に移動したようで、教室には私しか残っていなかった。

 教壇の横を抜けて教室の照明を落とし、廊下に向かって飛び出した。


 ドンッッ――!


「グッッ!」

「っ!」


 ガシャーンッ! バサバサバサッ!


 急ぐあまり、ろくすっぽ前を見ていなかったのが悪かった。私は廊下を歩いていた人に激突した。

 抱えていた筆記用具と教科書が床に落ちる。衝撃でペンケースの蓋が開き、中のシャーペンや消しゴムが散らばった。


「ご、ごめんなさい!」


 私がぶつかったのは、見慣れないブレザーを来た男子生徒で、腹の辺りを抑えて俯いていた。私は自分の不注意が引き起こした惨状に蒼くなった。


「大丈夫ですか!?」


 私は動揺したまま、畳み掛けるように男子生徒に声を掛けていた。


「あぁ、僕は平気だ。君の方こそ、怪我はなかった?」


 答えながら、男子生徒は俯いていた顔をゆっくりと上げる。彫りの深い端正な顔立ちが露わになった。


「え!? 春斗、君? 春斗君、だよね!?」


 問いかけながらも、私は確信していた。だって私が、間違えるわけがなかった。

 目の前の男子生徒は、春斗君その人だ!

 ただし、かつてよく見知った丸い頬はシャープな輪郭を描き、幼げなくりくりとした目は、どことなく大人の思慮深さを思わせる目に変わっていた。

 私と同じくらい細かった体が、今はブレザー越しにも、しっかりとした筋肉で厚みのある体へと変わっていた。何より、随分と背が伸びていた。


「結衣!? 結衣、か!」


 それでも、春斗君の持つ穏やかで優しい雰囲気は、まるで変わっていなかった。

 一目でそれと分かるくらい、春斗君は寸分違わず、春斗君だった。


「そうだよ! 春斗君、三年振りだね」

「ああ、もう三年になるのか……」


 顔を見合わせた私達は、どちらともなく微笑み合った。私は床に落ちた筆記用具と教科書を拾う。すぐに春斗君も拾うのを手伝ってくれた。


「ありがとう。春斗君、どうしてここに?」


 春斗君が拾ってくれたペンと定規をペンケースに収める。

 そうして改めて春斗君を見る。この辺りでは見慣れないブレザーの制服姿が、不思議と学ランの同級生よりも大人びて見えた。


「うん、父の仕事の都合で来週から、またこっちに戻って来る事になったんだ。今日は転校に先立って、母と挨拶に来た。母は今、担任の先生と面談中。僕は僕のクラスをちょっと覗きたくて、一人で来ちゃったんだけど……」


 ここで春斗君は、キョロキョロと教室内を見回した。


「ここって、何組?」


 ドキリと鼓動が跳ねた。

 また、春斗君と一緒に学校に通える日が来るなんて思ってもいなかった。しかもそれが、同じクラスだったなら……!


「春斗君、春斗君のクラスって何組なの?」


 緊張にゴクリと唾を飲んだ。


「えっと、三年C組って聞いたけど……」

「ここだよ! 春斗君、ここC組! それで、私もC組なの!」

「本当!? 結衣とまた、一緒のクラスだ!」


 嬉しかった。物凄く、嬉しかった。

 だけど嬉しいと感じているのは私だけではなかったようで、春斗君もまた喜色の篭る目で私を見つめていた。


「うん! また春斗君と一緒に、授業が受けられるなんて夢みたい!」

「ほんとだね。ねぇ結衣、僕はずっと後悔してた。僕は……」


 カーン、カーン。


 息を詰めて聞いていた。続く春斗君の台詞を、食い入るように待っていた。

 けれど無情にも、鳴り響く授業開始のチャイムが、春斗君の言葉の続きを遮った。


「って、結衣、引き止めちゃってごめん! 結衣は教室移動しようとしてたんだよね?」


 鳴り響くチャイムと無人の教室から状況を読み取って、春斗君が慌てた様子を見せる。


「ううん、大丈夫。先生には、上手く言うから」

「転校生の案内をしたって、ちゃんと言って? 結衣が怒られる事が無いように、ちゃんと説明してね?」

「うん、大丈夫」


 心配そうに言い募る春斗君に、頷いて応える。

 だけど私は、授業に遅れてしまった事よりも、春斗君の言葉の続きが聞けなかった事の方が、心残りで仕方なかった。


「それじゃあ、僕も面談室の方に戻るよ。結衣、またな!」


 けれど、当たり前のようにもたらされた再会の約束に、心が浮き立った。


「うん春斗君、またね!」


 今日は一旦の別れ。だけど来週から、春斗君と「また」会える!

 春斗君の笑顔に、私もとびきりの笑顔で答え、今度こそ実験室に向かって駆け出した。

 背中に、春斗君の視線を感じていた。視線に熱量を感じるなんておかしいけれど、背中がとても熱かった。





「荒巻春斗です。よろしくお願いします」


 そうして週が明けた月曜日の朝のホームルーム、転校生として春斗君が紹介された。

 その瞬間、教室中の女子が騒めいた。だれどそれも道理で、誰の目にも間違いなく、春斗君は格好良かった。


「ねぇ結衣、荒巻春斗って、あの春巻きだよね!?」


 前の席の絵里が、私を振り返って声を潜めた。


「そうだね」


 久しぶりに聞く、懐かしいあだ名に苦笑して頷いた。

 絵里は同じ小学校からの持ち上がり。小学校当時から、春斗君はよく目立っていた。

 マラソン大会、計算大会、春斗君は折に触れて表彰される事が多かった。だから別のクラスだった絵里も春斗君を覚えていた。


「春巻き、物凄く格好よくなってない!? って、そんな事よりもあの身長、一体何センチあるのかな!? いいよ、凄くいいよ~!」


 少しだけ複雑な思いで興奮気味の絵里の言葉を聞いた。だけど意固地になって否定してみたり、神経を尖らせるつもりはなかった。

 春斗君が格好いいのも、長身が素敵なのも、否定の余地なんてないからだ。


「……よし、私決めた」


 だけど絵里の決意の篭った呟きには、焦燥を感じた。


「近々に席替えをするが、荒巻の席は一旦、廊下側の後ろだ」


 春斗君が自己紹介を終えて着席すると、ちょうどホームルーム終了のチャイムが鳴った。


「よし、ホームルームはここまで」


 ホームルームが終わった瞬間、絵里が転がるように席を立ち、春斗君のところに駆けた。

 私も椅子から腰を浮かせたけれど、絵里の勢いに押されて、すっかり出遅れてしまった。


「春斗君、私の事、覚えてる!?」


 周囲のクラスメイトは、春斗君に声を掛けたくてうずうずしていた。だけど照れくささもあって第一声を躊躇する。その隙に絵里が、先陣を切って声を掛けた。


「覚えてるよ、書記やってた山野絵里だろ。久しぶり、懐かしいな」


 息巻いて声を掛けた絵里に、春斗君は嬉しそうに笑った。

 小学校時代、児童会で書記を務めていた絵里もまた、クラスを跨いで名前を知られた存在だ。だけど絵里はそれだけじゃなく、小学校時代からその可憐なルックスで男子生徒の間では有名だった。


「やだぁ! 春巻きってば、なんでフルネームなのよ~」


 絵里は恥ずかしそうに春斗君の肩を叩いて、唇を尖らせた。


「いやいや? 春巻きって懐かしいあだ名引っ張り出してくる方がよっぽどでしょ?」


 たわいない軽口で、春斗君と絵里が笑っていた。絵里の頬は、気のせいじゃなく紅潮していた。

 ……同じ小学校の同級生。気さくに会話して笑い合うのも、名前を呼び合うのも、おかしな事じゃない。


「あ! ついうっかり……だって春巻きで定着してたから」


 だけど、心がざわついて仕方なかった。絵里が春斗君と呼ぶのを聞いて、胸が締め付けられた。春斗君が絵里と名前を呼んだ時も、同様にギュウっと胸が苦しくなった。


「なー荒巻! 俺の事は、覚えてるか?」

「あ、ちょっと! 私が春斗君と話してるのに!」


 絵里は割り込んで来た木庭君に、迷惑そうに声を上げた。


「はははっ。木庭ちゃん、一緒の登校班だったのに忘れる訳ないだろ?」


 だけど春斗君は軽く絵里の腕を叩いてとりなすと、木庭君に笑みを向けた。


「春巻き~! お前随分と背ぇ伸びたんじゃねぇか?」

「うん、だけどまだ伸びてる。この一年でも5センチ伸びたよ」

「えー!」

「おいおい! 同じ小学校の奴らばっかり狡いぞ! 荒巻、俺、鈴木蒼空な! よろしく!」

「あぁ、よろしく」


 これを皮切りに、我も我もと人が集まり、春斗君の周りは瞬く間に黒山の人だかりになった。

 絵里も新たな人の輪に競り負けて、弾き出されていた。


「結衣ぃ、春斗君すっごい人気だし」


 戻ってきた絵里が、肩を落として席についた。


「うん。想像以上だね」


 輪の中心で笑う春斗君を見ながら、私は内心で小さくため息を吐いた。

 転校初日の今日、改めて言葉を交わしたい思いはある。だけど出だしで遅れを取り、すっかりタイミングを逃してしまっていた。

 残念だけれど、遠巻きに見ているしかなかった。


 だけどそう、今日はまだ、始まったばかり。この後どこかで折を見て、声を掛ければいい。





「……甘かった」


 終業のホームルームが終わった。

 けれど終わりと同時に、春斗君の周りには新たな人だかりが出来ている。


「何が甘かったの?」


 私の呟きを聞き付けた絵里が怪訝に振り返った。


「いやね、私も春斗君と話したいなって、思ってたんだけど……あれじゃ、ちょっと無理だった」


 苦笑して、お手上げ、とばかりに肩をヒョイと竦めてみせた。

 春斗君にどこかで声を掛けようと、まる一日タイミングを図ってた。なのに春斗君の周りは、全くといっていいほど人が引かない。

 春斗君と友達になりたいクラスメイトだけじゃない、他クラスからも部活の勧誘に引っ切り無しに人が訪れるのだ。


「……ねぇ結衣、結衣が男子に自分から話しかけたいってちょっとびっくりなんだけど。なに、もしかして春斗君に気があったりする?」


 絵里がちょっと表情を引き締めて、声を潜めた。

 緊張に、ゴクリと喉が鳴った。

 朝の様子を見れば、絵里も、春斗君に少なからず好意を寄せているんだろう。絵里は私の親友で、だけどこればっかりは譲る事なんて出来なくて……。

 それでも、ここで口を噤むのはフェアじゃないような気がした。

 たとえ同じ人に想いを寄せる恋のライバルになっても、親友だからこそ、絵里には隠すべきじゃない。


「うん。絵里もだよね? だけどごめん、私もなの」


 一世一代の勇気で告げた。他ならない絵里だから、包み隠さず伝えて、フェアでいたかった。

 けれどここで、絵里が盛大に首を捻った。


「絵里?」


 私も同様に、首を傾げる。


「ちょっと待って結衣、何がどうしてそんな結論になってるの!? 私は春斗君の事はそういう対象じゃないから」

「え!? だって、格好いいって、身長が凄くいいって言ってたよね?」

「それ、格好いいは一般論! で、身長はバスケにいいって意味! スカウトしようかと思ったの」


 聞かされて、一気に力が抜けた。同時に、絵里がバスケ部の敏腕マネージャーだった事を思い出した。


「もう結衣、そういうのは早く言ってよ~! 今日一日一人でずっとやきもきしてたんじゃ、疲れちゃったでしょう?」


 絵里の言葉で、心の中のもやもやとした霧が晴れていくようだった。絵里のくれる言葉はいつだって優しい。

 今回は幸運にも勘違いだった。だけど絵里となら、たとえ恋のライバルになっても、腹を割って話せる親友でいられると確信した。


「うん、疲れちゃったよ~」


 絵里を見上げ、クシャリと笑う。

 絵里も私に向かって、クシャリと笑ってみせた。私と絵里は顔を見合わせて、そして盛大に笑い声を上げた。


「随分と楽しそうだね? 一体なんの話?」


 笑い合う私達に割って入ったのは、春斗君だった。


「あ、春斗君もう帰れる?」


 驚きに固まる私とは対照的に、絵里はどこまでも行動にそつがない。


「うん。帰るよ」

「じゃあ一緒に帰ろうよ」


 いとも簡単に、絵里は春斗君を誘った。


「荷物取ってくるから、ちょっと待ってて」


 春斗君もサラリと了承し、踵を返した。

 絵里はあっという間に、春斗君と下校の約束を取り付けてしまった。この手際には、私も周囲にいたクラスメイトも、二の句が継げなかった。


「結衣、私途中で部活行くから、後は上手くやってよ」


 薄く笑みを浮かべた絵里が、私の袖を引いて、小さく呟く。


「ついでにさ、出来たらバスケ部に誘ってみて?」


 目を丸くする私に、悪戯っぽくこう続けた。


「ありがと絵里。それから結果は春斗君次第だけど、一応伝えるだけ伝えてみる」


 答えながら、春斗君はスポーツ万能だが、球技はあまり得意としていなかった事を思い出す。

 だけど、伝えるまでが任務と思い直し、これには敢えて口を噤んだ。


 私の了承に、絵里は満足気に頷いてみせた。


「お待たせ、行こうか」


 鞄を手に春斗君が戻る。私と絵里も、机の脇に下がる通学鞄を取ると、三人で教室を後にした。

 絵里はさり気なく位置を移り、気付けば私の立ち位置が、三人の真ん中になっていた。

 そうして体育館に繋がる渡り廊下のところで、絵里は部活動に消えた。






 絵里の機転で、私と春斗君は二人きりになった。


 春斗君と肩を並べて歩きながら、私の中で、ひとつの決意が浮かんでいた。

 一歩を踏み出す勇気に、早いも遅いもない。


「あのね春斗君、聞いてもらいたい事があるの」


 伝えたいと思った今、この瞬間に踏み出したらいい。今この瞬間が、私にとってのタイミング。


「うん?」

「私ね、ずっと春斗君の事が好きだったの」


 突然の告白に、春斗君は目を瞠った。驚愕で固まるその表情までもが、愛しいと思った。


「春斗君が転校してから三年間、一度だって春斗君の事を忘れた事がないよ。向うで新しい友達は出来たかな、元気にやってるのかなって、いつだって考えてた。春斗君は元気でやってた?」


 あれ?

 告白して、その答えも聞かないまま「元気でやってた?」と畳み掛けるのも、なんだかおかしな話だと言ってから思った。


 すると突然、春斗君が口元に手をあてて、俯いてしまった。

 え!? もしかして私の告白は、迷惑だった?


「ご、ごめん唐突に! 別に、だから春斗君にどうこうって訳じゃないの! もちろん困らせるつもりもない! ただ、伝えない後悔はもう、したくないって思って……」


 春斗君を困らせるのは本意じゃない。私は誤解が無いように、慌てて取り繕ってみせた。

 だけど言葉の最後は、尻つぼみにかすんでしまった。


 もちろん同じ想いを春斗君も私に持ってくれるなら、そんなに嬉しい事はない。だけど、私の気持ちを押し付けたかった訳じゃない。


 それでも、実際に春斗君の拒絶を前にすれば、どうしたって悲しい。


「……違う」

「え?」


 それは掠れた、ともすれば、聞き逃してしまいそうな小さな声だった。


 私は春斗君の続く言葉を聞き逃すまいと、無意識に春斗君に顔を寄せた。すると距離を近くした事で、春斗君の頬が赤く染まっているのに気付く。


「違うんだ! 僕は嬉しかった。嬉しくて、結衣の気持ちが凄く嬉しくて、咄嗟になんて反応していいか分からなかった! 変なふうに気を回させちゃって、こっちこそごめん!」


 物凄く、びっくりした。

 赤く染まった頬に気付いて、春斗君はもしかすると迷惑に思っているんじゃなく、照れているのかもしれないと思った。


 だけど春斗君からもたらされた言葉は予想のもっと上をいく、とてもとても嬉しい言葉だった。 反応が追いつかなくて、今度は私がポカンと春斗君を見てめていた。


 顔を上げた春斗君の頬は真っ赤だった。だけど見なくたって分かる、私の頬もまた、春斗君と同様に真っ赤に染まっているに違いなかった。


 傍から見れば、真っ赤になって見つめ合う私達は滑稽かもしれない。


 だけど今、等身大の勇気で向かい合うこの瞬間が、私にはかけがえのないものに感じた。


「僕だって、結衣の事がずっと好きだった。情けないけど僕は、伝える勇気がなくって……」


 私と春斗君の想いは、まるで同じ。好意も、それに尻込みしてしまったところまでもが、示し合わせたかのように同じだった。


「春斗君、嬉しい。私は今、物凄く嬉しい!」


 私は一歩踏み出すと、右手を伸ばし、目の前の春斗君の手を取った。

 小学生の時も、何かの拍子に戯れに手を取り合う事があった。

 だけど今、確かな意図を持って取り上げた春斗君の手は、実際の温度以上に熱く、大きく感じた。


「……なんか僕、恰好悪いね。いつも結衣が僕の一歩先を行って、僕は後手に回ってばっかりだ」

「恰好悪くなんかないよ! これは私の問題。さよならした時、どうして伝えなかったんだろうってずっと後悔してた。だから私、決めてたの。これからは自分の想いに正直にいるんだって。だからなんでも包み隠さず伝えちゃうけど、それが嫌だって思ったら言ってね? そしたら頑張って直すから!」


 繋ぎ合わせた春斗君の手を、キュッと握り締めた。


 春斗君は一瞬目を丸くして、次いでクシャリと目を細めて笑った。そうして繋ぐ手に、力を篭めた。


「嫌だなんて思わない! むしろ、僕も結衣に負けないように頑張る!」

「春斗君!」


 私達は顔を見合わせて、クシャリと笑った。


「ねぇ結衣、まずは受験勉強を頑張ろう? それで一緒の高校に行こう!」

「うん!」


 ここでふと、絵里が脳裏を過ぎった。

 想いがが通じて良かったが、さぁ次は勧誘だと、そう言わんばかりの絵里の笑み。

 ……分かったよ、絵里。


「あー、あのね春斗君?」

「ん?」


 この流れでは物凄く言い難いのだが、思い出してしまったからには恩ある絵里の為、無下にする訳にはいかなかった。


「絵里が、春斗君をバスケ部に欲しいみたいなの」


 とりあえず、伝えるまでが私の任務。


「へー、そっか。だけど絵里には悪いけど、僕は部活動に所属するつもりはないよ。そもそも僕が球技あんまり得意じゃないの、結衣は知ってたよね」


 春斗君は、どうやら全てをお見通し。絵里の思惑も、私のおざなりな勧誘も……。


「うん。絵里の手前黙ってたけど、実は知ってた」

「角が立たないように、適当に僕から断っておくよ。そもそも三年生の途中からの入部なんて、絵里も本気じゃないんじゃない?」

「うん。そうかもしれない」


 実は私も、なんとなく、そんな気がしていたのだ。

 私達は顔を見合わせて、もう一度笑った。


「よし、とにかく今は、受験に照準を合わせよう。それで一緒の制服着て、一緒の高校に通おう!」


 残り一年弱と短い事を考慮して、春斗君は以前の中学校のブレザーをこれからも着用して過ごす事になっている。

 だから高校は、同じ制服で通おうと、二人の思いは一層熱かった。


「うん春斗君!」


 そうして春斗君の言葉に一も二もなく頷いた私だったけれど、数日後にこの安請け合いを早々に後悔する事になる。


 春斗君の学力は県内一二の進学校にも余裕がある事を知り、私は尻に火が付いたように、連日猛勉強に励む事になった。


 私と春斗君が同じ制服に身を包み、恋人同士として過ごすのは、もう少し先のお話――。




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