混沌と輝く碧き命②
命はみな平等だと聞く。
人間も、犬も猫も牛も豚も魚も虫も、みな命は平等だと言う。
しかし、それは随分と上から目線の言い草だと思う。
平等だと裁定しているのは人間だ。
犬や猫たちが人間の命の価値を論じたことでもあるのだろうか。
家畜は食料として人間にコントロールされ、不自然に命を増やされては機械的に殺されているではないか。
それのどこが平等だ?
命には位がある。
位が上のものは、下の者の命を利用しても良いのだ。
私は利用する。
最上位の人間だからだ。
※
「今月の収支とこれまでの比較です」
薄暗い広間に大きな円卓が置いてある。そこには10人ほどの人間がぐるりと一周するように着席しており、その彼らになにやら数字が羅列された紙が配られた。
内容はすべて同じ。1ヶ月に必要とした費用と、商品を販売して手に入れた売上、そしてその差額。加えて、それら収支の半年分が表となって比較できるようになっていた。
各々、配られた紙を眺めては隣に座る人間とこそこそと話をしたり、ブツブツと独り言を言っている。
その中には、特徴的な青緑の色のポンチョを着た、美しい女性がいた。
彼女は紙を一瞥すると、くだらなそうに指で弾いた。
「それで?」
「え、あ、その、わ、我が紺碧の調合師の売上は右肩上がりでして、アルフレイムのみならず、大陸諸国にも買い手が付き始めています。市場を拡大する好機かと思われます」
女性に睨めつけられた若い男が、いいどもりながら円卓に座る面々にそう説明すると、またも小さな音量での話し声が聞こえてくる。
「イリーナ様はどのようにお考えですか?」
若い男が憮然とした表情を浮かべるポンチョの女性に尋ねると、今まで聞こえてきていた声がピタリと止んだ。
「市場拡大大いに結構。しかし、その分商品の生産量が追いつかなくなる恐れがありますの。なにせ、紺碧の調合師の真なるクリエイターは私一人だけですもの」
そう言って、ふん、と鼻を鳴らす。
彼女の態度に憤慨したのか、円卓の面々から、
「何を偉そうに……いくらモノが良くても商売に最も重要なのは販路。コネもなかった小娘がここまで偉くなれたのは誰のおかげだと……」
「クリエイター風情が……貴様らはただ黙って商品を生産していればいいのだ」
「拾ってやった恩を忘れおって……」
次々に彼女に対する不満が噴出する。
イリーナはそんな悪意のある言葉も意に介していないようだが、紙を配っていた若い男は違う。
「ギ、ギルドマスターはあくまでイリーナ様ですから、皆様もイリーナ様の判断に、し、従っていただきます……」
震える声で言い放つ。
おびえきっているのが丸わかりなのだが、円卓に座る面々はその言葉に従うしかない。
イリーナの言う通り、紺碧の調合師という今や誰もが知っているプラチナレーベルとなったギルドの核を担うのは彼女しかいない。
彼女の作る安価でかつ高品質なアイテムがあってこそ、その利益で儲かることができている。
「仕方があるまい。商品が提供できなければ商売にならん。癪だが、今はマスターの言う通りにしよう」
あるものはため息をついて、あるものはイリーナをにらみつけ、次々に立ち上がっては広間から出ていった。
紺碧の調合師のメンバーのほとんどはクリエイターではなく商人だった。
装備品やアイテムを国中で売りさばくことはお手の物だが、アイテムを作る技術や知識は乏しいもので、本来ならば調合ギルドに所属しているのは場違いな連中だ。
しかし、紺碧の調合師はその歪な組織だからこそ成功を収めていることも事実であった。
最後、一人残されたイリーナは、他に誰も座っていない円卓を見つめながら動かない。
「まだ。まだです。まだ私は……!」
右手の薬指につけられた指輪が不気味に碧く光った。




