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自由ドネミア亡命政府とベルリン•ボン同時暴動
12月17日。一応、旧19号沿いの勝川より内津に至る部分がトロリーバス部分も含め、全通し、「春日井市交通局」に改称した。ドネミア連邦帝国は南と西に進軍して西の部隊はボンを、南の部隊はスイス北部をそれぞれ占領。翌18日にはスイス全土を併合、「スイス自治区」とした。フランスはスイス西部の隣に自国があるため猛抗議したが、イタリアとイギリスにたしなめられた。そしてドイツのベルリンにドネミア軍は進軍20日にはドイツ、スイスの2か国が降伏した。ドネミア共産党は日本の愛知県小牧市に自由ドネミア亡命政府を設立、同時にラジオ局「自由ドネミアの声」設立。ラジオを通じて蜂起を呼びかけた。12月20日。とうとうドネミア連邦帝国ベルリン市とボン市で暴動が起きた。抑圧反対、労働者の賃上げ、食糧などの物資要求、戦争中止である。ヒンケリ総統はこれに憤慨し、ベルリン市とボン市に軍を派遣させて鎮圧した。しかしこれが3日後の暴動となって返される。




