錆びた金貨と、蒼く輝く剣

幻想の冒険者たち

風の追い剥ぎ団⑥

　青眼の構えを取るフレンに対して、ライアスは正面からまっすぐ近づいてくる。

　先程のミリアに近寄った際の、爆発的なスピードはない。

（バカ正直に向かってくるなら、返り討ちにするだけだ！）

　ライアスがバスタードソードの間合いに入る直前、フレンは素早く一歩踏み込むと、思い切り前方へ突きをを繰り出す。が、ライアスはその突きを横に避ける。スピードを殺さないように、真横ではなく斜め横に、走りながら避けたのだ。

「捉えたッ！」

　しかし、フレンもそれが見えている。今度は腰を捻って、剣をライアスが避けた方向へと薙ぎ払う。

「良い動きだ！　駆け出しにしてはな！」

　突きからの薙ぎ払い、という連続技にもライアスは動じることはなく、片方の短剣でバスタードソードの刃を押さえると、金属のぶつかる音を響かせて勢いを殺す。

　だが、遠心力をともなった両手剣の薙ぎ払いを、完全に抑え込むことはできない。

（このまま振り抜く！）

　手応えを感じたフレンは、そのまま力まかせに両手剣を押し込んだ。金属同士が擦りあって、火花が散る。

　と、その次の瞬間、腕へかかっていた負担が急に軽くなった。いままで押さえていたライアスの重さがなくなり、突然空振りをしたかのような、浮遊感に襲われる。

「え！？」

　それもそのはず、ライアスは自身の短剣と、フレンの両手剣がぶつかり合うポイントを支点にして、宙空に飛び上がると横に回転したのだ。それはいわゆる、側宙というやつで、まるで曲芸師のような華麗な技だった。

　障害をなくした両手剣は、勢いをそのままに空振りをしてしまう。両手剣に振り回されるような形で、フレンの身体は泳いでしまっている。

「戦いはいつも冷静でいないとな。特に人間同士の殺《や》り合《あ》いは、化かし合いなんだぜ！」

（いや、おかしい！　あの動きは！　なんで踏み込んでもないのに、あんな跳躍力が出るんだ！？）

　ぐるん、と身体を一回転させきったライアスは地面に着地すると、やはり勢いを失わないままにフレンに近づき、そして短剣を彼の首めがけて振り抜いた。

（ヤバいッ！　考えてる場合じゃない！　避けなきゃ！）

「！」

　それこそ完全に不意を突かれた格好になったが、フレンは驚異の反射神経でもって、両手剣の薙ぎ払いの力を利用してバランスをわざと崩し、地面に倒れ込んだ。殺したと確信していたライアスは、その意外な結果に、後ろに跳んで一度距離を取る。

「チッ、器用な坊主だ」

「ハァハァっ、危なかった……！」

　尻もちをついたような形で地面に座り込んだフレンだが、追い打ちを防ぐために、すかさず自分の眼前に両手剣の腹を見せて防御体勢をとっていた。

「なかなか、やるじゃねーか。見どころがあるぜ、お前」

「あなたに認められても嬉しくなんかない！」

「はっ、随分嫌われたもんだな。とはいえ、今のお前の腕じゃ天地が逆さになったって、俺には勝てない。それくらいわかるよな？」

「……」

　ライアスの言う通り、今のやり取りだけでも、フレンは察してしまっていた。

　自分は彼に敵わないと。

　そもそもの力量の差もさることながら、人外の動きを見せる移動技術。恐らくあのブーツの恩恵であろうが、それがどのようなものか全くわからないのであった。

「何も俺たちは人殺しを仕事にしているわけじゃない。追い剥ぎだ。人ではなく物がターゲット」

　剣の切っ先をライアスに向けながらフレンはゆっくり立ち上がる。

「才能ある若者を殺すのは俺の良心が痛むしな。そこで相談だ。お嬢ちゃん方の装備品を大人しく差し出すってんなら、ミリアのことは水に流して、お前を見逃してやるよ。勿論、お嬢ちゃん方には手は出さない。そもそも、手を出すつもりはなかったからな」

「なにを……！」

「これでも譲歩してやってるんだぜ？　別にお前らを皆殺しにして、ゆっくり死体から装備品を漁ったって、俺たちは困らない。ただ、俺の気分が悪くなるだけさ」

「くっ！」

　これはパーティの危機だ。フレンの選択次第では、みんなが命を落とすことになる。

　心情的には、こんな男を見逃すわけにはいかない。しかし、ここで彼に逆らったところで、勝てる見込みはなく、そしてフレンだけでなく、眠っているシャルやアリシアまでも、殺されてしまうのだ。

　フレンはじんわりと、全身から汗が吹き出しているのを感じた。

　自分の命をないがしろにするわけではないが、仲間の命が今危険に晒されている状況は、自らの死よりもよほど恐ろしいものだった。

「さあ、選べ。装備品なんて、また一から揃えればいい。死んだら、そこで終了なんだぜ？」

　見るからに恐怖に陥っているフレンの様子を見て、ライアスはほくそ笑む。

　駆け出しの冒険者にとって、死への恐怖は簡単に克服できるものではないはず。さらに言えば、相手はどこぞのお坊ちゃんのような、小綺麗な格好をした子どもだ。ほとんど苦労もしたことがないような、脆弱なガキなんて、少し脅せばすぐに大人しくなる。

　ライアスはそう確信を持った。

「さあ、早く決めてもらおうか。ミリアの治療もしなくちゃいけないんでな」

「う、うう……」

　あとは追い詰めるだけ。

　強制的に二択を迫ることで思考を縛らせ、そして決定を急かすことで判断力を奪う。

（これで、このガキは恐怖から逃げ出すに決まっている。まったく最初から大人しく眠っていれば――！）

　その時、ライアスの顔から余裕の表情が消えた。

「おい！」

「？」

　うろたえるライアスの様子を見てフレンは首をかしげる。

　なぜこの男はこんなに焦っているのだろう。

　フレンは、ライアスの視線が自分ではなく、自分の背後、つまりは焚き火の方に向かっていることに気づいた。

　ゆっくりとフレンが後ろを振り返ると同時に

「あの女どもはどこに行った！？」

　ライアスはそう叫んだ。　

※

　フレンが後ろを振り返ると、ライアスの言う通り、焚き火の近くで寝ていたはずのアリシアとシャルの姿が消えていた。案の定、彼女たちの姿だけでなく、装備品までもキレイに無くなってしまっている。

「くそ！　全員寝たフリしてやがったのか！」

　先程の威圧感はどこへいったのか、フレンから見てもわかりやすいほどに狼狽するライアスの姿は少し滑稽だった。そういえば、フレンが起きていることにも全く気づいていなかったのだから、結局どこか抜けている男なのかもしれない。

　しかし、フレンにも疑問が残る。

　シャルは確実にお茶を飲み干していた。アリシアはともかく、シャルが寝たフリをしていたとは到底思えない。

「あ、あいつら！　この一瞬でどこへ消えやがった！」

　ライアスは必死に焚き火の周り、テントの近くを見渡してみるが、そこに彼女たちの姿を見つけることはできなかった。安全地帯《セーフティポイント》は、ただの広間なので身を隠すような障害物もないのだ。

「まさか、部屋の外に！？　ミリアを置いては行けねぇし！　ああ！　どうすんだ！」

　慌てふためく今の彼はあまりに隙だらけで、殺意も何もあったもんではない。

　フレンと戦っていたことなど、忘れてしまったかのように焚き火やその周辺に意識が行ってしまって、無防備にもほどがあった。

（くそっ！　ここでやるしかない！）

　アリシアたちがどこに行ったかわからないが、なんとか逃げ出したということだろう。あとは自分だけだ。

　これがラストチャンスとばかりに、フレンは最後の勇気を振り絞ると、困惑しているライアスに向けて、一気に走り出した。

「う、うわあああああッ！」

「なっ！？　」

「当たれぇッ！」

　無我夢中に突進すると、フレンは渾身のバッシュを繰り出し、剣を横薙ぎに振り払う。

「うおおおおっ！？」

　気力を込めた一撃が、ライアスを捉えた……かのように思ったが、残念ながら、そこにはなんの手応えもなかった。

　ブオン、と大きく空を切る音だけが響き、空振った剣が情けなく、あられもない方向に伸びていくのを感じながら、フレンはライアスがとんでもない方法で攻撃を避けたのを目撃した。

「あ、あぶねぇ！　死ぬかと思ったじゃないか！」

　フレンは冷や汗を流しながら、キッと空中を睨んだ。自分の見たものが信じられないと思う一方、事実を目の当たりにしたことにより彼の秘密が判明したのだ。

（僕の見間違いじゃなければ、ライアスは……）

　フレンが睨みつけた視線の先。それは驚くべきことに宙に浮いているライアスに向けられたものだった。

（ライアスは空中を蹴ったッ！）