アルフレイムの孤児院
「……」
「……」
フレンの新居の裏手にはアルフレイムにいくつかある孤児院の一つがあった。庭先は荒れ放題になっていたが、孤児院の中は小綺麗になっている。孤児院の食堂に通されたフレンだったが、アリシアと向かい合って座ったまま、お互い視線を合わさず、一言も口を開くことはなかった。
孤児院は教会が運営しており、身寄りの無い子供を引き取り、仕事に就ける年齢になるまで育てている。引き取っている子供の数は孤児院によって違い、この孤児院では現在8人の子供を育てているのだという。
「ってアリシアお姉ちゃんから説明してよっ!」
自他共に認める世間知らずのお坊ちゃんであるフレンは孤児院という存在は知っているものの、その機能や数、現状なんぞ知る由もない。アリシアが説明を放棄、というかむすっとして一言も話さないので、この孤児院では最年長になるティアという女の子が説明してくれた。
「アリシアお姉ちゃんってことは、やっぱりアリシアはこの孤児院で暮らしてるってこと?」
「そうですよ。アリシアお姉ちゃんもこの孤児院で育ったんです。冒険者になった今でも子供たちの面倒をみてくれてます」
「ふんっ」
「なんで不機嫌なのよぉ」
ティアに説明を一任したかと思うと、どうにも不機嫌なアリシアは、出されたお茶をすすりながらやっぱり一言も発さずに鼻を鳴らしている。
「フレンさんはアリシアお姉ちゃんとはどんな関係なんですか?」
「僕も冒険者で、アリシアは同じパーティの仲間なんです」
「仲間じゃないわよ、客よ客」
そっぽを向いたままアリシアはそれだけ口にすると、またお茶をすすった。
「あはは、なるほどー。なんでお姉ちゃんが不機嫌なのかわかった気がします」
「え?」
「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよティアっ」
「わかってるって。でもこのままだと埒が明かないでしょ? ちょっとは機嫌直して、フレンさんとお話すれば?」
慌てた様子のアリシアを見て笑うティアはすべてを察した、という様子だ。くすくすと笑ってそう言うと、お茶のおかわりを持ってくる、と言って席を離れた。
「……」
「……」
二人きりにされてなんとも気まずい。
「あ……」
「どうして、あんたが……あんなところに住んでるのよ……」
意を決して口を開こうとしたフレンに先駆けて、アリシアはバツが悪そうにそういった。
「いや、僕も驚いたよ……あの家も姉さまが用意したものだし」
「てか、そもそもなんでブラーシュ家のお坊ちゃんがあんな借家に住んでるのかって」
「それは……」
フレンはアリシアにことの顛末を告げる。フレンもどうしてみんなの前から姿を消したのか、なぜ孤児院で暮らしているのか、色々聞きたかったが、どうも聞くことが憚れてたのか、説明に終始してしまった。
「はぁ、ほんとあんたらって……」
「そんな呆れないでよね……」
呆れるのも無理はない、と思いつつも、さすがに身内の恥はかばってあげないといけない。
「ま、サニアさんが無事だってことがわかれば十分ね。シャルの無事も確認したし、ニアとメルは……まあなんとかなるでしょ。巨大獣」の報酬ももらったし、あんたらはランキング入りして無事一人前になったし、万々歳じゃない。さっすが私」
なんだかまくし立てるようにアリシアは一気に言い切ると、お茶をぐいっと飲み干して席を立った。
「アリシア?」
「契約は完了、でしょ? 傭兵冒険者として、あの夜の……食堂で出してもらった代金分以上の働きはしたはずよ」
「それは……」
「まいどあり。じゃ、そういうことだから」
そう言うと、フレンが制止する暇もなく、アリシアは足早に食堂から出ていった。
「アリシア……」
「ごめんなさい、お姉ちゃん頑固だから……」
ティーポットを持ったティアが戻ってきた。
アリシアが出ていった食堂の入り口を見ることはなく、少し諦観した様子でフレンのカップにお茶を注ぐ。
「ティアさんはーー」
「ティア、でいいですよ。きっと私のほうが年下ですし」
「……ティアは、ティアはアリシアの気持ちがわかってるみたい……僕にはよくわからなくて」
アリシアと出会ってからそれほど時間は経過していない。だが一緒に冒険をした仲間、死線をくぐった戦友である。彼女のことを何も知らないが、何かを隠していて、何かに苦しんでいるのはわかる。
「お姉ちゃん、今回の冒険から帰ってきてから様子が変なんです。子供たちに冒険の話をするときはすっごく楽しそうなのに、ふとしたときにとても悲しそう。こんなこと今までなかった……」
「悲しそう……?」
「私はまだ小さかったから覚えてないんですけど、お姉ちゃんにはお兄さんがいたんです。血の繋がった本当のお兄さん」
それはつまり、孤児院で同じく育った間柄で呼ぶ兄ではなく、正真正銘の実兄ということだろう。しかし“いた”という過去形ということは……。
「ずっと前に死んじゃったんだって聞きました。お姉ちゃん同じで冒険者だったって……」
「冒険者……じゃあ亡くなったのは幻想の塔で……?」
そういえば以前、アリシアは冒険者が嫌いだと言っていた。そして、彼女には珍しく激情に駆られていた。
「ごめんなさい、詳しくはわかりません……お姉ちゃんは昔の話を絶対しませんから」
「そっか。色々教えてくれてありがとう。これ以上は本人の口から聞くことにするよ」
話したがらないということは聞かれたくない過去なのだろう。たとえティアがそのことを知っていたとしても、アイリア本人から聞かなければ意味のないことだ。
「じゃあ僕はそろそろお暇するよ。いきなりお邪魔してしまって悪かったね」
「いえ、孤児院にお客さんが来ることなんて滅多にないから嬉しかったです。また遊びに来てくださいね」
お茶を振る舞うことすら珍しいことなのだろう。心底嬉しそうに笑うティアを見て、さすがはアリシアが面倒を見ている孤児院だと感じた。




