巨大獣狂詩曲④
ウォークライによりドラゴンの視線がフレンに向いたのと同時に、シャルがアイスウォールの裏から飛び出すと、それを追従するようにシャルと同じ姿をした影、シャドウアバターも飛び出してきた。
目の端でそれを確認したフレンは、器用に身体を捻りながら、空気の地面を蹴飛ばして、ドラゴンの目線に入る場所で飛び回る。
(シャルの存在をドラゴンに気づかせるわけにはいかない……!)
挑発するように、ちょこまかと動くフレンの動きにドラゴンは困惑しつつも、巨大な腕を振り上げ、フレンめがけて容赦なく振り下ろす。
どおん、という地響きを起こすがフレンは空中でそれを華麗に避けたため、ドラゴンが破壊できたのは地面だけだ。
(よしっ、ウィンドウォークのおかげで、なんとか回避することはできるぞ)
本当に虫を振り払うようにドラゴンがぶんぶんと腕を振り回しているスキに、ドラゴンの足元へと到達したシャルは、砂埃を立てながら急ブレーキをかけて静止すると、両腕を腰の位置に構える。
「すーっ」
そして、深呼吸をひとつ。ゆっくりと息を吐き出すと、影とともに腰を落とし、勢いよく踏み込んだ。
「連弾ッ!」
素早く拳から放たれたのはモンクのスキルである連弾。
体重が乗ったストレートパンチを敵にぶつける単純な動作なのだが、それが目にも留まらぬ速さで繰り返され、一瞬の内に3発ものパンチがドラゴンの脚にめりこんだ。
それを影も同時に使用しているのだから、合計で6発もの攻撃が瞬く間に放たれたことになる。
さらに――
「鉄山靠!」
動きは流れるように次の動作に入る。連弾で踏み込んだ勢いそのままに、半身を回転させ、背中の部分で体当たりをぶつける。岩を砕いたのような衝撃音が響きわたり、そして――
「爆裂掌底ッ!!」
「グオオオッ!?」
くるりと回転し、正面を向き直すと、両足をしっかり地につけ、腰を回転させて渾身の掌底を打ち込んだ。影とともに放たれた2発の衝撃が脚を突き抜け、ドラゴンはたまらず、たたらを踏む。
「ハァッハァッ、はじめてできた……連続技……ニアくんのおかげかな」
モンクは自身の身体を使った数多くの攻撃スキルを習得できる上、それらのスキルを組み合わせて連続でスキルを発動させることができる特殊な能力を持っていた。しかし、それには術者の体力や技術が必要不可欠だった。
脚の一部ながらも大きなダメージを負ったドラゴンだが、それでもウォークライの効果は続いていて、空中を飛び回るフレンに視線を奪われている。
その苛立ちからか、腕を振り回し続けてもフレンに当たらないことに痺れを切らしたからか、ドラゴンは再度翼を広げ始めた。
「飛び上がる気だッ! シャル! 逃げて!」
フレンが足元にいるシャルに向かって叫ぶ。
ドラゴンは一度飛び上がり、高い位置から地面に落ちることで、その衝撃と風圧を使って、自分と同時に足元にいるシャルに攻撃するつもりなのだろう、とフレンは予測した。
案の定、ドラゴンは翼を羽ばたかせ空に浮かび始めた。
そのときー―
「極寒の地に吹く氷雪よ、舞い上がり彼の者を凍りつかせろ! ダイアモンドダスト!」
遠くから魔法の詠唱が聞こえると、ドラゴンに向けて急激な冷気の風が吹き付けられる。
「ギャオオオッ!」
それは大きく広げた翼に向けられていて、瞬く間に、その二翼を凍りつかせると、飛翔能力を失ったドラゴンが無様に墜落した。
「ナイス! ニア!」
見れば魔法を放ったのはアイスウォールからひょっこりと姿を現しているニアだった。
「あとは僕に任せてシャルは後退して!」
「はいっ!!」
間一髪ドラゴンの攻撃から免れたシャルは、フレンの指示どおり、急いでその場から離れ、安全と思われる場所まで距離を取る。
「行くぞっ!」
完全にノックダウンしている今が恐らく、最初で最後のチャンスであろう。
フレンは身体を回転させて、逆立ちのような格好になると、その場で足踏みをするように、連続で空気の地面を蹴って急降下した。
両手に握られている大剣の切っ先はドラゴンの頭を狙っている。
が、ドラゴンはそれに気づいたようで、地面に突っ伏しながらも、頭だけ上げると、頭上のフレンめがけて大きく口を開けた。
「なっ!?」
これは炎のブレスだろうか、それとも単純にそのまま食べてしまおうというのだろうか。
だが、勢いがついているフレンはもう止まることができない。
「我は神の代弁者。彼の者に神の裁きを下さんッ――ホーリィライトニング!」
その一瞬のタイミング。
アリシアの手から放たれた光球が、口を開けていたドラゴンの下顎に命中。強制的に口を閉じさせられてしまう。
「行きなさいッ! フレンくん!」
「ありがとうアリシアッ! くらえぇぇっ!」
流星の如く、一直線に降下してくる落下スピードを乗せたフレンの突きがドラゴンの頭に命中する。
「グオオオオオオオッッッ!」
今までにない悲鳴を上げたドラゴンはそのあまりの激痛に身体を暴れさせた。
「フレンさんっ!」
特に攻撃された頭を振り乱している。
近くにいたであろうフレンはその動きによって吹き飛ばされているかもしれない。
見れば、ドラゴンのちょうど眉間あたりに刺さっている大剣は半分だけになっていた。
「今よ、メルッ!」
「あいあいー、わがまりょくがときはなつばくえんは、かのものの、たましいすらも、うがちしょうしつさせるだろう、ちりものこさず!」
浮かび上がった本のページがバラバラと自動で、高速でめくられると、あるページでピタリと止まり、そしてメルの詠唱に合わせて光り輝き、
「――ふぁいなるえくすぷろーじょん!」
ドラゴンの巨躯すらも覆うような大爆発が起こった。
さらに周囲にとてつもない爆風が発生し、一番近くにいたシャルはその衝撃に抗うことができず、壁まで吹き飛ばされて激突した。
「あっ! ぐっ!」
感じたことのないくらいの激痛に、シャルは一瞬意識を飛ばしかけるが、それよりなにより、フレンがどうなったのかが心配で、気絶している場合ではなかった。
「フ、フレン、さん……」
閃光で未だ周りがよく見えない中、目を細めてみるとフレンも同じく、壁に激突したのか、壁際で倒れ込んでいるのが見えた。
やがて爆発が収束していき、残ったのはえぐられた地面の穴と、破壊された壁や天井の瓦礫、そしてバラバラになった氷の塊だった。
「ド、ドラゴンは……消えてしまった、のですか……?」
意識が朦朧とする中、目の前を確認するが、先程までいたはずの巨大なドラゴンは影も形もない。
あそこまでの強大なモンスターを一瞬で消し去るなんて、シャルは背筋が冷たくなって身震いをした。
「フレンくんっ、大丈夫!?」
遠くのほうからアリシアの声が聞こえる。
「そう、だ……フレンさんっ……!
痛む身体を押さえながら、シャルはなんとか立ち上がると、フレンが倒れている場所までゆっくりと歩いていく。
がらがらと音を立てて、崩れた天井から瓦礫が落ちてくる。
「あれ?」
当たらないようにと、ふと天井を見上げたシャルは何やらおかしなものを目にした。
「なに、あれ……人間?」
シャルが見間違うのも無理はない。それはきっと人間と同じシルエットをしていたであろう。人間のそれも女性のような見た目のそれは、ドラゴンが開けた吹き抜けからゆっくりと舞い降りてくる。
だがそれは
「こわいのがきたっ……! どうしようニアぁ!」
人間の形をした化け物だった。




