巨大獣狂詩曲②
頭から足元まで甲冑に身を包んだ者たちが、幻想の塔を駆け回っている。
彼らはガーディアンズと呼ばれる、冒険者管理局に所属する、塔の平和を守るもの。
本来、幻想の塔の中では、冒険者がモンスターに襲われて死んでしまったとしても、誰も文句は言えないし、誰も助けてはくれない。ガーディアンズといえどそれは変わらないが、今回のケースはまるで質が違った。
巨大獣という、文字通り巨大なモンスターが出現することは珍しいものではないが、まさか階層を跨いで移動してくるとは誰も想定していなかった。
階層を1階昇るだけでも決死の覚悟がいる、というくらい階層の違いによってモンスターのレベルは格段に上がる。噂では5階層で目撃されたと聞いていたが、この姿は中層レベルのモンスターに違いない。ランキングの上位者でなければ討伐することなど不可能なことだった。
これを放っておけば、前代未聞の数の犠牲者が出てしまう。
「急げ! ヤツはまだ我らに気づいていない! 隊を二つに分けて、片方は冒険者の避難誘導、もう片方は群れをなしているであろう小型モンスターを殲滅しろ!」
「はっ!」
ガーディアンズの中でも隊長と呼ばれる一人の男が、全体の指揮を執っている。命令が下された隊員たちは、言われる通りに隊を二つに分けると、駆け足で方々に移動していった。
「くそっ、マール=ブラーシュは5階か? この状況に気づいてくれればいいのだが……!」
※
アリシアの両脇に抱えられながら、メルはなんだか納得がいっていなかった。
どうやら、このお姉さんとその友達らしき人たちは、ごちそうを前にして逃げ出そうとしているのだ。しかも、ニアもメルも抱えてだ。
なんたる悪手。
この大きさがあれば、きっと明日も明後日もそのまた次の日も、たらふく食べられそうだというのに。
「ニアー、いいかなぁ? やっちゃって」
「ん? うーん、いいんじゃない? 何か困っているようだし」
バタバタと慌てているアリシアたちをよそに、呑気そうなトーンで話し合って勝手に結論を出したメルは、ニカッと笑って、たどたどしい口調で詠唱を始めた。
※
「そらにかがやくいくまんのほし」
「げっ!?」
片方の脇から物騒な言葉が聞こえる。
アリシアの記憶が正しければ、それは魔法の詠唱で、しかも
「しゅううのごとくふりそそげば、のちにのこるものはなし」
「何考えてんのよアンタぁっ!?」
広範囲の上級魔法だった。
メルの懐から飛び出した本のページが、バラバラと自動的にめくられ光だすと、メルは笑顔でドラゴンの頭上を指差す。
「え? なになに?」
アリシアの泣きそうな顔と絶叫に驚いたフレンとシャルは、メルが指差す方向に自然と目を向けた。
すると、上空で何かがチカチカと光っているのが見える。しかも、一つ二つではない。何十、いや何百という光が、どんどんの輝きを大きくさせている。
「すたーだすとれいんっ!」
可愛らしく言い放ったメルの魔法名とともに、その無数の光が甲高い音を奏でながら、ドラゴン目掛けて、大量に落下してきた。
ギャアオオオオッ!
意識外からの攻撃にドラゴンは悲鳴を上げる。
だが、その実ダメージは少ないようで、大量の光の粒がドラゴンを次々に攻撃するが、硬い鱗のような皮膚でそのほとんどが弾かれている。
「ありゃりゃ、かたいー」
想像を超える防御力だったため、メルは残念そうに頬をふくらます。
「手数よりも一撃に集中させた方がいいかもね」
ニアにとってもそれは想定外のことではあったが、メルとは違い、冷静にその状況を省みている。
「な、なんでこんなちっこいのが上級魔法を……! ってそんなこと言ってる場合じゃない!」
高レベルの冒険者にしか使用できないはずのスターダストレインを簡単に放ったメルを見て、アリシアは混乱で思考が止まりそうになったが、それよりなにより、今差し迫っている状況をどうにかしなくてはならない。
「ドラゴンが気づいたッ!」
スターダストレインの効果が無くなった頃、ドラゴンは口から炎の吐息を出しながら、ぎろりとアリシアたちを睨みつけた。
どうやら攻撃対象として認識したようだ。
「あはは、おもしろいかおー」
「このバカァッ! なんてことしてくれたのよ!」
「もう逃げても無駄なようですね」
完全にロックオンされている。
ドラゴンは壊れた天井をさらに破壊しながら、一度飛び上がると、翼を羽ばたかせながらゆっくりと地面に着地、攻撃の態勢を整えた。
「アリシア……やるしか、ないよ」
フレンはそう言うと、ドラゴンと対峙するように、背負ったバスタードソードを両手で構えた。
ニアの言う通り、これは逃げられるものではない。例えこの部屋から脱出できたとしても、きっと塔の壁を壊して追いかけてくるだろう。フレンはそう諦観に似た、確信を持っていた。
「仕方ないわね……で、タヌキみたいなアンタらは一体何者なわけ?」
それはアリシアにも十分わかっていることだった。フレンが覚悟を決めるというのなら、自分も肚を括るしかない。
両脇に抱えた二人の子供を地面に下ろし、その子供たちを睨みつける。
「はいはーい、あたしはメル!」
「そして、僕はニアです。僕たち双子なんです」
手をこれでもかと高く上げながら嬉しそうに自己紹介をするメルと、対象的に落ち着いた様子で自分たちのことを説明するニア。瓜二つの子供たちは、なんだかとても楽しそう。
「見りゃわかるわよ」
子供相手に、にべもない。アリシアはジトっとした目で二人を見やる。
「そうじゃなくて、どうして子供こんなところにいるの? しかもなんで上級魔法を使えるのかって聞いてるのよ」
「んー? 最初から使えるよ?」
「はい、僕たちは物心ついたころには一通りの魔法が使えるように育てられたんです」
「育てられた……!?」
「先生ッ! お話ししてる場合じゃないですーっ!」
「ッ!」
シャルの慌てた声に反応して顔を上げると、ドラゴンが大きく口を開き、狙いをこちらに定めていた。
「くっ、アンタたち防御魔法は!?」
「僕が得意です」
「じゃあなんとかしなさい! アンタたちの責任なんだからッ!」
そんな言い合いをよそに、ドラゴンの洞穴のような大きな口腔が、ぼんぼんと爆発音を鳴らすと、その奥から真っ赤に燃え盛る炎が込み上がってくるのが見える。
「我拒む。悪しきものの魂は神聖な力でもって拒否されるだろう――ホーリィウォール!」
「我らを守護せり、何者も通すことのない美しき氷壁――アイスウォール!」
アリシアは手にした十字架を前の前に落とし、ニアは懐の本を取り出しページをめくる。
十字架からは結界が展開され、さらにその前方には巨大な氷の塊が出現した。
「みんな伏せて!」
アリシアの掛け声に従い、その場の全員が結界と氷壁の影にうずくまる。
と、その次の瞬間、ドラゴンの口から豪炎のブレスが吐き出された。




