ガーディアンズ
それは悔しくて泣いているの? 悲しくて泣いているの? それとも怖くて泣いているの?
――多分、どれもそうだと思う。兄ちゃんが傷つけられているのに助けられなくて悔しい。こんなことをしないと生きていけない私たちが悲しい。そして、兄ちゃんが、私の知ってる兄ちゃんが、知らない人になっちゃいそうで、怖い。
※
シャルロッテアッパーで吹き飛ばされたライアスが地面に叩きつけられる。
「ゴホォっ!」
骨が何本が折れて、おそらく内臓もダメージを負っているだろう。嘔吐物と同時に血の味が溢れてくるが、ライアスはどうにか立ち上がろうと腕に力を入れる。
「がはっ、こ、こんな……ガキ相手にっ……やられるわけには……」
ブルブルと震える四肢に力を込めようとするも、身体がいうことを聞いてくれない。
「も、もうやめよう、兄ちゃん……もうやめようよ」
ハッとして横を見ると、フレンによって吹き飛ばされたミリアが倒れていた。ちょうど同じ場所まで飛ばされていたことに気づいていなかった。
「ミ、ミリ、ア……ちょっと待ってろ……すぐに、兄ちゃんが……アイツらを……」
「いいよ……もういいよ……」
「な、なにを……」
「いいんだよ、貧乏でもさ、兄ちゃんが元気でいてくれればそれで私は満足なんだよ……」
「ミリア、バカなことを……ゴホッゴホッ……言うな……! はぁっはぁっ……約束したろ……兄ちゃんがいっぱいお金を稼いでやるって……だから、なんも心配しなくていいんだ……兄ちゃんに全部まかせとけ……」
「ごめんね、兄ちゃん……ごめんね……もうケーキ食べたいなんて言わないからぁ……もうおうちに帰ろぉ……」
「ミリア……」
地面を這いずり、ミリアはライアスの元へと近づいていく。溢れ出る涙と吐き出した胃液でぐちゃぐちゃになっているが、顔を拭うこともせず、ただひたすら近づいていくのであった。
※
「生命の息吹よ彼の者にーーヒール」
顎に蹴りを食らって意識が朦朧として倒れ込んでしまったフレンに対してアリシアはヒールによる回復を行う。手にした十字架から淡い光が放たれると、フレンはむくりと身体を起こした。
「あ、ありがとう……アリシア」
「はいはい、お礼はいいから。まあ今回は結構頑張ったんじゃない?」
そう言うとアリシアはニヤリと笑ってフレンの栗毛の頭を軽くポンポンと叩いた。
「いたた、ちょっとやめてよ」
「あーーーっ! ずるいです! 私も頭なでてください先生ッ!」
「アンタは反省しなさい!」
フレンが褒められているのを見つけて近寄ってきたシャルだが、アリシアからは軽いどころか、げんこつをお見舞いされてしまう。
「あーん! いたいーっ!」
「アンタね、フレンくんが時間をかせいでくれたおかげで、全部うまく行きそうだったのに、勝手に飛び出して! 紙一重だったじゃないの!」
「だ、だって……騙したり脅したりして他人の物を奪おうなんて、そんなの絶対許せないじゃないですか!」
「アンタの親父に言いなさいッ!」
アリシアから、もう2発のげんこつを食らってシャルはその場でのたうち回る。
「ま、まあまあ……無事だったから良かったじゃない。アリシアもその辺で……」
「まったくもう……それじゃ、改めて風の追い剥ぎ団さんにお話しを聞きましょうかね」
ため息をひとつ吐くと、アリシアの顔は真剣な表情に変わり、倒れ込んでいる兄妹へと近づいていく。
「ライアスって言ったわね。追い剥ぎをして生計を立てるのはいいけど、失敗したらどうなるか……知らないわけじゃないでしょ?」
「はっ、さてね……君のような美しい女性に慰めてもらえるのかな……? ごほっごほっ」
なんとか上半身だけ起こしたライアスは痛みに耐えながらも冗談を口にする。
「バカね、こうなったら冒険者の資格は剥奪されて、下手すりゃ死刑よ」
「ア、アリシアっ! それホント!?」
「指輪の効果くらい知ってるでしょ? 冒険者の義務である指輪の装着によって、冒険者の行動は感知され、犯罪行為はすべて冒険者管理局に通達される。だから追い剥ぎをするヤツらってのは、塔の中に入ったら冒険者の指輪を外すのよ。そのせいで功績値が貯まらない」
確かにライアスは中級の冒険者のような出で立ち、実力を持っているかのように思えるが、ミリアは逃げてばっかりで功績値は大したことがないと言っていた。
「でもこの指輪固くて外せないけど……! んーっ!」
フレンは試しに自分の指に嵌っている指輪を取り外してみようとするが、指輪はがっちりと指に食い込んでいるかのように抜ける気配が一切ない。
「外すやり方があるのよ」
「なかなか詳しいじゃないかお嬢さん……」
「まあね……。どうせ、そこのテントの中に外した指輪を置いて、安全地帯で休んでいるように見せかけてるんでしょ……とはいえ、盗賊職オンリーのパーティが一体どうやって指輪を……?」
「あるプラチナレーベルが、この【生命吸収の縛帯】を大量生産して、闇市で安く売りさばいてやがるんだ」
ライアスは懐から棒状に巻かれた布を取り出す。
何やらボロボロで薄汚れた包帯、といったところだろうか。
生命吸収の縛帯――生物に巻きつけることで、その精力を吸い尽くすという呪われたアイテムだ。これを指に巻きつけることで一時的に指の生命力を吸い付くし、まるでミイラのように指を細くすることで指輪が抜け落ちるのだという。
「まさか、大量生産だなんて……! 生成にはかなりの功績値を消費するはずなのに……!」
「さてね、そこまではわからん。ただあのプラチナレーベルは何か――」
「に、兄ちゃん……」
などと話している間に、だんだんと回復してきたのか、ミリアも身体を起こすとバツの悪そうな顔を浮かべてうつむいた。
「兄ちゃん……資格を剥奪とか死刑って……どういうこと……」
「ミリア……」
「あー、ミリア? だっけ。アナタは多分大した罪にならないわ。やったことと言ってもフレンくんに吹き飛ばされただけだから。でもお兄さんはダメよ。フレンくんやシャルに傷をつけているから」
「そ、そんな兄ちゃん……! 嘘だよねっ?」
「……」
「兄ちゃん……」
瞳に涙を浮かべてすがるようにライアスを見るが、彼はミリアから顔そむけて黙り込んだままだった。
「全員動くなッ!!」
「!?」
その時、突然安全地帯に大勢の人間が流れ込んできた。
見れば重々しい甲冑を装着した集団で、その数は二桁に近い。
「冒険者フレン=ブラーシュ! 冒険者管理局の名の下に貴様を殺人未遂で逮捕する!」
「なんで僕!?」
甲冑の男の一人がそう叫ぶと、フレンはあまりに理不尽なその宣言に目を白黒させた。
※
甲冑の集団にあっという間に捕縛されてしまったフレンは、ロープで縛り上げられ、ライアスのテントの横に座らされていた。
シャルとアリシア、そして回復スキルによって治療が施されたライアスとミリアがその様子を遠巻きに見ている。
「ありました隊長! 冒険者の指輪です!」
「ふむ、貴様らの言う通り、冒険者ライアス=サリバンが指輪を外し、強盗を行っていた、ということだな」
「だから、そう言ってるじゃないですか……ああ、こんな姿を姉様やサニアさんに見られたら……殺される、もしくは殺してまわる……」
濡れ衣とは言え、犯罪を犯して逮捕されるなどという姿をマールに見られれば、ブラーシュ家の恥だと断罪され、サニアに見られれば、フレンに対する不届きな仕打ちに怒り、甲冑の集団に襲いかかることだろう。
「え! マール様がお越しになられるんですか!?」
「来ないよ! 来てたまるかー! で、なんなんですか! あなた達は!」
「我々は冒険者管理局所属の守護警備隊、通称ガーディアンズだ。幻想の塔の平和維持を目的とした組織である」
ずらりと並ぶ甲冑の男たちは皆、頭からつま先まで全身を覆う鎧に包まれてその姿を見ることはできない。その装備品と威圧感から、腕の立つ者たちである、ということだけはフレンでも感じ取れた。
「フレン=ブラーシュがミリア=サリバンに攻撃を加えた、という情報は管理局に通達されてな。その行為を殺人未遂として判断、逮捕を行ったということだ」
どうやら指輪を外していたのはライアスだけだったようで、ミリアは指輪を装着していた。この一連の騒動で、指輪を装着しているもの同士によって攻撃が加えられたのが、フレンによるバッシュだけだったようだ。
「ライアス=サリバンは指輪を外しているから、何をされても管理局には通達が来ないのでな。ちなみにシャルロッテ=ヴィルフィスがライアス=サリバンから受けたダメージはアンノウンモンスターからのダメージと通達されている」
「ちょっ! 不躾に私の本名バラなさないでくださいよーっ!!」
「あ、やっぱりシャルロッテって本名だったんだね……」
技名に自分の名前が入っているから特段隠しているつもりはなかっただろうと思っていたが、そういえば自己紹介のときもシャルと名乗っていたし、どうやら本名をバラされるのは嫌だったらしい。
「ま、つまり、冒険者の指輪ってのは結構穴だらけの法則で成り立ってるってことなのよ」
アリシアの言うとおり、指輪を外してしまえば何をやってもバレないというのなら、装着により犯罪抑止の効果はあまり見られないとも思える。
「ご、ごほんっ! とにかく! ライアス=サリバン! 貴様を指輪装着義務違反、並びに強盗傷害、殺人未遂の罪で逮捕する!」
フレンのロープを乱暴に振りほどくと、ガーディアンズたちは改めてライアスの身柄を拘束した。
「兄ちゃんっ……!」
ミリアが涙ながらにライアスに駆け寄る。
「ミリア……すまない……」
――ゴォオオオオッ
と、ライアスがうつむいた瞬間、地響きのような咆哮が幻想の塔3階に鳴り響いた。
「!?」
その場にいる全員が驚き、周囲を見渡す。
安全地帯にはモンスターは出現しないため、この部屋で何かが起こったわけではないようだ。
「な、なんですかー!? 今の音は!?」
「まさか!」
パニックに陥るシャルをよそに、アリシアは何かに感づいたのか慌てて安全地帯から飛び出していく。
「待てッアリシア=アルフレイム! くっ、総員! 彼女を追いかけるぞ!」
「はっ!」
隊長の制止を振り切って行ってしまったアリシアを追いかけるべく、ガーディアンズたちは隊列を組み走り出す。
「アルフレイム……?」
取り残されたフレンは、ここでアリシアのフルネームを初めて耳にした。アルフレイムという名。それはこの国の名前に相違ない。アリシアとは一体、どういった人物なのだろうか。
「フレンさん! 私たちも行きましょう!」
「待てお嬢ちゃん! これはただ事じゃない……おそらくこれは――!」
アリシアを放っておけない。フレンの腕を掴み、アリシアとガーディアンズが消えた先へ追いかけようとするシャルをライアスが引き止めた、そして次の瞬間――
「巨大獣が出たぞぉおおお!」
大量の悲鳴と絶叫を乗せた声が安全地帯までこだました。




