愛で死んだ化物へ
だいぶお久しぶりになってしまいました。
覚えていてくださった方、本当にありがとうございます!
そして初めましての方も、これからよろしくお願いします。
2章「混沌と輝く碧き命」、ここから本格的に動き出します。
少しずつですが、また物語を紡いでいきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、本文へどうぞ!
商人通りの一角に、アルフレイムでも一、二を争う人気のカフェがあった。
特に女性に人気のその店は、恋人同士でもなければ男客がいない、というほど女性だらけで、客はみなおしゃべりに花を咲かせている。
あるテーブルには、二人の女性。
行きかう客たちは、そのうちの一人の女性にちらちらと目線を送り、きゃーっと悲鳴にも似た声をあげている。
「相変わらず大人気ね」
向かいに座るアーリィが、カップを傾けながら苦笑する。
「そうだな」
答えたマールは、周囲の視線など意に介さず、コーヒーを啜った。
長身痩躯に整った顔立ち、涼しげな眼差し──その存在感は、この華やかなカフェですら異質なほど際立っている。
「まったく、大人気でなかなか入れないお店なのに、マールといるといっつもこうなんだから」
アーリィがこぼすと、マールはカップを置いて、ふっと笑った。
「いっそ、手でも振ってやろうか」
「勘弁して。大騒ぎになるから」
肩をすくめるアーリィに、マールは悪戯っぽく笑う。
そんな冗談めいたやりとりのあと、少しの沈黙が落ちた。
──そして、マールは、ふいにトーンを落とす。
「……にしても」
カップを弄びながら、呟く。
「ご苦労様、だとさ」
「ほんと、あっさりだったね」
アーリィがため息交じりに答える。思い出すのは、つい先ほどの出来事。
幻想の塔5階に現れた異形の化物、その脅威との戦いについて、王国騎士団に報告をしたものの、わかりやすいほどの事務的な応対をされてしまったのである。
「この件も、何もかも、すべて──"なかったこと"にするつもりか」
「そうだろうね。触れたくないんだよ、上の連中は」
マールは、コーヒーの残りをぐいっと飲み干した。
その瞳には、ただの怒りではない、冷えた光が宿っていた。
「……ゆるさん」
「……わかるよ、あんな人の命を弄ぶような―」
「あいつらはフレンを危険な目に合わせた!」
「そっちかい!!」
アーリィが即座にツッコミを入れる。
「いや、それ以外なにがある!?」
マールは、なぜ理解できないのだとでも言いたげに身を乗り出す。
「フレンにもしものことがあったら──私は、私は──」
「わかってる、わかってるから、座って。また立ち上がると目立つってば」
大声を出したマールの様子を周囲の客たちが、ちらちらと伺っている。
マールはしぶしぶ椅子に座り直すと、ぼそっと付け加えた。
「フレンに何かあったら、王国を焦土してやるところだった」
「……せめて街単位で済ませて」
アーリィは苦笑しながら、そっとカップに手を添えた。
それでも。
彼女の視線の奥には、同じものが宿っている。
──絶対に、守る。
この大切な日常を。
あの無邪気な笑顔を。
小さなコーヒーカップの中で、二人の誓いは、静かに、静かに滲んでいた。
※
がらがらと未だ天井から瓦礫が崩れ落ちることがある幻想の塔5階は、上位のモンスターの徘徊もみられるため規制線が張られ、ほとんどの冒険者が立ち入り禁止となっていた。
そんな、廃墟のような場所にただ一人、静かにたたずんでいる男がいた。
「……」
こんな危険な場所だというのに、男は飄々とした様子で、薄い笑みすら浮かべている。
その恰好はとても冒険者とは思えない、医者が着るような白衣を身にまとっていた。
やがて、男は大きく手を広げ、天井を見上げて、鼻から大きく深呼吸する。
まるで雨上がりの草原で爽やかな空気を胸いっぱいに取り込むかのように。
「はぁ……」
一気に吸い込んだ空気を、口から吐き出すと、男はうっとりとしてひとこと呟く。
「まあまあ、ってとこだね」
そして、また薄く微笑む。
だが、その目の奥には、何やら不穏なものが淀んでいた。
「次はもっと……」
男は、意味ありげに言葉を濁すと──
また、うっすらと笑った。
だが、その微笑みの奥には、底知れない闇が静かに滲んでいた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
久しぶりの更新で、感覚を取り戻しながらの執筆ですが、やっぱりこの世界を描くのはとても楽しいです。
次回も、少しずつ、大事に物語を進めていきます。
またお付き合いいただけたら嬉しいです!
(次回予告)
次回は、ギルド「ランダムダイス」が登場します。




