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錆びた金貨と、蒼く輝く剣  作者: なおゆき
幻想の冒険者たち
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黒き双星が輝く頃②

 二つの丸っこちい影が風のように移動をし続けているのは、幻想の塔と呼ばれる不思議な塔の5階にあたるフロアだった。


「ニア、そろそろ帰ろうよー。だーっれも、いないよぉ?」

「うーん、おかしいなぁ。人間がいっぱいいると思ったんだけど……」


 二人は誰かを探しているようだった。

 塔を徘徊するのもモンスターを倒したり、宝箱を漁ることが目的ではなく、ましては階段を探しているわけでもない。ただ人を探すためだけに、広大な塔のフロアを虱潰しに移動している。


「人間なんていないよ」

「メル、それってどういう意味?」


 メルと呼ばれた少女は、当たり前のような顔をして少し物騒なことを口走った。ニアと呼ばれた少年は少し驚いた様子で尋ねる。


「だってバケモノがいるもん。フツーの人間だったら殺されちゃうよ」

「化物……もしかして、実験の……」


グオオオオ


「!」


 その時、遠くの方で何かのうめき声が聞こえた。

 ここからかなり距離があるのだが、確かにハッキリと人間のそれとはまるで違う、大型な生物の鳴き声が聞こえたのだ。


「バケモノってあれのこと?」

「んーん。違うよ、あんなの。もっともっともぉーっと、すごいバケモノ」


 ニアとメルは同じ姿かたちをしているが、違っているところが二つあった。

 ひとつは性別。ニアは男の子でメルは女の子だ。だがまだ子どもであることや、顔が瓜二つのため見た目で性別を判断するのが難しく、たいていはどちらも女の子だと思われてしまう。

 そしてもう一つの違う点。それはニアよりメルのほうが、感覚的に物事を感じ取る、いわゆる天才肌だった。


 ニアはたまにメルが何を言っているのかわからなくなるときがあったが、それでも唯一無二の双子の姉の感情を察することは難しくない。


「……こっちに来るの?」

「わかんない。でも、アレと戦うのは嫌かなぁ」


 メルはほとんどのことを好き嫌いに分類する。

 彼女の“嫌”という言葉には、生理的な嫌悪感のほかに、恐怖という感情も含まれているのである。

 いつも締まりのない顔をしているメルが、真剣な眼差しで遠くを見つめているというだけで、その言葉の説得力が増すのであった。


「この塔はラボラトリーの息がかかっているかもしれない。街に戻ったほうがいいかもね」

「うんうん、そうしようそうしよう!」


 一転してメルはニカっと歯を見せて笑うと、4階に続く階段へと踵を返す。

 それに続いてニアも全く同じスピードで来た道を引き返すのだった。


(メルが怖いと感じるのっていつぶりだろう……)


 ニアはメルが恐れるものならば、同じく自分も敵わない相手であることを確信している。つまり自分たちよりも強い何かがこの5階を徘徊しているのだ。

 それは、とても、由々しきことなのではないだろうか。そうニアは考えていた。



 それは、幻想の塔5階をうろうろと、所在なさげに彷徨っていた。

 二足歩行のそれは片足を引きずっており、口と思われる箇所から赤い液体を流していた。

「ぐじゅ……あ、ぐぐ……」


 赤い液体をびしゃびしゃと床にこぼしながら歩くそれは、液体が泡立つ気色の悪い音と、声にならない声を混ぜた音を漏らしている。

 自ら吐いた液体が身体にかかるのだが、そんなことはおかまいなしに、ゆっくりとした速度で移動を続ける。


「ぶ、じゅ……しょ、ちょ、う……が、ぐが」


 そんな気色の悪い呻き声の中、それは人間の言葉と思われる言葉を吐いた。


「あ……あ……しょちょ……ぉぉぉ……」

 そう、それは人間だった。いや、以前まで人間だった何かだ。


 かろうじて人間の形を残しているのは、えぐれて骨が見えている片足と、恐らく女性のものであろう膨らみを帯びた胸部とへそが見える胴体だけ。二足歩行はしているものの、もう片方の足は蛸や烏賊のような、太い触手が伸びていて、ずるずると引きずっているし、両腕は赤黒いゼリーのようなドロリとした液体が止めどなく溢れ、腕のような形を保っているだけだ。


 そして、頭部には黒い布が被せられていて、口元とおぼしき場所から血液にしては粘着質の液体をこぼして歩いていた。

 

 びしゃびしゃ、ずるずる、と到底人間のものとは思えない音を発しながら、塔を徘徊していうちに、彼女が地面に何かを落とした。

 

「あ……あ……?」


 何か硬いものだったのか、床に叩きつけられた際の落下音が通路に鳴り響く。

 見るとそれは、ヒビが入った眼鏡だった。


 彼女は落とした眼鏡に近づくと、両腕らしきゼリー状の液体を眼鏡に向かって伸ばす。眼鏡がその液体に包まれると、急速に液体が縮まり、彼女の眼前に移動した。


「う、あ……?」


 眼鏡を前にして彼女は首をかしげる。じぃっと眼鏡を見続けること数秒。

 彼女はそれを眼鏡と認識したのか、頭にかぶった黒い布を自ら外すと、自分の顔に眼鏡をかけた。


「あ、あ、あ……! かぁ……みら……」


 眼鏡をかけた彼女は、突然頭を抱えて苦しみだした。そして、人間だった頃の記憶を取り戻したように、一人の女声の名前をつぶやき、その直後、咆哮した。


「カァミラァアアアッ!」


 黒い布を取り払ったそれは、紛うことなき女の人間の顔をしていた。

 眼球が嵌っていない片側の黒い空洞から血の涙が溢れ、両頬の肉が溶け落ちて外から奥歯が見えていても、人間の原型をとどめていない彼女の中で唯一、顔だけは人間の面影を残していたのだ。


 そしてそれは、フレンがナルハの村で出会った女性、ルカの顔にそっくりだった。

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