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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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撤退

 完全に理性を失った狼の化け物が吠えるたびに、上級に該当する魔法が展開され、マールを襲う。

 連続で発射される熱線、鎌鼬のような風の斬撃、上空から降り注ぐ氷塊。

 

 だが、そんな息をつく暇もないくらいの連続攻撃を、マールはすべて回避していた。


「ふん、デカブツになる前のほうが、殺気が籠もっていたぞ」


 どうやらルカは狼に変身したことで細かい狙いがつけられなくなっていた。

 フレンたちを狙ったラグナロクレイも当たることはなかったし、今も広範囲に渡って魔法の影響が出ているものの、高速で動き回るマールを捉えることはできていなかった。


(フレンは脱出したか?)


 ちらりと背後を見やると、負傷者を抱えながら、フレンたちが部屋から脱出しているところが見えた。

 アーリィにはそのサポートに回ってもらっているため、自分の支援は期待できない。


 無差別な攻撃はある意味では厄介で、自分が囮役になったとしても、狙いをつけてもらわなければ意味がないのである。

 広範囲の魔法攻撃が続けば、そのうちフレンたちを巻き込んでしまう危険性を孕んでいた。


(仕方がない、たまには……)

 ルカの攻撃を避けるのは容易いが、倒すまでに時間をかけてはいられない。

 マールは剣を構えて瞼を一度閉じると、


(本気を出すか)


 カッと目を見開いた。


 その瞬間、マール周辺の地面が衝撃で陥没し、彼女の身体から迸るように光が湧き上がった。


 彼女はそれを闘気と呼んだ。

 現在の冒険者の中で、恐らく唯一無二のクラスに就いているマール特有のスキルで、戦闘を行うことで溜まっていくエネルギーを消費して、自身の肉体を強化するものだった。

 普段はアーリィに支援をしてもらうため、使用する機会はほとんどなく、膨大な量のエネルギーが溜まっていたのだが、闘気が消費するエネルギーは莫大なものだった。


(持って3分と言ったところか……!)


 闘気を発動したマールの姿を見たアーリィは、急いでフレンたちを脱出させなければいけないと理解していた。彼女が闘気を使用するのは、強敵と対抗すること以外に、敵を圧倒したいときも含まれる。

 マールがそう判断したのだから、恐らく敵を圧倒する自信があるのだろう。だが、それはフレンたちを守るために行っていること。ここでフレンたちの避難に時間がかかっては、闘気の使用時間も伸びるだけだ。

 エネルギーの充填には時間がかかる。

 今後の冒険に支障をきたさないためにも闘気の使用は短時間で抑えて欲しかった。



鉄壁の大亀インヴィジブル・タラスク! 防御は私に任せて、フレンくんたちは早く脱出を!」


 無差別の魔法からフレンたちを守るために、アーリィは防御壁を展開している。

 流れ弾のような瓦礫の破片や、氷塊の欠片が飛んでくるが、すべてその壁が防いでくれていた。


「わかりました! アリシア、シャルは!?」

「大丈夫、気を失っているだけよ」


 少し離れたところにいたアリシアが、シャルをおぶってフレンたちの元へと近寄る。

 シャルはぐったりとアリシアにもたれかかり、起きる気配がないが、アリシアの応急処置のおかげで命に別状はないようだった。


「それよりもニアね、これは私のヒールだけではどうにもならない……!」


 ゆっくりと背負っていたシャルを床に寝かせると、口から血を流して倒れるニアにヒールをかけた。アリシアの両手から淡い緑色の光が放たれ、ニアの腹部へと降り注いでいる。

 だが、その苦しそうな様子は一向に治る気配がない。顔は血の気が引いたように蒼白で、汗をびっしょりとかいて、息も絶え絶えになっている。


「折れた肋骨が内臓を傷つけているのかも……すぐに塔から脱出して、管理局の治療を受けないと……」


 冒険者管理局には、幻想の塔で負傷した冒険者を治療する施設がある。

 重傷者はだいたいそこに担ぎ込まれることになっているのだった。そこなら、アリシア以上のプリーストや医者がいる。


「ずるいよニア、先に死んじゃうなんて」

 そのとき、どこか焦点が定まらないような視線をさまよわせてメルがそう口走る。

 その異様な科白にアリシアはぎょっとなった。


「でもなんでだろうねー、ふたりとも死にたいって思ってたのに、どうして、こんな……」


 メルの瞳からは涙が流れていなかった。

 ただカタカタと小さく震えるだけの少女は、同じ顔をした少年の手を握り、うわ言のようにつぶやいている。


「大丈夫、まだ死んでないわ。急げば間に合う」


 そんな少女の小さな肩をアリシアは、一度だけぎゅっと抱きしめると、素早くニアを抱えあげた。


「ごめん、フレンくん。シャルをお願いしてもいい? しんどいとは思うけど」


 アリシアの両手がふさがっている以上、気を失っているシャルを運ぶことができない。

 立っているのがやっと、という様子のフレンだが、もう頼れる人間がいなかった。


(ガーディアンズはもう避難してしまったのかしら……)


 ここでもしガーディアンズがいれば、けが人の輸送をお願いできたのだが、ざっと見渡してもこの部屋には自分たち以外、マールと狼が激しい戦闘を繰り広げている様子しか窺い知ることができない。


「いない人間に期待しても仕方ない……! さ、急いで脱出するわよ!」

「うん!」


 背後でドン、という何かが爆ぜたような音が聞こえたが、フレンたちは振り返ることなく、戦闘の場から撤退を開始した。




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