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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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脱出

 幻想の塔3階のとある安全地帯セーフティ・ポイントでは、ロープで縛られたままのライアスと、それを不安そうに見つめるミリアが座り込んでいた。


「ねえ、兄ちゃん、何が起こってるんだろ……」


 巨大獣ヒュージモンスターのものと思われていた、幾度となく響く咆哮がやんでからしばらく経ち、今度は爆発音や破壊音など、何やら不穏な音がここまで響いていた。


「戦闘の音、だと思うが……それにはしてはやけに激しい……戦争でもしてやがんのか?」

「あの子たち大丈夫かな?」


 ふとフレンたちが去っていった方向にミリアが視線を向ける。

 音はそっちの方角から聞こえてきていた。


「どうかな、プリーストの姉ちゃんは中級者って感じだったからな、危険だと判断したら戻ってくるだろうさ」

「そういえば、あのお姉さん。ガーディアンズから、アリシア=アルフレイムって言われてたね。アルフレイム姓って言えば……」

「ま、そういうことだろうな。珍しくもないだろ。俺たちだって似たようなもんさ」

「だから冒険者なんてやってるのかな、お姉さん」


 ミリアはアリシアの本名に何か思うところがあったようだが、ライラスが少しつまらなそうな物言いとするものだから、なんとなく空気を察して、それ以上は言及しなかった。


「あれ?」


 と、そのとき。

 ミリアの視線の方向から、人影が見え始める。


「あれ、お姉さんたちじゃない?」

「やっぱりか。なにかあったみたいだな」


 見れば、アリシアを先頭にフレンと、もうひとり知らない少女が走ってくる。

 しかし、その様子は普通ではない。

 一方はぐったりとした子供を抱えているし、一方は肩で息をしながら必死に少女を背負っている。


「はあっはあっ、そうかまだアンタたちがいたんだ……!」

「どうしたんだ、お前ら! ボロボロじゃねえか!」

「説明は後でするから、お願い、この子を治療院に連れてって、早く!」


 自分たちと戦っていたときとはまるで別人のように、アリシアが必死の形相で頼み込んでくる。

 ライアスはその尋常ならざる状況を精一杯理解すると、

「ミリアちゃん! 俺のロープを切ってくれ! 急いで!」

 と叫んでいた。

「あ、う、うんっ……!」

 言われるがままに、ミリアは腰に差していた短剣を取り出し、さらりとロープを両断する。


「よし、あとは俺様に任せろ。ミリアちゃんはこいつらを連れて戻ってきてくれ。かなり消耗してる」

 ミリアにもそれは見ただけですぐにわかった。

 抱えられていた子供が重体であるのは間違いないが、それ以外の全員も疲労の色が隠せていない。これでは、例え最低階層の1階のモンスターであっても、もし遭遇してしまったら非常に危険だ。


「大丈夫、わかってるよ兄ちゃん。兄ちゃんは急いで!」

「ラ、ライアスさん……お願いします……!」

「俺を誰だと思ってやがる! 風! の追い剥ぎ団だぜ! ブーツがなくたって、俺様のスピードはすげえんだよ!」


 そう言ってライラスはアリシアからニアを受け取ると、泣きそうな顔をしているフレンに不敵な笑みを向けたあと、一気に駆け出した。



「もう大丈夫。兄ちゃん、逃げ足だけは早いから」


 ミリアが苦笑気味にそう言い終わる前に、あっという間にライアスの姿が見えなくなった。


「アンタらが残ってくれてて助かったわ……てっきり逃げたもんかと」

「まあね、逃げようと思えば逃げれたんだけど……ね」


 まさにアリシアの言う通りだが、ライラスが覚悟を決めたような顔をしていたことをミリアは思い出す。きっと、子供を管理局に届けたあとは自首することだろう。

 追い剥ぎなんていう犯罪行為に手を染めたのだから、罰に処されるであろうが、それも仕方ないのないことだ。そう思い返して、ミリアは優しく微笑んだ。


「……ま、別になんでもいいんだけど。それよりフレンくん、代わるわ」

 ミリアの表情から全てを察したアリシアは、何も気づいていないかのように、ぶっきらぼうに返すと、この話しは終わりだと言わんばかりに、今度はフレンに声をかける。


「だ、大丈夫だよ、アリシアも疲れてるんだから」

「バカ言ってないで。もうフラフラじゃない。危なっかしくて見てられないわ」


 シャルを背負っているフレンの膝はガクガクと震えている。

 どうやら、戦闘の疲労が一気に噴き出してしまったようだった。


「今度は私がシャルをおぶっていくから、フレンくんをお願いできる?」

「あ、あたし?」

 急に話しを振られて驚くミリア。


「他に頼れる人がいないのよ」

「ちょっとアリシア、大丈夫だって僕」

「別にいいけど……軽そうだし」

 背は自分より小さい。それに女の子みたいに華奢な体つきをしている。

 どう考えてもミリアよりもフレンの方が軽いだろう。


「じゃあ、はい。おんぶ」

 そう言ってミリアはしゃがみ、背中をフレンに向ける。

「いやいや! おんぶはいいよ! 子供っぽい!」

「もう言われた通りにしなさい! あとで迷惑かかるのはこっちなんだから!」

「あう……」


 ついに割と本気で怒られたフレンは観念したようで、シャルをアリシアに任せると、おずおずとミリアの背中に近づく。

「ごめんなさい、強引で……重かったら言ってください」


 もうアリシアに逆らうことはできない。

 フレンはうつむきながら、ミリアの首に手を回すと、その体重を彼女の背中に預けた。


(軽っ!?)


 全体重が乗ったとは思えない軽さにミリアは心底驚いた。

 不意打ちとは言え、自分を、人間ひとりをぶっ飛ばすほどの力があるのだから、ある程度は体重もあるかと思っていたが、その予想はまったくの見当違いだったようだ。


「えーっと、フレンって言ったっけ? ホントに男? 女の子じゃないの?」

「ぼ、僕は男ですっ! っていうかなんでこのタイミングで言うんですか!」

「いやもう、なんか体重から感触から匂いから、全てが男っぽくなくて……」


 フレンを背中に乗せて悠々と立ち上がる。

 身体を支えるためにフレンの太ももの裏を手で押さえているが、そのさわり心地すらもまるで女の子のようだ。


「なんかすごいぷにぷにしてるんだけど」

「ひやっ! ちょっと、くすぐったいですよ!」

「いや、なんだこれ、今までに出会ったことのない感触。抱っこに変えていい? っていうかちょっとお姉さん家にこない?」


「バカやってないで、早く行くわよ」

「ぎゃん!」

 ひどく混乱しているミリアの頭を一発ひっぱたく。

「へへ、すいやせん姐さん。なんか新しい扉が開きそうになっちゃって」

「誰が姐さんよ! あんまりフレンくんに変なことすると、殺人メイドに肉塊にされるわよ」

「さ、殺人メイド……!?」

「じょ、冗談ですよ冗談、そんなメイドさんいるわけないじゃないですか! さ、早く行きましょう」


 確かに、この状況をサニアに見られでもしたら、ミリアが攻撃対象と認定されるだろう。

 肉塊もあながち間違ってはいない。

 これ以上、自家のメイドに不名誉なイメージをつけるわけにはいかないと、フレンは無理やり笑顔を作って、先へと促すのだった。


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