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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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混沌と輝く碧き命①

 冒険者が優れた装備を探すためにこぞって集まる職人通り(レブラ・ストリート)を一人の女性が歩いていた。女性は特徴的な青緑の色のポンチョを被っていて、眉をしかめた不機嫌そうな顔で、わき目も振らずに一心に、とある場所を目指していた。


「おい、あれって……」

「一人で何してんだ?」


 その女性が通り過ぎるたび、職人通り(レブラ・ストリート)の人々が驚きの声を上げる。それもそのはず。彼女はこの職人通り(レブラ・ストリート)、いや冒険者の集まるアルフレイムにおいて、顔も名前も売れている、有名人であった。


「ヴィオレッタ!」


 職人通り(レブラ・ストリート)のはずれ。さほど客もおらず、お世辞にも繁盛しているとは言えない、寂れた露店の前で立ち止まった彼女は凛とした大きな声で、露店の店主の名を呼んだ。


「いないんですの!? ヴィオレッタ!」

「おや、イリーナじゃないか。あまりに大きくて甲高い声がするものだから、てっきりセイレーンでも現れたのかと思ったよ」


 露店から少し離れたところにいたであろうヴィオレッタは、やれやれと肩をすくめながら姿を現す。


「誰が鳥の化物です! いるならいると早く返事なさい!」

「ちょっと作業中だったんだよ。それにウチは留守番いらずの便利な店なもんでね」

「どこがですの。大声で呼ばないと出てこないじゃない」

「客が来ないから留守にしても問題ないってことさ。店主自ら言い切るのは悲しくなるから出来れば察してほしいところだね」


 特段悲しむ様子もなく飄々とそうヴィオレッタが口にすると、イリーナと呼ばれた青緑のポンチョの女性は、ひそめた眉を吊り上げる。


「冗談や世間話をしに来たわけではありません。ヴィオレッタ、悪いことは言わないから、今からでも私のギルド“紺碧の調合師”に入りなさい」


 イリーナ=カレンベルグはアルフレイム城下町でトップのシェアを誇る、回復アイテムのプラチナレーベル、“紺碧の調合師”のギルドマスターである。

 ギルドを創設したのは最近だが、その回復薬の効果と値段の安さであっという間に大人気のレーベルとなり、まともな冒険者は全員“紺碧の調合師”にお世話になっていると言っても過言ではない。

 そんな人気レーベルの代表であるイリーナはその顔も周知されており、決して悪くない容姿も合わさって少数ながらファンがついているほどだ。

 もちろんその売り上げも凄まじく、“紺碧の調合師”に所属したがっている製造職は国中にごまんといる。


 だが、誰もが羨む組織から勧誘されたと言うのに、ヴィオレッタは、

「またその話しかい? 君のところは消耗品専門だろ? ボクはブラックスミスなんだからジャンルが違うじゃないか」


 と全く乗り気ではない。しかし、ヴィオレッタの態度にもどこ吹く風で、


「消耗品だけでは限界があるのです。回復薬で集めた資金を使って、事業を拡大しなければいけませんわ」


 とひるむことなく言い返してくる。

 

「今でも十分じゃないか。新進気鋭の若手女性アルケミストが率いるプラチナレーベル。他の追随を許さない価格設定とクオリティ……君たちと肩を並べるレーベルが出てくるとは思えないんだが、ねぇ……」

「……」


 何やら含みのあるような言い方でヴィオレッタは少しだけ微笑んだ。

 イリーナはというと、不機嫌そうな顔をさらに不機嫌にして、どこから見ても優秀な人材をスカウトに来た人間とは思えない顔をしている。

 言うなれば、殺したくて殺したくてしょうがない宿敵を目の前にしている人間、という形容が似合っている。


「はぁ……」


 殺気立った表情から一変、ため息をついたイリーナは、どこか遠くを見ながら口を開いた。


「ヴィオレッタ……人間の命は長いようで短いとは思いませんか?」


 突然、哲学的なことを話し始めたことにヴィオレッタは少し困惑したが、構わずイリーナは続ける。


「人間は欲が多い。その欲を満たすため……つまり良い人生を送るために、費やす時間が膨大だから他の動物よりも長い寿命が設定されている。でも、満足の行く人生を送ることは、その長い時間を掛けないと手にすることができない……食べて、寝て、子を生すだけの脳の無い人生を送るだけなら、畜生にでもできるんですの」

「……何が言いたいんだい?」


 明らかに勧誘を断った人間に話すようなものではない。

 どこか偏った説法のようなことをするイリーナの腹づもりが見えずヴィオレッタが言葉を返すと、


「忠告ですのよ……あなたの人生が畜生にも劣る、儚く散りゆくものにならないよう、心配してあげているのです……」


 底のない暗闇のような瞳を見据えて、イリーナはその言葉だけ残してあっさりと引き上げてしまった。呪いのような言葉を置いていった彼女の背中を見て、ヴィオレッタは、


「厄介事は御免こうむりたいものだねぇ」


 と、相変わらず飄々とした様子でつぶやくだけだった。

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