実験体は愛に狂う③
創生者という職業は、珍しさ故に、国から重宝され、国王直々の命令により、全ての創生者が国家お抱えの冒険者となる。
かくいう私もその一人だ。
10代の頃に創生者としての才能を見いだされた私は、恵まれた待遇と名誉に目がくらんで、言われるがままに王宮に籍を置く。
それから10年以上に渡り、私は王宮の外に出ることは一度たりともなかった。創生者にとって、冒険者とは名ばかりの称号なのである。
来る日も来る日も、狭く散らかった窓のない研究室で、研究を続けた。
ひとつ、幻想の塔に出現するモンスターを再現
ひとつ、冒険者を管理する指輪を利用した人体強化
ひとつ、新たな魔法スキルの確立
――ひとつ、生まれながらの化け物の創生
頭が狂いそうだった。
いや、すでに狂っていたのかもしれない。
研究室には資料や実験器具が散乱していて、埃っぽい嫌な空気と、鼻をつく血の匂いでいつも充満していた。
最初こそ、食事が喉を通らないほどに気分が悪くなり、何度も戻していたが、次第にそれも気にならなくなり、終いには研究室で寝食ができるほどに日常と化していた。
食事は出るし、生きるために困ることは何もないが、逆に言えば、その他のものは何もなかった。
次第になんのために研究をしているのかわからなくなる。ただ時間通りに、毎日同じことの繰り返しを過ごす日々だった。
そんなときだ、カーミラという稀代の創生者が王宮から姿を消した。
数多くの資料と、1匹の実験体を持ち去って。
私は心底バカにした。
適当に研究を続けて、適当に報告をして、適当に惰眠を貪るだけで、衣食住が確保され、さらに高給がもらえる、圧倒的贅沢な生活を手放すとは。
彼女は周囲から絶賛されるほどの評価を受けていたが、私はチヤホヤされて調子に乗っている彼女がいけ好かなかった。
いなくなってせいせいした。
カーミラが姿を消してから、王の遣いという人物が研究室を訪ねてきた。
曰く、カーミラが携わっていた研究チームに、彼女の代わりに参加して欲しいというのだ。
私は二つ返事で承諾した。
カーミラの鼻を明かせるという願望もあったが、そのチームに入れば、外出の自由が与えられると言われたからだ。
次の日。私は目隠しをされ、王の遣いに手を引かれ、ある部屋に通された。
「やあ、君がルカだね。僕はこの研究所の所長をしている。とても優秀な人材がいると聞いてね、無理を言って引き抜いてもらったんだ」
その部屋はこじんまりとした書斎のような作りとなっていて、部屋の壁中には本棚があって、窓はあるけどカーテンが閉め切られていて薄暗い。
部屋の中央には大きな机があり、男は椅子に座って、柔和な笑顔を浮かべていた。
「ルカ、君にはとても期待しているんだ。きっとカーミラさんよりも、高い研究成果を出してくれる、とね」
所長は私を必要としてくれていた。
所長は私の名前を呼んで、期待していると言ってくれたのだ。
その日から私は、以前よりも研究に没頭するようになった。
もはや自由などはいらなかった。
彼のために、所長のために、身を粉にして研究をしなければならない。
私の生きる糧はそこに集約されていたのだ。
※
牙をむき出しにし、口からよだれを零すルカの眼には、上空から降りてくるマール=ブラーシュの姿がしっかりと映っていた。
「無事か!? フレン!」
「ま、待ってマール! このままじゃ地面に激突するわ!」
叫びながら急降下しているマールの目にはフレンしか映っていない。
遅れて落ちてくるもうひとりの女性が慌てている様子など、意に介していないようだ。
「くっ、仕方ないわ! シルフ!」
このままの勢いで落ち続ければ、彼女の言う通り地面に激突してしまう。
空中でなんとか体勢を立て直しながら、杖を地面に向けると、緑色の魔法陣が展開される。
「今よっ! 風を起こして!」
魔法陣から現れたヴィヴィアンと同じくらいの小さな女の子が両手を突き出すと、上空に向けて突風が発生する。
マールはその風に煽られる形で、地面への着地の衝撃を緩和すると、間髪入れずにステップを踏んで、狼の化け物に襲いかかる。
「よくも私のフレンを!!」
「姉様!?」
いつもは冷静なマールが珍しく怒りの感情を発露している。
マールの剣と狼に爪がぶつかり合う音に、フレンの声がかき消されてしまった。
「ごめんね、フレンくん。驚いたでしょ」
マールに遅れて数秒。続けて、もうひとりの女性がふわりと優雅に着地した。
「アーリィさん! 二人が揃って下層にいるなんて……!」
アーリィ=バートンはマールとコンビを組む冒険者だ。
前衛のマールを支援する役割であり、それは戦闘だけでなく日常の生活もそうだった。少し以上に常識から逸脱しているマールの世話係と言っても過言ではない。
ブラーシュ家の屋敷にも何度か遊びに来ており、フレンやサニアとの面識もあった。
「本当は巨大獣の討伐を依頼されてたんだけど、ちょっとイレギュラーが発生しちゃって」
イレギュラーとは明らかにルカのことだろう。
火花を散らして、金属音を響かせてぶつかり合うマールとルカとの戦いは、激しさを増しており、もはやそれに割って入れるものはこの場に存在しなかった。
「この場はマールと私に任せて、フレンくんたちは避難した方がいいわ。負傷者も出ているみたいだし」
フレンのパーティは満身創痍といったところだった。
ダメージを負っているシャルやニアはもちろん、戦意を喪失しているメル、疲労困憊のフレンと、まともに戦えるメンバーは支援役のアリシアだけになっていた。
「で、でも……!」
「その人の言う通りよ、撤退しましょう」
「アリシア……」
いつになく真剣な眼差しで、アリシアは気を失っているシャルを背負って、フレンに近寄る。
「当初の目的は達成したわ。巨大獣は討伐したんだし、あの化け物は本来私たちでどうにかなるものじゃないわ。その宝剣の力が驚異的なのもわかるけど……フレンくん、あなた追い剥ぎ団からずっと戦い通しじゃない……」
ヴィヴィアンの言う、宝剣の力を行使した代償としての疲労もあるかもしれないが、何よりここまで連戦を強いられてきたことが大きな要因だったのかもしれない。
「主人、この方々の言う通りです。敵の脅威から仲間の皆さんを守ることはできました。十分な成果と言えるでしょう」
脂汗を垂らしたフレンは、震える手で蒼の宝剣を鞘に収め、ゆっくりと瞼を閉じた。
「わ、わかった……撤退しよう……」
正直に言って身体は限界をとうに越えており、今にも倒れ込んでしまいたい衝動に駆られるが、フレンはどうにか声を漏らした。




