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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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解散

 小鳥のさえずりが響く深緑の森の中を二人の人間が歩く。

 女の子のような可愛らしい見た目をした少年が、いわゆる使用人の格好をしている女性の手を取ってゆっくりと歩いている。女性は目隠しをされているように両目が包帯に巻かれていて、どことなく足元がおぼつかない様子だ。


「フレン様、もう少し早くても大丈夫ですわ」

「でも、街中と違って木の根っことかに足が取られちゃうかもしれないから」


 サニアはこの数日で盲目の状態にある程度慣れてきているようではあったが、それでも以前と同じように、とはいかず誰かが手を引いてあげないと歩行もままならないのであった。


「もうすぐでカーミラさんのお店につくから焦らなくても大丈夫だよサニアさん」


 森を抜けると開けた場所に出る。

 そこには小さな湖があり、そのほとりにこれまた小さな家、カーミラの店がある。


 はやる気持ちを抑えて、ゆっくりとした足取りで店へと近づいていき、やがて扉の前にたどり着くと、フレンはサニアと片手を繋いだまま、もう片方の手でコンコンと小さく扉を叩いた。


「はいは〜い」


 どこか気の抜けたような返事が聞こえたかと思うと、すぐに扉が開かれ、そこにはこの店唯一の店員であるモラが顔を見せた。


「モラさん、こんにちは」

「あらあらフレンさん。お待ちしてましたよ〜」


 フレンの顔を見るなり、モラの顔がぱっと明るくなる。


「あのカーミラさんは?」


 店の中を覗いてみると、どうやら誰もいないようだ。それは客すらもいない、ということだが、よく考えれば今まで自分以外の客に会ったことがない。


「それが……」

「?」


 フレンからカーミラ、という名前が出た瞬間にモラの表情が今までにないくらいに暗いものに変わっていく。


「何かあったんですか?」

「はい……実はカーミラ様は旅に出たんです……」

「た、旅ぃ!?」



「!?」

 目が覚めるとそこはベッドの上だった。

 消毒液のような匂いが鼻をつき、その次に全身が痛みを持っていることに気づいた。

 どうやらここは治療院のようだ。

 シャルは全身を包帯でぐるぐる巻の状態になってベッドに横たわっていた。


「あ、目ぇ覚めた?」

「せん……せぇ……?」


 かろうじて口から出たのは先生という言葉。

 見ればベッドの横に置かれた椅子に腰掛けているのはアリシアだった。本を読んでいたようで、ページを開いたまま顔を上げている。

 意識を取り戻したシャルの顔を見て、にっこりと笑う。


 シャルはあの戦いで右腕と肋骨のいくつかを骨折、また全身のいたるところを強く打っていて、全身打ち身だらけになっていて、意識のないまま治療院に運ばれた。

 回復職のエキスパート達によって治療が施された結果、命に別状はなかったが、今まで意識が戻らずにいたのであった。


「アンタ、かなりの石頭だったみたいね。あんなに強打したのに頭だけは傷一つないらしいわよ」


 ルカからの攻撃によって地面に叩きつけられた際、アリシアは致命傷を負ったとさえ思ったが、深刻なダメージにはなっていなかったようだ。


「え、えへへ……」

「女の子が石頭って言われて喜んでんじゃないわよ、まったく……まあいいわ」


 力なく笑うシャルに対してため息まじりに悪態をつくと、アリシアは持っていた本を閉じて椅子から腰を上げた。


「しばらくはゆっくりすることね」

「せんせぇ、行っちゃうんですか……」


 立ち上がり、部屋の外へと歩き出すアリシアの背中に向かって弱々しい声をかけるが、アリシアは振り向くことはせずに片方の手をひらひらと振るだけだ。


「まって、せんせぇ……」

 シャルはそんな彼女を引き止めたかったのだが、手足を一切動かすことができず、大きな声を出すこともできない。


「うう……せんせぇ……」

アリシアがどこか遠くに行ってしまうのではないか、そんな気がして、今すぐにでも追いすがりたいのに身体が言うことを聞いてくれない。


「ぐすっ……うぅ、うぅぅ……」

 去り行く彼女の姿を視線で追うことしかできず、シャルは静かに泣きじゃくった。


 治療院の中でも重傷者が運び込まれる部屋があった。白い部屋にベッドが一つ。地面には回復スキルを強化する紋様が描かれており、その周りには回復スキルの達人たちがかき集められていた。

 ベッドの上に横たわる、まだ幼い子供の治療のために。


「……」

 その様子を遠くで見つめているのはメルだ。

 しかし、それはニアを心配しているような顔でもなく、悲しんでいるような顔でもない。空虚。表情からは何も読み取ることができない、というほどになんの感情も浮かんでいなかった。


「……さく」

 無表情野中でメルの小さな口が、限りなく小さく動いている。


「……ぱいさく」

 何かをつぶやいているようだが、ニアの治療に専念している周りの人間には全く聞き取れない。


「……しっぱいさくしっぱいさくしっぱいさく」

 メルの口は同じ動きを繰り返していて、同じ単語を延々と発している。


「しっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさくしっぱいさく」


 瞬きはせず、一点を見つめ、呼吸をすることも忘れ、ただただ一心不乱に“失敗作”とだけメルは繰り返していた。


 アルフレイムの城下町には捕まえた罪人を罰するための牢屋があった。そのままアルフレイム牢獄という何の変哲もない名前がついているが、毎年投獄された者が姿を消すらしい、という噂がまことしやかに流れ、罪人が悪魔の生贄として捧げられていると恐れられていた。

 いつしか人々はアルフレイム牢獄のことを“悪魔の食堂”と呼んだ。


「っていう話し知ってる? 兄ちゃん」

「なんでこのタイミングで、そんなホラー話をするのかなミリアちゃん!?」


 冒険者ギルドの近く、逮捕された被疑者を収容する施設があった。いわゆる留置所である。

 風の追い剥ぎ団の団長であるライアスは先のフレンたちの装備を盗もうとした窃盗罪と幻想の塔で他の冒険者と戦闘行為を行った暴行罪で逮捕され、無事留置所に収容されていた。


 その面会にやってきたミリアからとんでもない話しを聞かされたライアスは、

「頼むから優秀な弁護士をつけてくれ……」

 とうなだれてしまっていた。


「冗談だって冗談! 多分」

「多分!?」

「大丈夫だって! たとえ悪魔の食堂が本当だとしても、あのガーディアンズのおじさんが、減刑なるようにお願いしてくれるってさ」


 幻想の塔から命からがら脱出したフレン一行。満身創痍ながらも誰一人命を落とすことなく、無事に脱出できたのは、この二人の働きがあったからだ。

 5階層の巨大獣が3階層に降りてくる異例の大事件が、犠牲者を出さずに解決できたのはフレンやマールの活躍によるものであろうが、彼らを補助した風の追い剥ぎ団も褒められる点があるわけである。

 余罪はあるだろうが証拠はなく、加えて強く反省していることからガーディアンズの隊長が口利きをしてくれたようだ。


「ま、指輪装着義務違反も冒険者を辞めるってことで許してくれたみたいだしね」

「……だからってことじゃないがな」


 あの女の子のような少年冒険者と戦ったことでライアスは自らの冒険者の道から外れることを決意した。名残惜しいとか悔しいとか、そんな感情はなく、ただただ清々しい気分だった。


「私は続けるけどね! もうパーティにも勧誘されてるし……ってことで、また来るね兄ちゃん!」

「んなあっさり!? 差し入れのお弁当は!?」

「そんな金ないっての。留置所の夜は寒いらしいから風邪ひくなよー」


 追い剥ぎをやっていたときには見られなかった妹の爽やかな笑顔を見て、ライアスは子どもの頃を思い出した。

 兄妹仲良く一つのケーキを半分こにして食べたあの頃。生活は貧しかったが心豊かなひと時がまた訪れる予感がしていた。

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