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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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閃光の剣姫は止まらない

巨大獣の咆哮が3階に鳴り響いている頃、5階の通路ではある二人組のパーティが向かってくる大量のモンスターを蹴散らしていた。


「サラマンダー、シルフ! お願い!」


 片割れの女性冒険者が手にした杖を掲げると、地面に突如として光り輝く魔法陣が出現し、そこから炎をまとったトカゲと突風を巻き起こす妖精が現れた。これはエレメンタラーというクラスのみが使える、召喚魔法に違いなかった。

 

 召喚されたサラマンダーが口から豪炎を吹くと、間髪入れずにシルフが風を巻き起こし、その効果範囲を拡大させる。たちまち辺り一帯は炎に包まれ、断末魔を残してモンスターが次々と消滅していった。


 しかし、モンスターの数も尋常ではない。

 炎に包まれたモンスターよりも多くの群れが、反対側から襲いかかってくる。


「いいぞアーリィ、こっちは任せろ」


 すると背中合わせに立つ、もうひとりの女性冒険者が一振りの美しい剣を構えた。


「お願いね、マール」


 その声に呼応するように構えた剣に力を込めると、それを素早く薙ぎ払う。


「スラッシュ」


 紫電一閃。

 空間に光の筋が走った瞬間、モンスターたちの身体が真っ二つにズレた。まるで、最初から二つに分かれていたのではないかと見まごうばかりの滑らかな断面から、大量の黒い煙が吹き出し、次々と霧散していった。

 それは剣士職のフェンサーが使う基礎的な攻撃スキルだった。常人が使えば、シンプルな横薙ぎの攻撃に過ぎないはずだ。しかし、彼女が使えば、それは大量の敵を即殺する範囲攻撃になってしまうのだ。


 それがフレンの姉、閃光の剣姫と謳われるマール=ブラーシュの実力だった。


巨大獣(ヒュージモンスター)が出現したという噂は本当のようね」


 アーリィと呼ばれた女性がパチンと指を鳴らすと、サラマンダーとシルフは光輝きながらくるりと回転して消えていった。

「ああ。巨大獣(ヒュージモンスター)に威圧された小型モンスターは群れをなすからな」

 倒したモンスターから出現した魔石を回収しながら、マールはそうつぶやく。その表情は大量のモンスターを屠った直後とは思えないほど、涼しい顔をしている。


「ちょっと前に大きな地響きが起こってから、まったく気配を感じなくなってしまったわね……」

 訝しげな表情を浮かべるアーリィはとても変わった服装をしていた。首から足元まですっぽり覆うローブは首元が大きく開いていて、羽織ったマントがローブを支えるように留め金がつけられている。なんとなく筒をそのままかぶって、マントを被せたようなシルエットで、左右が白色と黒色でハッキリと分かれたモノトーンになっていた。

 そして、さらに特徴的なのは片方の目にだけかけられている眼鏡、いわゆるモノクルを装着していた。


「……」

「マール?」


 巨大獣(ヒュージモンスター)の気配を感じ取ろうと辺りを見回すアーリィをよそに、マールはある一点を見つめて動かない。


「何か、いるな……」

 ローブや杖など、アーリィが魔術師然とした装備をしているのとは対照的にマールはまさに騎士といった様子だ。頑丈そうな美しい白金の鎧が体を覆い、両手両足も同様の金属に包まれている。だが全身というわけではなく、太ももや二の腕などは動きやすさを重視して露出していた。


「何か……って、何?」

巨大獣(ヒュージモンスター)より、よほど恐ろしいかもしれんな」

「そんなモンスター、5階にいるかしら?」


 確信めいたことを口走るマールに対して、アーリィは特に何かを感じ取っているわけではないためか懐疑的なようで、顎に手を当てて小首をかしげる。


「とにかく行ってみよう。何か嫌な予感がする」

「そうね」


 魔石を回収しきったマールとアーリィは、モンスターが殲滅されて、しん、と静まり返った通路を警戒しながら進んでいく。

 一定間隔で設置されている松明の炎がゆらめいていた。


隠者の梟(ハーミット・オウル)を偵察に出したほうがいいかしら?」

「いや、それだと自動で攻撃してしまう。できれば向こうに気づかれたくないな」

「でも先制攻撃で状態異常にしてしまえば有利になるわよ?」

「恐らく……そういう次元の存在ではなさそうだ」

「それって上層レベルのモンスターってこと? 下層にそんな敵……」

「シッ!」

「!?」


 通路の先の開けた空間に足を踏み入れた瞬間、松明の炎がひときわ大きく揺らめいた。

 いち早く何かを察知したマールは、後ろを歩くアーリィの歩みを制止する。


「来る……!」


 先程のモンスターの大群と相対していた時とはまるで違う、視線だけで対象を射殺すことができそうなほど、鋭い眼光で反対側の通路の先をにらみつける。

 マールの思惑通り、先に敵を察知できたのは重畳だ。二人は、何も言わずにそれぞれの武器を手にして腰を落とす。


 そして、いよいよ姿を現したそれを見て、両者は目を見開いた。


「ぐじゅ……が、ぎぎ……ぐが」

 それはメルとニアも遭遇した、異形の姿をしたルカだった。

 液体が泡立つ気色の悪い音と、声にならない声を混ぜた音を漏らしながら、ゆっくりと近づいてくる。


「な、なに……! これ……!?」

 その筆舌に尽くしがたい不気味な姿を目の当たりにしたアーリィは恐怖で身体がすくんでしまう。

 

「アーリィ!!」

「!」


 マールの声で我に返ったアーリィは、そこでようやく、不気味な化け物が両腕から赤黒い液体を噴出させ、攻撃態勢に移行していることに気づく。

「狂い猛る……がっ、がふっ……灼火、光ぃ……」

「!? アーリィ! 守護陣形だ!」

 口から血液のような液体を撒き散らしながらつぶやく声。それは、ただのうめき声ではない。

 魔法の詠唱に違いなかった。

「え!?」

「急げッ!」

「き、来なさいッ! 鉄壁の大亀インヴィジブル・タラスク!」 

 咄嗟に反応したアーリィは杖を前に掲げて魔力を放出させる。地面に青白く輝く光の魔法陣が発現すると、そこから巨大な亀が出現した。


「ラグナロクレイ……」

 不気味な化け物の周囲にいくつもの光の球体が浮かび上がり、その一つ一つから熱線が放たれる。光速で放たれるいくつもの熱線がマールたちに襲いかかるが、立ちふさがるタラスクが前方に青い光の壁を展開すると、熱線はそこにぶつかって鳴動しながら霧散した。


「ラ、ラクナロクレイの並列使用!?」

 凝縮したエネルギーを光速で打ち出すラグナロクレイ。一本の熱線を放つのが本来のラグナロクレイだが、先程のは二桁に近い複数の攻撃が同時に行われていた。それは、いくら魔法スキルに精通した冒険者といえども実現は不可能だろう。


「攻撃に転じる。アレをやるぞ」

 アーリィの驚きをよそに、マールは敵の魔法攻撃が終息したことを確認すると、飛ぶように駆け出した。

「わかったわ! ありがとうタラスク、サラマンダーに代わって!」

 杖をくるくると回し、タラスクを引っ込めると、打って変わって今度は赤い光の魔法陣を展開。

「マールにファイアエンチャントを!」

 魔法陣からサラマンダーが出現すると、マールの剣に炎がまとう。


「なまいきっ……なまいぎ! なまいきなまいきなまいきなまいき!」

 放った魔法が完璧に防がれたルカが怒りのあまりヒステリーのように叫び声を上げると、両足に当たる部位から生えていた烏賊のような触手が急激に伸びて暴れだす。

 馬鹿でかい鞭のようなそれが、唸りを上げてマールに襲いかかった。


「いくぞ! 終焉の炎(レーヴァテイン)!!」

 猛烈な勢いで襲来する二本の触手を飛び上がって避けると、炎に包まれた剣を大きく振りかぶり、空中で力を込めて振り払う。ごおう、という轟音を響かせ、斬撃とともに爆炎が噴き出すと、一瞬のうちに触手は炎に包まれ、高熱のあまり跡形もなく消し飛んだ。


「ぎゃあああああッ!」

 触手はルカの身体の一部だ。あっという間に両足を持っていかれたルカは、その痛みで絶叫を上げる。


「畳み掛けるわ!」

 この好機を逃すアーリィではない。炎の残滓が消えるのを待たずに素早く杖を回すと、青い光の魔法陣を展開し、今度は氷を纏った巨大な狼を召喚した。

「吠えて、氷獄の狼(コキュートス)!」


 氷の狼がけたたましく吠えると、全身から凍えるような吹雪を放つ。空間全体を覆う荒々しい暴風雪は、その広い効果範囲のせいで、ルカだけでなくマールすらも巻き込んでいたが、それでもおかまいなしといわんばかりに、全力で攻撃を加える。


「あ、が、が……!」


 全身が体液にまみれているルカに吹雪は有効だったようで、あっという間に全身が凍りついてしまう。身動きが取れなくなったルカの眼前に、マールは剣の切っ先を突き立てる。

 自身もルカと同じくらいには吹雪の攻撃を受けているのにも関わらず、マールは全く気にもとめていない。まるでそよ風だと言わんばかりの凛とした姿だった。


「チェックメイトだ」

 そう静かに言い放つと、躊躇なくルカの頭蓋に剣を突き刺した。


「ぐ、ああ……」

 額から後頭部にかけて貫通した剣を勢いよく引き抜くと、ルカの頭から血液に似た、赤黒い液体が噴出した。その返り血を全身に浴びながら、マールは剣を一振りして血を振り払い、身を翻す。


「が、あぐぅ……!」

 液体が噴水のように上がり、ルカは全身をビクンビクンと痙攣させた。


「が……あ……」

 やがて、呻き声がなくなり、立ったまま絶命した。


「あ……崇めろ、怯えろ、頭を垂れろ……」


 かに見えた異形の生物の口から、詠唱文と思われる言葉が紡がれる。しかも、さっきのラグナロクレイを使用した際よりもハッキリとした発音で。


「何ッ!?」

 さすがのマールも、まさか頭部を串刺しにされた生物が生きているとは夢にも思わなかった。

 咄嗟に振り返るが、時すでに遅しーー


「我が支配するは万物の掟ぇ! グラビティディメンション!」


 ほお肉が削がれた口で正確に詠唱をし終えると、ルカは嬉しそうに高らかと魔法を言い放った。


「うっ!?」

 瞬間、マールの身体が急激に重くなり、地面に吸い込まれるようにうずくまる。


 それは重力を操る魔法だった。だが、マールに押しかかる重力は、元来のそれとは比べ物にならないほどの負荷がかかっている。彼女でなければ、その重さによって骨がバラバラになっているだろう。

 

「あ、あ、あーあー……んんっ……ようやく頭が、スッキリしたわ……アンタが血を抜いてくれたおかげね」

「なんだ、これは……!?」

 顔を歪ませながら見上げると、ルカが眼鏡越しに笑いながらこちらを見下していた。姿形は異形のままなのだが、その顔は先程とは全く違う、完全に人間の、女性の顔に見える。


「アンタ、もしかして閃光の剣姫?」

「……まさか化け物に顔を覚えられているとはな。自分で自分の知名度が恐ろしいよ」

 マールが皮肉交じりにそう返すと、ルカの表情は一変した。

「間違えないで。私は化け物じゃない。新たな力に目覚めた者……言うなれば覚醒者なのよ」

「覚醒者だと?」


 ルカの消滅させられた両足の断面から、赤黒いゼリーのような不気味な液体が噴き出すと、あっという間に人間の足に変形していく。そのまま、腕も、身体も、顔も、そのゼリーが包み込んでいき、ぐにぐにと蠢きながら、元々のルカの姿に戻っていった。


「フフフ、ハハハハ! さすがです所長! 研究は成功! 我が身を以て証明となりました!」

 人間の形をしているとはいえ、未だ気色悪い液体が溢れ泡立つルカだったが、それが気にならないほど満足なのか、心底嬉しそうに、何かを口走りながら高笑いを上げる。


「あまり、調子に乗るなよ」

「ッ!?」


 重力で封じたマールに侮蔑の視線を浴びせていたルカは、その一言でハッとなり、慌ててアーリィがいた場所に視線を向ける。するとそこでは、アーリィが新しい魔法陣から風の妖精であるシルフを召喚していた。


「マールを離しなさい、化け物! シルフ! ストームバースト!」


 命令されたシルフは全身の魔力を放出させ、爆発的な突風を巻き起こした。まるで巨人に体当たりでもされたかのような衝撃がルカとマールを襲う。


「!!」

 ストームバーストの突風によって、マールは壁に激突、ルカは広い部屋の先の通路にまで吹き飛ばされていった。


「マール! 大丈夫!?」

「あ、ああ。大したことはない。助かったぞアーリィ」

 激突した壁は放射状に砕けていたが、マールの鎧には傷らしい傷はついていない。一度だけ頭を振ると、マールは鎧同様に何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。

「あれは一体なんなの……見たこともない化け物だと思ったら人間の言葉を……」

「私にもさっぱりだ。だが、謎は多いが、ヤツが驚異だということは間違いない」

 ラグナロクレイという上級魔法の同時使用、強力な重力魔法、そして異形の力。あんなものが5階にいたのでは、並の冒険者は一瞬で殺されてしまうだろう。


「追うぞ」

 一刻も早く、あの化け物を無力化しなくてはならない。

 その使命を胸、マールは再び歩き出した。

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