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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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風の追い剥ぎ団⑧

 「かわいい顔して躊躇がないとは、末恐ろしいガキだな」

 

 フレンが放った渾身のバッシュを紙一重で空中に飛んで避けたライアスは、ため息をつきながら華麗に着地した。


「やっぱり、なにか変だと思ったんだ……アナタのそのブーツ、それで空中を蹴って移動しているんだな!」

「ほー、いい目をしてるじゃねえかって俺が迂闊に能力を使いすぎたか。お前の推測通り、これはウィンドウォークの魔力が込められたマジックアイテムだ。俺が持っている装備の中で一番のレアものだぜ?」

 ニヤリと笑うとライアスはそのブーツを見せびらかすように足を前に出す。

「まさか、その装備も冒険者から奪ったのか……!」

 途端にライアスは浮かべていた笑みを引っ込めると、仄暗い瞳をフレンに向けて

「死体から奪った」

 と言い放った。

「そいつは12階と13階を結ぶ階段で斃れていてなぁ。どうやら13階から下に降りようとして力尽きたらしい。武器は折れてやがるし、腹が半分無くなってるから鎧も使い物にならねえ。だが足は無傷でな、このブーツを頂戴したまでよ」

「……その人を、家族の元に返そうとしなかったのか……!」

「どうだかな、他の冒険者が外に連れ出したんじゃねえか? その次にそこを通ったときには綺麗さっぱりいなくなってたからな」

「そのブーツは、その人の形見だ! 家族に返してあげればいいじゃないか!」

 怒りを込めるフレンの視線など意に介さず、ライアスは肩をすくめる。

「はっ、冒険者になったその日から、俺たちは五体満足に長生きできるなんて夢を見ちゃいねえ! 家族なんてものがいりゃあ、それくらい覚悟してるだろ!」

 飄々としてときにはふざけた態度すら見せるライアスの語気がどんどん荒くなる。早口になり、唾を飛ばしながら、目の前の少年を罵倒するかのように口から言葉が溢れ出てくる。

「なあ! そうだろ坊主! 俺たちは、どいつもこいつも、目先の金に目がくらんだ、どうしようもねえ金の亡者たちなんだよ! なぁに綺麗ごと抜かしてやがる! 金があったら、誰がこんな糞みてえな仕事やるもんか!」

「くっ、そんなことないッ! 僕は誇りをもって、憧れの冒険者になったんだ!」

「夢見がちなクソガキがッ! 誇りで腹が膨れるってんなら、今度たらふくおごってくれやぁああッ!」

 

 激昂したライアスがフレンに向かって飛び出す。その表情は怒っているような悲しんでいるような複雑な表情だった。



 兄の声が聞こえる。

 地面に突っ伏したままのミリアはだんだんと意識を取り戻していたが、全身に力が入らず、寝返りを打つことすらできない。

 しかし、朦朧としている頭でも兄のその悲痛な叫びだけはハッキリと聞こえていた。

「うっ……うぅ……」

 ミリアは自分の瞳から流れる涙を止めることができず、ただ嗚咽を漏らすだけだった。



「そこまでです!」

「!?」


 飛びかかったライアスが足を止め、声がする方向に振り向くと、そこには腕組みをして仁王立ちをしているシャルの姿があった。

「シャル!?」

「チッ、やっぱ起きやがったか……! おい! もうひとりのプリーストの女はどうした!」

「アナタのような悪党に教える口は持ちません! 人の大事なものを騙して掠め取ろうなど、例えお天道様が許してもこのシャルが許しませんっ!」


 どうやら何かのスイッチが入っているようだった。フレンにはシャルが何を言っているのか全然わからなかったが、ただシャルがとても怒っているということだけはわかった。


「覚悟しなさいッ!」

 そう言ってシャルは、シャドウナックルを装備した両拳をガチンとぶつけると、ライアス目掛けて走りだした。


「シャル! 考えなしに突っ込んじゃダメだ!」

 肉薄するシャルにライアスは短剣を振り抜くが、シャルはそれを難なく捌くと、ライアスの顔面目掛けて正拳を繰り出す。

 が、それをライアスはもう片方の短剣で受け止めると、そこを支えにして空中へと飛び上がる。

「ライアスは空中を足場にできるんだ! だから、おかしな態勢からも飛び上がることができる!」

「はっ、空中でジャンプができるってのはな、何もただ単に飛び上がるだけじゃねえ! 全方位に地面があるってことなんだよッ!」

 ライアスは一段、二段とさらに駆け上がると、ぐるんと身体を逆さにして、自分よりも高い位置へ足を振り上げ、そして空気の地面を踏み切った。

 天井に腹を見せ、仰向けのような天地真逆の体勢のまま、角度をつけながら本当の地面に向かって急降下を始めたのだ。


「これぞ俺様が開発した必殺技! スラッシュストームだッ!」

 急降下しながらライアスは足を何度も空中にぶつけて、その降下速度を上げると、爆発的な勢いのままシャルの頭上目掛けて短剣を突き刺す。

「くっ!」

 シャルもなんとか食らいつき短剣を振り払うが、再度上昇すると、右へ左へと空中で移動しながら、また急降下を始める。

「まだまだァっ!」

「ううっ、シャルロッテ! アッパー!!」

 両手の手甲で短剣を振り払いつつ、頭上のライアスに向けてアッパーを繰り出すが、まるでその姿を捉えられていない。逆に空振った腕が格好の的だと言わんばかりに、短剣で切りつけられてしまう。

「きゃあっ!」

 縦横無尽にシャルの周りを立体的に移動しながら凄まじいスピードで切りつけていく。これではシャルが対応しきれなくなるのは時間の問題だった。

「シャル! くそっ、僕が相手だ!」

 明らかに劣勢のシャルを助けるべく、フレンが一歩踏み出そうとすると、眼前にライアスの姿が突如現れた。

「!?」

「ふんっ、お前はそこでこの女が切り刻まれるのを黙って見てろッ!」

「ぐあッ!?」

 顎目掛けて飛んできた蹴りをまともに食らって、フレンはふっとばされる。そして、その蹴りを利用して、またシャルへと近づくと、短剣での攻撃が再開された。

「フ、フレンさん……!」

 吹き飛ばされたフレンは顎を蹴られ意識が朦朧としてしまっている。ガクガクと膝を揺らして立ち上がるのも困難なようだ。

「く、そ……」

「フレンさんっ! よくもぉ!!」

 よもや戦闘を継続できないほどのダメージを負ったフレンはその場に倒れ込んでしまう。その姿を見てシャルの怒りは頂点へと達した。


「もう完全に怒りました! シャドウナックルのもうひとつのスキル! 見せてやりますッ!」

 シャルは天高く拳を振り上げ、そして勢いよく地面へと振り下ろす。拳の先は自分の影であり、なんと地面であるはずのその影へと拳が埋まっていくではないか。

「チッ! やらせるか!」

 スキル発動までバカ正直に待っている理由はない。ライアスはスキルの内容すら把握していないが、何が起こるのかわからない現状、先手を打ってそれを阻止するしかないと、空中を何度も蹴り上げ、シャルの首めがけて短剣を突き出す。


 瞬間、ライアスの目の前に金属の棒のようなものが飛び込んできた。

「メイスだとっ!?」


 回転しながら飛んでくるそれは、アリシアが装備していたメイスだった。

 よもや勢いのついた状態では避けることができず、ライアスは驚異的な反射神経でもって、なんとかメイスを弾き返すが、態勢が崩れてしまい、地面へと落ちてしまう。


「もー、だから言ったじゃない。アンタら、考えが甘すぎなのよ」


 突然、姿を現したアリシアに驚き、そこにいる誰もが動きを止めると、見計らったかのようにアリシアは手に持っていた何かの袋を空中に投げた。そして

「我は神の代弁者。彼の者に神の裁きを下さんッ――ホーリィライトニング!」

「なッ!?」

 地上で戸惑っていたライアスの足元にめがけて光球を放つ。

「シャル! 上よ! やってしまいなさい!」

 驚きながらも咄嗟に跳躍して避けるライアスの姿を見たアリシアはシャルに向かってそう叫んだ。

「はいッ! 先生ッ!」

 何が起こったのかよくわからない。しかしアリシアの言うことは絶対だと、身体が勝手に反応したシャルは、自分の影から黒い塊を引っ張りだした。


「シャドウアバタァッ!!」

 それは影でできたもうひとりのシャルだった。

 全く同じ姿形をしていて、しかもシャルの動きに合わせて同じ動作を取っている。そして、両者は拳に力を込めた態勢で、上を見上げる。

 するとそこには、空中に浮かんだライアスの顔が驚愕で歪んでいくのがスローモーションで見えた。

「あ」

 アリシアの投げた袋の口がゆっくりと解けて、中身が空中に飛び散る。


「ウィンドウォークの弱点。それは発動中は空気しか蹴れないこと、つまりーー」


「ダブルシャルロッテェェ……!」

「あああッ!! やめ! やめろォおおッ!」


「ーー焚き火の灰とか、物体が舞っている状態では空気は蹴れないのよ」


 袋から飛び出したのは、さっきまでライアスたちが使っていた焚き火の灰や食い散らかした魚の骨の残骸だった。不用意にその灰の中に突っ込んでいったライアスは身体中が灰まみれになり、制御を失った羽虫のように落ちてくる。


「あっ! ああああああ!!」

「アッパァアアアアアッ!」

 

 じたばたと落ちてきたライアスの腹部に二つの拳が突き刺さる。身体が「く」の字に折れ曲がり、ライアスは吐瀉物を撒き散らしながら、もう一度空中に吹き飛ばされた。

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