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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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闘技場のサムライ

 コロシアム。

 それはアルフレイム国が幻想の塔の出現後、数年の後に建築した、冒険者同士が戦いを繰り広げる闘技場だった。


 大会は週に1回開かれていて、どの冒険者であれば誰でも挑戦が可能。功績値によってランクが振り分けられ、各ランクのトーナメントで勝ち残ったものには国から豪華賞品が与えられるというものだった。


 冒険者からすれば、お祭り騒ぎで賞品ももらえる美味しい娯楽といったところで、国からすると冒険者の戦力向上と功績値だけではわからない優秀な冒険者を見つけるための、見本市を兼ねているものだった。


 コロシアムには観客を導入し、冒険者以外の国民もおおいに楽しんでいて、参加料や見物料、売店の出店料など、その経済効果は大きいものだった。




 コロシアムはすり鉢状の建物になっていて、底の円形の舞台が戦いを繰り広げるステージになっている。それを取り巻くように観客席が設けられ、毎週超満員の盛り上がりを見せていた。


「さぁさぁッ! 皆様おまたせいたしましたァッ! 先日、突如としてコロシアムに現れ、冒険者たちの度肝を抜き、見物客を魅了した幻のサムライ! コジロウの登場だァアアッ!」


 舞台の中央に立つ司会者が、大きな声で出場者の名乗りを上げると、観客席から大音量の歓声が巻き起こった。


「うおおおっ! コジロウ! 今日も勝てよ! 俺はお前に全財産賭けてんだからなァ!」

「キャー! コジロウ様ぁーッ! こっち向いてくださーい!」


 大歓声の中、ゆっくりとした足取りで現れたのは、身体の線が細く長身の、華奢な青年だった。長い髪の毛を背中で一つに結わいている。何より特徴的なのはアルフレイムでは見慣れない珍しい服装だ。

 バスローブのような着こなしをしているが、それは薄い布で出来ていて何かの模様で彩られている。足元は裸足でサンダルに似た、平べったい履物を履いている。

 そして、腰には二本の長短の武器。それは鞘に納められている細いもので、戦士が装備するものとしては大変心もとないものだった。


「さぁコジロウ選手! 初出場ながら決勝戦まで勝ち進んで来ました! しかも勝負が決するまでの時間が、全試合を合わせても1分もかかっていないという脅威の戦績を残しています! 功績値がゼロの新参冒険者とは思えない戦いぶりですが、一体その強さはどこから来るものなのでしょうか!?」

「……」

「……えーっと、コジロウ選手?」

「……」


 司会者が熱のこもった質問を投げかけるも、当の本人は目をつむったまま何も答えようとはしない。


「ど、どうやら試合前の精神集中をされているようです! 失礼いたしましたァッ!」


 何やら微妙な空気が流れたので司会者が慌てて取り繕うと、また観客席から一斉に歓声が上がる。その様子に司会者はほっと胸をなでおろすのだが、コジロウの扱いづらさにすでに辟易としていた。


(なんなんだ、こいつは……! 突然現れたと思ったら、最低ランクのトーナメントとは言え、無傷で決勝戦まで進みやがった。しかも職業がサムライだとぉ? スター性があるにもほどがある! だというのに、マール=ブラーシュのように演説をするわけでもなく、ゲイル=ストラゴスのようにジョークを飛ばすわけでもない……! 何を考えてやがる……)


 コロシアムは有名冒険者を輩出する役割もあった。閃光の戦姫、剣姫と呼ばれるマールもコロシアムで何度も優勝を経験していて、その人気は絶大だ。観客の歓声に応えてコメントを残すことも珍しくなかったのだが、コジロウはと言うと優勝した感想を聞いても無言、今日の調子を聞いても無言、誰もその声を聞いたことがないのだった。


(功績値ゼロってことは幻想の塔には興味がなく、コロシアムに興味があるってことだよな? だというのに無言を貫くとは……)


 司会者はコジロウが何者で、何を目的にコロシアムに参加しているのか、不思議で仕方がなかったが、見物客の盛り上げるを見るとどうにも些末なことに思えてくる。

 彼のおかげでコロシアムは盛り上げりを見せているのは間違いない。ここのところスター選手が出てこなかったコロシアムにはうってつけの人材といえるのだ。


(ま、とはいえ、一回くらいは痛い目を見てもらわなきゃな。あまりにも出来すぎで、八百長だって言い出す客もいる……アンタにゃ悪いが、今日の相手は一筋縄じゃ行かねぇぞ)


「……」


 司会者の思惑などには意に介さず、コジロウは静かに瞑想を続けていたが、ゆっくりと瞼を開けると、対角線上に現れた一人の男を睨みつけた。


「さぁ! この最強のルーキーを止められるのか! 対するのはベテラン剣闘士のデュバルだァッ!」


コジロウが目を開けた直後、司会のコールに合わせるように自らを持つ大剣を空高く掲げたのはデュバルという大男だった。

「これまで43戦を行い41勝2敗! あのマール=ブラーシュとゲイル=ストラゴスの2人以外には土をつけられたことがありません!」

 筋肉隆々の腕や足が露出する軽鎧はボロボロであったが、その使い込まれた鎧と武器から相当な手練であると誰もがわかるだろう。

「出たぞ! 低ランク最強の男! 新人潰しのデュバル!」

「わざわざ功績値をゼロに保って、低クラストーナメントに居座ること10年のベテランだからな」

「登竜門ってやつだよ、デュバルに負けるようじゃ、マールやゲイルみたいなスター選手にはなれねえよ」

 ルール上、功績値によってトーナメントの出場者が振り分けられるコロシアムで、新人とベテランがマッチングすることはない。そのためデュバルは功績値をわざと稼がず低ランクのトーナメントに出場し続け、低ランクでの優勝を続けているのであった。その行為については客の意見も賛否両論であったが実力は折り紙付きで、デュバルを倒した新人は大成する、とまで言われている。


「コイツが噂のサムライか……」

 デュバルは空に掲げた大剣を薙ぎ払うように一閃すると、その切っ先をコジロウに向ける。

「俺は今までのような雑魚とは違う。本気でかかってくるんだな」

「おおーっと! これはデュバル選手! コジロウ選手を挑発しております! コジロウ選手の本当の強さを引き出せるのはデュバル選手しかいないのかもしれません!」


 デュバルのパフォーマンスとそれを煽る司会の絶叫に観客席から地響きのような歓声が上がる。コロシアムはじまって以来と言ってもいいくらいの盛り上がりだった。


「さあ間もなく試合開始です!」


 満足気に観客席に向かってお辞儀をすると、司会者はさっさと舞台上から避難する。

 取り残された二人の男。その構えは正反対だった。

 デュバルは抜身の大剣を両手でしっかりと握り、切っ先をコジロウに向けて深く腰を落とす。まさに臨戦態勢といったところだ。しかし、一方のコジロウはというと眼光だけは鋭いものの、腰の武器を抜こうともせず、構える素振りも見せない。ただただ、武器の柄に手をかけているだけだった。


「それでは! 試合! 始めぇええっ!」

 司会の大声と同時に銅鑼の音がけたたましくなると、ひときわ大きい歓声がコロシアムを包み込む。

 そして、その大歓声を合図にデュバルは低い体勢を取って、猛スピードでコジロウに突進していった。


「武器も取らぬとは舐められたものだッ! 死んで後悔するがいいッ!」

 タックルの要領で移動するデュバルは両手に持った剣を背中に担ぎ、力を込めると、途端に剣から眩い光が放たれた。

「塵も残さんッ! ライトニングブレード!!」

 背負った大剣が稲光に似た光を放ち、目にも止まらぬ速さでコジロウの脳天を目掛け振り下ろされる。

 ーー刹那


「天狼流抜刀術・狐月崩閃」


 コジロウの手元から放たれた白い線が下から上へとまっすぐに振り抜かれると、光を失った大剣が宙を舞い、前傾姿勢だったはずのデュバルが背筋を伸ばしながら、後ろへと倒れ込んだのであった。

 受け身も取れず、後頭部から倒れたデュバルに意識はない。白目を剥いて、誰が見ても戦闘不能状態に陥ったことがわかる。


「な、な、な……!」


 舞台のすぐ近くで見ていた司会者だったが何が起こったのかまったくわからない。

 それは観客も一緒だった。さっきまでの大歓声は鳴りを潜め、水を打ったように静まり返っている。

「ふー」

「!?」

 いきなりコジロウがため息のように息を吐くので司会は驚き背筋を伸ばす。


「えれー強そうな奴が出てきだがら、つい力んじまったが、安心しろ峰打ちだべ。死んじゃいねぇが、顎さ砕かれってっから、早ぐ病院さ連れでけ」


「はッ! お、おい! 担架! 担架だ!」

 我に返った司会者は裏方に声をかけると、慌ただしく舞台上に担架が用意され、デュバルは意識不明のまま運ばれていく。残されたのは剣を鞘に収め、再び目をつむったコジロウと所持者がいなくなり、無残にも捨て置かれたデュバルの大剣だけであった。

 するとコジロウは片目を開けてチラリと司会者を見やる。どうやら試合の結果が言い渡されるのを待っているようだ。

「あ、えーっと、勝者、コジロウ選手……ゆ、優勝でーす……」

 誰が見てもわかる当たり前のことを司会は告げるのだが、コロシアムの客は目を見開いたまま微動だにもできず、一声も発することはなかった。

 それはベテランの剣闘士で確かな実力を持っていたはずのデュバルを瞬殺したことに驚いているのか、それともコジロウのあまりに速すぎる攻撃に恐怖しているのか。


 否――


「「めちゃくちゃなまってる……」」


 コロシアムにいた全員が、コジロウの訛りの強さに絶句していたからであった。

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