巨大獣狂詩曲③
ドラゴンの大きな口から吐き出された炎は的確にフレンたちが集まる場所へと収束するが、それを巨大な氷の壁が阻んでいた。
急速に氷が蒸発していく甲高い音が耳をつき、うずくまっていたフレンは生きた心地がしなかったが、一方のアリシアは炎の攻撃を受けながらも、それに怯えた様子はなく、何かを考え込んでいるようだった。
「そっちの、えっとメルだっけ? アンタ、あのドラゴンを倒せる自信があるってこと?」
未だ収まらない炎に包まれながら、アリシアはそう訪ねた。
「うん、あんなトカゲ、メルだったら一発だね!」
「ってか、アンタが倒しきらないから、こうして攻撃を受けてるんだけど……とはいえ、二人が上級魔法を使えるってのは嘘じゃないみたいだし、これならやれるかもしれない……」
嬉しそうに笑うメルのおでこにデコピンを一発食らわせて文句を言うと、一転してアリシアお得意の“何かを企んでいる”表情を浮かべた。
「よし、作戦は決まったわ! フレンくんっ、シャル! やるわよ!」
おでこを抑えながら半べそになるメルをよそに、アリシアは腕を組み仁王立ちになって、力強く話し始めた。
「いーい? 今度こそちゃんと私の言う通りにしなさいよ、特にシャルとメル! 言うこと効かなかったらドラゴンの口の中に放り投げるからね!」
こくこくこく、と何度も頭を振ってうなずくシャルとメル。
「私たちの目的は、あのドラゴンをなんとかすることじゃなくて、なるべく功績値を稼ぐ方法で倒すことよ。つまり、もしメルが強力な上級魔法で一撃の元に撃破したとしても、私たちにはなんのメリットもないわけ」
功績値はあくまで個人毎に加算されていくもので、同じ場にいたからといって、何もしなければ点数を得ることはできない。フレンとシャルが功績値を稼ぐためには、文字通り共闘しなければならないのだ。
「つまり、ある程度はフレンくんとシャルに攻撃をさせて、適当なところでメルにトドメを刺してもらえばいいってことよ」
「そ、それってズルなんじゃ……」
「はぁ? ズルぅ? だからフレンくんはお子ちゃまってバカにされるのよ」
多分アリシアにしか、そんなストレートな表現で馬鹿にされたことはない。
「これはサニアさんを助けるためなのよ? ズルいもへったくれもないわ!」
確かにアリシアの言う通りだ。先般、ライラスにも言われたが、仲間や大切な人を守るためには、どんな手段だって使わなければならない。
だが、いくら最終的には自分たちが倒す必要がないとわかっていても、あのドラゴンと相対さなければならない恐怖はまた別物だ。今まで戦った小型のモンスターとはまるで違う、そう、あのとき戦った蜘蛛の化け物と対峙した恐ろしさを思い出してしまう。
(でも――)
覚悟。
冒険者を本気で続けるために必要な、あらゆるものへの覚悟が不足していたのだとフレンは実感する。
それは安全な1階層ばかりを探索していた自分の情けなさからか、サニアに助けてもらったあの夜のことを後悔してからか、追い剥ぎをしてまで生き残ろうとしたライアスに突き動かされたからか。
ここで、あのドラゴンに立ち向かうことができれば何かが変わる。
フレンは震える手を無理やり抑えこんで握りこぶしを作り、仁王立ちするアリシアをグッと見上げた。
「わかった。僕やってみるよ!」
女の子のような可愛らしい顔をした少年が震える眼差しでこちらを見てくる。彼を知らないものならば、危険だと言って止めるのかもしれない。しかし、アリシアは知っている。
「よし!!」
彼が立派な冒険者だということを。
「それじゃあ全開で行くわよ! ニアはシャルのサポートをしてあげて、フレンくんは私がやる! で、最後に指示を出すから、メルはトドメをお願いね」
「りょーかいっ!」
「わかりました」
すっかりアリシアの言うことを素直に聞くようになった二人は、どちらも同じような楽しそうに笑って力強く答えた。
「まずはフレンくんね。ソルジャーのスキルを使って、ドラゴンのターゲットを惹きつけて撹乱して頂戴。その後はシャルがシャドウアバターを使って一気に攻撃を加える。この戦いで全てを出し切りなさい!」
「はい先生ッ! ふふふ、腕が鳴りやがりますよぉー!」
どこで覚えてきたのか、シャルは乱暴な言葉を口にして立ち上がる。両拳を突き合わせていかにも準備万端と言った様子だ。
そうこうしているうちに、徐々にドラゴンが吐き出した炎の勢いが弱まっていく。
「行くわよフレンくん! 汝に力を――ウィング! ブレイブ!」
それは初めてアリシアと一緒に戦ったときにかけてもらった支援魔法と同じものだった。
フレンは自分の軽くなる身体と、湧き上がる力を感じると、ひどく安心感を覚えた。アリシアが手伝ってくるのだから、何も心配することはない。
彼女への感謝の気持ちを込めて、ひとつうなずくと、ウィンドウォークで空中を駆け出し、アイスウォールを飛び越えていった。
「こちらも行きましょう。汝の身に流れる魔力の源流に節制を――マジックテンパランス」
「おおー? なんですかこれ?」
「マジックテンパランスは本来魔法スキルの消費魔力を下げるスキルなんですが、物理スキルでも疲労しにくくなる効果があります。僕は支援魔法はあまり使えませんので、これが精一杯です。あとは攻撃魔法で援護しますので」
「そうなんですね、じゃあモンクのスキルをいっぱい使ってもいいんだ」
ニアから支援魔法の効果説明を受けながら、シャルは自分の影に手を突っ込んで、もうひとりの自分を出現させる。ずるずると引き出されたソレがシャルの隣に並ぶと
「それじゃ行ってきますね!」
と、まるで遊びに出掛けるかのような、元気な掛け声とともに、両者がアイスウォールの影から飛び出していった。
※
一息というのには長すぎる時間の炎を吐き出し終わり、ドラゴンが口を閉じると、氷の壁から一人の人間が飛び出してきた。小さい小さい、これでもかと小さい人間は空中を飛ぶように駆け上がる。
巨躯を操るドラゴンから見たら羽虫のようなそれは眼中になかった。それよりも、身の程をわきまえずに自身に攻撃をしかけた、魔力の塊のような虫を潰さなければ気分が収まらない。
炎を防いだ忌々しい氷の壁を破壊するため腕を振り上げたそのとき、小さな羽虫が両手で握りしめている剣を空に掲げて叫んだ。
「こっちを見ろォッ!」
「!」
空気を震わす衝撃波が拡がると、ドラゴンはたまらず羽虫がいる方向に視線が向き、そして一切外せなくなってしまった。氷の壁を破壊したいのに、その羽虫を攻撃したくてたまらなくなっているのだ。
これが、ソルジャーの使う囮のスキル。ウォークライの効果だった。




