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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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実験体は愛に狂う①

「ついにここまでたどり着いたね」

「だれ? ここは……?」

 フレンは見知らぬ湖のほとりにいた。

 それは幻想的な風景で、生い茂る葉に遮られながら陽光が一筋二筋と差していて、湖の水をキラキラと反射させている。

 苔のような芝生のような、緑が覆う湖のへりに、それは立っていた。


「僕が誰か、ここがどこか、だなんて些末なことさ。君がここにいて、僕と話していること以上に大切なことなんてあるのかな?」


 頭がぼーっとする。

 よくわからないことを口にしている彼に見覚えがあるような気もするが、どこで会ったかが全く思い出せない。この湖も、どこかで見たことがあるような気がするのだが、まるで霧の中に迷い込んだかのように、答えを見出すことができなかった。


「ッ! そういえばドラゴンは!?」


 ふとした瞬間に、フレンは頭の中で先程までの戦いを思い出した。

 幻想の塔の中で、アリシアたちと一緒に巨大なドラゴンと戦っていたはずなのだ。


「アレは邪悪な意思によって作られた子供たちによって倒されたよ。だから彼女が解き放たれた」

「邪悪な、意思……?」


 それはメルとニアのことを言っているのだろうか。


「彼女が解き放たれたって、ドラゴンが何かを捕まえていたの?」

「そう、アレは彼女を封印する鎖。本当ならもっと違う場所に存在するものだったのだけれども、君を待ちきれなかったようだ」

「僕を?」

「正確に言うなら、君が手にしているソレを」


 彼に指をさされて、初めてフレンは自身が手にしているものに気づいた。

 それは鞘から抜けない、蒼い剣だった。


「君はソレが何かを知っているかい?」

「カーミラさんも言っていた。確か、宝剣。これを抜くには鍵が必要だって」

「そう、それは水の精霊が宿った宝剣」


 彼は嬉しそうに笑うと、湖の水上に一歩足を踏み入れた。


「!?」


 しかし、彼の足は湖に沈むことなく、静かに悠然と、湖面に波紋を浮かべながら歩いているではないか。

 そしてフレンの方へとどんどん近づいてくる。


「あなたは一体……」


 やがて彼はフレンの目の前に立ったのだが、別に顔を覆っているわけでも、マントを羽織っているわけでもないのに、なぜかその姿が曖昧に見えてしまう。

 どんな顔をして、どんな体型で、どんな服装なのか。

 目の前にいるはずなのに、とても希薄で、フレンには何も感知できない。


「宝剣使いとして目覚めたばかりだからね。僕の姿を捉えることはまだできない」


 少し残念そうにトーンを落とした彼は、その手をゆっくりとフレンの持つ蒼い剣に触れた。


「今回はここまでのようだね。早く目覚めないと、君の仲間が大変なことにになってしまう」

「それって……」

「大丈夫。君とその宝剣があれば、みんなを守れるよ」

「ちょっと待っ――!」


 そのとき、一陣の風が吹き荒れた。

 湖に波がたち、木の葉が舞い上がり、木々をざわつかせた。

 フレンはその風を受けて咄嗟に目を閉じてしまい、そして、もう一度目を開けると――



 上空から飛来したその異形な生物は、人間の姿に形どっていた。

 

 ところどころは人間の皮膚と同じ形状をしているが、そのほとんどは赤黒い液体で覆われていて、まるで水が人間に変形しているような、なんとも筆舌に尽くしがたい不気味な生物だった。

 だが、その顔と晒された乳房でもって、女性だとかろうじてわかる。


「せ、先生ぇ……これ、なんですか……?」

 

 壁に衝突した際の痛みなどとうに忘れて、シャルは声を震わせながら、その異形に指を向ける。


「わ、わからないわ……新種のモンスター……?」

「誰がモンスターよ。私は人間、見ればわかるでしょ?」


 その時、その異形は口を開いて人間の言葉を発した。

 案の定それは女の声をしている。

 そいつは、かけている眼鏡を指で押し上げると、氷のような冷たい視線で、震えるシャルを睨みつけた。


「ひっ」

「子供? 駆け出しの冒険者ってところかしら。そんなに怖がらないでよ、傷ついちゃうわ」


 その表情と声色から、彼女の感情を推し量ることはできない。

 怒っているのか、憎んでいるのか、蔑んでいるのか。ただひとつ、それはとてもじゃないが、友好的な存在ではない、ということだけがハッキリしていた。


「それより、そっちのプリーストの女」

「!?」

「アンタの横で寝てるのって、もしかしてフレン=ブラーシュじゃないだろうな?」


 一瞬にして異形の女から発せられた威圧感に、その場にいた全員の身体から冷や汗が噴き出す。


「そうだ! フレンだ! フレン=ブラーシュだ! ハハッ! ハハハハハハハッ!」


 何がそんなに面白いのか。女は倒れている少年がフレンだと確信するなり、大きな高笑いを上げる。

 天を仰いで、まるで幸せの絶頂にいるお姫様みたいに、両手を広げて喜んでいるのだ。

 しかし、


「はぁー……やっと殺せる」


 ピタリと笑い声をやめると、獣のような目つきでフレンに向き直った。


「!? フレンくん起きてッ! 早くっ! シャル!」

「わかってますっ、先生!」


 フレンに向けられたそれは明らかなる殺意だった。

 真夜中の山の中で狼に出会ったような、全身から危険だというシグナルを発信している。


 異形の女は、腕をぼこぼこと蠢かせ、見たことのない触手に変換する。

 恐らくあの触手は攻撃手段で、それでもってフレンに攻撃を仕掛けるつもりだろうと、アリシアは判断し、敵の一番近くにいたシャルに声をかける。

 だが、彼女もその殺意に気づいていたらしく、アリシアの命を待たずに飛び出していた。


「はあッ!」

 走り出す勢いのままジャンプし、シャルは飛び蹴りを放つ。

「邪魔、しないで!」

「きゃあっ!」

 しかし、その繰り出したシャルの蹴りは触手によって掴まれてしまい、そのまま地面に勢いよく叩きつけられた。

「がっ!?」

 地面が砕ける音が響く。

 まるでボールのように二度三度跳ねたあと、シャルは倒れたまま動かなくなった。


「今のはまずいっ! メル、ニアッ! 私はシャルを助けるから、どうにか足止めをして!」

 一向に目を覚ましてくれないフレンをそっと地面に寝かせると、アリシアは急いでシャルのもとへと移動する。受け身も取れない状態で地面に叩きつけられたのだ。無事じゃない方がおかしい。


「わ、わかった! いにしえよりつたわりし、くるいたけるしゃっかのひかりよ! しんくのやりとなり――」 

「ふん、アンタたち、逃げ出した実験体じゃないの。こんなところでなにやってんのかしら」

「ぼ、僕たちのことまで知ってる……まさか、ラボラトリーの――げぅっ!?」


 女が面倒くさそうに、触手を振り払うと、何かを言いかけたニアが後方に吹き飛ばされた。

「アンタらも所長に迷惑かけすぎ。とりあえず死になさいよ」


「ニアっ!」

 攻撃を受けたニアにもそれを見ていたはずのメルにも、何が起こったのかがわからなかった。


 それは女が落ちていた瓦礫を触手で掴んで投げ飛ばして攻撃したものだった。

 大砲を遥かに超えるスピードと威力で投擲されたそれは、文字通り目にも留まらぬ速さでニアの腹部に命中し、その小さな身体に石の塊がめり込んだのだ。


「ぐあ、ぅぅ、ぅぅ……!

 メルが詠唱をやめてニアに駆け寄ると、ニアは腹部を押さえてもがき苦しんでいた。恐らく瓦礫が腹部に命中したことで、骨や内臓を傷つけていることだろう。

「ああ、どうしようどうしよう……!」

 メルは回復魔法を使えない。苦しんでいるニアに何をすることもできないのだ。


「うるさいなぁ。アンタも死んどけよ」

「!」

 続けて同じように瓦礫を触手で掴んで振り上げる。それも一つではない、両手両足、いや全身の至るところから触手がどんどんと増えて、その数は二桁にも上る。

 大量にうごめく触手が瓦礫をつかんで、今にもメルめがけて投げ込もうとしていた。


「メル逃げてッ!」

「あ……あ……」

 シャルに回復魔法のヒールを施しながら、その窮地に気づいたアリシアの叫びも虚しく、メルはニアが倒れた恐怖と、どうしていいかわからない混乱により、瞳に涙を浮かべて立ちすくんでしまっていた。



 パチっと目を覚ましたフレンが見たのは、廃墟のように壊れた幻想の塔の天井と、吹き抜けのようにどこまでも伸びている空間だった。


「僕は……?」

 フレンが覚えているのは、どこか知らない湖のほとりで一人の青年らしき人物と話していたことと、その前にメルの爆発魔法によって吹き飛ばされたことだった。


「あれ?」

 壁にぶつかったというのに不思議と痛みがない。これならすぐにでも立ち上がれそうだと、力を入れた瞬間に、フレンはそれに気づいた。

「か、固まってる?」

 どこにどう力を入れても、身体を全く動かせないのである。

 意識はハッキリとしているのだが、首ひとつ動かすことができない。

「ど、どうなってるの!?」


 そのとき、

「これは、水の世界」

 頭の中に、女性の声が響いた。


 すると、困惑するフレンの目の前に、羽の生えたとても小さな女性が突如として姿を現した。

 それは淡い青色の長い髪と長い睫毛を持つ、とても美しい女性で、彼女は薄っすらと全身を水のベールで纏っていた。

「き、きみは……?」


「私はヴィヴィアン。水を司る精霊にして、その蒼の宝剣に宿るものです。貴方は蒼の宝剣の使用者であり、同時に私を使役する精霊使いでもあるのです」


 優しげで穏やかな口調でそう話すヴィヴィアンは、口を開くことなく、フレンの頭に呼びかける。


「私の力で、一時的ではありますが、貴方の感覚を、穏やかな水の世界に同化させています」

「水の、世界?」

「ええ、時が止まっているわけではありません。貴方が普段感じている時の流れが、非常にゆっくりに感じとれるようになっているだけです」


 言われてみれば、動かないと思っていた身体だが、ほんの一部、ほんの指先だけが、ゆっくりと動いている感触がある。


「水の世界にいられる時間は有限です。もう少しするとこの世界の効果も解けてしまいます」

「どうして、こんなことを?」

「貴方は気を失っていて気づいていませんが、今、貴方の仲間達が危機に追いやられています」

「!? どういうこと!?」

「元々は人間の女性であった者、今は人外の生物に成り果ててしまいましたが……その恐ろしい敵が、あの双子に襲いかかっているのです」

「双子……ニアとメル!?」

「もう猶予がありません。この世界が解けた瞬間が勝負です。貴方は、何も疑わずに、すぐさま右手に握られた宝剣を抜き、その名を叫ぶのです」


 動かない身体の右手を意識してみると、そこに何かが握られているのがわかった。

 不思議とその剣が、今までどうやっても抜けなかった蒼い剣ということが感じられる。


「さあ、時間です。私は貴方と共にあります。頑張ってください」


 ヴィヴィアンはそう言うと、ゆっくりとフレンの目の前から姿を消した。

 そして――



 

「死ね」

 無情にも異形の女がそう告げると、メルめがけて、すべての触手を振り下ろした。


「――ッ!」

 身体が動かない。魔法の詠唱も間に合わない。受け止めることなんて絶対にできない。

 メルはぎゅっと目を瞑り運命を受け入れた。

 次の瞬間、


「アロン、ダイトッ!!」


 フレンのものと思われる声が聞こえると同時に、メルの周りにドーム状の水の膜が形成され、剛速で飛んできた瓦礫のすべてを包み込んでしまう。

「なに!? 何が起こったの!?」


 確実に殺したと思った異形の女は目の前で起こったことが信じられずに声を上げる。

 水の膜が攻撃を防ぐなどという魔法は見たことも聞いたこともなかったからだ。


「あ、あ……」

 何もかもわからないながらも、ただただ助かったということだけはわかったメルはその場にへたり込んだ。

「大丈夫? メル?」

「う、うん……」


 ゆっくりと、しかし重みのある歩みでフレンはメルに近寄る。

 その手には蒼く輝く、一振りの剣が握られていた。


「いくよ、アロンダイト」


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